待ち合わせ

 

みわ はるか

 
 

人と待ち合わせをしているとき、たいていはどちらかが先に着くのだけれど、相手がその人に気づいたときの表情が好きです。
ほっとしたような、嬉しいような、ほころんだ顔。
その人めがけて小走りになるそんな瞬間が好きです。
必死に遅れた言い訳をする姿は愛らしいです。

様々な待ち合わせ現場を見るのも好きです。
駅の改札でそわそわ待っている男の人のところには、たいてい可愛らしく着飾った、お化粧ばっちりの女の人が合流する。
喫茶店でおしぼりで手を拭きつつぼーっとしながら待っている年配の女性のところには、やっぱり同じくらいの年の気心知れたであろう年配の女性がどかどかやってくる。
中学生ともなると部活仲間だろうか、バス停にぞろぞろと集団で集まってきてがやがやと会話が止まらない。
会社の上司と部下なのか、待たせてしまった上司にわびながら急いで汗をふきながら頭を下げている現場も見た。
みんな誰かに会うという目的を持って待ち合わせ場所へ行く。
色んな待ち合わせがあって楽しい。

この人に会うから(たいていは異性になるのかもしれないけれど)、新しいワンピースを買おうとか、少し高いナイトクリームを使おうとか、きちんとマニュキアを爪に塗ろうとか・・・・・。
そういう人がいるのはきっと人生を豊かにしてくれるんだろうなと思う。
テストで100点を取りたいとか、この映画を劇場で見たいとか、これを食べたいとか・・・・・。
自分一人で達成できるものではなくて。
誰かがいて完結できるもの。
ただただ、自分のためだけではない人生が選択肢にはあるんだなと。

自分のためだけに生きることに疲れることが最近結構あるような気がします。
自分が思うのと同じように自分のことを思ってくれることはなかなか難しいです。
たくさんの藁の中からたった1本の針を見つけるくらい難しいです。

何のために生きているのか自問したときに、具体的な誰かのために自分は存在したいと言えるのであれば、それはとても美しいと思います。

 

 

 

恐竜キッチン

 

塔島ひろみ

 
 

チーズの焦げる匂いがした
電子レンジのドアを開けると 中に子どもが入っている
私を見ている

「その子は明日から入院で、人工内耳の手術を受けるんです」
ハウスのスタッフが説明してくれた
バタンとドアを閉めてしまう

病気の子どもとその家族が、
自分の家にいるように自然に、
しかも孤立しないように、工夫をこらして設計されたキッチン
丸く成形されたハンバーグたちが、クッキングヒーターにおいしそうに並び
せっせと焼けながら、パンに挟まるのを待っていた

チリチリチリと終わりに向かってタイマーが動く

「チン」
「チン」
「チン」
あちこちで楽しそうな音たてて、仲間が生まれた

わたしは恐竜図鑑を持ってきてみんなに見せる
ほら、これがニンゲンだって
「優しそうだね」「強そうだね」

私たちはみんな同じクリクリの顔で、 食べられるのを待つ間
レゴでトリケラトプスを作って遊んだ
♪ジュージュージュ~
♪ほかほかほか~
ママの膝に乗っかって、歌を歌った

電子レンジのドアを開けて中を覗く
耳の聞こえない男の子が私を見ている
この子はまもなく人工内耳の手術を受ける
タイマーをセットしてドアを閉める

チリチリチリと終わりに向かってタイマーが動く
まもなくその子は自分が生まれる音を聞く

自分が焼ける音を聞く

 
 

(7月13日 ドナルドマクドナルドハウス東大で)

 

 

 

この夏

 

正山千夏

 
 

早すぎる夏
降りすぎた雨
昇りつめる温度計
この夏のはじまりは
爆発した

ただただ右往左往し
蝉もまだ鳴きださない
窒息した夏を
ばたばた搔きまわす
私の四肢

丸い月の夜には
ざわざわうごめく空気に
バランスを崩し
なにかがひっくり返って
あふれだしたものを
なすすべもなく
なかばやけっぱちに
浴びるばかり

泳いだあとのような
からだのだるさが
左半身に残る
傾いだなにかが
寄りかかるものは
そこにはなかった
またはもう消えていた
否、はじめからなかったのか

不意をつかれどおと倒れて
死んでしまったのかも
この夏
なにかが

 

 

 

子どもだったあとの大人は

 

ヒヨコブタ

 
 

母の叶えたかった夢を
そのまま背負った子どものわたしたちは
同じものを食べて育ったけれど
まったく異なる世界をみて大人になったんだね
長い間
話がつうじあわずに遮断が起きてしまったね
壁の向こうのあなたたちになにを言おうと伝えようと
忙しいとそんなはずはないの繰り返しさね

昔どこかでみた景色を
大人になってから追体験している気がしてるんだよ

大切の押し売りはいらないよ
あなたの大切はそのままでいいさ

わたしの大切はすべて渡すことはないんだよ
けれどもさ
少しのおすそわけでよかったらわけることなんてたやすいんだ

知らないひと同士が話すのが聞こえる外は
挨拶も優しくてね
暑さの限界を超えてしまったような日も
少しだけ気持ちが緩むんだよ

見えなくて怖いから論破したい気持ちは素直なのかもしれないよ
でもさ
好きじゃないんだそれだけさ

すべてに完全同意がなくたって
少しの重なりで生きていけたらさ
また会えたらそれでいいってさ

横たわり頭を冷やしながら
湯豆腐に近い脳みそをぎりぎり冷ますのを思い浮かべて
静かに息をするよ

 

 

 

覗かれる気分

 

辻 和人

 
 

また君かぁ
こんにちはー
直下から
覗かれる

魚の目
右の足の裏の真ん中からちょっと上辺り
定期的にできる
左にはできない
重心が右足前方に傾く歩き方の癖の
分身なんだね

椅子に座って調べてみよう
よいしょ、靴下脱いで足裏を膝の上に乗せる
ふむふむ
小さな細長い楕円
指で突いてみると
そこだけ皮が厚く硬くなってる
ツルツルした感触だ
ちょっと面白い
ズッ
ズッ
大きくなるのを日々感じてはいたんだけど
ズキッ
今日、遂に開いちゃった

魚の目
ズキッ
ズキッ

うぉー、こんにちはー
君かぁ
さあ、立ってみましょう
それから、足踏みしてみましょう
イチニ、イチニ
直下から
ズキッ、ズキッ
視線が登ってくる
「今週仕事きつかったな、明日は寝坊するか。」
ズキッ
覗かれちゃった
あーあ、いつも通りに起きるか
「そろそろ暑中見舞い出さなきゃいけないなあ。」
ズキッ
覗かれちゃった
はいはい、今夜お風呂に入る前に書きますよ
直下から
ぼくの内部を覗きにくるんだよ
だからどうだってことはないんだけどさ

魚の目

ズキッ
視線の強さに
きょろっ、思わず辺りを見回す
しーん
椅子とパソコンとカーテンしかない
でもでも、いる
直下に、いる
一言も喋らないけど
ズキッ、ズキッ
存在を主張しているぞ
ちょっと面白い
ちょっとかわいい
さっきしげしげ眺めた
小さな細長い楕円
特に魚に似ているわけでもない

魚の目
「いつものようにナイフで削り取ってしまおうか。」
ズキッ
覗かれちゃった
わかった、わかった、わかりました
しばらく直下から覗かれるままにしておこう

魚の目、と
ズキッ
ズキッ
2人きりの時間を楽しむんだ