航海

 

白鳥 信也

 

 

青空のなか
へんぽんと大きな船が浮かんでいる
ゆったりと
舳先をたてて 遥か遠くをめざして進んでいく

僕もこの船に乗って旅してみたい
そう思ったら
矢も楯もたまらない
空を行く船を追いかけて
ずっと追いかけて
生きてきた
視界のなかに船がなくとも
手の届かない空を
ゆったりと航行している船がいる
と思うだけで胸がいっぱいになった

空を見上げるたびに
今日はいるだろうかと
心をときめかせ
青空の海のなか
白い雲の波をけたてて
大きな帆をふくらませた船は
どこもかしこも優美な曲線で包まれていて
そのふくらみは僕の心をざわざわさせた

あそこだ
何度指をさしても
父も母も船をみつけることはなかった
願望がつくりあげた蜃気楼だとか
飛蚊症の一種だとか
両親に連れて行かれた医者には言われ
毎朝目薬をたらされた

あんなものはいない
一人また一人と
見えるはずの船の存在を打ち消すたびに
船は心なしかふらふらして見える
哀しいというのはこのことだと思ってから
長い間 船を見つけられず
空を見上げることも少なくなった

やっぱりそんなものはいなかったのだ
きっぱりと心に決めた日
西の空を見上げたら
船がいて
燃えている
炎が噴き出て空を焦がしている
船体の上になびく帆が赤々と燃え上がっている
船は怒っているようにも
哀しみを噴き出しているようにも見えた
そのまま船は夕焼けの空に消えていった

船は今も燃えているのだろうか
風を受けて炎をなびかせ
この世界のどこかで
どんな窓からも空を見上げては
船を探している

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その12

 

佐々木 眞

 
 

img_3824

img_3821

 

お父さん、大杉漣、徳島県で生まれたのよ。
そうらしいね。
徳島県、徳島県。

お母さん、未来ってなに?
これから先のことよ。
ミライ、ミライ、ミライ。

お母さん、批判するってなに?
あのひとはダメだっていうこと、かな。
ヒハン、ヒハン、ヒハン。

復職ってなに?
もういちど仕事につくことよ。誰か復職したの?
ボランティアの田中さんだよ。

お母さん、比嘉さんの「コロッケ食べて」になって。
おいしいなあ!
はい、はい、そうですよ。

ぼく、京浜東北線の駅名いっぱい書きますよ!
書いてね。

耕君笑ってるね。耕君が笑ってるときがお父さん嬉しいよ。
蓮佛さんも、嬉しい?
もちろん蓮佛さんも嬉しいよ。黒木メイサも嬉しいよ。
比嘉さんは?
もちろん比嘉さんも嬉しいってよ。

無責任なこといっちゃだめでしょ。
だれがいったの?
カイトくんのお母さんが。
それドラマの話?
そう。

蓮佛さん、お味噌汁作ってるの?
そうよ。
蓮佛さん、一人で住んでるの?
そうよ。耕君も一人で住みますか?

浅いのはプールだお。
じゃあ深いのは?
分かりませんよ。

お父さん、磯子行きだったら大船行かないよね。
そう? 行かないの?
行きませんよ。

耕君、高いんだから大きな紙、大事に使ってよ。
ぼく、無駄遣いしませんよ。
うちはお金ないんだもん。捨てるなら買いません。
ぼく、無駄遣いしません。
蓮佛さんのカレンダーの表紙も捨てたんでしょ?
ワアア、もう捨てませんお。お母さん、ぼく、無駄遣いしません。無駄遣いしないよう気をつけますよ。
なにに気をつけるの?
無駄遣いしないように。

お母さんじゃんけんしよ。
じゃんけんぽん!
勝った。

お母さん、たしなめるってなあに?
注意することよ。
たしなめる、たしなめる、たしなめる。

耕君、あしたどこ行くの?
図書館だお。
それから?
そんなこといわないで。

お父さん、リョウヨウするとよくなるの?
よくなるよ。

あんたのせいだからね、とトキエさんが怒ったよ。
トキエさんて、あき竹城がやっているんでしょう。
そうだお。

お父さん、ぼく淋しいよ。
なんで。
横浜線の205系なくなったから。

狂ってる、狂ってる、狂ってる。
耕君、狂ってるの?
ぼく、狂ってないよ。狂ってるっておかしいことでしょ。
そうだよ。

今日比嘉さん困ってしまったでしょ?
そうだね。
どうして困っていたの? ちょっと注意されたから?
そうだよ。

今日比嘉さん、泣いていたでしょう?
泣いていたねえ。
比嘉さん、悲しかったねえ。

お父さん、比嘉さん、エエーンと泣いちゃたお。
比嘉さん、なんで泣いたの?
悲しかったからだお。
お母さん、今日比嘉さんなんで泣いてたの?
マサキさんと会ってうれしかったからよ。
そう、そうなんですお。

やがて、ってなに?
そのうちに、っていうことよ

なつかしいってなに?
ああそうだったなあ、って思うことよ。誰が言ったの?
大杉漣だお。

耕君、来年なにどし?
ネコですお。
ネコ年?
そうですお。

 

 

 

みずひ

 

白鳥 信也

 

 

電車の窓から見える月が
水のように青白い
隣の席のサラリーマンたちが
同僚のふるまいをあざ笑っているのを聞いたら
えいやっと
帰宅する途中の駅のホーム
走ってきた逆方向の電車に乗りこみ
降りたことのない駅の出口でカードをかざす
起案書類ふたつ分かみしめた下唇が痛い
知らない駅前広場から道路を縫うように歩き続ける
灯りのまばらな住宅街を歩いて
人気のない堀割を横目に
真っ暗な児童公園に入る
誰もいない夜の隅にあった鉄棒
鉄棒の棒をさわってみると
ひんやりする

掘割を眺めたら暗い水が燃えている
近寄ってみると
水面が炎となってうねり燃え上がっている
周囲の木々も草々も
静々と黒々して
夜にどこまでも溶けようとしているのに
石垣に切り取られた水面だけが
小さな波を打ちながら炎上している
音がないのに音をたてて燃えている
炎のウロコが水面を揺らしちりばめられてゆく
みずひ
というコトバが口蓋の奥からこぼれる
するとマッチの火みたく月光が発火する
月光が水の皮を燃やし水が踊る
水のウロコが燃えさかる
水と夜の大気のあわせめ
揺れて輝いてめらめらと燃える
見上げれば
黒々した中空にはりついたままの月は
三日月をそいだかたちして
月光の炎を水面にはなったから
残り香のような青白いぎこちなさを
空に浮かばせている
いま
ここで

いま、ここが
水面では
音がないのに音をたてて燃え
よどんだ暗い水が変貌する
みずひの夜
月の炎が水面をとおして私に流れこんでくる
夜の隅に立ったままの私が燃える
下唇からはがれようとしない書類が燃える
今日の私のふるまいが燃える

あの鉄棒も
こんな夜はもうひんやりなどしていられないだろう

 

 

 

おりがみ

 

長田典子

 

 

ほしはひとりで光っています
ほしはひとりで光っています

このはずくが ばたばたとんでいきます
よるのそらを
やまおり
たにおり
もりのすみっこを
さんかくおり
さんかくおり

このはずくのゆびは ほそくてながい
やまおり
たにおり
さんかくおり
よるの
ぐんじょうのおりがみが
だんだんだんだん あたたかくなっていきます

このはずくは いきをはきます
うすくそおっと
おりがみにふきかけます
やまおり
たにおり
さんかくおり
ぐんじょうのよるのおりがみに
もりのにおいがただよいます

やまおり
たにおり
さんかくおり
さんかくおり

くすだまができました

あたたかくて
みどりのはっぱのにおいがします

ほしはひとりで光っています
ほしはひとりで光っています

ほしは
ほそくてながいこのはずくのゆびさきが
だいすきです
みどりのはっぱのにおいが
だいすきです

このはずくのゆびのぬくもりは
ときどき
ひやっと
ほしのちゅうしんを
またたかせます

 

 

 

大統領

 

佐々木 眞

 

 

チチンプイプイ ブギウギブギ
トランプはんときたら、
ぬあーんと、大統領になりはったんやて。

嘘から出た真、
瓢箪から駒、
驚き桃の木山椒の木

よ、大統領! や、大統領!
メリケンはんの、オマンコと金玉を、ムギューーと摑まはったんやね。
何百何千万のオマンコと金玉を、一個づつ、ムギューー、ムギューー、とな。

よ、大統領! や、大統領!
Ohまんこ Ohちんぽこ
ムギューー、ムギューーと鷲摑み

そやさかいメリケンはん、女も男も、みなギュンと感じてしもうて、もう大喜びや。
ヒラリーはん、ちょいと可哀想やったけど、
ちょいババが、えらいババ引かされてしもうたね。

よ、大統領! や、大統領!
ムギュー ムギュー ムギュー
チチンプイプイ ブギウギブギ

 

 

 

二〇一六 バンシュウ

 

もり

 
 

就職祝いに
いただいた
ネクタイの柄

表現する
ための
語彙力
がない

添えられた
あのひとの
ヒッセキ

「頭に巻くも
いいだろう
リード代わり
嫁に握らせ
いいだろう
首を吊るのも
いいだろう
おめでとう」

介護士

ミキサー食に
ふりかけ
永谷園
結局は
原形をとどめたまま
行き場のない
出てくる
ゴマの
セサミン
可燃物

あなたのか
ねんぶつ

暖をとる
ダンスを踊る
タンスの
奥 さまざまな
pantomime、

ない
遠距離
近い
どこでも
現世なら

「今年の打率は
いくつでした?
てか試合、出てました?」

つねに
間をとる
あいだ

あわい
ぐれー をとる

代用と
リメイクと
研磨
代用と
リメイクと
研磨
代用とぉー!
リメイクとおー!!
研磨だろぉー・・

これからの
時代

金木犀
ミカンの


描く
光の
輪郭
臨終の床
上がる
産声が
いつ何時も

理由なき
反抗
赤い
ブルゾン
フジオカじゃない
ディーン

理由なき
焦燥
それすらも
時期尚早
ジキジキ
ソッソジキソッソ

理由なき
不安
それ 人生の
パン
最高の
ファン

理由なき
幸福
湯気の立つ
ご飯
ひなびた
ブラ

「みんな誰かの大切なひとながやきね」

うん
わかっちゅう。

 

 

 

赤山

 

萩原健次郎

 
 

dsc04022

 

青い山を歩いている。
青い山は、翻って、逆さに屹立している。
青い山に、影がさしている。
黒々とした影に、光がさしている。

私の線路に、黒鋼の列車が走っていく。
私の線路の脇に、いい香りのするヨモギがそよいでいる。
私の線路に、誰か、首筋をのせて眠っている。
それが、影の中の光で、四角い隅が歪んでいる。

やわらかく無くなっていく。
やわらかな毛の生えた小さな動物が
やわらかく鳴いていた。
幼いころに、飼っていたごろごろする、誰か。

赤い山を歩いている。
手が焼けている。燃えている。灰になる。
足が、やわらかく萎えていく。ナマコ、軟体。
私は、拝む人になることもある。

拝む人は、私とは別の世で群れとなって
私の周囲を取り囲む。
別の世の、神も仏も信じられず
私は、カエルの真似をする。

カエルの膚の色が、わからない。見えない。
私は、拝む人たちに囲まれても、私の姿が見えない。
山の中で、コケの斜面で生きたことや、死んだことを
私は、私の帳面に記した。

拝む人たちの祭りであったと気づいて
私は、真水を飲んだ。
濁った水を吐いた。
それが澄んでいることを願ったのに。

黒い山を歩いている。
山が千切れていく。
隙間からさしてくるのは
別の光だった。

 

 

 

貨幣について、桑原正彦へ 11

 

昨日は
曽根さんと神田の清龍で飲んだ

升酒 6杯

お通しと
里芋豆腐揚出し

二人で2500円だったか

帰りに新丸子の東急ストアで

金宮25度 618円
絹美人 92円
おかめ極小粒ミニ 98円
ホテルブレッド 250円
玉葱3個 174円