michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

シングル・マザーとともに
(2019年作品の改作)

 

今井義行

 
 

おめでとう リアン!

「記憶にのこすのではなく 記録にのこしてほしい」と シングル・マザーの
アルジェリーが言ったので
わたしは いま この詩を書いています

アルジェリーの 長女のリアンは
母が 出稼ぎ労働をしている
ドーハに 今年 単身渡って
レバノンの男性と 結婚したという
彼女はもう22歳になっている

写真にうつっている レバノンの男性は 
リアンの腰に 優しく手を回している

おめでとう リアン!

・・・・・・・・・・・・・・・・

わたしは 2年前には婚約していた
相手は14歳年下の フィリピーナ
彼女の名は アルジェリーといった
わたしたちは日本で暮らしたかった
けれどねがいは無くなってしまった

どちらがどう ということではなくて・・・・・・・・・ アハ 考え甘かったね

わたしは 彼女を妊娠させる事はなかった
彼女には 既に3人の娘がいて
わたしたちには 4人目の子どもを育てる余裕などなかったのだ 

・・・・・・・・・ アハ 考え甘かったね

長女のリアンは 20歳で美しかったよ

・・・・・・・・・・・・・・・

フィリピンでかんがえていた あいについて ────
(そんな事 わかるわけ ないでしょう)

さらりとした 夏の気候の アルジェリーの家で
日本では そろそろ 春が 近い
けれど わたしの こころは 春から とおい

・・・・・・・・・・・・・・・・

それは どちらからともなく
あいが とおざかって いこうと していた からだ

(あいって なに・・・?)
(そんな事 わかるわけ ないでしょう)

日々に 薄らいで いくものは
どうする ことも できない

42日間の 滞在期間のなかで
わたしたちは しばしば 手をつないで ショッピングモールに出かけた
「Do you love me ?」
大通りで 乗り合いジープを 待ちながら
あなたは しばしば 私に 問いかけてきた

けれども あなたの 手からは 
伝わって くるものが なかった
いや わたしの手が 
何も 伝えて いなかったのか

「Yes, of course」と わたしは 言ったのだが ───

愛って なんだ ────・・・・・・・・・?
(そんな事 わかるわけ ないでしょう)

ある日の ショッピングモールの ホーム用品売り場で
アルジェリーは 電球を 1個買った
フィリピンでは
電球のことを 「 Akari 」と いうのだった

「 Akari 」わたしは その言葉に 惹かれた
なにか とても あたたかい言葉

家に戻って 電球を 新しいものに 取り替えた
煌々とひかる Akariに わたしは見入って
なにか 健康的な象徴を 見つけたような気がした

夜には わたしたちは
ふたり ならんで ねた ────
きまって アルジェリーは 先に 寝息をたてた

ときに 明け方に
アルジェリーは わたしのからだに しがみついてきた
黒い髪が わたしの口に 入ってきた

「Do you love me ?」
あなたは わたしに 問いかけてきた
「Yes, of course」と わたしは 言ったのだが ───

わたしたちは 服を 脱がなかった

それから・・・・・・・・・・
「トイレに行ってくる」と 言って
あなたは しばらく 戻ってこなかった

やがて 部屋に 陽がさしてきて
戻ってきた あなたは
わたしの首に 腕を巻きつけて

「Good morning, Yuki!」と 明るく笑った
わたしも
「Good morning!」と 明るく笑った

わたしは「Do you love me ?」と 言わなかった

・・・・・・・・・・・・・・・

アルジェリーのアイディアで
わたしたちは フィリピンから 少し 足をのばして
ブルネイ王国に
旅をする ことになった

ブルネイ王国には アルジェリーの
クラスメイトの ネリヤがいるのだ

空港では ネリヤと彼女の夫のジェームスが
にこやかに歓待してくれた
ネリヤは晩い第1子を身籠っていて
そのすがたを ジェームスが傍らで 見守っていた

ネリヤとジェームスは
5日間かけて 車で
ブルネイ王国を 案内してくれるという

・・・・・・・・・・・・・・・

何といっても美しかったのは
3日目の 早朝の青いビーチだ

わたしたちは はだしになって 寄せる波と戯れた
アルジェリーは 両手に
一生懸命 貝殻を 集めていた

わたしたちは ネリヤとジェームスが 用意してくれた
朝食を 木の椅子に 座って 一緒に食べた
そこで 記念撮影をしあおう ということになった

わたしは 寄り添い合って 微笑んでいる
ネリヤとジェームスを 撮影した
「今度は わたしが 撮るわよ」と ネリヤが言った

わたしとアルジェリーは 並んで砂浜に立った
「手でも つないだらどうだい?」と ジェームスが言った

わたしは しずかに アルジェリーの肩に手を回した
ネリヤが「そうそう いい感じ」と言った

わたしたちが撮ってもらったその1枚 ────それが
わたしたちにとって 一緒に写っている 1枚の写真になった

・・・・・・・・・・・・・・・

ブルネイの ホテルでは
わたしたちは シャワーを浴びたり
共同のキッチンで
コーヒーを 飲んだりして過ごした

わたしは ぼんやり 考えていた

日本では そろそろ 春が 近い
けれど わたしの こころは 春から とおい

・・・・・・・・・・・・・・・

それは どちらからともなく
あいが とおざかって いこうと していた からだ
日々に 薄らいで いくものは
どうする ことも できない

愛って なんだ ────・・・・・・・・・?
(そんな事 わかるわけ ないでしょう)

部屋の中で 持ち物の整理を していた時のこと
アルジェリーが 咄嗟に
わたしのパスポートを掴んで においを嗅いだ

「Bad smell!!(悪臭ッ)」
それが あなたの わたしへの印象だったのか

わたしは 黙っていた

ダブルベッドで わたしたちは
ふたり ならんで ねた ────
それから アルジェリーとわたしは 抱きあった

抱きあいおわって
ぼんやりとした 空間が わたしたちに残った

しばらくして
わたしは アルジェリーに 囁いた

「Let us break our engagement and become just friends.
I think it is good. (わたしたちは 婚約を解消して 普通の お友達になりましょう
それが良いと わたしは思います)」

アルジェリーは うなずいた
そして
あなたは ゆっくりと こう語ったのだ

「My love for you is gone… I dont have love for you anymore Yuki…
before when we met in the first time, I love you … but now no more…
(わたしのあなたへのあいはきえてしまった・・・もうあいがないのですユキ
わたしたちがはじめてあったときわたしはあなたをあいしていた・・・でもいまはもう
I tried to love you again but I cant!! Friend」
わたしはもういちどあなたをあいそうとしたの でもできない 

・・・・・・・・・・・・・・・

アルジェリーは 再婚しなかったという
アルジェリーとリアンとその夫の
しあわせそうな写真が 何枚も送られてきた

リアンは いまでも わたしの事を
「お父さん」と 呼んでくれている

アルジェリーは 家族の写真とともに
「How are you, Yuki?」と 
わたしに メッセージも添えて送ってくれる

「Fine!!」と わたしも メッセージを
添えて返信する

わたしたちはとても良い友達になっている

 

 

 

内なる声 *

 

さとう三千魚

 
 

もう
三日が過ぎた

土曜日
飲んだのだったか

三日が過ぎたことになる

頭が
すっきりしない

胃の後ろの背中も
痛い

飲み過ぎということか

なぜ
そんなに

飲むのか

急いで
きみは

どこへ行ったのか
どこへ行くのか

朝からの雨はあがった

窓辺は
急に明るくなった

さっき
外で

ハクセキレイが
鳴いた

ハクセキレイは嘴から目に黒い線を引いていた

きみか
きみなのか

ひかりだと言った

きみは
西の山の頂は白い雲に隠れていた

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”犬のためのだらだらとした前奏曲” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

cop26

 

工藤冬里

 
 

ホーボーから攻撃を受けて
湖畔の町は札を数える手を止め
(駅前ホールを借りたこともあった)
コンビニの前でうとうとしていると
ヤンキーが停まった
頭は曇って
頭蓋に窓はなかった
忠実であることを奪い合った
子供も大人もトリコロールだった

26回目の締結会議がグラスゴーで開かれていた
バオバブの木が暑さで倒れ
ヤンキーらは肥えて若鮎のように力強い


 

 

 

#poetry #rock musician

車椅子の少年

 

有田誠司

 
 

独りぼっちで死ぬのは怖いから
君が死ぬ時には僕も死ぬよ

息苦しくて目が覚めた
マスクもしてないのに
呼吸するのが苦しいんだ

僕は家の中の酸素が少なく感じ
フラフラしながら外に出る
大きく息を吸い込むけど息苦しくてたまらない

また同じ夢を見た

小学校の時の友達 坂本君だ
僕は思ってる事が上手く言葉にして喋れない
人が普通に出来る事が出来ないんだって

お母さんや学校の先生がそう言ってたよ
僕のたった一人の友達だった坂本君

小さな頃は生きてる事って不思議でさ
死んだら人はどうなるんだろ
この感情はこの感覚は
何処に行くのかな
怖いよ怖くて怖くてたまらないよ

そんな話をして震えてた

坂本君は僕に言ったんだ
独りぼっちで死ぬのは怖いから
君が死ぬ時には僕も死ぬよ

坂本君の車椅子を押しながら
いつも一緒に学校から帰ってた

動物園みたいな学校で
少し人と違う姿をしてる人ばっかりだった
皆んな仲間だからねって先生は言った
仲間なんかじゃないよ
僕はそう思ってたけど
誰にも言えなかった

独りぼっちの僕に
優しくしてくれたのは彼だけだった

繰り返し同じ夢を見る
あんなに怖いって言ってたのに
一緒に死ぬよって言ってたのに

息苦しくて目が覚めた

坂本君の車椅子を押しながら
話をしてる
また同じ夢を見た

車椅子の少年はもう居ない

 

 

 

フロイトやダニエル・ゲラン

 

駿河昌樹

 
 

まるでマルクスのように
フロイトが
語っている場面を思い出しておく

(大学の教養課程では必須の読書のうちのひとつで
(ああ、これは『幻想の未来』にあったよね
(と思い出せないなら
(単位を落してしまうだろうような
(教養の基礎の基礎レベル・・・

「社会の特定の階級だけに要求がつきつけられる場合には、その状況は誰の目にも明らかなものだろう。冷遇された階級は、優位にある階級の特権をねたむものだし、自分たちのこうむっている〈欠如〉をできるだけ少なくするために、あらゆることをするのは、十分に予想されていたことだ。これができないと、この文化の内部において長いあいだ、階級的な不満が蓄積されることになり、危険な暴発につながる可能性もある。一部の人々の満足が、その他の、おそらく多数の人々の抑圧の上に成立することを前提とする文化にあっては(現在のすべての文化の現状はこうしたものなのだ)、抑圧された人々が文化に対して激しい敵意を抱くようになるのはよく理解できる。この文化は抑圧された人々の労働によって可能になっているのに、抑圧された人々にはわずかな財しか与えられないからである。
そのような場合には、抑圧された階級の人々が文化的な禁止の命令を内面化することは期待できない。抑圧された人々は、この禁止を承認しないどころか、文化を破壊すること、場合によっては文化の前提そのものをなくすことを目指すようになる。抑圧された階級が文化にたいして示す敵意があまりにあらわなので、社会的に優遇されている層においても、文化への潜在的な敵意がひそんでいることがみのがされてきた。だから多数の人々を不満な状態のままにしておき、暴動を起こさせるような文化は、永続する見込みもないし、永続する価値もないことは、自明のことなのである。」(中山元訳)

文化
と呼ばれるべきキラキラシサを帯びた文化は
差別から
階級形成から
下層階級の徹底的な抑圧と固定化からしか
絶対に発生し得ないが
そのあたりの事情を
マルクスでもないのに
フロイトも
明晰に見抜いていた
のが
わかる

「一部の人々の満足が、その他の、おそらく多数の人々の抑圧の上に成立することを前提とする文化」

「現在のすべての文化の現状はこうしたものなのだ」

「抑圧された人々が文化に対して激しい敵意を抱くようになる」

「この文化は抑圧された人々の労働によって可能になっているのに、抑圧された人々にはわずかな財しか与えられない」

「抑圧された階級の人々が文化的な禁止の命令を内面化することは期待できない」

「抑圧された人々は、この禁止を承認しないどころか、文化を破壊する」

「多数の人々を不満な状態のままにしておき、暴動を起こさせるような文化は、永続する見込みもないし、永続する価値もない」

どれも
当たり前の認識であり言葉なのだが
マルクスやプルードンが言っているのではなく
フロイトが言っているところが
ひさしぶりに思い出すと
新鮮

ダニエル・ゲランの『アナーキズム』から
なにか引用しておこうかと思い
パリでのある夕暮れ
レストランを探す直前に
ジベール・ジュンヌ古書店で買った
ガリマールの《イデー叢書》版をめくってみたが
やめる

「無政府思想が、回教徒におけるコーランのように、信奉者から崇められる教義であり、不可侵の、異議をさしはさむ余地のない原理であると思われないよう、気をつけていただきたい。違うのです。われわれが当然の権利として要求している絶対的な自由は、絶えずわれわれの思考を発展させ、(各個人の知能の求めるままに)新しい視野へと思想を高めて、思想をすべての規則や慣習の狭い枠から離脱させるのです。われわれは”信者”ではありません」

ゲランの言葉の
こんな邦訳メモが
ノートにあったので
これを
かわりに記しておく

「各個人の知能の求めるままに」
というのが
厳しくもあれば
アイロニーに満ちてもいる

ゲランの原文は奇をてらわない簡潔な名文で
読んでいて
気持ちがよくなる
そういう文に触れると
こちらの頭も澄む

アナーキズムについてよりも
彼の文を手元に置いておきたくて
あの晩
閉店ぎりぎりの古書店で購入したのを
思い出した

まだ
いろいろな友人や知りあいが
生きていた

そのうちのひとりと
どこかで待ちあわせて
やはり
晩秋だったか
夕食をとろうとしていた

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その57

 

佐々木 眞

 
 

 

ベロ出しちゃ、ダメでしょう?
大丈夫よ。誰に言われたの?
マルヤマさんだお。

「後にしろ!」って、言われちゃったんですお。
誰に?
お父さんに。

コウ君、ヒトのいうことを聞かないんでしょう?
聞きませんお。
それなら、お母さんも、コウ君のいうこと聞かないわよ。
いいですお。
ほんとにいいの?
いやですお。

私は、オオツカ先生です。
こんにちは、オオツカ先生。

湘南台、地下鉄あるでしょ?
あるよ。

「頭使えよ。助けてやんないよ」って言われたよ。
いつ?
昔。

お母さん、大町から行ってください。
まだトトトの信号が怖いの?
少し怖いんですお。
そうなんだ。

特別扱いしちゃ、ダメでしょう?
そうだね。
特別扱いしたの?
しないよ。

お父さん、お財布探してください。
分かりましたあ。

コウ君、ほら、お財布見つかったよ。
良かったです。

病院は、手術とかでしょう?
そうよ。

コウ君て、むかしイエズス会、行ったことある?
あるよ。ぼく、イエズス会好きだよ。
そうなんだ。

コウ君、いまどこ?
江ノ島ですお。

コウ君、今日アオイケさんが来るってよ。
いいですお。

お父さん、今日ヒガさん、録画してくださいね。
分かりましたあ。

お父さんに「ベランダの洗濯ものからにしろ」って、注意されたお。
あれは注意じゃない。ただ言っただけだよ。
注意されたお。

コウ君、PCR検査で陰性だったってよ。良かったね。
良かったですお。

カサタニ先生、コントラバス弾いたお。
そうだったね。

ノブユキさん、病院のお医者さんだったよね。
そうだったね。

お父さん、今日録画してくださいね。
分かりましたあ。
お父さん、言いましたよ、お母さん。
良かったね。

私はフクモトリコです。
こんにちは、フクモトリコちゃん。
ハイ。

お父さん、お風呂洗ってください。
分かりましたあ。

磯子行きだと、大船行かないのよ。
そうなんだあ。

セイザブロウさん、なんのお仕事?
下駄屋さんよ。
ぼく、下駄はきますお。
はいてね。

デザイナーって、なに?
どんなお洋服がいいかな、って考えたりする人よ。

クリバヤシさんのご主人、なにしてるの?
亡くなられたのよ。
なんで?
病気で。

「守ってないじゃないか」って、怒られたのよ。
誰に?
ナカムラさんに。
いつ?
昔。
大丈夫だよ。

ぼく、ヒガさんの録画、みますお。
「推しの王子様」ですか?
そうですお。

口ずさむって、なに?
ラ、ラ、ラとか、よ。

トトトト、やめてほしいですお。
トトトト、怖いの?
怖いんですお。
でも、目の悪い人はトトトで助かってるのよ。

マコトさん、今年ヒガさん泣いちゃったんですお。
そうなんだ。
泣いちゃったんですお。

お母さんが好きなのは?
ぼくですお……、ケン?

お父さん、大好きですお。
お父さんも、コウ君が大好きですよ。