たたたたたっ

 

辻 和人

 
 

秋が深まってきたたたたたっ
ミヤミヤと玉川上水沿いをお散歩だだだだだっ
いつもの散歩道
お気に入りの散歩道
「こんな素敵な散策の場所があるなんて、
ここに家を建ててほんとに良かった。」
紅葉はまだだけど紅葉寸前の秋ってのもいいいいいっ
葉っぱの青に黄色が混じってるるるるるっ
つめたーくなってきた水のちょろちょろろろろろっ
歩道に浮き出た木の根っこに足を取られそうううううっ
津田塾大を過ぎて鷹の台駅
「ここでひと休みしましょ。」
昭和っぽい造りのケーキ屋兼喫茶店
おかっぱの昭和顔の娘さんに席を案内してもらい
コーヒーと一緒に本日オススメのスイーツを注文
運ばれてきたのは・・・・・・
皿に盛られたシュークリームの小山、その天辺で
クッキーのオバケさんが手を振ってるぞぞぞぞぞっ
オバケさん
ウィンクククククッ
そうかあ
ハロウィンの季節
TRICK OR TREATなんてやらない
祝祭の意味なんて知らない
日本人のハロウィンの味わい方
ぼくもそんな平均的な日本人の一員に
なりきってやろうじゃないのののののっ
ぬぬ、シュークリームの中はカボチャあじじじじじっ
「あら、かわいいお菓子。秋はカボチャおいしいよね。」
八百万のオバケさん、ウィンクククククッ
平均的な日本人、ウィンクククククッ
玉川上水、ウィンクククククッ
鷹の台駅、ウィンクククククッ
秋が深まってきたたたたたっ

 

空白空*今回は番外編です。

 

 

 

ダリだ、ダリだ、ダリだ。

~国立近代美術館で「ダリ展」をみて

 

佐々木眞

 
 

img_3924-2

 

なんというても、芸術の秋じゃ。
半蔵門で午前11時から午後4時15分まで「忠臣蔵」を見物したあとで、おらっちの大嫌いなロッポンギくんだりまで痩骨に鞭うってひいひいやってきた。

空白空0ダリだ、ダリだ、ダリだ。歌舞伎の後のダリじゃった。

ダリの作品は横浜美術館にあるので、ときどき覗いてみることはあったが、こんなにたくさんまとめて見物したのは、生まれてはじめてのことじゃった。

1920年ごろの初期の作品はまことにおそまつなもんで、世の大半の専門絵描きよりデッサンも、構成も、色彩もすべての面で劣っている。

誰かさんは、それらに対するコンプレックスから、たまたま23年当時流行し始めていたモダニズムの第一波に乗っかって、やれキュビズムだの、やれシュルレアリスムだのに、「あたらし恋しやホーヤレホ」なぞと喚きながら、ついつい夢中になっていったんではなかろうか。

空白空0ダリだ、ダリだ、ダリだ。軽佻浮薄、誇大妄想の男じゃった。

されどよーく眺めてみれば、そのキュビズムはピカソやブラック、そのシュルレアリスムはマグリット、タンギー、デルヴォー、まして元祖キリコに比べたら全然大したものではない。

空白空0じゃった、じゃった、言うちゃった。じゃった、じゃった、言い過ぎちゃった。

時代の流行の表層を巧みに掬いあげて、鬼面人を驚かせる絵巻物を次から次に展開してみせたが、そこに衝動的・商業的価値こそあっても、藝術価値など微塵もないことは、例えば米国へ亡命してディズニーと一緒に作ったアニメ映画「ディスティーノ」をみれば哀しくも一目瞭然だろう。

空白空0ダリだ、ダリだ、ダリだ。ディズニーランドの運命じゃった。

 

空白空0ダリ、ダリ、ダリ、お前は誰だ。ダリ、ダリ、ダリ、お前は無。 蝶人

 

 

 

ある男が語った母のはなし

 

サトミ セキ

 
 

え わたしそんなとしなの
母はいつも大口をあけて笑った
何度言っても
自分が九十五歳だということがわからないようでした
ケラケラと母は 笑って
えいえんに十五歳
でもわたしが息子だということは忘れませんでした
髪が無くなってシミが出ているわたしなのにね

ある夜のこと
母が居間の仏壇の前に正座していた
闇の中 時計の蛍光色の針が午前二時半を指していました
どうしたんですかおかあさん
あのいえにかえりたい どまのそば ごえもんぶろのあるあのいえ
部屋の灯りをつけた
でも母は繰り返しました
おふろをわかさなきゃ
おふろを
母の手を握りました 小さくからから乾いていた
和紙みたいに四隅を折り畳めそうな
九十五年生きている皮膚
空白この下にはあたたかい血が流れて 細胞がいきいき働いている
大丈夫 ここは良いところ
世の中のどこよりも いちばん安心できるところですよ

あのいえにかえりたい 大丈夫 かえりたい ここは良いところですよ
しばらくそんな夜がつづいたけれども
とうとう母は とうとう
十五歳の家に帰りたいとは言わなくなりました
徘徊も何もなかった
ただごはんを食べたことをすぐ忘れました
おなかがすいた
小さな声で母はひっそり独り言を繰り返しました

その日は
なんだか母が亡くなるような気がしました
家族が全員そろったのです
妹も息子も
どうして偶然がかさなったのかな
お酒でも買いにいこうかと思ったら 妻が
今日はどこにも行かないほうがいいわ
妻は母の食べものをじょうずに作ってくれました
わたしの仕事はおしめ替え
いつも下着と言っていました
おしめと聞いて嬉しいひとはいないからね
下着を替えてもいいですか
うん、
と言う母の声はその日聞かなかった
朝から目を閉じ でもかすかにうなずいた気配
いつもと同じようにおしめを替えました
歯のない口を薄くあけている
うとうと うとうとして
母のそばに座っている
ふっ
とつぜん空気を吐いて介護士さんが言った

空白息をしていないのではないですか

頸動脈に触れました
目の前にある時計の秒針よりも
ゆっくり
かすかに
きえた
もう一度鎖骨に近い別の場所で探しました
手首の脈を探しました
からだはずっとあたたかいままなのに
とうとう手首の脈もわからなくなりました とうとう
九十五年の間 流れていた血が止まった
結局いったいいつ亡くなったのか
見ていた誰にもわからなかった
たぶん
母にも

みなさんおっしゃいました
大往生ですね天寿を全うされておめでたいですね息子さん夫婦に自宅で看取られてお幸せでしたね何一つ悔いはないですね

でも
知っています
「もっと生きたい」
死ぬ瞬間までどんなからだも願っている
生きているからだ 生きている細胞はみな
母のからだも
もっと長く生きられたのではないかしら
もっと何かできたのではないかしら

あれからわたしはずっと悔いています

 

 

 

航海

 

白鳥 信也

 

 

青空のなか
へんぽんと大きな船が浮かんでいる
ゆったりと
舳先をたてて 遥か遠くをめざして進んでいく

僕もこの船に乗って旅してみたい
そう思ったら
矢も楯もたまらない
空を行く船を追いかけて
ずっと追いかけて
生きてきた
視界のなかに船がなくとも
手の届かない空を
ゆったりと航行している船がいる
と思うだけで胸がいっぱいになった

空を見上げるたびに
今日はいるだろうかと
心をときめかせ
青空の海のなか
白い雲の波をけたてて
大きな帆をふくらませた船は
どこもかしこも優美な曲線で包まれていて
そのふくらみは僕の心をざわざわさせた

あそこだ
何度指をさしても
父も母も船をみつけることはなかった
願望がつくりあげた蜃気楼だとか
飛蚊症の一種だとか
両親に連れて行かれた医者には言われ
毎朝目薬をたらされた

あんなものはいない
一人また一人と
見えるはずの船の存在を打ち消すたびに
船は心なしかふらふらして見える
哀しいというのはこのことだと思ってから
長い間 船を見つけられず
空を見上げることも少なくなった

やっぱりそんなものはいなかったのだ
きっぱりと心に決めた日
西の空を見上げたら
船がいて
燃えている
炎が噴き出て空を焦がしている
船体の上になびく帆が赤々と燃え上がっている
船は怒っているようにも
哀しみを噴き出しているようにも見えた
そのまま船は夕焼けの空に消えていった

船は今も燃えているのだろうか
風を受けて炎をなびかせ
この世界のどこかで
どんな窓からも空を見上げては
船を探している

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その12

 

佐々木 眞

 
 

img_3824

img_3821

 

お父さん、大杉漣、徳島県で生まれたのよ。
そうらしいね。
徳島県、徳島県。

お母さん、未来ってなに?
これから先のことよ。
ミライ、ミライ、ミライ。

お母さん、批判するってなに?
あのひとはダメだっていうこと、かな。
ヒハン、ヒハン、ヒハン。

復職ってなに?
もういちど仕事につくことよ。誰か復職したの?
ボランティアの田中さんだよ。

お母さん、比嘉さんの「コロッケ食べて」になって。
おいしいなあ!
はい、はい、そうですよ。

ぼく、京浜東北線の駅名いっぱい書きますよ!
書いてね。

耕君笑ってるね。耕君が笑ってるときがお父さん嬉しいよ。
蓮佛さんも、嬉しい?
もちろん蓮佛さんも嬉しいよ。黒木メイサも嬉しいよ。
比嘉さんは?
もちろん比嘉さんも嬉しいってよ。

無責任なこといっちゃだめでしょ。
だれがいったの?
カイトくんのお母さんが。
それドラマの話?
そう。

蓮佛さん、お味噌汁作ってるの?
そうよ。
蓮佛さん、一人で住んでるの?
そうよ。耕君も一人で住みますか?

浅いのはプールだお。
じゃあ深いのは?
分かりませんよ。

お父さん、磯子行きだったら大船行かないよね。
そう? 行かないの?
行きませんよ。

耕君、高いんだから大きな紙、大事に使ってよ。
ぼく、無駄遣いしませんよ。
うちはお金ないんだもん。捨てるなら買いません。
ぼく、無駄遣いしません。
蓮佛さんのカレンダーの表紙も捨てたんでしょ?
ワアア、もう捨てませんお。お母さん、ぼく、無駄遣いしません。無駄遣いしないよう気をつけますよ。
なにに気をつけるの?
無駄遣いしないように。

お母さんじゃんけんしよ。
じゃんけんぽん!
勝った。

お母さん、たしなめるってなあに?
注意することよ。
たしなめる、たしなめる、たしなめる。

耕君、あしたどこ行くの?
図書館だお。
それから?
そんなこといわないで。

お父さん、リョウヨウするとよくなるの?
よくなるよ。

あんたのせいだからね、とトキエさんが怒ったよ。
トキエさんて、あき竹城がやっているんでしょう。
そうだお。

お父さん、ぼく淋しいよ。
なんで。
横浜線の205系なくなったから。

狂ってる、狂ってる、狂ってる。
耕君、狂ってるの?
ぼく、狂ってないよ。狂ってるっておかしいことでしょ。
そうだよ。

今日比嘉さん困ってしまったでしょ?
そうだね。
どうして困っていたの? ちょっと注意されたから?
そうだよ。

今日比嘉さん、泣いていたでしょう?
泣いていたねえ。
比嘉さん、悲しかったねえ。

お父さん、比嘉さん、エエーンと泣いちゃたお。
比嘉さん、なんで泣いたの?
悲しかったからだお。
お母さん、今日比嘉さんなんで泣いてたの?
マサキさんと会ってうれしかったからよ。
そう、そうなんですお。

やがて、ってなに?
そのうちに、っていうことよ

なつかしいってなに?
ああそうだったなあ、って思うことよ。誰が言ったの?
大杉漣だお。

耕君、来年なにどし?
ネコですお。
ネコ年?
そうですお。

 

 

 

みずひ

 

白鳥 信也

 

 

電車の窓から見える月が
水のように青白い
隣の席のサラリーマンたちが
同僚のふるまいをあざ笑っているのを聞いたら
えいやっと
帰宅する途中の駅のホーム
走ってきた逆方向の電車に乗りこみ
降りたことのない駅の出口でカードをかざす
起案書類ふたつ分かみしめた下唇が痛い
知らない駅前広場から道路を縫うように歩き続ける
灯りのまばらな住宅街を歩いて
人気のない堀割を横目に
真っ暗な児童公園に入る
誰もいない夜の隅にあった鉄棒
鉄棒の棒をさわってみると
ひんやりする

掘割を眺めたら暗い水が燃えている
近寄ってみると
水面が炎となってうねり燃え上がっている
周囲の木々も草々も
静々と黒々して
夜にどこまでも溶けようとしているのに
石垣に切り取られた水面だけが
小さな波を打ちながら炎上している
音がないのに音をたてて燃えている
炎のウロコが水面を揺らしちりばめられてゆく
みずひ
というコトバが口蓋の奥からこぼれる
するとマッチの火みたく月光が発火する
月光が水の皮を燃やし水が踊る
水のウロコが燃えさかる
水と夜の大気のあわせめ
揺れて輝いてめらめらと燃える
見上げれば
黒々した中空にはりついたままの月は
三日月をそいだかたちして
月光の炎を水面にはなったから
残り香のような青白いぎこちなさを
空に浮かばせている
いま
ここで

いま、ここが
水面では
音がないのに音をたてて燃え
よどんだ暗い水が変貌する
みずひの夜
月の炎が水面をとおして私に流れこんでくる
夜の隅に立ったままの私が燃える
下唇からはがれようとしない書類が燃える
今日の私のふるまいが燃える

あの鉄棒も
こんな夜はもうひんやりなどしていられないだろう

 

 

 

おりがみ

 

長田典子

 

 

ほしはひとりで光っています
ほしはひとりで光っています

このはずくが ばたばたとんでいきます
よるのそらを
やまおり
たにおり
もりのすみっこを
さんかくおり
さんかくおり

このはずくのゆびは ほそくてながい
やまおり
たにおり
さんかくおり
よるの
ぐんじょうのおりがみが
だんだんだんだん あたたかくなっていきます

このはずくは いきをはきます
うすくそおっと
おりがみにふきかけます
やまおり
たにおり
さんかくおり
ぐんじょうのよるのおりがみに
もりのにおいがただよいます

やまおり
たにおり
さんかくおり
さんかくおり

くすだまができました

あたたかくて
みどりのはっぱのにおいがします

ほしはひとりで光っています
ほしはひとりで光っています

ほしは
ほそくてながいこのはずくのゆびさきが
だいすきです
みどりのはっぱのにおいが
だいすきです

このはずくのゆびのぬくもりは
ときどき
ひやっと
ほしのちゅうしんを
またたかせます

 

 

 

大統領

 

佐々木 眞

 

 

チチンプイプイ ブギウギブギ
トランプはんときたら、
ぬあーんと、大統領になりはったんやて。

嘘から出た真、
瓢箪から駒、
驚き桃の木山椒の木

よ、大統領! や、大統領!
メリケンはんの、オマンコと金玉を、ムギューーと摑まはったんやね。
何百何千万のオマンコと金玉を、一個づつ、ムギューー、ムギューー、とな。

よ、大統領! や、大統領!
Ohまんこ Ohちんぽこ
ムギューー、ムギューーと鷲摑み

そやさかいメリケンはん、女も男も、みなギュンと感じてしもうて、もう大喜びや。
ヒラリーはん、ちょいと可哀想やったけど、
ちょいババが、えらいババ引かされてしもうたね。

よ、大統領! や、大統領!
ムギュー ムギュー ムギュー
チチンプイプイ ブギウギブギ