「はなとゆめ」13 待つ

 

 

和解できませんでした
父とは和解できませんでした

わたしが浪人していたころ

秋田から出稼ぎに出てきた父と
蒲田の居酒屋で口論になったことがありました

わたしは父を愛したいと思っていました
わたしは子どものときから父を愛したいと思っていました

そんな父がセキセイインコを預けにきたことがありました

父が飼っていたつがいのセキセイインコを
曙橋のわたしの下宿に預けにきたことがありました

また
父が脳梗塞で倒れたあとに

ひとりで見舞いに帰省したわたしが帰るのを
父は二階の窓から見送り泣いたことがありました

わたしはつがいのセキセイインコを愛する父や
声をあげて泣く父を

愛しいと思ったことがありました
愛しいと思ったことがありました

でも
そんなこと

生きてるとき
一度も父にいうことができませんでした

いま

マリア・ユーディナを聴いています
マリア・ユーディナの平均律クラヴィーア曲集を聴いています

ヒトは

すべてが
終わるとき

なにを語るでしょうか
ヒトはすべてが終わるときなにを語れるでしょうか

わたしは終わりを待って
ゆっくりと終わるのを待って

それから
語りたいとおもいます

きみが愛しいと語りたい
わたしはきみが愛しいと語りたいとおもいます

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」12 水色

 

 

木洩れ日のなかに
モーツァルトの地獄があります

ブレンデルは

幻想曲 ハ短調 K.396から
ロンド イ短調 K.511の小道へ抜けていきます

チキンスープ食べました
今日もチキンスープ食べました

コンソメと

チキンと
舞茸と
漂白剤を買わなきゃ忘れずに

木洩れ日のなか

小道へ抜けていきます
アスファルトのうえにモコはしゃがんで放尿して

上目遣いにわたしを見ます

ブレンデルの瞳がわたし好きです
ブレンデルの瞳がわたし好きです

木洩れ日のなかこの世に起こったこと
すべてを見た

瞳で

沈黙して
口籠って

ブレンデルはそして笑いました
アルフレート・ブレンデルの眼鏡の奥の瞳が笑いました

子供の

日の
夏の
雄物川の
川底の

魚たちと

川底から水面を見上げたとき太陽が光っていました
川底から水面を見上げたとき水面に太陽は光っていました

水色はすべてだと思いました

光り
輝やいていました

そして
わたし口籠って

笑いました

そしてわたし笑いました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」11 地上の楽園

 

 

息を吐き
息を吸う

息を

吐き

息を
吸う

気づいたら
息してました

気づいたら息をしていました
生まれていました

わかりません

わたしわかりません
この世のルールがわかりません

モコと冬の公園を歩きました
モコの金色の毛が朝日に光りました

いまは
言えないけど

いつかきっと話そうと思いました

モコ
モコ

なにも決定されていないところから世界が始まるんだというビジョンは

いつか伝えたい
いつかキミに伝えたい

息を
吐き

息を
吸う

息を吐き
息を吸う

モコと冬の公園を歩きました
柚子入りの白いチョコレートを食べました

モコの金色の毛が光りました
モコの金色の毛が朝日に光りました

わたしはモコを見ていました

そこにありました
すでにそこにありました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」10 闇取引

 

この
世の

闇のなかで

手を
握っていた

この
世の

闇のなかで

女のヒトの手を握っていた

震える手を握っていた
懐かしい匂いに鼻をうずめていた

懐かしい
懐かしい

懐かしい


わたし思った

懐かしい匂いを嗅いでいた
懐かしい匂いを嗅いでいた

もう死にたいと女のヒトはいった
もう死んでるんだと

わたし
思った

女のヒトも
わたしも

この世に生まれてしまったから
この世に生まれてしまったから

もう死んでるんだとわたし思った
もう死んでるんだとわたし思った

この
世の

あちらとこちらで

闇取引は
あり

この
世の

かたすみの闇の
なかに

星を
見ました

いくつも星を見ました
いくつも星を見ました

懐かしい

思いました
わたし懐かしいと思いました

わたしいくつも星がひかっていました
わたしいくつも星がひかっていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」09 静かな所

 

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこ

には

ケージのHarmony XIII for Violoncello and Piano が聞こえていた

繰り返し聞こえていた
繰り返し聞こえていた

階段をゆっくり降りていった

死んだ祖母が
日焼けした皺くちゃの祖母が

着物を着て窓際に立って
いた

笑っていた

にんまりと笑っていた
静かにわたしを見て笑っていた

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこには

わたしの寝たきりの母も繋がっている

きっとわたしの姉も繋がっている
わたしも繋がっている

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこ

には

花が咲いていた
静かなとこには白い花が咲いていた

ラッキーが吠えていた
ヒバリが空高く鳴いてた

ヒトは
特別な動物でなく

ほとんどほかの動物と異なるところはありませんが
ひとつだけ異なるのは

ヒトは他界を夢見る動物だということです


谷川健一さんは語っていました
老いた谷川健一さんが他界ということをテレビで語っていました

津波で東北のヒトたちがたくさん亡くなりました
津波で東北のヒトたちがたくさん亡くなりました

津波で小舟がたくさん流されました

静かなとこ
静かなとこ

静かなとこ

には

たくさん小舟が流れ着きました
たくさん小舟が流れ着きました

たくさん小舟が流れ着きました

死んだ祖母が
笑ってました

日焼けした皺くちゃの祖母が笑っていました
着物を着て窓際に立っていました

にんまりと笑っていました
わたしを見て笑っていました

静かなとこ
には

白い花が咲いていました
静かなとこには白い花が咲いていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」08 浜辺

 

閑さんから教えてもらった

リヒテルの弾く
シューベルトのピアノソナタ第21番変ロ長調D960の第2楽章を

繰り返し聴きました

閑さんは言いました

シフも名演です

最近のものでは内田光子
ホロビッツの最初の録音も好きですが極めつけはリヒテルでしょうか

繰り返し聴きました

31歳で死んだ男の死の2カ月前の9月に書かれた
曲を繰り返し聴きました

第2楽章は
暗く沈んで始まって

だんだんと透き通っていって
一人の男の死の後に残すべき曲と思われました

リヒテルという

ロシア人の弾くピアノを聴いていると
広大な大地が見えてきました

小鳥の気持ちがわかるのだと思われました

リヒテルには

わたしは
休みの日には

モコと浜辺を歩きます

わたしは休みの日にはモコと浜辺を歩きます

風が通り抜けます
風が胸を通り抜けます

もうわたしはいなくなって
浜辺をモコがひとり歩いていくのを見つめます

もうわたしはいなくなって
浜辺をモコがひとり歩いていくのをうしろから見つめます

風が胸を通り抜けます
磯ヒヨドリが遠くで鳴いています

わたしはすべてが始まってしまったと思いました
わたしは浜辺でもうすべてが始まってしまったと思いました

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

「はなとゆめ」07 真昼の眠り

 

遠くで

小鳥が
鳴いていました

遠くで小鳥たちが鳴いていました

エロースは性愛

ストルゲーは家族愛
フィリアは隣人愛

アガペーは真の愛

古典ギリシア語で愛という言葉は四つあり
キリスト教で採用された愛はアガペーであるとウィキペディアにありました

性愛や家族愛や隣人愛はすこしわかりますが
真の愛はわかりません

昨夜ぼたるさんに電話して
鈴木志郎康さんの早稲田大学の講演会の約束をして

詩の原稿の約束をして

会社の仕事のことでクシャクシャになって純喫茶店で紅茶を飲んで
早々に届いた閑さんの原稿を見つめていました

神の留守とあった

真の愛とは人間の愛ではなく神の愛であって
神の愛は

神の人間への愛であって
親の愛とは異なり神には触ったことがない

神には触ったことがない

母はベットに横たわったまま息子のわたしを見上げて
そして動かない顔を歪めて笑います

その皺くちゃの顔や細く痩せた手や脚をわたしはさすります

別れのとき母は動かない顔を歪めて泣きます
もう声を出して叫ぶこともできない母が顔を歪めて泣きます

わたしはこの現実がなにかの間違いなのではないかと思うことがあります
わたしはこの現実が真昼の夢の一場面なのではないかと思うことがあります

遠くで小鳥が鳴いていました
遠くで小鳥たちが鳴いていました

早々に届いた閑さんの原稿を見つめていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

NEO CEDAR に支えられて

 

根石吉久

 

 

写真-199

 

また助かった。

脳虚血発作で、救急車で病院に運ばれたが、100時間くらい点滴を打ちっぱなしにしている間に、梗塞は起こらなかった。多分100時間の点滴は、血を洗濯したのだと思う。虚血発作は、脳の血管にどろどろした血が詰まりかけたのではないか。なんとか詰まらないで流れたのではないかと医者は言った。
入院の後半の点滴は、血が固まりにくくなる薬とコレステロール値を調整する薬に変わったらしく、午前中に二袋、夜9時過ぎから午前0時頃までの二袋になった。

奥村さんに書かなくてはならない礼状を書いてない。山根さんに書かなくてはならない礼状を書いてない。中島さんの原稿をネットに掲載してない。英語のレッスンの「二人一枠維持基金」の8月の入出金をやってない。浜風文庫の原稿を書いてない。やらなければいけないことが山のようになっている。目をつむるように、鉄砲玉のように畑に行く。
草を干物にして土に入れたところが、土がほっこりと軟らかくなっている。手のひらで動かすだけで軽く土が動き、糸状菌が埋めておいた太い草の茎にびっしりと白く食いついている。軟らかい。煙草をストップされた体が、かろうじてなぐさめられる。

煙草をやめようとしている。英語のレッスンがなければ煙草はやめられると人に言ったことがある。いらつくのだ。英語でなく他の言語だったらこんなにもいらつくことはないのじゃないかと思う。英語が産業の召使い用に使われることが多い言語だからか。強者の言語だからか。世界一の巨額な金をどぶに流す言語だからか。いらついて、英語の流行の中で「語学だ」とわめいたのだった。英語をやるっていうのは、語学をやることだとわめいたのだが、当たり前じゃないかと言われただけだった。当たり前じゃないかと言う人が、実際に英語を始めると、「聴き流すだけで使えるようになる」などという濁流に簡単に呑まれてしまうのを見たりするのだった。

磁場を欠くこと 投稿者:根石吉久 投稿日:2014年 8月30日(土)19時16分53秒

語学の本来の形は、磁場の磁力を欠いて、個の意識という点のような場で行われることがその一切であること。

このことによって、語学が扱う言語は「死物としての言語」である。
語学の当初からその規定は決してまぬがれることはない。

語学は、死物を蘇らせる行いなのである。
当初から、死物を扱う行いなのである。

生きた英語!

そんなものは語学の場にありはしない。
まるでそんなものがあるかのように思わせられて、幻を追う者たちばかりが大勢いる。

語学の真骨頂は、「蘇らせる」ということにある。

生きた英語!
磁場を欠いて、そんなものがどこにあるというのか。
語学が扱う素材は、印刷物であり複製音声にすぎない。

「蘇らせる」ことの後に、「生きた英語」が生まれるなら生まれるのである。
個において「蘇らせる」プロセスを欠いて、「生きた英語」が印刷物や複製音声で手に入れられると考えるとは!
英語漬けは英語馬鹿を生むだけじゃないか。

「生きた英語」というまやかし。
ここから一切の英語回りの迷信が発生する。

語学 投稿者:根石吉久 投稿日:2014年 8月30日(土)19時25分39秒

語学が扱う言語は、あらかじめびっしりと死んでいる。
それを蘇らせる力は、個におけるイメージの励起だけだ。
理解は媒介されるものにすぎない。
語にせよ、語句にせよ、語法にせよ、文法にせよ、あらゆるものをイメージとしてしまう架空の暴力的な行為。それが語学だ。

異言語の磁場は、そこをくぐった者を待っているのである。

以上は、語学論の掲示板『大風呂敷』から。
昨夜、レッスン前に殴るように書き付けた。それをここへ転写する(一部、書き換えと削除)。迷信を殴っても手応えはない。

NEO CEDAR を一本もらって火をつける。柿崎君は芋の葉っぱだと言うが、製品名にある CEDAR は杉などの針葉樹のことだ。パッケージにはどんな植物の葉っぱなのかは書いてない。「吸煙し、せきを鎮め痰を出やすくする薬です」という注意書きは書いてある。「成分および分量(一本分)」というところに、塩化アンモニウム、安息香酸、ハッカ油、カンゾウエキス、添加物として香料、その他2成分などと書いてあり、数字が書いてあるだけだ。

煙草のニセモノとしてこれを吸うのだが、けっこう気が紛れる。

深夜のコンビニで柿崎君に会って、NEO CEDAR を教えてもらった。コンビニの店先で、柿崎君はニコチンがよくないのだと力説した。タールは embalming といって、ミイラを保存したりするのに使われるくらいで、腐敗菌を寄せ付けないから体にいいのだと言う。柿崎君は NEO CEDAR を長いこと吸っていると言う。
死体を保存するのと生きている体では違うだろうと反論したりしない。うんうんと言って、柿崎君の力説を聞いていた。もしかすればそうかもというくらいにココロノカタスミで思う。柿崎君は、NEO CEDAR のことは本当は教えたくないようだった。アメリカンドラッグと他にもう一つの薬局にしか置いてなくてあまり入荷しない。入荷したものもすぐに売れてしまって買えないことが多いそうだ。

体にいいかどうかより、とにかく気が紛れる。喫「ニコチン」ではないが、喫「煙」であることには変わりはない。火をつけ口にくわえて吸う一連の動作は煙草を吸うのとまったく同じだ。だから気が紛れるのだろう。煙草のニセモノだが、喫「煙」としてはホンモノである。それに安い。吸っていた煙草は410円だが、NEO CEDAR は280円。一本吸っている時間も、すかすかの煙草の倍はある。葉っぱの密度があるせいだろう。

昨日は NEO CEDAR だけで昼間明るい間は紛れた。
夜、英語のレッスンに入る前に煙草を1本吸い、レッスン中にもう一本吸った。煙草の本数は激減している。入院前は一日に20本入りのパッケージ一つは吸っていたが、退院後10日経ってもパッケージにまだ二本くらい残っている。一日1パッケージが十日に1パッケージくらいになった。
これでやっていけるものかどうか。とにかく英語のレッスンの5時間あるいは6時間ぶっとおしの間に煙草の一本は要る。レッスンが済めば、NEO CEDAR で気は紛れる。

げろを吐くように、語学論と称するものを10年ほど書いた。レッスンを夜中の0時頃に終えて、ネット上の掲示板に向かい朝まで何か書くようなことを10年ほど続けた。ビールを飲みながら朝まで書いていたから、言葉もアルコールに漬かっているものが多い。
脳梗塞も脳虚血発作も、そんな生活に根があるのかもしれない。今は発作的にたまに書くだけになった。

げろがげろのままに放置されている。整理することも、まとめることもできないだろう。せめて、少しは見通しがよくならないかと思っているが時間がない。
小川さんが、「らくださんと根石さんの掲示板上のやりとりがわかりやすいので、そこを抜き出して独立した記事にしてみる」と言ってくれた。そういう作業をしてくれる人にお願いするしかない。

鉄砲玉のように、畑に行きたいのだ。
畑にしゃがんで、草だらけの草を刈り、出てきた土を手で掘り、その軟らかさに触っていたい。何が穫れなくても、かろうじてなぐさめられる。ただその辺に生えている草を使うだけで、土が人間用になっていく。それが確認できれば、なぐさめられる。

また最初からやり直しだが、それはそれでいい。
ここ数年で一番ひどい草だ。草ぼうぼうとはこのことだ。
しかし、これをどうすればいいかはわかっている。
ぎっくり腰と脳虚血の発作で、草とのいたちごっこに負けただけだ。どうすればいいかはわかっている。
草ぼうぼうの畑を見て、宮崎さんは「もうこうなれば駄目だな」と言った。宮崎さんも百姓育ちだ。「そんなことはない」と私は言った。俺は言った。草は刈ればいい。刈って干せばいい。干物になったら土に埋めればいい。この草ぼうぼうの中のどことどこにほっこりしている土があるか、俺はわかっている。
やり方はわかっている。

ぎっくり腰と脳虚血。
ただそれだけのことだ。

春にやったことの失敗は、生ごみ処理用に売っているポリエチレンの黒い袋を、土の上に広げて端を土に埋めたことだった。農家のマルチングと同じことをしたのが失敗だった。草の根がポリエチレンを突き抜けて、土とシートを縫ったようにしてしまうことを知らなかった。
シートは簡単にめくれるようにしておかなければならない。簡単にめくれて、簡単に草の干物を土に入れられるようにしておかなければならない。
草の干物を土に入れたら、その上にただシートを広げるだけでいい。シートの端は土に埋めなくていい。端を埋めないと風が吹けば、シートは舞い上がってしまう。だから、シートの上に刈った青草を散らして置く。青草は乾いてシートに貼り付いたようになる。それだけで強風が来ても舞い上がるようなことはなくなる。やり方はわかっている。手が足りないだけだ。

そんな馬鹿なことをやらないで、機械を使って耕せばいいとおやじは言った。
草を細断せず全草のまま土に入れるので、機械を使っても、草が機械の刃にからまり、機械は止まってしまう。機械は使えない。
もみがらなら機械を使っても大丈夫だが、朝暗いうちからあちこちの精米所からもみがらを集めなければならない。すでにやっている人がいるから競争になる。その競争はやりたくないし、夜中過ぎたころ寝る習慣だから無理だ。
だったら化学肥料か。

農薬漬け、化学肥料漬けの野菜を作るくらいなら、買って食ったほうがましだと俺は言った。
おやじは黙ってしまった。
俺も黙ってしまった。
立って話して、そんなふうになったとき、黙って煙草を一本渡したことがあった。土に座って、黙って二人で煙を吹かすのだ。山を見たりして。黙って。

煙草のニセモノの NEO CEDAR を吸うことに文句はない。
野菜のニセモノがいやなんだ。
一般に出回っているスーパーの野菜はニセモノだらけだ。見映えだけはいいのだが、野菜の味がしないものが出回っている。

久保田大工は、はだしで畑をやっていた。昔、大工仕事の足場から落ちたそうだ。歩くときは体をこごめて歩くが、畑の中では、四つんばいに這って草を取っていた。靴を履かないのは土を這うのに邪魔なのだろう。隣の畑なので、ときどき二人で土に腰を降ろして話をした。
タマネギが余るから持っていかないかと久保田大工が言った。もらいますと俺が言った。
もらったタマネギはまるまると太っていたが、半分使って、余った半分を台所にそのままにしておいたら、切ったところが真っ黒になった。3日ほどでそうなった。気持ちが悪いので捨てた。間違いなく農薬のせいだと思った。
自分で作ったタマネギは、まだ土がよくできていなかったので小ぶりだが、切ったところが黒く変色するようなことはなかった。一週間も経つと乾いて少し色が変わる。だけど、白いままだ。
久保田大工は、好意で俺にタマネギをくれたのだ。
好意でくれたタマネギを捨てなければならないのがつらかった。
つらいが、気持ちが悪い。まっくろになる。売っているタマネギでも、あれほど急激に変色するものはない。
まさかタマネギのせいではあるまいが、久保田大工は俺にタマネギをくれた年に死んでしまった。

脳梗塞の薬を飲むのと、まっくろに変色するタマネギを食うのとどちらが体に悪いか。わからない。たばこを吸うのと、英語のレッスンをしていらつくのとどっちが体に悪いか。これもわからない。ほんとうにわからない。

やたら救急車を呼ぶわけにはいかない。
ひとまずは NEO CEDAR だろう。

変色しない百姓仕事見習い募集中。