「はなとゆめ」20 はなとゆめ

 

 

チロチロチロチロと

虫の
鳴いて

秋の虫たちの鳴いて

います

今夜は
虫たちの声をきいて

すずを
ころがすよう

すずをころがすよう

あのヒトの俤も消えてしまった

虫の声の
この世の果てまで響いていました

*

夏の朝に

エアコンのカタカタとなって
トトトトトと

とまった

階上から水の流れる音がゴオーとなった

あまいコトバを
まだ書きたかったろう

うすき口あつき口へと水温む

とかいた
紙片を渡してそのヒトは

逝った

カタカタとなって

トトトトトと
とまり

水の流れる音が
した

*

かつて
叫びはあり

干涸びた午後に
太陽への祈りがあり

ない
言葉はうまれた

ない言葉は遠い夏の日の母のひだまりだった

*

かつて
ひだまりに

ならべた

ない言葉をおしならべていた

そして

死ぬのをみた
背後からない言葉が死ぬのをみていた

熱風は過ぎたろう
過ぎさっただろう

熱風こそ過ぎさるだろう

白い道があった
熱風のあとに道があった

*

熱風は過ぎただろう

熱風は
接吻した

石の唇に接吻した

石の唇を
舐めて

噛んだ

熱風は遠い声だったろう
遠い星雲の声だったろう

星雲は純粋身体だった

白い道に佇っていた
山百合の花が揺れていた

*

空色の花をみました

そのヒトの庭に
空色の朝顔の花が咲いていました

でも一日で萎れてしまうのですね

そのヒトはいいました
そのヒトはいいました

わたしには朝顔は遠い母に憶われました

遠い母に
届けたいとおもいました

空色の花を届けたいとおもいました
空色のない言葉を届けたいとおもいました

一度だけ
母を旅行に連れて行ったことがありました

沖縄で死んだ
たくさんの人々の名前のなかに

母の
兄の名が

刻まれていました

母はその石の前で崩れてしまいました
母はその沖縄の石の前で崩れてしまいました

でも一日で萎れてしまうのですね

そう
そのヒトはいいました

わたしは一度だけ母に

空色の朝顔の
ない言葉を届けたいとおもいました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

「はなとゆめ」19 おびただしい死

 

 

灰色の

瞳をしていました
わたしの

祖母は灰色の瞳でみていました

いつも窓辺に着物でたって
みていました

窓辺から
みていました

過ぎていくもの
消えていくものの

山百合の

花の
暗い林の中の

しろく咲いて揺れていました
しろく咲いて揺れていました

灰色の
瞳でみていました

沖縄で死んだ息子や

近所のヒトや
親類のヒトや

あじあのヒトたちや

てんのうへいかばんざい
てんのうへいかばんざい

そう叫んだことや

窓辺から
みていました

窓辺から
みていました

死者たちをみていました

おびただしい死者たちが過ぎていくのをみていました
おびただしい死者たちが消えていくのをみていました

 

 

 

※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。

 

 

@140911 音の羽

 

萩原健次郎

 

 

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川上から流れてくる人
強いられているのではなく
意志を固めて、眼をしっかり見開いて
身体は、上下に揺れることもなく
流れてくる。
ひとり、ふたり、さんにんと
等間隔で、川下に向かい
微笑んでいるようにも見える。

そうかもしれない。

自らの動力も気力も
発露することなく
ただ、上から下へと
地点を代えているだけなのだから。

生動の川は、無情ではない。

両岸に、四季の花々が咲き
風が吹き、
草木が潤い、また枯れ
滅していく。

光景は、拝まれている。
祈られている。

そして忘れ去られている。

そうかもしれない。

音楽のように、生きて鳴ったと思えば
生動の川も、無情ではない。

秋桜を
岸を歩いている
こどもたちに、あげよう。
言葉ではなく
聴いてきた、音楽の旋律をなぞって
しらせてあげよう。

溺れているように見えるかもしれないが
ただ、生動しているだけなのだ。
地上は、暴かれているだろう。
この真昼も

川の中から
拝んであげよう。
祈ってあげよう。

この世は、きょうも
生きるために、動いている。