michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

俺っち、国電乗り回し遊びしたっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

戦後の、
国電がものすごく混んでて、
乗客がはみ出して、
電車の連結器の上の、
鉄板に乗っていた頃に、
俺っちら小学生の間で、
国電乗り回し遊びが、
流行っていたっちゃ。
亀戸から隣の錦糸町までのキップで、
総武線の下り千葉終点まで行って戻るって、
その間に駅名を覚えるっちゃ。
上りは中野終点まで行くっちゃ。
中野駅ホームは夕焼けだったっちゃよ。
途中の秋葉原で山手線に乗り換えて、
山手線を一周するってこともあったっちゃ。
混んでる車内で、
窓ガラスに顔を、
ぎゅっと押しつけられて、
飽かず車窓から眺めてたっちゃ。
錦糸町から歩いて帰る途中に、
覚えた駅名を暗唱するっちゃ。

俺っち、
大人がやってる、
連結器の上の鉄板に、
乗ったことがあったっちゃ。
風にあおられ、
電車が揺れるのが恐怖だっちゃ。
電車が平井を過ぎて、
荒川鉄橋に差し掛かると、
レールの下の、
ずっとずっとずっと下の、
川面のさざ波が
頭に焼きついたっちゃ。
次の新小岩に着くと、
ホームに跳び降りて、
ガクガク震える
両脚を、
抱きしめたっちゃ。

 

 

 

俺っち、ガラスの鉱脈を見つけたっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

「鉱脈があったぞお」って、
小学四年か五年の
俺っちが
叫んだかどうかは、
忘れちまったが、
敗戦後の焼け跡の
瓦礫の下には、
ガラスの鉱脈があったっちゃ。
掘れば、
ザクザクと
壊れたガラスの破片が
出てくる場所があったっちゃ。
大きなガラス戸が、
戦災の時に焼夷弾で、
焼けて倒れたところっちゃ。
俺っちら子どもは、
そのガラスの破片を掘り出して、
三丁目の小さなガラス工場に売って、
小遣い稼ぎをしてたっちゃ。
ビール瓶や酒瓶の破片は安く、
透明なガラスは高く、
クリーム瓶や花瓶の破片は
一番高く売れたっちゃ。

掘り出したガラスの破片を、
箱に選り分けて、
工場の焼け跡から見つけて来た台車に乗せて、
ガラガラって引っ張って行ったっちゃ。
三円か五円か稼いで、
駄菓子屋に行って、
空腹を満たすってこっちゃ。
駄菓子屋には、
当たりのある籤が売っていて、
「当たれっ」って、
叫んで、
ボール紙に貼りついた菓子を剥がすと、
外れで、
がっかり、
外ればかりだっちゃ。
絶対に当ててやるって
俺っち、
ガラス屑を売ったゼニをはたいて、
その当たり籤をボール紙ごと、
買っちまったのさ。
そうして、
一人で、
外れも、
当たりも、
ひとつひとつ、
剥がして行ったっちゃ。
当たりが出ても、
景品を貰っても、
嬉しくもなく、
ちーっとも、
面白くなかったっちゃ。

 

 

 

かずとん部屋の奇跡

 

辻 和人

 
 

いるんだって、この部屋に
誰が?
かずとんが
名づけて
かずとん部屋
広さは四畳半
パソコン机に小箪笥
愛用の楽器(トランペット)
東の壁は窓
西はドア
南は本棚
北は本棚に入りきらなかった本を詰め込んだ半透明のケースの山
北の壁の上方に目を向けると
ぽっかり

四角い穴
寝室につながってる
空気の流れを良くして1台のエアコンで2部屋分まかなうんだと
こんなところにいるんだね
かずとん

ミヤミヤがぼくのために作ってくれたかずとん部屋
詩を書く人間には個室はやっぱり必要だろうって
ミヤミヤがいつもいるのは隣の6畳の寝室
窓3つ、ベッドが2つに鏡台に机、整理棚
いつも片付いてて清潔だ
それに引き替えかずとん部屋
「かずとん、読んだ本すぐ片付けてね。新聞も床に落ちてるし。」
はーい、はいはい
かずとん的には多少散らかってる方が落ち着くんだけど
片付けてるとミヤミヤ
インターネットを介しての英会話レッスンのお時間だ
先生はフィリピン人
家のことだけじゃなく自分のこともしっかりやってる
「エーラーイー、ナーナー、かずとん、ヨリヨーリー。」
正四角形の形で浮かんでいた光線君がのんびりした口調で言う
うん、確かにえらいよな

と、かずとん、おもむろにパソコンに向かいヘッドフォンつけました
何やってる?
youtubeで猫ちゃん動画の検索だ
ノラ猫だったファミ、レドたちとのつきあいを通じて
ネットにあがってる猫動画の世界に一気に目覚めたってわけ
数ある猫ちゃん動画の中から
そら、お気に入りのが出てきましたよ
ノラの白猫のために魚を釣ってやってるおじさんの動画
おじさんが湖に向かって歩き出すと
草の茂みの中からニャーニャーと出てきて後をついていく
おじさんが立ち止まると白猫も止まる
おじさんが近づいてご機嫌取ろうとすると
シャーッ!
すごい剣幕でおじさんを威嚇
まさにノラ
でも、慌てない慌てない
おじさんはゆっくり水辺に降りていって竿を振る
しばらくして釣れたのはオイカワだ
伏せの姿勢でじっとしていた白猫
魚が釣れたのを見て突然ニャーニャー騒ぎ出す
おじさんが針をはずして魚を鼻先に持っていく
ビュッ!
白猫はいきなり鋭い爪で魚をひったくる
口にくわえて茂みの中に消えちゃったぞ
その姿を見て満足そうに釣り道具をしまうおじさん
その一部始終が動画に収められている
いいなあ
祐天寺時代から何度リプレイしても見飽きない
ぼくが釣り人だったら絶対同じことしてるな
ありがとう、おじさん
「オージー、オージー、アーリー、ガートーゥーゥー」

何だ?
いる
いるいる
このかずとん部屋には
かずとんの他にも
いるいる
いるよ

釣りのおじさん
「ちょっとごめんよー。」
かずとん部屋の真ん中に猫缶を置いて
近づいてきた白猫の頭を撫でてやろうと手を伸ばす
シャーッ!
引っかかれやがった
「見ろーっ、血が出ちまったじゃないか、このー、バカ猫。」
苦笑いするおじさんはどこか嬉しそうだ
ぼくも嬉しい
こんなこともかずとん部屋で起きるんだ
「ファミーチャーンモー、レドーチャーンモー。」
四角形の体をハタハタさせながら光線君が叫ぶ
よっしゃ、呼んでやろう
前足をむぐっむぐっと動かして空気の淀みを掻き分けるように
ファミが、続いてレドが現われましたよ
いきなり白猫と睨み合い
ウーゥグゥー、ゥグゥー
「おらおらー、お前ら喧嘩すんなよ-。」
おじさんがのそのそ歩いてきて間に割って入る
途端、3匹の猫ちゃん、クールダウンして毛繕い
「オジー、オージー、サスーガー。」
床に降りてきた光線君
何やら猫っぽいような、っぽくないようなふっくらした形状になって
猫ちゃんたちのマネして毛なんかないのに毛繕い

突然、ドーン
地響きとともに落ちてきたのは
ガタついた学習机
これ、小学校3年の時に買ってもらってつい最近まで使ってたんだよな
祐天寺から引っ越さなかったら絶対死ぬまで使ってたな
ファミとレドは勝手知ったるといった感じで
下の引き出しを前足で器用にあけて潜り込む
興味津々の白猫はぴょーんとてっぺんに飛び乗る
一瞬のうちに猫ちゃんハウスだ
「まあ、猫ってのは小さい城みたいな場所が好きだからねえ。」
おじさんが目を細めて言う
おりょりょ、直ってるぞ
この左のところ、留め金がなくなって机を畳めなくなってたのに
かずとん部屋、やるねえ

ふわっふわっ、今度は舞い降りてくるものが
こりゃー、ソニー・ロリンズのポスター
5年前に閉店したなじみのCD屋さんがオマケにくれた
東側の壁に貼ってた奴だ
ロリンズのサックス、すごい音だよなあ
ライブを2回聞きに行ったよ
このポスター、端っこ破れてたし、これまでだと思って処分しちゃったけど
今見ると破れてないじゃん
三角錐の形に変形した光線君
舞い降りてくるポスターを下からちょんちょん押し上げる
もう一度高いところから落ちてくるポスターと一緒に
光線君も長方形の紙の形状になってひらひら空気の階段をゆっくり降りる
すばらしいスカイダイビング
3匹の猫ちゃんたち、爪に引っ掻けようと飛びつく飛びつく
ボゥッ、ボッボボボゥーー
上下に飛び跳ねるカリプソのメロディー
「いいねえ、俺も若い頃聞いたよ。」とおじさん
「スーゴー、スーゴー、スーゴーイー、オートー。」

いるいる
いるよ
小平の四畳半に
祐天寺の部屋がまんま、いる
いるいる
いるよ

かずとんとその仲間たち
あの時はぼくはまだかずとんじゃなかったけど
とにかく仲間たち
いるいる
いるよ
釣りおじさん
白猫ちゃん
ファミちゃん、レドちゃん
机ちゃん
ポスターちゃん
その他、どやどや
昔ミュンヘンの駅で買った人形とかお土産にもらった光るナントカ石とか
やあやあ
また会ったね
いるいる
いるよ
みんな、いる
かずとん部屋には
みんな、いる
ぼくが祐天寺のあの部屋からいなくなってもう2年たつんだよね
ミヤミヤという伴侶を得て
新しい家で新しい生活をスタートさせて
祐天寺、永遠にサヨナラーって思ってたけど

まだ厳しい残暑
北の壁の上方
ぽっかり

四角い穴
ここから涼しい息が吹き込まれてくる
エアコンの風の姿をマネした
ミヤミヤの息だ
生身の息
「かずとんは詩を書く人なんだから、やっぱりお部屋はいるよね。」
鍵はかからない
寝室と穴でつながってる
そんなかずとん部屋目指して
仲間たちが旅してくれたんだ
小平のまま、祐天寺
祐天寺のまま、小平
ミヤミヤの涼しい生身の息が
優しくそれを許してくれた

「英会話のレッスン終わったよ。ーロン茶でも飲まない?」
いつのまにか背後にミヤミヤが立っている
「いいね。あのクッキーも食べよっか。」
ガヤガヤしていた祐天寺がフンッニュッと姿を消して
小平の四畳半だけが残った
この佇まいも落ち着いててなかなかいいじゃないか
ミヤミヤと一緒にトン、トン、トンとスケルトン階段を降りて
お湯を沸かす
「トントーンー、トン、イールーイールー。」
階段の段をマネようと試みる光線君が目をキョロキョロさせながら叫ぶ
ほんとだね
いる
いるいる
みんな、いる
ミヤミヤの優しい息のおかげでみんないる
お茶飲み終わったらまた遊ぼうね

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その18

 

佐々木 眞

 
 

 

モリマサコ、とちぎけん、とちぎけん
モリマサコ、栃木県なの?
そう、トチギケンで生まれたお。

いい薬です!
耕君、それなんのコマーシャル?
大田胃酸だお。

お父さん、脳波の英語は?
ブレインウエーブかな。
脳波、脳波

お母さん、リハビリってなに?
病気をした後、ゆっくりすることよ。

セイザブロウさん、下駄のお仕事だったでしょう?
そうよ。
ぼく、下駄好きです。下駄、下駄、下駄。

お母さん、遠ざかるってなに?
どんどん離れていってしまうことよ。
遠ざかる、遠ざかる、遠ざかる。

お母さん、「毎度ありい」ってなに?
「いつもありがとう」のことよ。
毎度ありい。

横浜線の快速停車駅は、八王子・片倉・八王子・みなみ野・相原・橋本・相模原・町田・長津田・中山・鴨居・新横浜・菊名・東神奈川・横浜です
ぼく言ったよ。
言ったね。

お母さん、震えるってなに?
こうやって、こうなることよ。耕君震えるの?
震えませんお。

お母さん、びちょびちょってなに?
お水でぬれちゃうことよ。
びちょ、びちょ。

お母さん、「わが」って「わたし」でしょ?
そうよ。

お母さん、なつかしい、ってなに?
「ああ、あの頃は良かったなあ」と思うことよ。

お母さん、パラダイスってなに?
天国。仕合わせな所よ。

いかんにたえない、てなに?
どうしようもないことよ。

お母さん、ダンボは象でしょ?
そうよ。

お母さん、輸血ってなに?
自分の血を人にあげることよ。

血圧測る時、笑っちゃだめでしょ?
笑うとだめよ。

笑うと連佛さんは?
「もう耕君なんか大きらい」っていうよ。
ワハハハハ

田中美奈子、むかし好きだった人ですお。
そうなんだ。

「わりとかんたん」てなに?
わりあい簡単ってことよ。

「ご迷惑をお掛けして済みません」て比嘉さんが言ったよ。
そうなんだ。

 

 

 

俺っち、おっさんの後ろ姿が忘れませんっちゃ。

 

鈴木志郎康

 
 

敗戦直後のころだっちゃ。
小学生の俺っち、
でっかい工場の脇の、
学校の帰り道で、
目の前に落ちてた札束を
拾ったっちゃ。
と、
前を見ると、自転車に乗った
おっさんいたっちゃ。
「おじさん、落し物だよ」って、
そのおっさんに
札束を渡しちゃったのさ。
札束を持って、
おっさんはさっと行っちまったっちゃ。
家に帰って、
兄に話したら、
そのおっさんの札束か
分かんねえじゃねえか
って言われて、
俺っち、がっくりしたっちゃ。
それが七十年余り経っても忘れられませんっちゃ。
亀戸八丁目の国鉄の踏切を越えて、
行っちまったおっさんの
後ろ姿が忘れませんっちゃ。
ふと、思い出すっちゃ。

 

 

 

神の下僕

 

長尾高弘

 
 

ちょっと前に、
明治憲法の体制のもとでは、
天皇以外はすべて臣民、
天皇が主(あるじ)で臣民は奴隷、
ってなことを言ったら、
鈴木志郎康さんに
臣民イコール奴隷とは言えないのでは、
と批判されて、
いやいや臣民は天皇の奴隷であると言っても
大きな間違いではないだろうと思いますぅ、
って開き直っちゃったんだけど、
実はそれから臣民は奴隷なりとは
あまり言わなくなって、
考え込んでおりました。
臣民は自由民じゃないわけだから、
奴隷と言ってもいいんじゃないか。
でも、江戸時代の大名だって、
幕府に切腹しろと言われたら死ぬしかなかったわけで、
自由がないと言えばなかったわけだけど、
家来をたくさん抱えて贅沢していたのに、
奴隷って言うのは変だよなあ。
そんなときに、
今井義行さんの詩を読んでたら、
ネットのSPAMメールの引用らしきものがあった。
Dear Servant YOSHIYUKI IMAI
Greetings to you in the name of God Almighty.

親愛なる奉仕者イマイヨシユキ
全能の神の名であなたにお挨拶。

英文の後ろに日本語のようなものがついていて、
これはGoogle翻訳にちょっと手を入れたものだと、
あとで作者に教えてもらった。
それはともかく、
そのservantという英単語を見て、
ああ、臣民てのはこれかと思ったんだよね。*
Googleはservantを奉仕者って訳したけど、
servantの訳語には下僕(しもべ)とか従者とかもあるよね。
臣民てのはそういうことでしょ。
ところが、英語にはslaveっていう単語もあって、
日本語の奴隷はslaveの訳語ってことになってるわけだよね。
だから、
Googleサーチでslave servant differenceも調べてみましたよ。
どっちも他人に支配されていることは同じだけど、
slaveは誰かの所有物で金で売り買いされるのに、
servantはそうじゃないって説明があって、
日本語の奴隷と従者、下僕の違いもそんなところなのかな、
と思った。
ほかのページを見たら、
今の世のemployee(会社の従業員)も、
slave、servantと大して違いがないじゃないか、
というようなことも書かれていて、
それはそれで説得力があると思った。
ただ、もとの話は、
明治憲法の臣民と現憲法の国民の違いで、
少なくとも法的な建前として、
人がみな自由なのかそうじゃないか、
ってことだから、
servantもslaveも自由じゃないってことで、
同じくくりで考えていいんじゃないかな。
法的な建前ってのは、
政治や裁判の前提ってことだから、
あんたは天皇の下僕なんだから、
つべこべ言わずに戦争行けよ、
ってなことじゃ困るわけで、
あんたは自由なんだから
天皇のために戦争に行く必要はないよ、
ってことじゃなきゃいかんでしょ。
奴隷とかslaveといった言葉は確かに強烈で、
臣民はそこまでひどくないよね、
って思いたくなる気持ちはよくわかるけど、
奴隷よりもマシだからああよかった、
なんて思っちゃうと、
臣民が自由じゃないことを忘れちゃう。
あと、奴隷ってのはたぶんそう古い言葉じゃないよね。
それこそ、slaveの訳語でございってことで、
外国の話だって感じがあると思うんだよね。
日本には奴隷なんていないよってさ。
本当はいたんだけど、
奴隷だってことを隠すために、
奴隷って言葉を使わないからさ。
人買いが出てくる山椒大夫の時代まで遡らなくても、
戦後まで続いていた吉原ってのは、
まさにお金で売られてきた女性たちを集めていた場所で、
その女性たちは売春を強制され、
しかも逃げられないように監視されていたわけだからね。
もっとひどいのが従軍慰安婦で、
本人の意に反して連れてこられ、
ひどい環境で売春を強制され、
逃げられないように軍に監視された上に、
吉原のように年期明けで自由になるということすらなかったわけでしょう。**
政権与党になるような勢力が、
現憲法の人権条項を旧憲法のように戻しちゃおう、
なんて改憲案(壊憲案だと思うけど)を出して、
それなりに通用しちゃうのは、
そういう言葉の魔術もあるよね。
こいつら従軍慰安婦はビジネスだったなんて言っちゃうわけだし。
自分の娘にやらせられることなのかよーく考えてみろよ。
あと、改憲案が大手を振って歩いているのは、
今の自由が自分で勝ち取った自由じゃなくて、
戦争に負けたおかげで、
棚ぼたでやってきた自由だから、
まだ自由に慣れていないってこともあるのかな。
ああ、イヤダイヤダ。

ところで、
servantには主(あるじ)がいるわけだよね。
SPAMメールの英語では、
言うまでもなくGod Almighty、
全能の神が主だけどさ、
明治憲法の臣民の主は天皇、
これが現人神だったわけだね。
もともと日本の神道なるものは、
山や木や岩を崇めたアニミズムで、
キリスト教みたいな一神教じゃなかったわけだけど、
明治以降の国家神道ってやつは、
現人神である天皇を崇拝する一神教まがいなところがあるでしょ。
ひょっとして、西洋のマネしちゃった?
天皇の命令の勅語ってやつは、
神のお告げで絶対なわけよ。
教育勅語に軍人勅諭、
一字一句正確に覚えることを強制されたんだもんね。
西洋の全能の神の教えは、
偶像崇拝を厳しく禁じてたのに、
御真影という偶像崇拝に化けたところが、
いかにも浅薄なマネかただけど。
頼むからそんなアナクロに引き戻さないでくれよ。
世界から何十年遅れたら気が済むんだよ。

 
 

*ほんの2か月ほど前にNYTの記事でsubjectという単語を見て、ああこれが臣民の本当の意味かと思い、そう書いていたのにもうすっかり忘れていた。全部書いて何度か書き直したあとで、ちょっと前に書いたものをチェックして気がついた。それはともかく、いずれにしても英単語の方が「臣民」の非自由民性をよく表しているようだ。

**2015年に訪米中の安倍晋三が、従軍慰安婦の人々のことを「人身売買の犠牲者(victims of human trafficking)」と盛んに言って回ったことがニュースになっている。本文中で触れたように、slaveはservantとは異なり人身売買の対象になるという意味があるので、あたかも慰安婦はsex slave(性奴隷)だという英語圏の主張を認めたかのようになる。しかし、日本語の「人身売買の犠牲者」は「性奴隷」よりも軽い。実際、安倍晋三は、朝鮮の人々が身内を売った、人買いも朝鮮の人々である、という日本の右翼の主張に沿っているだけで、日本の国家、軍隊の責任を認めておらず、謝罪していない。だから、元従軍慰安婦とその支援者たちは、安倍の欺瞞的な動きを厳しく批判している。なお、植民地に本国の権力構造の尻尾にくっついて植民地に住む一般の人々を裏切る者が出てくるのはいつものことであって、この現代日本にもここに住む人々のためでなく、アメリカの軍産共同体の利益のために行動しているとしか思えない政治家、官僚が総理大臣を筆頭として少なからずいる。

 

 

 

改稿 俺っち日本人だっちゃ。

 

鈴木志郎康

 

 

俺っち
国賊になれっちか。
そりゃ、無理だ。
ワーッテンドロン、
ワーッテンドロン。

俺っちは。
日頃、
日本語で生活してるんで、
母の言葉を覚えた時から、
話すのも読むのも、
頭の中は、
日本語。
英語もフランス語も
学校で習ったけど使えない。
もっぱら、
日本語。
日本語って意識もせずに、
日本語っちゃ。
俺っちは
日本人という自覚はあるっちゃ。
でもね。
俺っちの、
日本国民って自覚となると、
どうも、踏ん張れないっちゃ。
オリンピックで日本の選手が金メダル取ると、
ちょと嬉しい気になっちまうってとこ、
関係ないとも言えないし、
そこがあやしいっちゃ。
日本国が戦争したら、
敵に向かって、
一致団結なんて御免だっちゃ。
嫌だっちゃ。
俺っちの人生には、
日本国民って自覚するシーンが、
なかったのよ。
子どもの頃に、
小国民とされたことはあったけど、
そこにわだかまってるんかな。
外国に行ったこともないから、
国籍を問われるなかったっちゃ。
まったく無自覚に、
日本の国土に住み、
税金を納め、選挙で投票して、
生きて来てしまったっちゃ。

ですね。
俺っちは、
日本国民。
税金を納め、
年金で生活してる。

ところが、
2016年8月午後3時
今の天皇の
「ビデオメッセージ」が
NHKのテレビで
公表されたっちゃ。
高校野球の甲子園中継を見てた
俺っちは、
それを見てしまったっちゃ。
天皇は、
国民、国民って言ってるっちゃ。
天皇の象徴の務めが
果たせなくなりそうだから、
「生前退位」をしたいということらしいっちゃ。

「天皇としての大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。」
被災地で膝ついて人びとと話す姿を思いだすっちゃ。
「既に八十歳を超え、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。」
「これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。国民の理解を得られることを、切に願っています。」(注)
これ、
天皇が語った言葉だっちゃ。
日本語で語られた言葉だっちゃ。
普段は忘れてる、
直接目にしたことない、
天皇がテレビから、
こちらを見てたっちゃ。

日本国憲法第一条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

ってことのね、
生活の中で実感が
俺っちには、
ピンとこないっちゃ。
統合されちゃっているって、
俺っちの意志を超えて、
一つにされちまってるってことっちゃ。
ああ、
それが日本国民ってこっちゃ。
憲法にある「象徴」の意味が、
俺っちには、
よくわからなかったが、
「ビデメッセージ」によれば、
「象徴の務め」って、
「国民を思い」
「国民のために祈る」
「国民と共に」
「国民の理解を得る」
一人の人間が、
年老いるまで
これをやって来たってことだっちゃ。
俺っち、
そんなこと、
思ったことも、
考えてみたことも、
なかったっちゃ。

天皇って、
ずぅっと、
居るんだっちゃ。
俺っちらの見えない所で
剣と璽と八咫鏡の
三種の神器を継承した
生きてる人なんだっちゃ。
国体が維持されるっちゃ。
内閣を承認し、
国会を開会し、
文化勲章を授与し、
なんて、
国家的権力と
国家的権威の
ピラミッドを
がっちりと
支えてるってこっちゃ。
この国で、
八十年余りも、
俺っち、
生きて来たっちゃ。
ワーッテンドロンっちゃ。
ワーッテンドロンっちゃ。

 

(注)朝日新聞2016年8月9日朝刊。