佐々木 眞
明日
半分意識を失ってしまったケンちゃんめがけて、アカメは鋭い牙を鳴らし、直径15センチもある大きな口をガバとあけながら、勝ち誇って勝利の歌をうたいました。
♪勝った勝った
とうとう勝った
わいらあアカメや
とうとう勝った
いちの魚勝った
いちの魚偉い
にの魚勝った
にの魚偉い
さんの魚勝った
さんの魚偉い
よんの魚勝った
よんの魚偉い
ごの魚勝った
ごの魚偉い
ろくの魚勝った
ろくの魚偉い
しちの魚勝った
しちの魚偉い
はちの魚勝った
はちの魚偉い
くの魚勝った
くの魚偉い
とうの魚勝った
とうの魚偉い
わいらあアカメや
アカメが勝った
さいごの魚が
いちばん偉い
アカメアカメ
いちばん強い
世界でいちばん
わいらあ強い
まさかアカメがこんなに強い魚だったとは!
まさかアカメがこんなに歌がうまいとは!
ケンちゃんにとっては二重の驚きでした。
しかし、もう遅い。後悔してみても、すべては遅すぎる。
せっかく由良川の魚たちを救おうとはるばる綾部までやってきて、もうちょっとで、すべてがうまくいくところだったのに!
ああ、こんあところでアカメの餌食になってしまうとは! コンチクショウめ!
神様、仏様、残念無念です。
お父さん、お母さん、コウちゃん、ムク、みんなみんな、さようなら!
ああ、それにしても生まれてきて遊んだり、学校へ行ったり、また遊んだり、12年間生きてきたことは、いったい何だったんだろう? それにはどういう意味があったんだろう?
分からない。
面白かったのか、つまらなかったのか、苦しかったのか、楽しかったのか、幸福だったのか、不幸だったのか、それもよく分からない。
ただいっしょうけんめい生きてきた。無我夢中で生きてきた。だだそれだけだ。
でも、でも、ああそうだ。もし僕が今まで何か世の中に役立つことを何もしてこなかったとしても、そして、ここでアカメのやつに殺されてムシャムシャ食べられたとしても、少なくともウナギのQちゃんや由良川の魚たちはいつまでも僕のことを覚えていてくれるだろう。
それで十分だ。そうだよね、神さま!
だから神さま、僕があの時、友達にそそのかされて面白半分で棒で突いて軒の巣から落っことしてしまったコアイアカツバメのことはどうか許してください。
3才の時、タンポポとレンゲがいっぱい咲いている原っぱに立っていたら、どういうわけか僕のまわりに何十、いや何百匹というモンシロチョウが飛びまわる。
それで、次々にモンシロを両手で素手でつかまえては、ぜんぶポケットにいっぱいギュウギュウに詰め込んで、結局皆殺しにしてしまった。
あの時のモンシロチョウの香水のような独特の匂いがいまも鼻につんとくる。
そのことも忘れず許してください。
それから5才の時、お父さんからあらかじめ教わっていたのに、つい間違えてタカギ君ちの玄関のそばの電柱にへばりついていたヤモリをいっぱい捕まえてきて、水の入ったバケツの中に放り込んでしまった。
あれはイモリとヤモリをかんちがいした僕のミスでした。
苦しい、苦しいともがきながら溺れ死んでいったイモリ君! どうか安らかに成仏しておくれ。
ヤモリは茶色で、イモリは黒。お腹をひっくり返して、よーく調べてからにすればよかったんだ。イモリのお腹は毒々しいくらいの真っ赤だから、絶対に間違うはずはないんだから………。
ああ、神さま、許してください! 今度は絶対に間違えませんから!
それとお父さんにお願いして買ってもらったリスが、蛇にやられて死んでしまった時、ちゃんとお墓を作ってあげなくて済みませんでした。
床下に投げ込まれたままミイラになってしまったリス君! どうか勘弁してくれ。
それから僕は、お兄ちゃんにも悪いことをやってしまった。
タケとヒデとトシと4人でウナギ獲りに行こうとしてたら、お兄ちゃんのコウ君が「僕も連れてってくれおお」って必死に頼んだのを、僕は「コウちゃんなんか足手まといになるから駄目だ。帰ったらファミコンやったげるからおうちで待ってなさい」と冷たく突き放してしまったんだ。
そんな悪いやつだから、僕は今日アカメに殺される運命に昔から決まっていたんだ。
神さま、分かりました。僕はよろこんでアカメに喰われます。それでお兄ちゃんやリスやイモリに対しておかした罪が少しでも許されるのなら………。
そうして、ケンちゃんが泣きながら歌ったのが金子詔一作詞作曲のこのうたでした。
♪いつまでも たえることなく
ともだちでいよう
あすのひを ゆめみて
きぼうのみちを
そらをとぶ とりのように
じゆうに いきる
きょうのひは さようなら
またあうひまで
しんじあう よろこびを
たいせつにしよう
きょうのひは さようなら
またあうひまで
ああ、ああ、だんだん頭の中にモヤがかかっていく……
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お兄ちゃん、ムク、みんなみんな、さようなら、さようなら、さようなら……
つづく