3人娘が来る!

 

辻 和人

 
 

イチ
ニィ
サン
3人の

来る
来るぞ
やって来る
どうしよ
「ドーシー、ヨォーヨォーヨォー。」
輪っかの形でぷかぷか浮かぶ光線君ののんびりした声
光線君は「お客さん」の重みなんかわからないもんなあ
どうしよぉーよぉーよぉー

互いの家族は別として
結婚してからお迎えするお客様第一号
3人ともミヤミヤの職場に関係する方たちだ
同僚のHさんとWさん
以前職場の医務室に勤めていたMさん
皆さん独身
「これから私の大切なお友だち3人をお迎えしますからね。
かずとん、粗相のないようにしてね。」
イチ
ニィ
サン
3人娘だ

ぼく、慣れてないんだよね
「お客様」ってのに
思えば祐天寺のアパート、誰も入れなかったなあ
母親が一度様子を見に来てくれたきり
ファミちゃん、レドちゃんは毎日来てくれたけどさ
そんなぼくにホスト役が務まるのかな?
昨日は念入りにお掃除
普段サボッてる床の拭き掃除もバッチリやった
散らかり気味だったかずとん部屋も片付けた
約束の正午まで1時間
「かずとん、かずとん。
私、お料理頑張るから飲み物買ってきてくれる?
それから連絡きたらバス停まで迎えに行ってあげてね。」
はーい、はいはい
いなげやで白ワインとウーロン茶とオレンジジュースを買って帰ると
ジィー、ミヤミヤの携帯が鳴った
観念だ

「カーンネン、ネーン、ネン。」
輪っかの輪郭をぷっくぷっくさせながら光線君がついてくる
お気楽でいいな、光線君は
バス停には2人の女性が立っている
あれ、3人じゃない
「辻さんですか? 今日はありがとうございます。
実はWさん急用ができて1時間ほど遅くなりそうなんです。」
小柄で丸顔のH さん
メガネをかけて長身のMさん
3人娘のうちの2人娘
やって来ちゃった
キンチョーしてる場合じゃないぞ
「今日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございます。
家はすぐそこです。」

3人娘のうちの2人娘
にこやかだけど
キョロッと目力強し
背丈も髪型も全然違うのにどことなく感じが似てる
「かずとーん、2階を案内してあげてーっ。」
キッチンでいまだ奮闘中のミヤミヤが叫ぶ
「えーっと、ではこちらへどうぞ。階段は急なのでお気をつけてください。」
好奇心をキラキラさせてついてくる3人娘のうちの2人娘
「セボネー、セーボーネー、ザウルスーッ、ココ、セーボー、セーボー。」
工事中の家が恐竜だったことを知ってる光線君
ゆっくり階段を昇る2人の頭上を輪っかになってくるくるくるくる
「ここはフリースペース、このパキラはミヤコが10年育てたものです。」
「ザウルスーッ、アゴー、アーゴー。」
「ぼくの書斎です。
本棚に入りきらなかった本は恥ずかしながら箱詰めして積んでます。」
「キバー、スルドーイー、ザウルスーッ、キバー、バー。」
「こっちが寝室で、ミヤコの部屋も兼ねてます。」
「メーダーマー、ガンガン、ガンキュー、キュー、ザウルスーッ。」
光線君も頑張ってお客さんにお部屋をご案内している
「お客さん」をいつのまにか理解している光線君、えらいぞ
「素敵なお家ですねえ。明るくて周りも静かですねえ。」
説明する方向にキョロッ、キョロッと首を動かす
3人娘のうちの2人娘
礼儀正しいし、フレンドリーだし
さすがミヤミヤのお友だちだ
「ご飯できたので降りてきてください。Wさん遅れるので先に始めちゃいましょ。」

スパークリングワインとウーロン茶で乾杯
チーズと干しブドウをつまんでからアボガトとトマトと生ハムのサラダへ
「お庭素敵ですねえ。植える植物は自分で考えたんですか?」とHさん
「すっごく小さい庭だけどねえ。木は庭師さんと相談して決めたんですよ。」
「このサラダおいしい。生ハムとアボガトって最高の組み合わせよね。」とMさん
「ありがとう。アボガトって、私、昔から好きなのよ。」
ほめてくれる
何でもほめてくれる
にこにこほめてくれる
おりゃ?
ほめられると
空気がにこにこするんだな
「コーニー、コーニー、コニコニココッ、ニーニー。」
体を球状にコニコニッと弾ませ
丸い黒い目をすばやくあちこちに移動させる光線君
コニコニッ、コニコニッ
「周りは静かで緑も多いし、私もこんなところに住みたいなあ。」
ま、東京にしちゃ田舎ってことだけどね
Hさんにこにこ
Mさんにこにこ
ミヤミヤにこにこ
光線君はコニコニ
とくれば
ぼくもにこにこしないわけにはいかない
にこにこをにこにこで返し続ける
にこにこした時間
ここには否定ってモンがつけいる隙がない
「お客さん」を迎えるってこういうことなんだ

HさんとMさん、海外旅行が大好き
「前にMさんと北欧回ったことあったんですよ。オーロラきれいだったなあ。」
ミヤミヤより6つ年下のHさんが軽く宙を見上げる
「ネパール行った時困ったことあったよね。
山に登るつもりだったのに天候が悪くて2日も足止めされちゃったんです。
でも現地の人みんな親切で助かりました。」
ミヤミヤより1つ上のMさん、自らうんうん頷く
3人娘のうちの2人娘
旅の話になると目が輝きを増していく
キョロッ、キョロッ
「仕事で外国人の方とお話することがあるんですが、
するとすぐその国に行ってみたくなっちゃったりするんですよ。」
というHさん
私、世界をいろいろ旅したくて。
看護師という仕事を選んだのも職場に縛られることが少ないからなんです。」
というMさん
ミヤミヤも負けていない
「日本の外に出ると解放感が半ぱじゃないよねえ。
グアムの海に潜ってウミガメが一緒に泳いでくれた時は感動でしたよ。」
キョロッ、キョロッ
キョロッ、キョロッ
皆さん、祐天寺のアパートに閉じこもってばかりいたぼくとは大違い
れれれ、それでも
話聞きながら、ぼく
「へえ、トルコの絨毯、現地で売ってるとこ見てみたいですね。」
なんて返してるぞ、おい

良くは知らかなった人を
家に招いて
ワイン飲んでフリット食べて
お喋りして
にこにこして
ほめて、ほめられて
その輪の中になぜかぼくがいるんだよ

3年前の冬休みの朝
いつもはダラダラ寝坊しているぼくは
「よし、結婚してみるかな。」とガバッと起きた
ガバッと
ガバッと
ガバッと、だ
生身とメールして
生身とお話しして
生身と歩いて
生身と触れ合って
生身が収まる空間を作って
それから、それから
ついに、ついに
3人娘のうちの2人娘という生身が
というぼくとミヤミヤ以外の生身が
キョロッキョロッと歩いてきた
仲良く飲み食いしてお喋りして
でもって
今、にこにこした空気が流れている

おっと話題が変わった
「私、猫好きなんですよ。今度生まれ変わるとしたら、
かわいがられている家の飼い猫がいいなあ。」だって!
そんなHさんの言葉とともに
ファミとレドが空気の淀みとしてぽっと現れ
背を丸っこくさせて互いの体を舐め舐め
鼻筋をそっと撫でてやるとふにゅっと暖かくしなる
こりゃ生身だ
あったかい
チリビーンズが
Hさんの口に吸いこまれ
ワインの雫が
Mさんの口に流し込まれ
パンの欠片が
ミヤミヤの口に放り込まれ
そして
カップラーメンの器に注いだミルクが
ファミとレドの喉にピチャピチャ掬い取られ
せわしない
騒々しい
ガバッと起きてから
ついに、ついに
ぼく、こんな場面に辿り着いたんだ

「すみません、実はこれからジャムセッションに行く用事があって、
外に出なくちゃなりません。
Wさんにお会いできなかったのが残念ですが、
皆さん、ごゆっくりお話しなさってください。Wさんによろしくお伝えください。」
以前から誘われていて予定が動かせなくてね
丁寧に頭を下げて席を立つ
イチ
ニィ
サン
3人娘には会えなかったけど
3人娘の中の2人娘には会うことができた
キョロッ、キョロッ
生身だった
「ありがとうございました。セッション楽しんできてください。」
楽器を背負ってドアを開けると
11月も終わりの冷たい空気が流れ込んできた
それを搔きわけていくのは
あったかい
ぼくの生身だ
「コニコニーッ、コニ、コニーィ。」
唯一生身の存在じゃない光線君が円盤みたいな形状で回転しながらついてくる
イチ
ニィ
サン
3人の

の中の2人娘
来た
来たぞ
やって来た