運動

 

廿楽順治

 
 

運動が苦手だったので
体育の授業では射撃をえらびました

使う筋肉は脇だけです
走ることもありませんでした

きみはもうなんでも撃っていいんだ
という資格だけはある

死んだ友だちもいます
わたしは銃を撃ってもよいのです

マリアさんのうちで
わたしたちはたくさん食べさせてもらった

仕事がないので
最近は塗り絵ばかりしていたらしい

子どものころは
鶏肉の配給にどきどきしました

脇をしめて眼を細めます
この世の運動というのがこわいのです

 

 

 

東京球場

 

廿楽順治

 
 

その頃
才能というものを思っていた

落ちてくる球の影を
ぼくは
きちんと受けられるだろうか
とか

(ばかだよね)

あのじいさんたちは
捨てられた野手のように構えながら
すでに
腰をあげることができないでいた

落ちきってしまった
子どもらに
どんな
まぶしい地名をつけてやるか

見あげたまま
あやまって
かわいいぼくの目玉を
踏んでしまう

じいさんたちは
おかしいくらい
才能のないひとたちであった

 

 

 

スガイ燃料店

 

廿楽順治

 
 

燃料店のむすめはあかるかった
いつもわずかだが体が燃えているのだ

ばくはつのひとつ手前
(なのだろうか)

燃料
ということばには
わからない思想がないようにみえる

中学生のむすめの頬はいつも赤かった
あかるく
ふっとばすようなものがみのっていた

今日ふいにおもいだす
燃料のこと
燃料を売って暮らしていた家のむすめのこと

ばくはつのひとつ手前
(そこでしかみんなは暮らせない)

わからない思想はやがて
こっぱみじんになるのだろうか

むすめはもう
燃料ではないのだろうか

 

 

 

 

廿楽順治

 
 

お濠のまわりに
時計屋さんがいくつもあって

おなじ時間を売っている
ようにみえるが
(ほんとうはそこに陰謀がある)

わたしは右回りに歩いた

今はもうないが
お城の天守閣には
青くておおきな目玉があったらしい

教室のうしろで
柱時計みたいに
立たされた日を思い出す

みんなの時間なんか踏みつぶしてやる

右回りで
子どもたちの国がひとつずつ

音を立てないように
空へ消えていくのを見ている

 

 

 

シフト

 

廿楽順治

 
 

ぼくは
おじいさんの沼にはまっていく

羽なしで
ものをはこぶよろこび

(世界はすこしも動かないのに)

箱がいつか
眠る位置を変えていて
ぼくのシフトがひかっている

はこぶ姿で
ぴったりと
暮らすじぶんの骨格をくずさない

(内戦や)
ものの生死を

むずかしい教えのとおりに
見過ごしていく

虫の
ひとつ目

羽なしで
おじいさんの沼に

 

 

 

花札

 

廿楽順治

 
 

知っているひとたちが
その夜ひそひそとあつまっていた

だれもがじっと
じぶんの手のうちがわをみている

誰ひとり
花も 動物も 月も
そろっていない

ぽっくり死んだり
まだ生きていたりしているが

もうやめましょうよ

という意味のことばを
みんなで思い出そうとしていた

顔の恥部は
深くつぶされたまま
(結局なにも裏返しなどはしなかった)

花も 動物も 月も
誰ひとりそろわないのに

夜が終わったかのように
みんなは
深く息を吸っていた

 

 

 

羅宇屋

 

廿楽順治

 
 

象が
うずくまっていた

(じぶんの現象に夜通し泣けますか
 ってんだ)

羅宇屋の
汚れた指さきが

べったりと
わたしの夢の先端へ伸びてきた

どれどれ直してあげましょう
と声がやってくる

この場所では
あなたは もう「わたし」ではないのだから
というように

象はさらに
象のなかへうずくまる
(影はそれなのに少しもへらない)

ですが
その夜のくせはきっと直せますぜ

羅宇屋が
象の影とならんで

 

 

 

北白川拉麺

 

廿楽順治

 
 

後ろ側ばかりを
声高にありがたがっていた

(じょうぶつじょうぶつ)
(外食は戦争そのものですもの)

今ごろになって
近所のひとが
液体のように生きのびているのに気づく

わたしたちの
のびきった対話も
テーブルの下で濃くなるばかり

向きあった両岸がずれて
器の影がむしょうにかゆくなってくる

タケオさんですか
ふいに耳たぶを舐められた気がした

背あぶらの
外地のタケオさんの

あまりのうまさに
わたしたちはぎょっとした

 

 

 

座売り

 

廿楽順治

 
 

三越の少年音楽隊なんかに
入っちゃだめだよ

(死んぢゃうよ)

きみの眼の奥の
きいろい膿のたまったところ

おじさんはもうだめ あるけません
腰から下が地面なんだ

(売りてし止まん)

結局みんな
じぶんの夢が
なつかしいだけでなんですよ

(どいつもこいつも赤札だ)

だから三越の音楽隊だけには
ぜったい入っちゃだめ

しゃがんだ
戦争に
声を売られちゃうよ

 

 

 

踏切番

 

廿楽順治

 
 

ひねもす
骨になって
じぶんをわたってくるものしかみていない

それが

今日はずっと
空をみあげてやすんでいた

直線の世界で
いまごろになって
骨は不意にかんがえているらしい

わたしです
とうったえる南洋の怪鳥は
この世にいったいどれほど飛んでいるか

空をみおわって
やっと

近づいてくるけだもののような
でんしゃをみた

ぼくは死んで直線をみているだけ

いったいこの仕事は
骨になっても
するようなことなんだろうかと