境遇

 

みわ はるか

 
 

地元から離れた土地に住みはじめてもうすぐ6年がたとうとしている。
5階建ての3階に住むわたしは最近おやっと思うことがおこった。
どうもわたしの上に新しく越してきた若い女性をどこかで見たことある気がするからだ。
ずっーと考えているのだがどうしても思い出せない。
黒いセミロングの髪に色白のすらっとした女性。
ゆっくり歩く後ろ姿がどこか懐かしい感じがするのだ。

秋にしては珍しいポカポカ日和の早朝、アパートの駐車場を歩いていると後ろから声をかけられた。
振り向くとあの女性が笑顔で手をふって近付いてくるではないか。
わたしもとっさに口角を上げて笑顔を作った。
あっ思い出した。
あのやや皇族の人がふるような手のふりかたは…中学の同級生ではないか。
すっーとどこかで引っかかっていたものが解消されてすっきりした。
同級生ながらに思う。
やっぱり20代の女性は年を重ねて大人っぽく美しくなる。

彼女とはクラスこそ一緒になったときもあったが塾で仲は深まった。
少し家から遠いところにある同じ塾にお互い通っていた。
そこで一緒に机を並べて勉強したり、自習したり、ご飯食べたり、色んなことを話した。ゆっくりと頭の中で整理したことをきちんとした順序で話そうとする彼女の話し方が心地よかった。穏やかな気持ちになれた。

彼女はわたしと同じ、お酒が強いということがわかった。
自然な流れでお酒をのみに出掛けることになった。
長年会っていなかったし、少し大人びた彼女と二人座ってご飯を食べに行くのは少し緊張したけれど、それ以上にわくわくした。
お店はわたしが予約した。
照明がやや薄暗く、お酒が豊富に置いてあるカウンターをお願いした。
対面で話すのにはまだ時間が必要だと思ったからだ。
カウンターから見える厨房は小綺麗にされていた。
食器やメニュー表も和を重んじた落ち着く感じになっていた。
わたしは最近大好きなハイボールを、彼女はビールをそれぞれ注文した。
初めこそお互い譲り合いながら、探りあいながら、ぎこちない会話が交わされたけれど、お酒と時間が私たちの空気を意図も簡単に和やかなものにしてくれた。
中学を卒業してから20代中盤にさしかかった今までの間を急いで埋めるように話続けた。
ケラケラと笑いながら、思いがけないことに驚きながら、共通の知人の結婚や出産を羨ましあいながら、あっという間に時は過ぎて言った。

帰り道、同じアパートを目指して夜道を歩いた。
行きに降っていた雨は嘘のようにやんでいた。
傘をぷらぷらふりながら、月が私たちの足元を照らし続けた。
今日一番驚いたことは私たちは同じ境遇を今生きていることだった。
同じだからこそ悩みも同じだった。
それを相談できる相手ができたことは素直に嬉しかった。
人はやっぱり一人では生きていけなくて、誰かに相談したり意見を仰いだりすることがものすごく大事だ。
その「境遇」は、わたしたち二人の秘密にしておこうと思う。

これも何かの縁だ。
それもものすごく意味のある縁だと感じる。

 

 

 

旅日記

 

みわ はるか

 
 

先日、小学校の同級生2人とともに旅行に行った。目的地は淡路島と姫路。電車と新幹線、高速バスを乗り継いで行った。

明石海峡大橋は大きかった。想像以上に大きかった。海からの高さも高く、落ちたらきっと助からないだろうと思ったら少しだけぞっとした。淡路島は快晴だった。渦潮を見るためのフェリー乗り場にはちょっとしたお土産屋さんがあった。いたるところに玉ねぎを使ったお菓子やスープなどがたくさん並んでいた。玉ねぎが有名だとは聞いていたけれどこんなにも推しているのには驚いた。時間になったのでフェリーに乗った。潮のにおいが鼻につんときた。海は青いというより鮮やかなグリーンだった。渦潮は吸い込まれるような美しさと迫力があった。海風は気持ちよかった。

古民家を改装したような民宿に泊まった。女将さんはとても親切な人だった。隣との壁は薄かった。大学のサークルらしきメンバーが泊まっていたようだった。とても騒がしかった。お酒を飲んだ。たくさん、久しぶりに飲んだ。3人だけが知る昔話は秘密の共有のようで嬉しかった。わたしたちはもうわたしたちだけで旅行に行ける年になった。お酒を飲めるようになった年もずいぶん前に通り越した。もうこんなに楽しくゲラゲラ笑いながら過ごす、この3人の夜はきっと来ないだろう。結婚する人がいるだろう、転勤で遠方にいく人がいるだろう、色んな制約がたちはだかるだろう。お互いそれをわかっていたから、ずっとこの日が続けばいいと思ったはずだ。

翌日は生憎の雨だった。各々好きな色の傘をさした。小学生のときは黄色の傘でないとだめだったことを思い出した。あの時は後ろから見たらみんな同じに見えたっけな。
姫路城はやっぱり白かった。天守閣に登るのに1時間もかかったけれど、けっしてお城に興味があるわけではないけれど、確かな感動を味わった。だから世界遺産なんだなぁ~と感じた。

帰りの新幹線はあっけなく地元の最寄り駅に着いた。別れの時間だった。貴重なこの時間をかみしめながら手をふって別れた。また行こうねとは誰も言わなかった。それがなかなか難しいことをお互い分かっていたし、社交辞令を言うような間柄ではなかったから。それが逆に清々しかった。

雨がいつのまにかやんでいた。雨水で少し重くなった傘をぷらぷら揺らしながら帰路に着いた。

 

 

 

お盆

 

みわ はるか

 

 

久しぶりに履いたヒールは思っていたより自分を大きく見せる。
数十分もすればそんな自分にも慣れてくる。
足の日頃あまり使っていない筋肉だろうか、ピリピリと痛くなる。
それでもヒールがかっこよく履きこなせるのは若いうちだけだろうと思って頑張って歩く。
コツコツと歩く。

久しぶりにお盆休みを使って帰省していた高校の部活の先輩と会うことになった。
3年ぶりぐらいだろうか。
地元では少し名の通ったカフェで待ち合わせをしていた。
自動扉をくぐると、あー本当に懐かしい、当時妹のように可愛がってくれた小柄な先輩の姿が目に入った。
あのときと何も変わらない優しさが滲み出ている笑顔でわたしを待っていてくれていた。
黒い長い髪をきれいめなシュシュでまとめ、化粧も丁寧に仕上げ、まさに都会のOLさんといった風貌だ。
その先輩は見た目からは想像できない行動派で、大学時代には一人で南米を横断している。
お土産でもらったいかにも南米ですと言わんばかりのポシェットを今でも大事に使っている。
音楽も大好きで、今は社会人で結成されたバンドのギター弾きをやっているという。
そんな趣味や仕事でいっぱいの先輩は、数か月前にその時付き合っていた人とはお別れをして今は恋愛には興味がわかないという。

色んな興味がわくことがあることがとっても羨ましい。
そして、失敗してもいいからそういうものすべてに挑戦し続けている先輩がかっこいい。
わたしが高校1年生で出会った先輩はやっぱり今でも先輩だった。
年齢からくる上下関係だけではなくて、なんかいいな、人として尊敬できるな、話を聞いてほしいな、なんだかそんな気持ちが勝手に出てくる。
お姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかな。
ぐるぐると想像する。

たった1時間の短い時間の再会だったけれどとてもいい時間だった。
高校の制服姿しか知らなかった先輩のあか抜けた私服姿は新鮮だった。

お酒が強いとわかった先輩と今度は飲みに行く約束をして別れた。
スタスタスタスタと駅に向かっていく先輩の後ろ姿はやっぱりまぶしかった。

 

 

 

時間

 

坂根 秀

 
 

七時に彼女に会うことになっている
無我夢中の一日
喫茶店で待っていたのは
七時だった

夜は一時に寝ることにしている

ベッドに行くと彼女がいた
君はここにいたのか
とベッドに入ると
一緒に寝そべったのは一時だった

いつも時間が私を待っている
私を待つのは時間ばかりだ

 

 

 

地獄だまり

 

道ケージ

 
 

オレが息も絶え絶えなぜこんな
ああサンタマリアと呼んだとき
オマエものまね番組ケラカラ笑い
いやいやそれは悪くない
遠く離れる宵闇の月

俺が欄干手をつき川面見て縮んだカエルを急かせると
お前メール寄越して「牛乳買って来て」
イヤイヤそれは有り難い
おかげでセヴンに戻ったさ

オリがナイフ握って殺るか殺られる尖っていると
オメーは風呂の水滴拭いたかと
えらい剣幕ドア閉めた
イヤイヤそれは助かった
憑き物落ちて桃剝いてそのまま流しに置いたから

オレが望まぬ戦い戦って
殴られ骨折り血を流し
あげくに裏切り警察沙汰に蒼ざめて

そのときお前は多摩川で
光の柱に包まれて いいことありますようにと
祈ったらしい
いやいやそれはいいことだ

関わりないことのみ美しい
それがよい(ヽヽ)かはわからぬが
遠く黙って何もしない
黙って知らずに動かない
知らずに黙って何もしない
それでよかと

 

 

 

夏、海の日に綴る

 

みわ はるか

 
 

蚊に刺されて目が覚めた。
ブタの形をした蚊取り線香に手を伸ばしスイッチを入れる。
しばらくするとその特有の臭いが漂ってくる。
不思議とこの臭いは嫌いではない。

日用品の買い物に出掛けた。
エアコンのフィン用のスプレーや、日焼け止め、花火等が入り口近くにたくさん並べてある。
本当に夏が来たんだと視覚的に感じられる瞬間だ。
かごに必要なものを入れ、レジに並ぶ。
列の先頭にはいくつか商品が入ったかごを前に清算の準備をする70代くらいのお婆さんがいた。
きれいな短めの白髪に、少し腰の曲がった小柄なお婆さん。
たまごボーロ、米製品のおかし、角砂糖がまぶしてあるいかにも甘そうな煎餅。
ふと突然に今は亡き祖母を思い出した。
祖母もこんなようなおかしをよく買っていたなと思い出した。
孫にも厳しい性格の持ち主だった。
ちょっと近所に足を運ぶのにも身なりをきちっとしていきなさいと諭すような人だった。
近所のドラッグストアにラフすぎる格好で来ている今のわたしを見たら叱責されそうだ。
少し冷や汗が出た。
だけれどもものすごく会いたくもなった。

ローラースケートにはまっている。
河川敷沿いにきれいに舗装された道がある。
タイムを計りながらランニングしている人、犬の散歩をしている人、キックボードをしている人男子小学生、しろつめ草で冠を作っている保育園児。
思い思いに仕事終わりや学校終わりの明るさが残るわずかな時間をそこで過ごしている。
そこで、赤い小さな自転車に乗る、これまた赤いヘルメットをかぶった小さな男の子に出会った。
年を聞くと4才だと言う。
何に興味を持ったのか、ローラースケートで滑るわたしの後を一生懸命ついてくる。
ほんわり優しい気持ちになった。
遠くでその男の子の付き添いで来たと思われる白髪のおじいさんがにこにこ縁石に座ってこちらを見ている。
軽く会釈をした。
汗だくになってきたわたしは地面に座り込んだ。
ヘルメットをとって休憩していると、その男の子がじっーとこちらを見ながら「お姉ちゃん、頭べちゃべちゃじゃん。」と笑った。
思わずケラケラわたしも笑ってしまった。
子供は思ったことをストレートに言えていいな~と羨ましくなった。
大人になると愛想笑いや思ったことも言えない窮屈な場面がたくさんあるなと悲しくなる。
わたしが「まだ自転車乗るの!?」と訪ねると「まだ頭べちゃべちゃじゃないもーん。」とこれまた心に突き刺さるようなことをずばっと言われた。
またケラケラと笑った。
男の子に大きく手をふって別れた。
またここに来たら会えるといいなと心から思った。

入道雲がもこもこと空を覆いつくす夏が来た。
どこか前向きな気持ちにさせてくれるこんな空が大好きだ。
夏は始まったばかりだ。

 

 

 

こんなに空が青くては

 

道ケージ

 

こんなに空が青くては
死ぬこともできないだろうに

こんなに空が青くては
とうに失った希望を思い出すだろうに

こんなに空が青くては
人を信じない人を信じる気になっちまう

こんなに空が青くては
ぬかるみの夜を忘れすべてを許したくなる

こんなに空が青くては
殺し行く勘気もほどけ
ナイフでリンゴをむいてやる

いったいどうしたというんだろう
すいこまれながら
遠くを見つめると
忘れた悲しみが落ちてくる

苦い果肉を噛んで
すすり泣きする少女の
髪を撫でようとして
風が邪魔をする

リンドウが揺れる道
果てに広がる青空
稜線の風が吹き上がり
なにものでもないと消え行く

こうして生きてるんだか死んでるんだか
わからない日がはじまる

こんなに空は青い
はじめての朝のように

 

 

 

登山

 

みわ はるか

 

 

先日、登山をした。
小学生以来の本当に久しぶりの登山だった。
地元にある標高850mほどの山で、前々から1度は登ってみたいと思っていたところだ。
数年来の知人を道連れに意気揚々と出発した。
心配していた天候も風がほどよく吹く晴天に恵まれた。

知人は山が珍しいのか、出発地点に向かう車内で楽しそうににこにこ笑っていた。
凍らせたドリンク数本、虫除け、制汗剤、帽子、タオル、着替えまでと用意周到だった。
登山初心者の知人には怖いものなしのように見えた。
わたしはというと、体力の衰えを少し感じ始めていたため、ちゃんと頂上まで上りきれるか若干不安だった。

出発地点で写真撮影を済ませていざ登山を開始した。
生い茂る新緑の木々、わたしたちの頭よりもずっと上に咲く白い花、普段見るよりもずっと大きな蟻、上から見るとずっーと小さく見える民家や湖。
見るものすべてに感動してゲラゲラ笑いながら登っていた。
知人はよく笑った。
知人はよく汗をかいた。
知人はよくドリンクを飲んだ。
そして、無言になっていった。
そう、知人は疲れていた。
まだ半分も登っていないのに完全に疲れきっていた。
意外にも傾斜が急でわたしも驚きはしたがこんなもんだったかな~とも思っていた。
わたしたちは少し長めの休憩をとることにした。

すると前から下山してくる初老の男性が杖をつきながらやってきた。
「ここは急や。こんなところで休憩か。まだまだじゃないか。頂上は蜂だらけだ。気を付けろ。」
まるでやっと話し相手を見つけたかのようにいきなり話始めた。
聞くところによると、その老人は会社を定年退職し、登山を趣味としていた。
隣の県からわざわざ足を運んできたんのだった。
その後もその老人の話は続き逃れられそうになかったが、一瞬の隙をついてごきげんよう~とその場を去った。
わたしたちはまたどっと疲れてしまった。

それからは急傾斜と、太陽のじりじり照りつける日差しとの戦いだった。
口を開けばお互い「頂上はまだかな」と言い合った。
二人だから頑張れた。
一人だったらくるっと踵を返してとうの昔に下山していただろう。
受験は団体戦と言うけれど、本当にそう思う。

ブーンとなにか大群の音がだんだん聞こえてきた。
何事かと上を見上げると蜂の大群だった。
そうあの老人の言葉は本当だった。
目の前に頂上が見えるのに…。
この中を通っていかなくてはならないのは地獄のように見えた。
でもせっかくここまで来たのだからとタオルや帽子で素肌を隠し歩き続けた。
頂上からの景色は絶景だった。
ただ蜂の大群のせいで30秒でその場を離れなければならなかったのは本当に残念だった。

下山もまた大変ではあったが知人とまたゲラゲラ笑いながら歩いた。
どうでもいいことを話ながらただひたすら歩いた。
その時間はものすごくすがすがしかった。
誰かと何かを共有できるのは素晴らしいと思えた。

帰りの車中も知人はにこにこ笑って楽しそうに今日撮った写真を眺めていた。
そんな知人を見るのがわたしは好きだ。

もうすぐ灼熱の夏がやってくる。
また二人でにこにことどこかお出かけしたい。

 

 

 

セサミン

 

もり

 

 

ゴマに含まれる
栄養成分セサミンが
いかにすごいのかを
くり返す
深夜のテレビ通販番組を
生気のない目で見ていた

ご老人が すてきな笑顔で
階段をすたすたと のぼっていく映像と
きらびやかなゴマのズームが エンドレス
「古代エジプト商人は
その健康パワーを信じ
ゴマ一粒と牛一頭を
交換したともいわれる・・・」



・・

・・・やばいだろ。

天国の古代エジプト商人をおもった
彼の目に 今、現代の
ゴマを取り巻く状況は
いったいどのように映るのか
週末 駅前のバーミヤンで
家族連れが デザートに注文する
「ゴマ団子」
ぺちゃくちゃ むしゃむしゃ
皿 および テーブル および 床に
ぼろぼろ ぼろぼろ ぼろぼろ こぼれる
幾粒もの空空空ゴマ
水に流され
布巾で拭かれ
箒で掃かれる
幾粒もの空空空ゴマ
つまりは
空空空空空空空空空空空空空空空空空空0牛、

目を覆いたくなるのではないか
天国でばかにされては
いないだろうか
だって たった一粒のために
牛を売っぱらった 彼は
腹を空かせて 死んだのかもしれない

「セサミンを摂取した人間は必ず死ぬ
間違いない
いつかは必ず死ぬ」

手元に 図書館で借りた
最果タヒさんの
『死んでしまう系のぼくらに』
という詩集がある
この世の生きとし生けるものすべては
「ぼくら」という3文字のなかで
肩を寄せあって暮らすのであるが
もし、
天国にも窓があるのであれば
その窓は
マジックミラーのようなもので
あって
ほしい
と願う