michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

東京の雪

 

正山千夏

 
 

もしも想いが見えたなら
ガラスのコップに注いで
飲み干そう

それとも
冬のお布団に詰めて寒い朝
ぬくぬくとくるまって

太陽を背にして
思いっきり吹き出せば
虹になるかな

空に昇って冷やされて
落ちてきたら大雪だ
しんしんしんしん積もって

クルマや人に蹴荒らされ
黒くなって溶けたと思ったら
またカチンコチンに凍って

私はその上ですってんころりん

 

 

 

あたりいちめんのしろは

 

ヒヨコブタ

 
 

寒波が数十年ぶりだと
積もり始めた日の朝には儚さを思い
午後にはこれは長引くと
ラッシュのころ報道されなくなっているばしょで
何が起きているか
その感覚はあの日のおそれにも似て

数日融けぬ雪が氷となり
すれ違う幼女は
なんでずっととけないの? と母親に

わたしに子がいたらなにを言いなんと答えたらう
そのぶぶんは雪より冷たい
こころのなかで雪よりも氷よりも

けれども雪はほんとうは降るほどにあたたかなのを
わたしは知っているから
そう半分じぶんを騙すように
笑わずに

 

 

 

ぎが

 

夜中に目覚めた

それで
朝になった

おじさんは
朝にはなるんだね

ぎがを
聴いてた

知久寿焼さんの歌うぎがを聴いてた

金色の髪の毛のぎが
10回払いで買ったぎが

おじさんは
会社辞めます

三月に会社をやめて詩人になります

お金のために働いた
のでなかった

きみたちのためにも働いた

 

 

 

のっぺり四角いものがだんだんと

 

辻 和人

 
 

のっぺり、のっぺり、のっぺり、したものが
四角く、四角く、四角く、
だん、だん、だん

降りている
伊勢原の実家近くの県営団地ですよ
ミヤミヤと年始の挨拶に行く途中
八幡様で今年の無事を祈願した後
のっぺり
現れた

ああ、これ
ぼくが小学生の時にできたんだよ
ぴっかぴかだったなあ
まあたらしいコンクリートの無臭がぷんぷんきてね
ほら、一軒家って何となく臭いがあるじゃん
そいつが全然なくってさ
スッ、スッ、スッ

段々畑みたいな坂をかっこよく降りてた
もう名前忘れちゃったけど
友達の1人がこの団地の4階に住んでたんだよ
階段の硬さがかっこいい
ちょっと息が切れるけど高いところまで昇るってもかっこいい
部屋の感じも四角くってかっこいい
胸にズキッとくる
四角の力だ
ぼくは新築の一軒家に住んでたんだけど
こんなところに住めたらなあ
高い窓からの眺めはいいなあ

それが何とまあ、今は
のっぺり、のっぺり、のっぺり
コンクリートって年を取るんだよね
四角は相変わらずだけど
線の縁がね
ボロ、ボロ、ボロ、ってくるんだ
名前忘れたあいつの家族、まだここに住んでんのかなあ
エレベーターないから部屋に辿り着くのも大変だ

実家への道を歩きながらミヤミヤに
「さっき通った団地、小さい頃は新しくてすごくかっこよかったんだよ。」って言ったら
「70年代頃に建てられたんだね。ウチの近くの団地もあんな感じじゃない。」
そういやそうだ
広くて緑の多い敷地に余裕たっぷりに配置された白くて四角い建物群
スーパーも郵便局も保育園も公園もある
若い夫婦が入居して
赤ちゃんの泣き声がいっぱいで
夕方になると「〇〇ちゃん、もうご飯よ。」なんて声がいっぱい
だったんだろうなあ
けど今は
のっぺり、のっぺり、のっぺり
杖をついて歩く人がいっぱい
残業を終えて10時頃通りがかると
しぃーん
灯りがついている部屋の方が少ない
「住居は福祉」という幟が立ってるから
もしかしたら建て替えの話が出てるのかもしれない

小さい時、テレビを見てて
怪獣が発した火の玉を受けてウルトラマンが勢いよく倒れこんだ先が
こんな団地だったなあ
四角く、四角く、四角く
くっそー
怒ったウルトラマンがL字型に腕を組んで光線を放つと
お見事! 怪獣は木っ端微塵だ
さて
幼いぼくがこの快感を得るために
スッ、スッ、スッ

四角く並んだ団地は絶対必要なものだったね
団地ってさ
豊かさの象徴、安定の象徴、新しい時代の象徴
かっこいいの象徴
そいつをぶち壊されたんじゃたまらない
ウルトラマン、頑張れーっ
やっつけろーっ

のっぺり、のっぺり、のっぺり、したものが
四角く、四角く、四角く、
だん、だん、だん

降りていっちゃった
実家が近くなるってことは団地が遠くなるってことだ
野菜畑の中の細い道を歩く
カラスがカーカー鳴いて、富士山がご機嫌な姿見せてる
ここからの光景、昔から全然変わんない
けど
まあ多分ぼくが気づかないだけだろう
スッ、スッ、スッ

のっぺり、のっぺり、のっぺり
になっていったように
カーカー&富士山、も
だん、だん、だん、と
変わっていってる
長い間独りだったぼくも
ミヤミヤという伴侶を見つけて
変わっていったさ
実家もいつまで実家でいられるかわかんないぞ
それでも着いたらみんなに新年の挨拶だぞ
おせちとお雑煮が楽しみだぞ
のっぺり、のっぺり、のっぺり、したものが
四角く、四角く、四角く、
だん、だん、だん、と
続いていくんだぞ

 

 

 

浜辺にて

 

おじさんに友はいた

だが
おじさんは

友をあてにする

わけには
いかない

真理も
普遍性も

あまりあてにできない

浜辺で
海をみてたりする

うぬぼれでもない
ロマンチックでもない

この波だった

きみのためではない
わたしのためでもない

ポリフォニーのなかにいた

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第20回

第7章 由良川漁族大戦争~僕らは若鮎攻撃隊

 

佐々木 眞

 
 

 

翌朝、ケンちゃんは、朝ごはんに山崎パンのトーストに生協のイチゴジャムをてんこ盛りに塗りつけたやつを1枚と、ネスカフェ・ゴールドブレンドの熱いのを2杯おいしくいただくと、おじいちゃん、おばあちゃんに「ごちそうさま」を言って、自転車を軽くひとまたぎ。あっという間に由良川河畔へとやってきました。

川には、一面の朝霧が立ち込めています。そこへ、寺山の反対側にそびえる三根山からまっすぐに立ちあがった5月の朝の太陽が、由良川を一望しながら、慈愛に満ちた光を放ちました。

ところどころうす雲をぽっかり浮かべた大空に、一羽のひばりが、ギザギザの螺旋状の軌道を残して舞い上がり、しばらくお神酒に酔っ払ったような歌を唄っていましたが、すぐに、青空のどこかで自分を見失ってしまったようでした。

素晴らしい朝です。
次第に温度が上がってくるようでした。

ケンちゃんは、由良川漁業協同組合の会員でもあるおじいちゃんから借りた漁網を自転車の後ろから取り出すと、それを井堰の上流15メートルの所に仕掛けました。
由良川の全幅700メートルにわたって、人の眼にも、魚の眼にも、それとほとんど識別不可能な漁網を、おじいちゃんに教わった通りに、端から端までていねいに張り巡らしました。
普通のネットだと破れる恐れがあるので、特別素材を二重にバック・コーティングしてある超ハイテク製品です。

そして、左岸に1本だけ立っている大きな柳の木の根っこのところにポッカリ口をあけている、例の千畳敷の大広間に通じる秘密の入り口の手前のところだけは、わずかながらネットを掛けない隙間をつくっておきました。
つまり、左岸の隅っこのわずか30センチを除いて、由良川は完全に封鎖された、というわけです。

それが終わると、ケンちゃんは、柳の木の下の木陰に腰をおろして、おばあちゃんが特別につくってくれた沢庵入りの特大おにぎりを、おいしそうに平らげました。
そして掌にねばつくご飯を、川の水でごしごし洗っていると、メダカが3匹寄ってきて、ご飯粒をツンツンつつきながら言いました。

「ケンちゃん、ケンちゃん、そろそろ1時だよ。戦闘開始の時間だよ。さっきから若鮎行動隊がスタンバッてるよ」

――よおーし。

気合いを入れながら、ケンちゃんは、寺山を背中にして西郷どんのような格好で、すっくと立ち上がりました。
ケンちゃんは上半身はもちろん裸ですが、半ズボンの腰のところにベルトをつけ、ベルトにはてらこ先祖伝来の少しさびた脇差をはさんでいます。

気合いもろともその短刀を腰からエイヤッと抜きはなって口にくわえ、一瞬川面ににぶい光をきらめかせると、ケンちゃんは、柳の根方から、一気に由良川に踊りこみました。
ケンちゃんは、口に短刀をくわえたまま、由良川の中央最深部めざして、ぐんぐん泳いでゆきます。

まもなく綾部大橋の下にさしかかります。
橋の下には、由良川でいちばん速い魚、すなわち50匹のアユが、全員うすいピンクのたすきを掛けてケンちゃんを待ち受けていました。

みなさま、覚えておられるでしょうか。これこそ、去る4月23日未明、全由良川防衛軍最高司令官に就任したウナギのQ太郎が編成した、海軍特別攻撃隊でした。

昨年の冬、丹後由良の海で越冬し、ふたたび由良川にさかのぼって来たばかりの頼もしいアユたちが、ケンちゃんの日焼けした顔を見ると一斉に胸ヒレを4回、背ビレを3回、尻ヒレを2回、そして尾ヒレを1回振って歓迎しました。
これが由良川の魚たちの正式の挨拶の作法なのです。

知育・体育・徳育の3つのポイントで厳重に審査された、由良川史上最強の若鮎特別攻撃隊は、ケンちゃんを三角形の頂点にして、見事なピラミッド梯団を組みながら、由良川を毎時13ノットで遡行してゆきます。

ドボン、ザボン、ガボン
僕らは若鮎攻撃隊

死地に乗り込む切り込み隊
命知らずの若者さ

ドボン、ザボン、ガボン
僕らは若鮎攻撃隊

邪魔だてする奴はぶっ殺す
ナサケ知らずの若鮎さ

みんなで唄いながら進んでいくと、やがて由良川は急に深くなり、きのうライギョたちが、ホルスタインを喰い荒していた地点にさしかかりました。

ここが「魔のバーミューダ・トライアングル」と呼ばれる怪しい一帯です。
水は濁りに濁り、前方は、ほとんど見通しがつきません。

 
 

次号につづく