少女のようなあなたの旅立ちに

 

ヒヨコブタ

 
 

話上手なおとなのなかその人はいつも静かだった

 
話すことで人をひきつける魅力をもつおとなより
とつとつと話すひとのことばを聞き漏らさぬように観察していた
おとなの輪のなかに入らぬおとながいてもいいと知った
悲しいときにそっと静かにしているおとながいてもいいと

彼女らしい旅立ちというのは酷すぎる
いつもどおり好き勝手な話が飛び交いはじめても
彼女はもう傷つかないでいい
わたしをそっと見守り
わたしの話を聞き取ろうとしてくれたそのひとは
たしかに
旅立ってしまった
たくさんの編物をありがとう
こころをこめて偉ぶることもないその贈り物が宝物だった

どんなに会いたくともこうして別れゆくなら
彼女のよく笑った顔をこころに切りとっておこう

さようなら大切な
少女のようなあなたへ

 

 

 

忘却のみ願う左手

 

橘 伊織

 
 

降る雨が色を覚える

何よりも静かに 遠い夜が明けていく

失われしぬくもりは 記憶のなかにすら薄れ

不確かな何かと 須臾の刻を虚ろうか

やがて風が吹く

遠いところ

ひっそりと 誰も知らぬ純粋音が生まれた場所

ただ忘却のみ願う左手 生暖かいぬめりある右手

やがて訪れる夜を待ちわびる

それだけが赦された贖罪なのか

熱風の砂漠を渡る 遠い日の巡礼者のように

夜を待ちわびる

それすらも赦されぬ宿業の中で

ただひとり 己が骸だけを探して

 

 

 

障害があって結婚しない人が忘れられている *

 

いちど
若いとき

百姓だね


言われたことがあった

小沢昭一さんに言われた

若い時から寄席に通う江戸っ子だったから
小沢さんの

百姓だねは

蔑称だと
思った

でも

どうなんだろう

たしかに
この男は百姓の子だった

百姓の子が百姓がやで都会に出てきたのだった
土地から引き剥がされれば

流浪者だけど

百姓の気持ちが残っていて
道端の草の葉を

噛んだり
する

工藤冬里の詩に
障害があって結婚しない人が忘れられている *

という言葉があった

土地から引き剥がされてみて
百姓は

流浪になる

流浪も忘れられている

 
 

* 工藤冬里の詩「興味を失くしたようだ」からの引用

 

 

 

興味を失くしたようだ

 

工藤冬里

 
 

ウーマンラッシュアワーのは漫才のネタではなく種である
ヤマザキパンのdoughはパンの種ではなくパンのネタである
アダムとエバの子孫は種ではなく彼らのネタである
豊後水道のアジは関アジと呼ばれる時寿司の種で岬(ハナ)アジの時はネタである
ジャズマンが転倒させた種はインスピレーションソースであった
ネタと種を往来しようとする試みを続けていた人類はこれから痴呆状態に入る
中世に戻るのだ

 
その星はずっと雨がびゃあびゃあ降っていた
光といえば欲望と裏切りが交互に点滅しているだけだった
言葉は呪いにしか使われていなかった
記憶はトラウマしか残っていなかった
技術を学習する者はいなかったので
音楽は単旋律に退化していた
女は全員同じ顔をしていた
全員安中リナという名前だった

 
興味を失くしたようだ
浜辺で立ち止まった
七つも頭があると
海から上るのも
彫刻像を作るのも大変だ
地から上るのは英語である
トモダチは皆離脱を支持する
呼気はカエルのカタチをしていて
元カレも元カノも召集される
ドロドロに踏み潰される
服を汚すなと言いながら
鉢の中身をぶちまける
海の中の生き物は全て死に
川と水は血になった

カウンシルハウスの上の雲は竜の形をしている
トモダチは屋上で野獣の旗を揚げる
券売場に反対の署名
赤鉛筆の立ち飲み屋で芯を剥き出しにする
睫毛が長すぎてピューと吹くジャガーさんみたいに目がないので
本心に立ち返る隙がない
障害があって結婚しない人が
忘れられている

 

 

 

いつまでも

 

佐々木 眞

 
 

ヨハン・シュトラウスⅡ世の「無窮動」op257を振り続けながら、
あの懐かしい指揮者、カール・べーム翁は「いつまでも」というた。

京都府綾部市西本町25番地の履物店に「品良くて、値が安うて、履きやすい、買うならことと、下駄は“てらこ”」と書かれた看板があったので、同級生のコガネ君とフマ君が「まだ売ってますか?」と尋ねたら、コタロウさんと、シズコさんと、セイザブロウさんと、アイコさんと、マコっちゃんと、ゼンちゃんと、ミワちゃんが、口を揃えて「いつまでも」というた。

夕方、鎌倉市十二所の光触寺の山門に愛らしいコダヌキが目を光らせていたので、「お前さん、いつまでそんなとこで油を売っているんだね」と尋ねると、「いつまでも」というた。

「さて問題です。我が家の太陽は誰でしょうか?」と尋ねたら、コウ君が「お母さんですお」というので、「では、ここでもう一つ問題です。太陽はいつまで輝くでしょうか?」と尋ねたら、「いつまでも」と答えた。

緒方貞子さん、中村哲さん、今井和也さん、柴田駿さん、巽光良さん………
今年も忘れがたい多くの人々がちょっと遠い所へ行ってしまった。

でも青空の彼方に思いを馳せるとき、彼らはまっすぐ地上に降りてきて、ただちに私らの胸によみがえる。

ああ天上にいます父よ、母よ、ムクよ、大勢の親戚、友人、知己たちよ!
できることなら、この不毛の荒地で懸命にもがき続ける私たちを、どうか温かく見守っていてください。

いつまでも。

 

 

 

grand finale

 

原田淳子

 
 

 

影も失くしたからだで
夢のくにの抽選
落伍者の船
ソドムの港

終わりにむかって鐘が鳴る
譜のパレード
波飛沫は眩しくて
戯けてみる

臆病さのかたまりで
頬は赤く腫れあがり
船は緑の泥に沈む
封印された文字が滲む

千切れた肌を縫う
コラージュ
傷みの地図

なつかしさもわすれて
仰向けに
天から降る降る滴

かみさま
降る降る

灰のなかで鐘が鳴る

燃えたのは、わたしだった

降る降るあなたのもとへ

灰の狼煙をあげよ

grand finale

 

 

 

「夢は第2の人世である」或いは「夢は五臓六腑の疲れである」第79回 

 

佐々木 眞

 
 

 

「こちらは某国の王女様であるが、今日から1ヶ月間お前たちと一緒に仕事をして下さることになったから、万事よろしう頼むぞ」といわれたのだが、それから1ヶ月間、私らはてんで仕事にならなかった。なぜなら王女様は全裸の美女だったから。10/1

チューターとしての私は、意外にも結構まともなこととを喋ったとみえて、聴衆の中の1人の女性は、私の言葉にいちいち深く頷いていたので、私はゼミが終わってから彼女を隣の部屋に連れ込んで接吻したが、彼女がまったく抵抗しなかったので、性交しようとしたが、その時彼女に下半身がないことに気付いた。10/1

その頃の私は、毎朝無垢の人からの電話があるのを唯一の楽しみにしていた。その声を聞くと、なんとなく清らかな心持ちになるのだ。10/1

新米披露会に出席した私は、はじめは最後列に座っていたのだが、だんだん前の席に移動し、最後は最前列に躍り出て、出来たての新米を試食しみたが、とても美味だった。要するに腹が減っていたらしい。10/2

電通がデベロッパーになって、高田馬場早稲田辺の大開発をするという話を耳にして、それではまた、地下鉄にただで乗ったり、学バス利用者を実力で阻止したり、半日で5万円のカンパを集めたりできるのか、とぬか喜んだりした。10/2

私は生まれて初めて芝居の演出をすることになって、役者にいろいろな指示を与え、「さあ行ってみよう!」と叫んだが、なにも起こらなかった。それもそのはずで、まだ脚本が出来ていなかったのだ。10/3

12時から試験だというので、学友諸君と一緒に教室で待機していたが、担当教官のヒラオカが来ないので、みなメシを食いに行った。30分遅れでやって来た彼奴は、「半からだと思っていた。みんな戻ってくれよ」と、泣きながら訴えたが、みな知らん顔していた。10/4

新曲の録音でスタジオに缶詰になっていたら、突然頭が痛くなった。他のミュジシャンもそうだというので、神主を呼んでお祓いをしてもらったが、全然効果がないので、結局別のスタジオで録音することになった。10/5

曾祖父なんか知らないけれど、祖父と祖母が死んで、父と母が死んで、伯父伯母叔父叔母みんな亡くなって、私ひとりが取り残された。10/6

私の名前が、私が作製した文書からことごとく失われたので、2台のパソコンと3個の外付けHDDの中を大捜索して、見つけ出そうとしているところだ。10/7

お昼にランチを食べようと、会社からかなり離れた定食屋に入ったら、私の課のY嬢が、営業部の男たちに交じって女一人でサンマを食べていて、「お前はどうして自分の仲間とメシを食わないでここに来るんだ」と聞かれて「ほっといてよ」とそっぽを向いていた。10/9

台風の被害に遭った私の寺は、軍の移動テントのすぐ傍にあったので、兵士たちはすぐに修復してくれた。10/10

「家族A」は「家族B」に対して、かつて天人許すべからざる残虐行為をなしたことがあったので、しばらくは慙愧の念から大人しくしていたが、しばらくすると何事も無かったかのような顔をして、傍若無人に振る舞うようになってしまった。10/11

50行に及ぶ彼の大長編詩の冒頭は、「それから私は」という言葉だった。10/12

諸君、喝采し給え。若き天才建築家の登場だ。10/13

ボクは、毎晩世界のラグビー選手が集る居酒屋で呑み食いしていたので、段々彼らの強さの秘密について知るようになっていった。10/14

ストックホルムだかヘルシンキだかで、母が列車に乗っている、という情報に接したので、急いで追いかけたのだが、ついに見つからず、返す返すも残念だった。10/15

私の職場では、怒り狂った社員が、朝から晩まで滅茶苦茶に電話を掛けまくるので、煩くてたまらないが、私だけ何もしない訳にはいかないので、取り合えず5か所に電話した。10/16

障碍者の親の会の打ち合わせに、どういう風の吹き回しか、成人後見人を名乗る男が登場し、自分がその後見依頼者ともども仏蘭西に行った折りの話をベラベラしゃべり出したので、皆の顰蹙を買った。10/17

初めて中国を訪問したら、周恩来首相が3千年の過ぎ来し行く方を懇切丁寧に解説してくれたが、その言い方では、過去から現在までの道行が絶対化されてしまうので、現政権に対する批判が出来なくなってしまう危険がある、と思った。10/18

もういいだろう、と思って外に出ると、例の男の子と女の子が、私を捕まえて、どこにも行かせてくれないので、私はエンエンと泣いた。10/19

私たち6人兄妹は、3人の伯父叔父の家に別々に引き取られて、お互いに会うことも無く育ったが、半世紀ぶりに再会したら、それぞれが能や歌舞伎や文楽の歌舞音曲にかかわる仕事をしていたので驚いた。10/20

「机の上の余分な物は全部捨ててください」と言われたが、昔の手帳だけは捨てられなかった。10/21

夜の11時から、池袋のスカラ座で試写会があるのだが、山手線が駅の手前で止まってしまい、焦りまくっている私。しかし、池袋にスカラ座なんてあるのだろうか?もしかして新宿の間違いではないのだろうか?10/22

ふと気がつけば、万人が万人に対する戦争の時代に入っていたので、及ばずながら、私も武装したのだった。10/23

インフルエンザからセキリ、エキリ、コレラ、エイズまで、何にでも効く万能予防注射が発明されたので、全国民が皇居前広場に集まって、「早く注射しろ!」と叫んでいるが、希望者があまりにも多く、長蛇の列になっている。10/24

オレが、ブッシュにからまったPCを探していると、5時から6時ごろに、不意を突いてオレをやっつけようという僚友たちのひそひそ話が、耳に入ってきた。10/25

原住民たちが、思いがけず我々に反抗したので、私は部下に対して、全員から武器を取り上げ、抵抗するようなら即銃殺するよう命じた。10/27

昨日エイギョウから依頼があって、なんたらかんたらフェアをやるので、その製作物を、という話だったので今朝シゲハラ印刷の担当者に来てもらったのだが、それを具体的に詰めようとしても、なんたらかんたらの実態が分からないので、手のつけようもないのだった。10/28

世界の終りが迫っていた。私は妻と一緒に電子辞書だけ持って、着のみ着のまま裏山に逃げ出し、「世界名言集」を検索しながら遺言を考えていたのだが、突然辺りは真っ暗闇になり、液晶も切れた。それが世界が終った瞬間だった。10/29

バルカン半島の緩衝地帯で衝突があり、現地駐在の日本大使館が「日本資本主義」という旗印を掲げていたので、私は急遽「日本国憲法」に差し替えた。10/30

ソロス君は、自分の子飼いの部下を、破格の高給で、自分が管理運営する秘密プロジェクトのメンバーに任命して、ますます実権を積み重ねていった。10/31

 

 

 

死の香り *

 

日曜日の午後に
出かけて

いった

もう
おとといか

ロジャー・ターナーと
高橋悠治の

DUO
“たちあがる音楽” に

いった

青嶋ホールという
コンクリートの打ちっぱなしの音楽堂で聴いた

ロジャー・ターナーのドラムス・パーカッションと
高橋悠治のピアノのDUOだった

ロジャーは
シンバルにフォークを突き刺した

キーキー
引き裂いた

高橋悠治はピアノをピアノで無化していた

そして

無音に
帰る

意味がなかった
無意味とも違う

佇む

ヒトがいた

星空を

過ぎる風が
いた

流れる乳白の星雲がいた

いつまでも
なつかしい死者たちの横にいて沈黙の音を聴いている

女たち
男たち

ヒトの生は死の香りがする

 
 

* 工藤冬里の詩「捕虜となった私」からの引用