坂の上の家

 

スイッチが入った
思ったときから
安全な言葉をえんえんと
書き続けることしかできなくなった初老の詩人

学校や組織の理屈に
さからって生きるのだと
四十年以上逃げまわり続けて
ついに自分というものを持ちえなかったと気づく六十男

フリーのミュージシャンはいい
一人で、二人で、三人で
合わせるわけでもなくそれぞれの即興をぶつけながら
二度と来れない世界を目指していく

となり町の
CDが世界中で細々と売れているという
Aさんにギターを習っている
あわただしすぎないペースで
好きなことを花のように育てていく

かたい弦できれいな音が出るようになるまで
カッティングの練習
最後はビートルズのコピーで声も合わせる
いま死を目の前にしている人がいても
ぼくのエクスタシーはこわれない

坂をのぼっていく

 

 

 

眉のポチッ

 

辻 和人

 

 

ンルルルン
ンルルルン
この土日は実家に帰る
親の顔を見に
じゃなくて
猫の顔を見に、ね
帰る、帰る、帰る、帰る
ルンルン

祐天寺のオンボロアパートで面倒を見ていた
ノラ猫のファミとレド
ペット禁止なので頭を下げて伊勢原の実家で飼ってもらっているんだけど
年に一度、お正月の時くらいしか帰らないぼくが
ほぼ毎月顔を見せるようになった
引退した父親がトイレの掃除とごはんを担当
母親が寝かしつけを担当
ああ、ホント、ありがとうございます
ぼくがちょくちょく顔を見せるようになったから
両親もちょっと嬉しそうだったりして
というわけで
ファミちゃん、レドちゃんには感謝なのです

ただいまーとドアを開けると
冷蔵庫の上で並んで寝そべっていたファミとレドが
半眼を開け
ぴくっと耳を立て
背中をしならせてノビをしたかと思うと
トトトッと隣の戸棚を器用に利用して降りてきて
タンッと着地
足元にまとわりついてきた
覚えていてくれてるんだなあ
マイペースなファミは挨拶を終えるとすぐに毛づくろいを始めるが
ぼくが荷物を置きに2階に上がるとサーッとついてくる
気の弱いレドはこちらから近づくとビクッと逃げるが
しっぽの付け根を優しく撫でてやるとお尻を高く持ち上げて
撫で続けていると寝そべってコロッとお腹を出す

両親にお土産の和菓子を渡し
じゃあ、家族水入らず、ご飯でも食べましょうか

「和人、婚活はうまくいってるのか?」
鱈の水炊きをつつきながら父親が聞くので
「うん、まあまあ順調だよ」って答えたら(ミヤコさんの話を出すのはまだ早い)
「合唱サークルで知り合った女の人にお前の『真空行動』を貸したら
お嫁さん候補を紹介したいって言ってきたぞ」と
とんでもないことを言う
あ、『真空行動』っていうのはぼくが昨年出した詩集で
ファミやレド他、ノラ猫をかまったことが書いてある
いい歳した男が猫ちゃんに振り回されて
こりゃいかん
こんな人にはしっかりした奥さんがついてなきゃダメだ
その人は思ったんだろうな
すみませんねえ
ご心配おかけして
「お父さん、とりあえず今のままで大丈夫だからさ
その人にはお礼を言っておいてね」
ぐつぐつ煮える鍋の中から豆腐を小皿に取った

ところで、ところで
その鍋を見つめているのは両親とぼくだけじゃないんだよね
レドちゃん
母親の横の空いてる椅子に飛び乗って
真剣にテーブルを眺めている
あーあ、甘やかしたばっかりに
食いしん坊のレドは人間の食べ物に興味を持ってしまった
朝昼夕、人間と一緒に「食卓につく」ことになってしまった
ファミはキャットフードで満足してるってのに
困ったもんだよ

しょっぱいものは猫の体に悪いので
鍋からすくった鱈の身をポン酢にはつけず
ふぅふぅーっ
冷まして掌に載せて口元に持っていってやると
フンフン、匂いを嗅いだかと思うとすごい勢いで
パクッ
満足そうに口を動かした
全く……
おいおい、そう言えば

レドは基本、白猫だが
目の周りと鼻の横としっぽは黒い
特に鼻近くの黒い染みは印象的だ
母親はチャップリンみたい、なんて言ってる
おいしいものを見るとチャップリン風チョビ髭をぴくぴくさせるんだ
そんでもってミヤコさん
左の眉の辺りに
ポチッと
ホクロがある
目立つという程じゃないが
無視することはできない
レドもミヤコさんも
このアクセントの効いた目印に
生まれた時からつきあってきたわけだ

チョビ髭のないレドは考えられない
眉のポチッのないミヤコさんは考えられない

ポチッ
ポチッ
ポチッ
笑ったり
ポチッ
ポチッ
ポチッ
驚いたり

感情が揺れて眉が上下するたびに
ポチッ
小さな自己主張
わがままなレドと折り目正しいミヤコさんは
性格的には一見正反対だけど
隠し持っているものは同じなのかもね

ポチッ
ポチッ
ポチッ
ぴく
ぴく
ぴく
ポチッ
ぴく
ポチッ
ぴく

笑いたい、食べたい、怒りたい、甘えたい

レドは臆病な猫で出会った頃は逃げてばかりいた
ちょっと近づくと
チョビ髭ぴくぴく
でも食いしん坊で甘えん坊で
お皿にミルクを注ぐと
ぴくぴく
しっぽの付け根を撫でてやると
ぴくぴく
今はレドについてはかなりわかってきているけど
ミヤコさんについては
まだまだわからないことが多い
喧嘩したことないから
怒った顔見たことないし
泣いた顔も見たことない
本気で甘えた顔もまだ見たことない

ポチッ
ポチッ
ポチッ
ちょっと覚悟も必要だけどさ
ねえ、レドちゃん
ぼく、ミヤコさんの未知のポチッを
これから幾つも幾つも拝むつもりでいるから
応援しておくれよ、ね?

 

 

 

食べてないのに

 

爽生ハム

 

 

例えば次の子である。

いつも 未来である。
突然に窮屈にもなる。
それらは食べきれないほどに
腹を満たす。

その度に 繰り返す嘔吐だが
それを見ても いつも繰り返す

だいたいの嘔吐は
咄嗟に流れてゆく。

暖房に冷蔵庫。厳格な喋りを覚えた深夜。素晴らしい。落ちる電気。

平等でないのは医者がよく知っている。
平等であるのも医者がよく知っている。

弟が遅めのセックスで出てきた。
感動したセールス。
廃語が産まれた。
これは 涙である。

 

 

 

わたしは今年八十歳、敗戦後七〇年の日本の変わり目だって、アッジャー

 

鈴木志郎康

 

 

二〇一五年今年の五月の誕生日で
わたしは八十歳。
まあ、五月まで生きていたらの話だけどね。
(この詩を書いている今は一月だ。)

元旦に、
麻理には小声で素速くおめでとうを言ったけど、
彼女の難病の進行を思えば、
おめでとうが重い。
正月の会話はどちらが先かしらねだったね。
その先のところを思って、
麻理はすごく活発だ。
家のガレージを改造して、
人が集まる場にして、難病の身で
なんとか楽しく過ごして行こうというのだ。
それを分かち合いたい。
そんなこと思ってもみなかった八十歳の
年の始まりだ。

新聞には、今年が
日本の敗戦後七〇年の節目の年だと書かれていた。
オレって
その七〇年の日本の現実とどう関って来たのか。
どう生きてきたのか。
一九六〇年,七〇年の三十歳代には、
現実の変革ってことも、
ちょっとは意識したけど、
積極的に活動したことはなかった。
オレって、
人のため世のためってのが駄目なんだ。
先ずは何よりも自分に拘って、
ゴリゴリって、
それを表現という、
自己の表現による実現と思い込み、
「極私」っていう
個人の立場を現実に向き合わせる考え方に到ったってわけ。
それは、戦後の復興から、
経済優先の世の中に合わさった
マスメディアの膨張の、
有名人が目白押し世の中で、
どうやったら自分を保つことができるかってことだった。
表現だから自分の名前を目立たせたいが、
ヒロイックな存在になるのイヤだっていう
矛盾を生きてきた。
やっぱり、
素直じゃないね。
兎に角、わたしは
戦後教育を受けて、
競争社会に、まあ投げ込まれたってことから始まる。
教室じゃ、いつもトップとかビリとか決められ、
そこを縦には泳がないで、
勝手に詩を書いたり、
勝手に一人で映画を創ったり、
まあ、それで、
なんとか
自分の椅子を取って、
若い連中と
詩を書く心を共にして、
映像作品を創ろうという心を励まして、
教場では、
連中の一人一人の名前を覚えることに努力した。
で、まあなんとか友人たちに恵まれてきた。
そんなことで、
若い、
と言っても、今では
三〇代から四〇代の
詩人さんや
映像作家さんが
訪ねて来てくれる。
それが、うれしい。
今日だって、
ガレージ改造工事前の片付けに、
今井さんと薦田さんと
辻さんと長田さんが
来てくれて、
本棚を整理してくれて、
脊柱管狭窄の杖老人の
年金生活者のわたしにとって、
大助かりだったんだ。

そうそう、
この「浜風文庫」の
さとう三千魚さんも、
亡くなった中村登さんと
二人が若い時に、
詩について、
ごちゃごちゃ
言い合ったのだった。

大震災が二つあって、
絆、絆と叫ばれた世の中。
亡くなったり
親しい人を亡くした人には、
申し訳ないが、
どうもわたしはその世の中の波に乗れない。
オレって
へそ曲がりなんだなあ。
平和憲法の元で、
オレとしてへそ曲がりを通してきたわたしには、
今更、
「憲法を変えていくのは自然なことだ。私たち自身の手で憲法を書いていくことが新しい時代を切り開くことにつながる」
なんて言ったという安倍晋三首相の言葉には乗れない。
「日本を取り戻す」
なんて止めてくれ。
これが、
敗戦後七〇年日本の変わり目って言うんじゃ、
わたしとしては、
アッジャー、だ、
ゴリゴリって
区切りをつけて、
若い連中と、
詩と、
映像とを
語り合って、
友愛を深めたい、
と思っている八十歳っていうわけざんすね。

ここまで書いてきて、
老人っぽく年齢を語るのは、
やはり、
空しいね。
生まれたばかりの
赤ちゃんにこそ、
そのゼロ歳の年齢を語って欲しい、
ってなものです。

 

 

 

夢は第2の人生である 第7回

 

佐々木 眞

 

西暦2103年文月蝶人酔生夢死幾百夜

 

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ある村に住んでいたフランス人が、さる老人の死に際して不適切な発言をしたというので難詰され、酷い村八分に遭っていた。村人は彼の謝罪と訂正を我慢強く待っていたが、彼はけっしてその発言を取り消そうとはしなかった。7/1

2種類の文書がある。文書その1を読んでいると、それはいつのまにか文書その2の内容とダブってくる。文書その2からはじめても、まったく同じようになる。しかし2つの文書の内容は、明らかに異なっているのだった。7/2

台所と風呂場の改装をしよう、ということになって2つの工務店に見積もりを出させようとしたのだが、2店ともそんなことはやったことがないという。発注を受けたらただちに作業にかかって、終われば請求書を出すと言うのであきれ果てた。7/3

突然姿を現したのは、旧友のオオブチユウタだった。彼はその隣にいるヤグチキヨコという女を紹介した。その名前に聞き覚えはなかったが、しばらくその顔を見詰めているうちに私の昔の想い人だったことに気付いたが、彼女は私のことをすっかり忘れているようだ。7/4

世界王族会議で某国の某皇太子が、「今日からは同じ礼服でパーティに出ることにする。その都度新規に購入していた礼服は、わが国の零細非常勤講師諸君を支援するために寄付する」と力強く宣言してくれたので、私は枕に涙を流した。

朝眼をさますと、私は1冊の小説も書いていないのに芥川賞を受賞していた。周囲の人がいままでとは違う尊敬のまなこで見詰めてくるので、私もそれが気になって不自然な態度しかとれない。それより早く次回作という名の本当の処女作を書かなければ、と私は焦った。7/6

「待て待て、いまスイッチをひねっては危ないよ」と2回警告したにも関わらず、彼女がうっかりやってしまったために、町で評判の3人娘とその美貌の母親は、ガス爆発の哀れな犠牲になってしまったのだった。7/7

母親とちょっとしたいさかいを起こしたのが引き金になって、私はあろうことか家族全員を殺害してしまった。それから素知らぬ顔をして職場に着き、いつもどおりにビデオの編集作業をやっているのだった。13/7/9

戦争の真っ最中なのに、弾丸が飛び交う都会のど真ん中の田んぼに苗を植えているわたし。このままではヤバイのではないかとうろたえているのに、わが相棒は平然として植え直しに熱中しているのだった。7/10

総務部のA君と打ち合わせを終え、私たちは永代橋の支店に向かったのだが、若くて壮健なA君の脚は早く、あっと言う間に姿が見えなくなった。懸命に跡を追っていると道はいつか巨大なダムになり、私がぬるぬるした壁にしがみつきながら下を見ると、A君の小さな後ろ姿が見えた。

私には樋口一葉に似た美貌で盲目の代書人がつねに張り付いていて、私が例えば「薔薇は薔薇薔薇である」とか「林檎は勇気凛々」とか「憂鬱の欝!」とか口走ると、素早く矢立てをとって短冊に墨書してくれるのである。

座席指定の寝台列車に誰かが寝ているので、「ここは私の席だよ」と注意したが、タヌキ寝入りをしてとぼけているので、私はそやつのそっ首を両手でつかんで座席の外に放り出したら、あっけなく死んでしまった。7/16

「箱根八里」を歌いながら、男たちはツキノワグマを解体していた。7/17

私たちはそのためにではなく、泊まるところがないのでその安ホテルの1室に入ったのだが、どういうわけか途中でそういうことをしてみようという感じになったのであるが、例によって私の精神的肉体的な都合で駄目になってしまって、誠に申し訳ないことだった。7/20

北欧のどこかの国を訪れていると、3人のそれぞれタイプの異なる少女が私に関心を持ったらしく、近づいてきて「寝よう」と誘うので寝ようとするのだが、私は不能の身ゆえに最後まで役割を果たすことができず、彼女たちは不満そうに離れてゆくのだった。7/23

それが愛する弟であると知りながら、私は馬に跨ったまま鋭利な鉄器を頭上に大きく振りかざし、気合いもろとも振り下ろし、後を見届けようともしないで駆け去った。
ああ、いつかはやるだろうと思っていたことを私はやってしまった。終生忘れることのできない心の傷がそのあとに残った。7/24

突如戦争が勃発してしまったので、なんでもその場で即座に右か左かを裁く国際移動即席裁判官は、あちらこちらの前線のみならず、この海水浴場でひっぱりだこだった。

観光とは「光を観る旅」という意味だが、同文社の前田さんが引率するこのたびの旅行団には、私の家族や親戚も加わって、いつか見たどこか懐かしい場所、まだ見たこともない不思議な土地を次々に訪ねていた。7/29