抱擁

 

原田淳子

 
 

 

その冬、
さらば青春の光を追いかけて
辿り着ついた季節外れの異国の浜辺
風に脱色された砂のキャンバス
空と海が溶けあっていた

黒いヒジャーブに身を包んだ女性が
風の試練に耐えるように顔を布に埋めながら
白いあわいの水平を歩く
生の動線に、存在の黒点

眩しくて暗い象徴の絵画

天と地が抱擁するあの白いあわいを
安寧というのだろう

ベン・シャーンの抱擁のように
哀しみと歓び
未来と過去
生と死が抱きしめあう

足跡が砂にきえてゆく
風が音を鳴らす
そこの石には穴があいてるのですって

きみの白い骨は
あの風の音がしたよ
砂を舐めて生きてきた音

きみの外から
わたしは口笛を吹いた
きみのいた時の音に重ねて

わたしはわたしの箱をつくる
来る時
来る鳥
わたしはそこへゆく
風が過ぎ去ったあとの抱擁を夢みて

 

 

 

家のうちそと

 

工藤冬里

 
 

国々がお互いに国であるという一点で結ばれているのは不思議なことだ。連合も敵対も同じ平面上の弱い線の絡まりに過ぎない。
国々は、それが国であるというだけで大変に可笑しい。
例えばオランダ?プフ
といった感じである。
言語の数だけリーダーが必要なのも可笑しい。

数え上げ始めると消えていくのは
違う層にいたものたちを同じ平面に揃えようとしているからだった

ニュースでは
アメリカの林檎が青森を包丁で刺した
青森の林檎は110番したが
2022は黙って寺山の皮を剥いていた
(マキさん生きてたら84)
フラメンコにおけるタンゴという臍の緒の綻びは元タンゴを照らし出し、出産する
スペイン語の語順は様々な角度から差し入れる包丁のようだ
https://youtu.be/Kl43ObkSgS0

持続音、切断、重低音が欲しければ人生にエフェクターかますしかないのだろうか?
違う、「人生にエフェクターかますしかないのだろうか」って唄えばいいんだよ。
全ての哲学者はカント主義者である、とドゥルーズも言ってる。その意味は、不可能そのものを解とするということだ。
これはこの前の大友ラジオの、最後の即興duoを聴いた感想だ。
音は外にあると思うなら、音は外にあると唄えばいいだけだ。
音はライプニッツでもヘーゲルでもない。音そのものの不可能性なんだ。
そしてカントがサドになる加速主義に向き合うことだけが人生だ。
金がなくてエフェクターを全部柴山に売ってしまったぼくが言うのは負け犬の遠吠えみたいだけど機材持って移動は歳取ったら無理だよ未だ青春の諸兄姉
でもそれは唄っちゃうといけないことなんだよね
そこら辺の選択がフォーク野郎じゃないスローコアのキモかな
せめて界面ははっきりさせよう
音色を作る気はない

世界で一番美しい詩は何ですか
ときみはYahoo知恵袋で訊く
美しいと感じるものは人それぞれですからそんなことを訊くもんじゃありません
と解答される
あなたはどう思うのときみはぼくに訊く
言葉は存在の家です
とぼくは答える
15、6の頃徳島の本屋で文庫本を買って、以来、冒頭の「言葉は存在の家です」を巡って生きてきたような気がする
存在が家だと思っているかもしれないけれど
言葉が家で存在は家の中にあるんだ
家の中に入ってしまうと外から家を見ることはできない
「太初(はじめ)に言(ことば)あり」(約翰1:1)、というのを哲学的に考えると、
言葉に対して初めに言葉があった、と言うことはできない
その不可能性に向き合うことが詩なのだ
それに言葉は音で意味なくおやじギャグをかます
悟性がシニフィアンの増殖を抑えることはできない
オヤジギャグはその極致に至って現実界に変わり得る
突発的発生がもたらす切断、違法的享楽の場である
資本主義の盲目的な運動は親父ギャグに似ている
そうした駄洒落dad jokeは言語に属していない
言葉は存在の家ですという冒頭をよく噛み締めよう
言葉は人間の創造物や道具ではない
人間が言葉の中に住むのである
不服そうだねとぼくはきみに言う
でも世界で一番美しいと思うのはきみの「夕日を見にいく」という詩だよ
それにエミリーディキンソンの英語がなぜ美しいのかをぼくは説明できない
きみは喜んで同意する
瞬時に忘れる同音性地口の漂う家の中で

 

 

 

#poetry #rock musician

また旅だより 41

 

尾仲浩二

 
 

何年ぶりかに元日に初詣に行った。
ボケがはじまった母親の繰り返す話が辛く、少し散歩に行くと家を出て、子供の頃に暮らした団地など巡って夕方まで戻らなかった。
神社でもらった長寿お守りを渡すと、そのまま仏壇に置いて、また同じ話をはじめた。
今年は母の家に戻ることが多くなりそうだ。

2022年1月1日 千葉県君津にて

 

 

 

15日から写真展が始まります。
「マタタビ日記」 2000年から2005年の日記から、当時の作品とスナップで構成した展示です。
中野、ギャラリー街道にて30日までの土曜、日曜に開催。どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

訪問看護はいかがでしょう? III
(全員 ノー・マスク)

 

今井義行

 
 

《03までのながれ》
  
「ところで わたし 訪問看護ステーションの所長さんに ご提案が あるのです」と わたしは 言った

「看護師さんの 訪問看護は 30分間ですね 最初の15分間は 体温測定・血圧測定・脈拍測定ですね 残りの15分間は 健康相談や雑談となっています

この後半の15分間の内 5分間から10分間を 希望する患者さんへの オプションとして『ディープ・キス』へと 充ててみるのです」

「普通のキスではダメですか?」
「ディープです」

「実際のところ わたしたちのビジネスとは『風俗経営』に少し近いものだとは 分かっているんです・・・
けれども 突然の 提案に すっかり驚いてしまいました・・・
ところで『くちづけ』には 患者さんの 気持ちとしては どれくらいの 金額を お考えですか?」 

「税込み5000円です 看護師さんの『指名』をするときには プラス税込み1000円です 後腐れのない『医療行為』としての『くちづけ』は いかがでしょうか?
わたしには 既に 指名させてもらいたい 看護師さんが 3人います」

「・・・まあまあの 金額設定だとは思います しかし現在よりも 収益は
上がるのだろうか・・・?
ところで 患者さん コロナ対策については どのように お考えですか?『くちづけ』は 濃厚接触になると思いますが」

「コロナ感染を危惧する 訪問看護師さんたちには 大変申し訳ないですが 退社していただきます コロナ感染を危惧しない若い看護師さんたちは オーディションで 積極的に 採用をしていきます

「・・・患者さん 応募者はいると お感じですか?」

「おそらく いま 生活に 困窮している若い看護師さんたちは とても 多いのでは
ないかと 想像しています・・・」

「患者さん とても メンタル面での著しい低下を抱えているようには見えないですね
患者さん もしも よろしければ わたしたちの ビジネス・パートナーになって
もらえませんか 一緒に考えてもらいたい事など 多くあります
わたし 今日は これで 失礼します
これから 早速 訪問看護ステーションのリニューアルについて 検討に 入って
みなくてはなりません」

「その調子です 新人看護師さんたちの オーディションを行なう際には 必ずわたしも同席させてください」

 
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※ 前置きが 長くなってしまいました
ここからが「訪問看護はいかがでしょう? 03」の始まりです

※作中「わたし」は 重い精神疾患を抱えており 訪問看護師さんが来ない日には 殆ど
部屋に籠もりベッドで寝たきりになっている

※訪問看護師さんは「精神疾患」に特化した看護師さんたちであり 週に2回「わたし」を訪ねてきてくれている

 
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後日 訪問看護ステーションの所長から 電話がかかってきた

「患者さんからのご提案 実行に移す事に いたしました」

「ほほう」

所長は 語る
「訪問看護ステーションのホームページに『訪問看護師急募・看護師のお仕事の他に幾つかのオプション・サービスがあります』と載せたところ 希望者がオフィスに訪れましたよ 今のところ 応募者2名 若くて 清楚な看護師さんたちです」

「ほほう」

「患者さんが お気に入りの 3名の看護師たちも 再就職の目処が立たないから 退職はしないそうです」

「ほほう」

「ところでわたし 患者さんが提案したオプションの他に もう1つ オプションを
考えついたんです」

「ほほう」

「それは『緊縛』です!!ディープ・キスの他に 同じ税込み5000円で考えています」

「ほほう」

「わたくしの訪問看護ステーションの看護師たちは 面白そうねと はしゃいでいる
んですよ もちろん看護師たちの給与も大幅にアップしますから」

「ほほう 所長さんからも 素敵なオプションが 提案されるとは驚きました!!」

「『緊縛』のために 丈夫な縄を用意しています!!」

「ほほう 所長さん はりきっておいででいらっしゃる」

「所長たるもの どんどんアイデアを考えませんと!!こういう世の中ですからね
ところで オーディション会場は わたくしたちのオフィスではなく 患者さんの
アパートにさせていただけませんか?ベッドで横たわっている事が多い患者さんに
ご無理をさせてはいけませんから」

「ほほう もうそこまで考えていらっしゃる!!築30年以上 6畳1間 陽当りの悪い このスペースでよろしければ」

「では 決定です 応募者には わたしから 説明しておきます 1週間後に この
スペースを 面談場所に 使わせていただきます」

 
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1週間後の午後2時 ドアを強く叩く音がした「わたしです 参りました」

ドアを開けると 所長と若くて綺麗な女性2人が 立っていた

(ほほう いいんじゃない いいんじゃない!!)

「散らかっている部屋ですけど どうぞ どうぞ」わたしは 小さなテーブルを真ん中に置いて 彼らを招いた そうして わたしと
3人のお客さんは 向かいあって座った

「今日はここで オーディションを行います」と 所長は言った 審査員は わたしと
患者さんです」

「はじめまして 患者です!!既に所長さんからお聞きになっているかもしれませんが こちらの訪問看護ステーションでは 精神疾患者への 基本的なケアだけではなく
オプション・サービスを行ないます
看護師さんからは 次のような サービスを提供いたします」

応募者の 女性たち2人は わたしの説明を 真剣な表情で 聞き入ってくれている

所長は 語る
「1つ目は 患者さんからの要望で 好きな看護師さんを『指名』できるという事 2つ目は 患者さんからの要望で 『ディープ・キス』ができるという事 そうして!!3つ目は わたしからの提案で 看護師さんを『緊縛』できるという事 このプランは 決して
『女性蔑視』ではありません『医療行為』なのです。質問があったら お聞きいたします」

女性2人は 口を揃えたかのように「いいえ ありません・・・」と 言った
そして その内の1人は こう言った
「患者さん わたしには 暮らしがあります・・・けれど 何よりも 患者さんたちには 喜んでいただきたいと 思っているのです・・・」

そう言った女性の 瞳からは 涙が こぼれ落ちていた もう1人の女性の瞳からも
涙が こぼれ落ちていた・・・

(ああ わたしは 女性たちを 泣かせてしまった いったい 何をやっているんだろう わたしは・・・)

「・・・わたしは あなた方を悲しませてしまいました 本当に ごめんなさい・・・」
わたしは そう言って 2人の女性に 深々と 頭をさげた

所長も「本当に あなた方には 申し訳ないと思っています ごめんなさい・・・」
所長も そう言って 深々と 頭をさげた

 
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「それでは これから 応募者のお2人と 患者さんで オプション・サービスの
シミュレーションをしていかなければなりません」 

まずは『ディープ・キス』からです お気持ちを楽にしてくださいね さあ 向かって
左側のあなたから」

「はい はじめまして ◯◯と申します」

そうして わたしは 女性の顔に 口を近づけて くちづけをした

(ああ・・・・・ あまい・・・)

「次は 向かって右側の女性に 移ります」

「はじめまして ◯◯と申します」

(ああ・・・・・ あまい・・・)

「それでは『緊縛』に移ります」と わたしは言った 向かって左側のあなたから
荒縄なので 少し 痛いかもしれません」

わたしは 所長から借りた 荒縄を 女性の首から腰まで 縛っていった 

(ああ・・・・・ 食い込んでいる・・・初めてだな こういう事は・・・)

「あの 少しだけ 痛いです」
「分かりました 緩めますね」

(ああ・・・・・ 食い込んでいる・・・)

「次は 向かって 右側のあなたです」
わたしは 右側の女性を 縄で縛っていった

(ああ・・・・・ 食い込んでいる・・・)

「どうでしたか?」

「痛くもなく 緩やかでもなく ちょうど良かったです・・・」と 右側の女性は言った

「このように お2人は コロナの時代にも 毅然とした態度で 就労に対して 考えていらっしゃいます」と 所長は言った 
「お2人を 採用してみても 良いのではないでしょうか 患者さん?」

「そうですね わたしも そのように思います では 就労開始はいつからなど
細かい事は 所長さんと 訪問看護ステーションで 話し合ってください これで
シミュレーションを終わります」

わたしは言った
「皆さん これで 面談は終了です お疲れ様でした」
そうして 3人は 玄関から出ていった

3人が 出て行くとき わたしは思った

(看護師さんたちも 所長さんも皆んな 働く事のできる 身体なんだなあ・・・)

(ああ これで わたしは また1人きりになってしまうんだなあ・・・)

 
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「患者さん このプラン いけそうだと思いますか」
「そうですね 30歳以上 歳の離れた2人の女性たちは 了承してくれた
感じがします・・・」

1時間くらい経って 所長から電話がかかってきた

「わたし 訪問看護ステーションのホームページから もっと 応募者を 募って
いきたいと思います」

「そうです そうしてください 所長さん 新しいビジネス・プランは うまく成り立ちそうな気がいたします」

「わたしたち これからは 手を取りあって がんばって いきましょう」
「そういたしましょう」

 
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「さあ これから 忙しくなるな」と 所長は 電話の向こうで 半ばこわばっている
ような声で言った」

「注意事項ですが 所長さんは 応募者に対して シミュレーションを しては
いけませんよ 大切な大切な 応募者たちなのですから」

「ええ それは 分かっています わたしはあくまで 訪問看護ステーションの 経営者なのですから ね」

「万歳 万歳 万歳 万歳・・・・(空疎)」

「万歳 万歳 万歳 万歳・・・・(空疎)」

(ああ これで いいんじゃない いいんじゃない・・・かな・・・)

(それにしても いま わたしがいるところは ベッドが置かれている 小さな
アパートの部屋だ)

(わたしは とても疲れたので これから少し 昼寝でもしよう・・・
何だか とっても 寂しい 気持ちに なってしまったので・・・)