広瀬 勉
海賊船。
和解できませんでした
父とは和解できませんでした
わたしが浪人していたころ
秋田から出稼ぎに出てきた父と
蒲田の居酒屋で口論になったことがありました
わたしは父を愛したいと思っていました
わたしは子どものときから父を愛したいと思っていました
そんな父がセキセイインコを預けにきたことがありました
父が飼っていたつがいのセキセイインコを
曙橋のわたしの下宿に預けにきたことがありました
また
父が脳梗塞で倒れたあとに
ひとりで見舞いに帰省したわたしが帰るのを
父は二階の窓から見送り泣いたことがありました
わたしはつがいのセキセイインコを愛する父や
声をあげて泣く父を
愛しいと思ったことがありました
愛しいと思ったことがありました
でも
そんなこと
生きてるとき
一度も父にいうことができませんでした
いま
マリア・ユーディナを聴いています
マリア・ユーディナの平均律クラヴィーア曲集を聴いています
ヒトは
すべてが
終わるとき
なにを語るでしょうか
ヒトはすべてが終わるときなにを語れるでしょうか
わたしは終わりを待って
ゆっくりと終わるのを待って
それから
語りたいとおもいます
きみが愛しいと語りたい
わたしはきみが愛しいと語りたいとおもいます
※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。
木洩れ日のなかに
モーツァルトの地獄があります
ブレンデルは
幻想曲 ハ短調 K.396から
ロンド イ短調 K.511の小道へ抜けていきます
チキンスープ食べました
今日もチキンスープ食べました
コンソメと
チキンと
舞茸と
漂白剤を買わなきゃ忘れずに
木洩れ日のなか
小道へ抜けていきます
アスファルトのうえにモコはしゃがんで放尿して
上目遣いにわたしを見ます
ブレンデルの瞳がわたし好きです
ブレンデルの瞳がわたし好きです
木洩れ日のなかこの世に起こったこと
すべてを見た
瞳で
沈黙して
口籠って
ブレンデルはそして笑いました
アルフレート・ブレンデルの眼鏡の奥の瞳が笑いました
子供の
日の
夏の
雄物川の
川底の
魚たちと
川底から水面を見上げたとき太陽が光っていました
川底から水面を見上げたとき水面に太陽は光っていました
水色はすべてだと思いました
光り
輝やいていました
そして
わたし口籠って
笑いました
そしてわたし笑いました
※この作品は以前「句楽詩区」で発表した作品の改訂版です。