レンチンほどの時間でゆださったよ、桜

 

ヒヨコブタ

 
 

どうにもこうにもならなくて
出された指示は

キュウソクヲシテイラッシャイ

やわらかなひとたちの声に眠ったまますとん、と入ったばしょ

時間はわずかだという
まだ日も経っていないよという
そういう方もいらっしゃいます、大丈夫と笑顔を見る

サクラガマンカイ

うそだと思ったのか思いたかったか
桜は苦手だよきょねんは悲しい見送る桜かと思ったばかり

ぐんぐん日の出で明るくなるごとに
ぐんぐん花見がしたいという声をうけるごとに
目の前がもったいないこぼれそうな桜

桜がほんとうにうれしいと
思ったことがうれしくて
自然とゆでられたわたしが
ほくほくがおで
また今朝も桜みてる

 

 

 

なむあみだぶつサーカス

あるいは今井義行著「Meeting Of The Soul(たましい、し、あわせ)」を読みて歌える

 

佐々木 眞

 

 

野比のび太
ああ面白かった!
久しぶりに心が自由になって、外へも、内へものびのびと広がっていくような不思議な現代詩を読んだな。

源静香
自由な詩だというのは、分かるけど、「外へも、内へも」というのは?

のび太
なんかさあ、能の「羽衣」を見物しているような気分。
「♪東遊びの数々にー」の謡に合わせて、漁師から羽衣を返してもらった天女が、嬉しくなって三保の松原で踊ると、漁師だけじゃなくて、私たちの心まで晴れ晴れとしていって、最後に天女は、富士の高嶺の果てに消えてゆく。
そんな広大無辺の精神世界を、詩が「花粉を舞わせながら」、霞のように、昔風に言うとエーテルのように、舞っているような気がしたんだ。

源静香
へえー、よく分かんないけど、わたしは、世知辛いこの世の中をなんとか生き延びながら、「地球が突然垂れ下がろうとも」、一篇の詩を命がけで紡いでいる鶴。暮らしと「友愛」のために、身を粉にして織物を紡ぎながら、気宇壮大な「東遊び」を楽しんでいるボーダーレス、ジェンダーレスの一羽の「つう」が飛んでいるんだ、ということは分かったわ。

ドラエもん
分かったずら。「夕鶴」、ね。

のび太
その「夕鶴」っていう名詞ひとつが、まごうかたなき詩である、と「あまでうす」という人がさかんに主張しているんだけど、誰か知ってる?

イクラ
パブーン。

静香
でもこの今井さんて人、詩の言葉の構成、発芽と生成過程、遊び方も独特のものがあるけど、それだけじゃなくて、無機的になりがちな散文の美しいこと!
単なる自伝的文章とか考察が詩に化ける、なんて、ちょっとすごくない?

ドラエもん
毎朝4時に起きてPCに向い、点滅する最初の一字、最初の一行、「輝珠」から、世界が、詩的宇宙が切り開かれていくなんて、なんかぼくの「どこでもドア」みたい。親しみが持てるなあ。

のび太
きみの「どこでもドア」なら、多くの詩人が羨ましがっていると思うよ。
問題は、「どこでもドア」を開いた後だ。その一字、その一行をどうやって次の一字、次の一行につなげていくかということなんだけど、この詩人は、その連続的な軽業を、まるでサーカスのブランコ乗りのように、(少なくとも傍目には)いともたやすく自由自在にやってのけるんだ。

ドラエもん
天才じゃん。ぼくの「4次元ポケット」みたいずら。
サーカスの天才、ぼく、超うらやま。

のび太
「なみあみだぶつサーカス」、てんだけど、聞いたことない?

イクラ
パブーン。

静香
初耳だけど、不思議な響きね。詩になりそう。

のび太
この「なむあみだぶつサーカス」の最大のウリはなにか、きみたち知ってるかい?

ドラエもん
なに? なに? 教えて! 教えて!

のび太
鉄製の円球の中に閉じ込められたオートバイがね、エンジンを最大限にふかしながら、大音声を上げて、球形の内部をぐるぐる回る。
何度も何度も全速力で回るもんだから、ドラーバーの頭の中も、ぐるぐるぐるぐる全速力で回転し、見物しているわれわれの脳味噌も、心拍も、身魂さえも紅蓮の烈のように燃えたぎって、尋常ならざる異世界へぶっ飛ばされてしまう。なむあみだぶつ なむあみだぶつ。
そして気が付くと、狂気のように回転し続けていたオートバイは、ドライバーもろともいつのまにか跡形もなく消え去り、サーカスのテントのてっぺんからはスーパームーンがぬっと顔をのぞかせているんだって。

静香
なんか面白そうね。

のび太
うん。一度のぞいてみたら。

ドラエもん
あした行ってみるずら。
なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ なむあみだぶつ

 

 

 

お掃除ロボがやって来た!

 

辻 和人

 
 

ちょぽちょぽ
水撒いて
首をフリッフリッ
前進して
フッキフッキ
いったん止まって
首をフリッフリッ
またスーッと前進して
ちょぽちょぽ

家にお掃除ロボがやって来た!
「クレジットカードのポイント溜まってたから思い切って交換してみたの。」
掃除機は毎週かけるけど拭き掃除まではちょっと億劫
それを問題視したミヤミヤが最新のテクノロジーに目をつけた
「説明書読んで使い方覚えておいてね。」
バッテリー入れて
紙パッドはめて
水さして
ボタン押して
「ラシドレミファ♪」
甲高いトーンで短音階を途中まで奏で
グリーンの光、瞬いた
ちょぽちょぽ
フッキフッキ
動いたぞ

こりゃあ便利
縦15センチ横15センチの角っこ丸い正方形
シンプル極まりない姿だけど
結構きれいになるもんだな
単純に直進しないで
フリッフリッ
頭を20度くらい傾けて
行きつ戻りつお掃除するのがミソ
ちゃあんと進むべき空間を認識してから動くんだ
掃除機との違いはここだな
人間に代わってこなす
「認識」っていうお仕事

あれれ、壁にぶつかった
立ち止まった
ちょっと考えて
キーッ
急旋回
進路を変えて
何事もなかったかのように
フッキフッキ
お見事お見事
止まって考える
そのちょっと困ったような姿がたまらない

お、そろそろぼくが座ってる机の近くだ
机を移動させるのはやめてどんな動きをするのか見てやろう
脚にぶつかったお掃除ロボ
しばし静止
「CLEAN」の文字がピカピカ点滅
うん、止まってるけど休んでるんじゃない
これ、「認識」っていうお仕事をしてますってポーズなんだ
キーッ
方向転換して
フッキフッキ
そのまま直進と思いきや
また戻ってくるぞ
脚の周りをぐるっと回って
もう1つの脚にぶつかった
しばし静止
「CLEAN」がピカピカ
どうやら障害物の位置と形状を把握したみたい
ちょぽちょぽ
水撒いて
フッキフッキ
それから壁まで行ってぶつかってまた戻ってきたりを
ジグザク繰り返し
机の下のスペースは
すっかりって程じゃないけどだいたいきれいになった
まどろっこしく見えるけど
決して休まない
この調子だとあと15分くらいで完了だな
ヤッホー
紅茶でも飲むか

お掃除ロボの何がすごいって
立ち止まって「CLEAN」をピカピカさせながら考えるトコ
迷うことができるってすごいね
試行錯誤できるってすごいね
廉価な君だから
高性能のお仲間たちみたいにはいかないかもしれないけど
この調子だとあと10年くらいで
史上最年少で6段に昇段した藤井聡太さんと将棋を指せるくらいになるかな
難しい局面では
「CLEAN」をピカピカさせながら長考だ
あーでもない
こーでもない
おっ、いい手思いついた
フリッフリッ
頭を20度くらい傾けて
香車を金の真ん前に打つ
うーんと藤井聡太6段が唸った時
あ、お湯沸いた

ティーバッグを引き出す
わぁ、いい香り
ひと口啜って
そうだ、お掃除ロボ
紅茶を味わう
そんなこともできるようになるかな
自分で味を「認識」するんだよ
渋みがある、フルーティー、ちょっとスパイシー
そんな分類するような判断じゃなくてね
「体の芯からほっとリラックスします。」
「コクがあって元気がモリモリ湧いてくるようです。」
お掃除ロボ自身が「じっくりと味わって認識」するんだ
つまりロボットが生産を担うだけでなく
消費も楽しむ
それこそ科学技術の進歩じゃないか

詩も書けるようになるかもよ
誰かが上手にプログラミングしたみたいな詩じゃなくてさ

今日はキッチン周りをお掃除
床を滑る私を迎えてくれたのは
小さな油の池、池、池
私のフッキフッキをぷかぷか潜り抜けていく
かずとん、かずとん
料理する時はもっと気をつけて

なんて
「自分の体験を顧みた認識」をする内容だったらいいなあ
お掃除ロボに詩で注意されるなんて
考えただけでゾクゾクする

でもって一緒に合評会できるかな
ぼくが書いた詩を読んで
感動の余り
ちょぽちょぽ
フリッフリッ
フッキフッキ
故障したわけでもないのに
「思わず」
床をお掃除しちゃったら
こりゃすごいよね
ロボットにおける「認識」の概念が広がるよなあ

ちょぽちょぽ
水撒いて
首をフリッフリッ
前進して
フッキフッキ
いったん止まって
困って
迷って
試行錯誤
そうさ
ぼくも
いまだ奮闘中のお掃除ロボに負けないように頑張るぞ
ミヤミヤに言いつけられたもう1つのミッションである
お洗濯
このシャツ、「乾燥する」モードかなあ、「乾燥しない」モードかなあ
「CLEAN」をピカピカさせながら
困って
迷って
取りかかるのさ

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 30

 

こおろぎが一匹部屋に住みついて昼さえ短いうたをかなでる

 

今朝

義兄は
この世にもどってきた

猫は
散歩にでかけていった

カタユキの雪原を渡っていった
鳥海山は白く佇っていた

仏壇の母にありがとうといった

さよならとも
いった

ひくく台所で呻いた
姉がだまって聴いてた

 

 

 

チチンプイプイ

 

佐々木 眞

 
 

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

あなたのチンポは どれですか?
それは あなたの秘密です。
世界の誰にも 明かせない。

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

私のチンポは どのくらい?
それは 私の秘密です。
愛する人にも 明かせない

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

できればチンポは ビッグがいい
大きいだけでは うどの大木
硬くて なかなか しぼまないやつ!

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

男の値打ちは なんでしょう?
男の値打ちは チンポで決まる
顔も 知性も 関係ない

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

大きなチンポが ほしいなあ
硬いチンポが ほしいなあ。
なかなか しぼまぬ チンポは どこだ?

チチンプイプイ チチンポイ
大きいチンポ 小さいチンポ 中くらいのチンポ

大きく 硬く しぼまぬチンポ
これさえあれば 打ち出の小槌
打てば打つほど 女性はよろこぶ

ズズンズンズン ズビズバア
チチンプイプイ チチンポイ
朝の5時まで しあわせさ

 

 

 

山崎方代に捧げる歌 29

 

桑の実が熟れている石が笑っている七覚川がつぶやいている

 

義兄が倒れて

秋田に
見舞いに来ている

母の三回忌でもある
泣いた姉に会った

まゆみさん
けいこさん
一平ちゃんに会った

会ってもやがて別れるが
会えてよかった

オトテールのリコーダーを浴室で聴いた

岡 花見さんから教わった

 

 

 

蛙の卵管、もしくはたくさんの眼について……(改訂版)

 

長田典子

 

※2011年のニューヨーク大学語学学校の夏学期、Mark先生のCreative Writingの授業を選択し初めて書いたエイ語の詩が “Frog’s Fallopian Tubes” である。正しいエイ語で書くことばかりに気をとられ稚拙な童話のようになってしまった。本作「蛙の卵管、もしくはたくさんの目について……」は、このエイ詩から多く引用している。

Frog’s Fallopian Tubes

You know? I’m an egg.
Since I was born, I have been connecting with my many siblings. We always talked about the day we would hatch silently. We didn’t know what would happen after that. But we had known our mother was a frog. We remembered mother’s fallopian tube like a slide and ovary or like a warm balloon.
You know? I and my sibling were connected hand in hand with the tube made of jelly. We also talked about what a frog was with each other but nobody knew that sort of thing. Someone said we would be like a spindle shape which we would go thorough and leave beside us. Someone said we would be like swaying green in the water. And someone said we would be something like a flying black shape out of the water. But nobody knew what we would be.
You know? I had been so sad to separate from the fallopian tube and I was so scared to separate from my many siblings. I knew I would be alone. No mother, no tube, no siblings. I was sad sad sad sad sad sad…….we were sad sad sad sad sad sad…….
You know? We were moving in the water together like strange lives. We were laughing  with each other seeing ugly strange shapes. We are moving together laughing….laughing…. and we began to swim.
laughing….laughing….laughing…. and we became swimmers.
You know? My siblings had legs and went up out of the water one after another saying  good bye ….goodbye….goodbye….goodbye………
good bye…..one after another ….one after another ……..
You know? I know I didn’t go out of the water. You know? I don’t know why I didn’t go   out of the water. Here water is warmer ….warmer …warmer…..and very much hotter………hotter ….hotter…..hotter……hotter……hotter……..
You know? At last the water vanished away….yes…vanished away…….
You know? I also vanished away. But I became free. Yes, I’m free.
You know? I’m in the air on the water. Maybe, in the sky.
I am the eye of the sky.
And you know? I’m staying with various forms of lives here.
They are eyes of the sky. Of course I met my siblings here too. And you know?
We will go to the frog’s fallopian tubes as many eyes.
You know? Frog’s eggs are eyes.
You know? Eggs are eyes. Eggs are always looking at you in the water. Be careful if you  saw frog’s eggs in spring because they were eyes. And there are many eyes in the world.
You know? Never forget frog’s fallopian tubes.
You know? I’m an egg.
Since I was born, I have been connecting with my many siblings. We always talked about the day we would hatch silently. We didn’t know what would happen after that. But we had known our mother was a frog. We remembered mother’s fallopian tube like a slide and ovary or like a warm balloon.
You know? I and my sibling were connected hand in hand with the tube made of jelly. We also talked about what a frog was with each other but nobody knew that sort of thing. Someone said we would be like a spindle shape which we would go thorough and leave beside us. Someone said we would be like swaying green in the water. And someone said we would be something like a flying black shape out of the water. But nobody knew what we would be.
You know? I had been so sad to separate from the fallopian tube and I was so scared to separate from my many siblings. I knew I would be alone. No mother, no tube, no siblings. I was sad sad sad sad sad sad…….we were sad sad sad sad sad sad…….
You know? We were moving in the water together like strange lives. We were laughing  with each other seeing ugly strange shapes. We are moving together laughing….laughing…. and we began to swim.
laughing….laughing….laughing…. and we became swimmers.
You know? My siblings had legs and went up out of the water one after another saying  good bye ….goodbye….goodbye….goodbye………
good bye…..one after another ….one after another ……..
You know? I know I didn’t go out of the water. You know? I don’t know why I didn’t go   out of the water. Here water is warmer ….warmer …warmer…..and very much hotter………hotter ….hotter…..hotter……hotter……hotter……..
You know? At last the water vanished away….yes…vanished away…….
You know? I also vanished away. But I became free. Yes, I’m free.
You know? I’m in the air on the water. Maybe, in the sky.
I am the eye of the sky.
And you know? I’m staying with various forms of lives here.
They are eyes of the sky. Of course I met my siblings here too. And you know?
We will go to the frog’s fallopian tubes as many eyes.
You know? Frog’s eggs are eyes.
You know? Eggs are eyes. Eggs are always looking at you in the water. Be careful if you  saw frog’s eggs in spring because they were eyes. And there are many eyes in the world.
You know? Never forget frog’s fallopian tubes.
You know? I’m an egg.
Since I was born, I have been connecting with my many siblings. We always talked about the day we would hatch silently. We didn’t know what would happen after that. But we had known our mother was a frog. We remembered mother’s fallopian tube like a slide and ovary or like a warm balloon.
You know? I and my sibling were connected hand in hand with the tube made of jelly. We also talked about what a frog was with each other but nobody knew that sort of thing. Someone said we would be like a spindle shape which we would go thorough and leave beside us. Someone said we would be like swaying green in the water. And someone said we would be something like a flying black shape out of the water. But nobody knew what we would be.
You know? I had been so sad to separate from the fallopian tube and I was so scared to separate from my many siblings. I knew I would be alone. No mother, no tube, no siblings. I was sad sad sad sad sad sad…….we were sad sad sad sad sad sad…….
You know? We were moving in the water together like strange lives. We were laughing  with each other seeing ugly strange shapes. We are moving together laughing….laughing…. and we began to swim.
laughing….laughing….laughing…. and we became swimmers.
You know? My siblings had legs and went up out of the water one after another saying  good bye ….goodbye….goodbye….goodbye………
good bye…..one after another ….one after another ……..
You know? I know I didn’t go out of the water. You know? I don’t know why I didn’t go   out of the water. Here water is warmer ….warmer …warmer…..and very much hotter………hotter ….hotter…..hotter……hotter……hotter……..
You know? At last the water vanished away….yes…vanished away…….
You know? I also vanished away. But I became free. Yes, I’m free.
You know? I’m in the air on the water. Maybe, in the sky.
I am the eye of the sky.
And you know? I’m staying with various forms of lives here.
They are eyes of the sky. Of course I met my siblings here too. And you know?
We will go to the frog’s fallopian tubes as many eyes.
You know? Frog’s eggs are eyes.
You know? Eggs are eyes. Eggs are always looking at you in the water. Be careful if you  saw frog’s eggs in spring because they were eyes. And there are many eyes in the world.
You know? Never forget frog’s fallopian tubes.

(ねぇ、
僕は卵だ。
生まれてから僕はたくさんの兄弟たちと繋がっていたんだ。僕たちは自分たちが孵化する日のことを話し合っていた静かに。その後何が起こるのか僕たちにはわからなかった。僕たちのママが蛙だってことは知っていたけど。
僕たちは覚えている滑り台みたいな卵巣にも似た温かい風船みたいなママの卵管を。

ねぇ、
僕と兄弟たちはゼリー状の管のなかで手を繋いでいたんだ蛙ってどんなものなんだろうなんて話しながら誰もそんなもの知らなかったけど。
誰かが言ってた僕たちは通り抜けて置き去りにされる紡錘形みたいなものになるって。
誰かが言ってた僕たちは水の中で揺れる青草になるって。
誰かが言ってた僕たちは水の中を出て飛ぶ黒い形のものになるって。
でも誰も僕たちがどんなふうになるのかは知らなかったんだ。

ねぇ、
僕はママの卵管から離れてしまったのがすごく悲しかった。それからたくさんの兄弟たちと別れるのが本当に怖かった。僕はそのうちほんとにひとりぼっちになるのは知ってたよ。ママもいない、管もない、兄弟もいなくなるってことを。
僕は悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しかったよ……
僕たちは悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しくて悲しかったよ……

ねぇ、
僕たちはまるで奇妙な生き物みたいに水の中を蠢き回っていたよ。
お互いの醜い恰好を見て笑い合っていたよ。
僕たちはいっしょに蠢き回ったよ笑いながら笑いながら笑いながら。
それから泳ぎ始めたよ笑いながら笑いながら笑いながら。
それから本物のスイマーになったんだ。

ねぇ、
兄弟たちには足が生えてきてそれから次々に水の外に出て行っちゃった。
さようなら…さようなら…さようなら…さようなら…さようなら…って言いながら。
次々に。

ねぇ、
僕は水の外には出て行かなかった。どうしてかはわからないけど。
ここの水はだんだん温かく温かく温かくなってそれから。
すごく熱く熱く熱く熱く熱く熱くなって……

ねぇ、とうとう水は無くなっちゃった。そう。無くなっちゃたんだよ。
ねぇ、僕も無くなっちゃったんだ。でも自由になったよ。うん。僕は自由なんだ。
ねぇ、僕は水の上の空中にいる。たぶん、空にいる。
僕は空に浮かぶ眼だ。

ねぇ、
僕はここでいろんな形になってるんだよ。そのいろいろな形はね。空に浮かぶたくさんの眼。もちろん僕はここでもたくさんの兄弟たちに会った。それからね。
僕たちはたくさんの眼になって蛙の卵管に入っていく。
ねぇ、蛙の卵は眼なんだ。
そう、卵は眼だ。眼はいつも水の中できみを見ている。
もし春に水の中に蛙の卵を見たらそれはきみを見ているってことに気が付いて。
ねぇ、世界にはたくさんの眼がある。

ねぇ、
蛙の卵管のことはぜったいに忘れちゃだめだよ。)

 
∞  ∞  ∞
 
frog’s fallopian tubes(蛙の卵管)
フェイスブックに
唐突にポストされた言葉を掬い取る
初めてのエイ語の詩は
タイトルから始まった

You know? Frog’s eggs are eyes.
(ねぇ、蛙の卵は眼だ)
Eggs are always looking at you in the water.
(卵はいつも水の中からきみを見ている)

 
そうだった
幼いころ
田圃の隅に
とぐろを巻く透明な卵塊をよく見た
無数の黒い眼を見かけるたびに
ものすごく恐ろしかった
エイ語に四苦八苦して
内容は単純そのもの
卵から孵った蛙の兄弟たちがみな水から出ていき
自分は干からびて空に行く
やがて空で兄弟たちと再会し
春に再びfrog’s fallopian tubesから生まれ出るというお話
循環するお話

きょう
Creative Writingの授業で
マーク先生は
とてもよい詩だ、と褒めた後で
実はまったくわからないのだ
輪廻転生ということが……
キリスト教では
死は完全に終わってしまうことだから
穏やかに微笑みながら言った
I understand you but I believe reincarnation because I’m affected by Buddhism.
(わかります。でも、わたしは仏教の影響を受けており生まれ変わりを信じています)
Really? (ほんとかな)
自分に問い返す

ギンザの
マンションの一室で
占い師から前世の話を聞いたのだった
若い人のようにてきぱき仕事ができなくなって
屈辱感にまみれていた
朝まで眠れない夜が続き
その女性に会いに行ったのだった
藁にもすがる思いで

You know? At last the water vanished away…vanished away……
(ねぇ、とうとう水は無くなった…無くなってしまった……)
You know? I also vanished away.
(ねぇ、ぼくも無くなってしまった)

 
最後はニューヨークで学校の先生をしていましたよ
突然、アパートの窓から
誰かを待って窓の外を見る女性の姿が頭に浮かんだ
ニューヨークに行った方がいいですよ
たくさんの友達に会えます

前世って存在を
信じてみたい
眠れないほどの屈辱感と恐怖から救われるのなら
百年以上前
ニューヨークで違う人生を生きていた楽しく明るい人生だった
そう思うと気分が晴れ晴れした
ニューヨークに行く計画に
「よくできました」のスタンプをもらった気分だった
そのことを相談しに行ったわけではないのに
とっくに決めていたことなのに
その夜は朝までぐっすり眠った

Really? (ほんとかな)
自分に問い返す

You know? I also vanished away.
(ねぇ、ぼくも無くなってしまった)
But I became free. Yes. I’m free.
(でもぼくは自由になった うん ぼくは自由だ)

 
マーク先生はよく言う
自分はエジプト人とポーランド人の
血が混じってると
誇らしげに

田圃で蛙の卵塊を見かけるたびに
怖くなって走って家に帰った
あのころ
急な坂道を登って山の上の町に行き
そこをさらに横切って西に歩き
教会のある幼稚園に通った
礼拝の日は入口で神父様の前でひざまづき
パンを口に入れてもらったのだ

マーク先生
I’m sure you notice them.
(あなたは気が付いている)

百キロ以上はある巨体をジャンプさせながら
物語や単語の説明をするマーク先生
とても尊敬しています
エジプト人とポーランド人の血が混じっているあなただからこそ
たくさんの眼については知っていると思います

And there are many eyes in the world
(世界にはたくさんの眼がある)

 

………幼いころ
いつも誰かに監視されているように感じていたんだ
小さな集落や教会のある街はわたしを縛りつけるたくさんの眼だった
強い結束が絡み合った家族だった

街で駄菓子屋を経営する友達の家に遊びに行って帰り際
店のおばさんがピーナッツを3、4粒てのひらに載せてくれたから
一気に口に放り込んでもぐもぐやっていたとてもおいしかった
店のおじさんがそれを見つけておばさんに何か尋ね
「くれてやった」と囁く声が聞こえた
く、れ、て、や、っ、た、………眼はわたしを屈辱感で押しつぶした
お腹が空いても勝手にお店のお菓子を食べたりしないよ!
口にはできずにぐいっとおじさんの顔を睨みつけた

ギプスをした悪い足でピノキオのようにトッコントッコン坂道を下っていると
夕食の買い物を済ませた女の人たちの
「女の子なのにね」と立ち話をする声が聞こえた

ずっと人の眼が怖かった
ニホンで仕事がてきぱきできなくなったと感じたときも
人の眼が恐ろしくて眠れなくなったのだった
いや自分の眼だ
人の眼は自分の眼だ
とてつもなく深く捩じれたコンプレックスの闇だ

 

By the way, why did you choose frog’s fallopian tubes?
(ところで、なぜあなたは「蛙の卵管」を選んだのですか)
I found the words on the Internet by chance and had inspiration.
(インターネットでこの言葉を偶然に見つけてひらめいたんです)

I think the universe is full of frogspawn, twisted, entangled.
(宇宙はたくさんの捻じれ絡まった蛙の卵塊みたいなものではないでしょうか)
I think frogspawn has a lot of eyes watching me and they are also my eyes
watching myself.
(たくさんの卵塊はわたしを監視する眼です。たくさんの眼はわたし自身をも監視する自分の眼です)

教会の幼稚園の床にひざまづいて
わたしは毎朝毎昼毎夕祈りました胸で十字を切りました
「天にましますわれらの父よみなのとうとまれんことを
みくにのきたらんことを……」
幼稚園に行かない朝は
お仏壇にお線香をあげて拝みました
「きょうも一日お守りください」

I think the universe is filled of frogspawn, twisted, entangled.
(宇宙はたくさんの捻じれ絡まった蛙の卵塊みたいなものではないでしょうか)
I think frogspawn has a lot of eyes watching me and they are also my eyes
watching myself.
(たくさんの卵塊はわたしを監視する眼です。たくさんの眼はわたし自身をも監視する自分の眼です)

マーク先生
あなたはたくさんの眼に気づいているはず
(I’m sure you notice them.)
綺麗は汚い、汚いは綺麗、そんな眼です
(Those eyes are such that fair is foul and foul is fair)

今このニューヨークには
わたしを見るたくさんの眼はどこにもない

I never feel a lot of eyes watching me here.
(わたしを監視する眼をここには感じませんが)

YES, I’M FREE! (わたしは自由なのだ!)

Oh My God! Frog’s fallopian tubes are Chinese dessert ingredients!
(なぁんだ!それはチュウゴクのデザートの食材だよ!)

教室中にどっと笑いが起こった
チュウゴク人もフランス人もカンコク人もイタリア人もニホン人も
みんな笑った
教室が渦になった

You know?
We are moving in the water together.
We are laughing with each other
We begin to swim laughing, laughing, laughing….
(ねぇ、
ぼくたちは一緒に水の中に出て行った
ぼくたちはお互いに笑い合っていた
ぼくたちは泳ぎ始めた笑いながら笑いながら笑いながら……)

 
Let’s go to China town tomorrow!
(明日はチャイナタウンに行こう)
frog’s fallopian tubesを食べるのだ

チャイナタウンで
わたしの中のたくさんの眼も
いっしょに
食べてしまうのだ

 

 

※文中Fair is foul and foul is fair(綺麗は汚い、汚いは綺麗)はシェイクスピアの「マクベス」より引用

 

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その27

 

佐々木 眞

 
 

 

耕君ハス好きですか?
好きですお。
耕君は前世でハスの好きなお坊さんだったのね。一生懸命に説教しても誰も聞いてくれなかったのね。
分かりませんお。

お気に入りってなに?
耕君のお気に入りってなに?
ハスですよ。

お母さん、骨髄線維症てなに?
さあ、ガンかなあ。分かりません。
佐々木正美先生、骨髄線維症で亡くなったよ。

お母さん、チョウチョ殺さないようにしますよ。
え、耕君チョウチョ殺したの?
むかし。
どうやって殺したの?えいや、って殺したの?
もう殺しませんよ。

あした何時にカズエちゃん来ますか?
午前中早くに来ると思いますよ。
いいですお。

正美先生、2,3日に死んだの?
2,3日? なに? 2,3日前に、ってこと?
そうだお。

「こころ」のゆうさくさん、死んじゃったの?
死んじゃったね。
死ぬとお葬式だよねえ。
そうねえ。

お父さん、知ってるの英語は?
アイノウだよ。
知ってる、知ってる。

太田胃酸お腹の薬でしょ?
お腹じゃないよ、胃だよ。耕君、胃はどこにありますか?
分かりませんお。分かりませんお。

お父さん、連佛さんの番組、録画した?
しましたよ。だから耕君、安心してお仕事してね。
分かりました、分かりました。

お父さん、ぼくの携帯、なくなりました。
エッ、どこかに落としたの?
分かりませんお。分かりませんお。

お母さん、あいまいってなに?
すっきりしないことよ。

お母さん、非常時てなに?
大変なときよ。

お母さん「こころ」BSに帰ってきましたよ。BSで再放送だよ。
そうね。再放送してるね。