michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

血縁ってのが遠くなっちまったで。

 

鈴木志郎康

 

 

はーい、
どうも、
どうも、
ありがとざんす。
お彼岸には実家に行ったでざんす。
俺っち、
概ねベッド生活。
電動車椅子と二本杖では、
行く機会がなく、
三年振りかな、
いや、
五年振りかな。
マトリ介護タクシーに一人で乗って、
蔵前通りから亀戸に行ったっす。
二本杖で身体を支えて、
降りたら、
その道端に、
俺っちの身体を心配して、
車杖の義姉が待っててくれたっす。
日曜日の歩行者天国になってる十三間通りを、
義姉の車杖と、
俺っちの二本杖とで渡って、
焼け跡からの鈴木セトモノ店は、
今や、マツモトキヨシとなった店の、
その二階の
亀戸の実家の兄の家に行ったんでざんすよ。
はーい、
どうも。
仏壇の両親の位牌に、
俺っち、連れ合い、息子らの、
合わせて八本の線香に、
火点けて、
手を合わせたんでざんす。

どうも、
どうも、
ありがとざんす。
今年米寿の兄は腰が曲がって、膝が痛い、
義姉も腰が痛い。
お寿司を取ってくれて、
会社で活躍する甥のこと、
それぞれの甥たちが会うこともない家族関係、
なんてこと、
さらっと熱心に、
話したんでざんす。

どうも、
どうも、
従兄弟たちも亡くなって、
もう、会うことないざんす。
なんか寂しいざんす。
血縁ってもんが、
遠くなっちまったで。
はーい、
どうも、
どうも。

いいや、
寂しがっちゃ、
いかん、
いかん、
政治家さんや
大企業の社長会長なんたら、
血縁で固めてるじゃん。
どっこい、
ほっこい、
俺っち、
なんとかかんとか、
まあ細ぼそっと、
敗戦後七十年七ヶ月を、
血縁から遠く、
個人で生きてきたんでざんすよ。
血縁は懐かしい思い出。
はーい、
どうも、
どうも。

昭和十七年か、
七歳のころか、
夏休みに、
本八幡の叔父さんの家に、
従兄弟同士で、
揃って遊びに行って、
昼は家の前の境川で泳いで、
夕方、
もの凄い雷鳴と稲光に、
みんな、
叔母さんにしがみついたって、
懐かしい思い出でざんす。
はーい、
どうも、
どうも。

 

 

 

 

Hitoha Nao

 

 

散りそめたもくれんの
朽ちていく すがた
あわれ

ひかり 萌え
花ばなの色 萌えだした
三月

ひんやり湿った
土の上で

咲くかのように
すこしずつ
かたちを かえて
縮んでいく

陽よふれ
風よふれ

この世の
うつくしきもの
すべてふれ

散り敷いていく
このはなに

 

 

 

fond 好き

 

いつも
車窓から

景色をみる

新幹線の
車窓から

景色が流れるのを
みる

景色が
好きなのか

景色が
流れ去るのが

好きなのか
どうか

ただ
みてる

流れ去る世界の景色があり
流れ去るものをつつむ世界がある

これを
好きというのか

ただ見てた

 

 

 

own 自分自身の

 

朝になる

障子をあけると
窓の外に

西の山と
軒下の

白木蓮のしろい
花が

見えた

窓辺には
桑原正彦の

子鹿の絵葉書がある

子鹿の向こうに草原が
ひろがり

遠くに
白い山脈が見える

いまハクセキレイが
鳴いた

西の山の上に灰色の空がある