餌をやる人

 

長尾高弘

 
 

鴨がたくさん集まっているのは、
餌やりババアがいたからさ。
鳥が集まるところには、
かならず餌をやる人がやってくるね。
テレビでそういう人をつかまえて、
迷惑だと思わないんですか、
なんでそんなことやってるんですか、
みたいに質問攻めにしてたのを見たとき、
だってかわいそうじゃないか、
みたいなことを言っていたな。
いやいや、そんなことをしなくても、
食べるものはありますから、
とか言われて、
いいじゃないか、こっちの勝手だよ、
って開き直ってた。
今日の餌やりババアは、
池を半周して、
餌をやりやすい三箇所でばらまいてたよ。
さっきの場所で餌を食ってた鴨や鳩が、
バタバタバタっと飛んで、
次の場所でも餌を食ってた。
なんか無表情を作ってたけど、
ひょっとして、
こうやって集まってくるのがうれしいのかな、
とちょっと思った。
人間には迷惑がられるけど、
(テレビでやってるぐらいだから、
たまたままわりの人が何も言わなくても、
迷惑がられてることは意識してるんじゃないかな)
鳥たちには大切な人に思われてる。
三箇所で餌をやって、
その都度鳥に集まってこさせて、
それを確かめてる。
まあ、
他人が何を考えてるかなんてわかんないけど、
もしそうだとしたら辛いものがあるな。

 

 

 

ずっと

 

長尾高弘

 

 

小さいころ、
まわりにはお父さんがいて、お母さんがいて、
ほかにもいろんなおじさん、おばさんがいて、
ずっとそういう世界が続くもんだと思ってたなあ。
もう誰もいない。
(父はいるけど、もう何も覚えてない)
そして気がついたら、
自分がおじさんになってたよ。
そういうことだったんだなあ、
時間がたつって。
あの頃より世の中が暗い方に向かってるのが
困ったもんだけど。

 

 

 

境遇

 

みわ はるか

 
 

地元から離れた土地に住みはじめてもうすぐ6年がたとうとしている。
5階建ての3階に住むわたしは最近おやっと思うことがおこった。
どうもわたしの上に新しく越してきた若い女性をどこかで見たことある気がするからだ。
ずっーと考えているのだがどうしても思い出せない。
黒いセミロングの髪に色白のすらっとした女性。
ゆっくり歩く後ろ姿がどこか懐かしい感じがするのだ。

秋にしては珍しいポカポカ日和の早朝、アパートの駐車場を歩いていると後ろから声をかけられた。
振り向くとあの女性が笑顔で手をふって近付いてくるではないか。
わたしもとっさに口角を上げて笑顔を作った。
あっ思い出した。
あのやや皇族の人がふるような手のふりかたは…中学の同級生ではないか。
すっーとどこかで引っかかっていたものが解消されてすっきりした。
同級生ながらに思う。
やっぱり20代の女性は年を重ねて大人っぽく美しくなる。

彼女とはクラスこそ一緒になったときもあったが塾で仲は深まった。
少し家から遠いところにある同じ塾にお互い通っていた。
そこで一緒に机を並べて勉強したり、自習したり、ご飯食べたり、色んなことを話した。ゆっくりと頭の中で整理したことをきちんとした順序で話そうとする彼女の話し方が心地よかった。穏やかな気持ちになれた。

彼女はわたしと同じ、お酒が強いということがわかった。
自然な流れでお酒をのみに出掛けることになった。
長年会っていなかったし、少し大人びた彼女と二人座ってご飯を食べに行くのは少し緊張したけれど、それ以上にわくわくした。
お店はわたしが予約した。
照明がやや薄暗く、お酒が豊富に置いてあるカウンターをお願いした。
対面で話すのにはまだ時間が必要だと思ったからだ。
カウンターから見える厨房は小綺麗にされていた。
食器やメニュー表も和を重んじた落ち着く感じになっていた。
わたしは最近大好きなハイボールを、彼女はビールをそれぞれ注文した。
初めこそお互い譲り合いながら、探りあいながら、ぎこちない会話が交わされたけれど、お酒と時間が私たちの空気を意図も簡単に和やかなものにしてくれた。
中学を卒業してから20代中盤にさしかかった今までの間を急いで埋めるように話続けた。
ケラケラと笑いながら、思いがけないことに驚きながら、共通の知人の結婚や出産を羨ましあいながら、あっという間に時は過ぎて言った。

帰り道、同じアパートを目指して夜道を歩いた。
行きに降っていた雨は嘘のようにやんでいた。
傘をぷらぷらふりながら、月が私たちの足元を照らし続けた。
今日一番驚いたことは私たちは同じ境遇を今生きていることだった。
同じだからこそ悩みも同じだった。
それを相談できる相手ができたことは素直に嬉しかった。
人はやっぱり一人では生きていけなくて、誰かに相談したり意見を仰いだりすることがものすごく大事だ。
その「境遇」は、わたしたち二人の秘密にしておこうと思う。

これも何かの縁だ。
それもものすごく意味のある縁だと感じる。

 

 

 

ズーム・アウト、ズーム・イン、そしてチェリー味のコカ・コーラ

 

長田典子

 
 

ポテトチップス、ブルームーンビール、ピザ、
ぐうたら、
朝方までかかる
宿題のための仮眠は必要なく
ぐうたら
コメディドラマ、ニュース、インターネット、ぐうたら
ミクシィ、フェイスブック、
ぐうたら、
2011年3月10日
ここに来て2か月
明日から初めての春休みが始まる夕方、
コメディドラマ、ニュース、インターネット、ミクシィ、フェイスブック
インターネットふたたび、無料配信ドラマふたたび、
ポテトチップス、ブルームーンビール、ピザ、サラダ、チェリー味のコカ・コーラ、
思考と行動がぐうたら伸びてぐうたら絡まり
こちらは2011年3月11日の午前2時近く
チェリー味のコカ・コーラふたたび、
ヤフージャパンふたたび、
こんがらがったネットを伸ばし伸ばしニホンと繋がる
え、地震?
一時間前に起きた地震を知らせる赤い文字、
ヨコハマは震度5強、
配信映像、クリック、
キャスターがヘルメットをかぶって叫んでいる
「落ち着いて行動してください!身の安全を確保してください!」
東京で火災、家屋倒壊、千葉で火災、埼玉で火災、天井落下、けが人多数
津波、沿岸部に到達、被害まだわからず、銚子港では船が沖に向かう
チキュウの裏側の出来事
映像から目が離せなくなる気持ちがズーム・インしていく
意識がズーム・アウトしたまま
分裂する
遠いんだよ、ニホン、遠いんだよ、ヨコハマ、センダイ、トーホク、
意識はズーム・アウトしたまま
チキュウの裏側、
うわぁああああっ!
マイクのそばで発せられる悲鳴のようなニホン語、
とつぜん、近い、ニホン語に呼びさまされて
アメーバーのように掌を広げて家屋やビニルハウスを破壊していく
(たぶん数えきれないたくさんの人たちを巻き込んで………)
津波、ツナミ、TSUNAMI!
信じがたい光景が繰り広げられ画面から目を離せない
ズーム・イン、
アメーバーのように掌を広げて家屋やビニルハウスを破壊して進む
(数えきれないたくさんの人たちを巻き込んで………)
津波、ツナミ、TSUNAMI !
ズーム・アウト、上空から
どうしてこんなに冷静なのかわたし!
こちらは3月11日の午前2時過ぎ
ニホン語のほうが詳細なことまで確実にわかるからと
インターネットの画面を付けっ放しにして数時間見続けた
怖かった
眠ったのか眠らなかったのかよくわからないけどたぶんぐっすり眠った
明け方
テレビを付けるとABCテレビのニュース速報では
さらにズームアウトされた広範囲の映像が流れていた
黒煙と炎を、家屋やビルの瓦礫を、抱き込みながらTSUNSMIは
広い土地を覆い尽くして進んでいく
(数えきれないたくさんのたくさんの人たちを巻き込みながら………)
うわぁああああああっ!怖いっ………!
ズームアウト、上空から、
分裂したもうひとつの意識がむしろ画面と一体になってしまう、上空から、
なんでこんなに冷静なんだわたし!
リアリティ、
リアリティ、ってなんなんだ!
ニホンで
ツインタワーに飛行機が突っ込むのを見ていたあのときテレビで
ビルに突っ込む飛行機と黒い噴煙に圧倒されてビルの中にいる
数えきれない人たちに思いが及ぶまで時間がかかった
映像の中のツインタワーだった
翌日の英字新聞でスーツを着たたくさんの人たちがビルの側面を
モノのように落下していく写真を見た見てしまった
うわぁああああああ!
悲鳴をあげた
ビルと飛行機と黒い噴煙に圧倒されるばかりだった自分を恥じた
リアリティ、
リアリティ、ってなんなんだ!
久しぶりの
勉強しなくていい休日で猫に餌をやる
昨日の残りのピザとコーヒーでいつも通りの朝食を摂る
ランドリーが空いているうちにと朝から洗濯機を3台独占
乾燥機2台をフル回転させているうちに一日が過ぎてしまう
死者の数はさらに増えていくだろうとぼんやり思いながら
猫のトイレと部屋の掃除をする
夜
テレビをつける
日本語放送のチャンネルが今日から無料で一か月見られることを知る
ABCニュース
有名なアンカーのキャスターが被災地入りしている
食糧や物資を前に整然と無言で並ぶ人々をバックに立ち
ここの人々はこれほどまでの甚大な災害においてもどうしてこんなに礼儀正しいのかと
目に涙を浮かべて語っている
その上から目線に鼻じろむ
映像が変わりさらに報告が続く立っている場所はどう見てもトーキョーのどこか
ABCニュース速報
原発爆発!メルトダウン!
一刻もはやく子ども逃がせ!
フクシマに大量のコンクリートを送れ!原発を石棺にしろ!
科学者が繰り返しシャウトする
地震、火災、家屋倒壊、津波、地震、余震、死者多数
誰かはやくはやく助けに行って!
死者の数はますます増えていくだろう
恐怖で涙がぽろぽろ流れてくる怒りがからだの底から突き上げてくる
朝、新聞を買いに行く
ニューヨークタイムズの一面にはフクシマ原発の衛星写真、
さらに冷静になる、遠くから見る自分の視線に驚く、上空から、
外国の新聞の一面に掲載されるニホンの災害、事故、
母国は遠く、チキュウの裏側、
意気消沈する、母国は近い、
ニホン語放送
ベントがどうのこうのメルトダウンとは誰も言わない
地震、火災、家屋倒壊、津波、地震、余震、死者多数
ドミノ倒しのように被害が広がっていく
ヘリから撮影された屋上のSOS、降られる白旗、
ズーム・アウト、上空から、
誰かはやくはやく助けに行って!
ズームアウト、上空から、
リアリティってなんなんだ!
母国は遠い、母国は近い、
意気消沈する
からだの力が抜けていく涙がぽろぽろ流れてくる
いつものようにベーグルや果物や水を買いに出かけるついでに
お気に入りのバナナリパブリックやGAPでウィンドウショッピング
傷物のトレンチコートが100ドルで売られているのを見つけて買ってしまう
裏地は白に水色のストライプの布がとってもキュートな
“This is really beautiful.” (これ、ほんとに素敵ですよね)と
店員さんが言いながら袋に詰める横顔を見て大いに満足する
アパートに帰って鏡の前でさっそく着てみる
テレビをつけて
ABCニュースと日本語放送を交互に見る
母国は遠い、母国は近い、怖い、
からだの力が抜けていく涙がぽろぽろ流れてくる

泣きはらした目で支度をし
クラスメイトとバスでハーレムを横切ってクロイスター美術館に出掛ける
会うなり100ドルで買ったトレンチコートの自慢をする
バスのなかでは他愛もないおしゃべり泣きはらした目で
カンコク人のクラスメイトは家族は大丈夫だったかと聞いたけど
みんなトーキョーのあたりだから心配ないと言ってそれっきり
地震の話はしないまま
ヨーロッパ中世の修道院を移築した石造りの建物を散策する
一角獣狩りのタペストリーを鑑賞する
一角獣が丸い囲いのなかでおとなしくしている別のタペストリーを鑑賞する
このタペストリーをずっと前から見てみたかったの、と笑顔で話す
磔にされたキリスト像が胸に突き刺さる
15世紀の祭壇画の前で祈るどこかそらぞらしいと自分を疑う
遠い、チキュウの裏側、
いくつもの回廊をゆっくりと歩き
ハドソン川をバックに写真を撮ってもらう
買ったばかりのトレンチコートがとてもうれしい
グランドセントラル駅のオイスターバーで食事をする
シメイビール、カリフォルニアの牡蠣、ロブスター、に舌鼓をうつ
原発3号機爆発!
黒煙が空に太く勢いよく立ち昇る鮮明なABCニュースの映像
ニホン語放送の画像はうすぼんやりしていて
いったいどうなってるんだニホンは!
ドミノ倒しのように
地震、火災、家屋倒壊、津波、地震、余震、死者多数、死者多数、
(死者多数ってなに、……ひとり、ひとり、のたくさんの命なのに
多数なんて言わないで……突き放さないで………束ねないで………)
一刻もはやく子ども逃がせ!
フクシマにコンクリートを送れ!原発を石棺にしろ!
今日も科学者が繰り返しシャウトしているというのに

近くのスタンドまで走ってニューヨークタイムズを買う
一面にメルトダウンという文字が躍る、ニホン語放送では冷却水の説明
メールで放射能汚染が心配だと書いたら
海外ではオーバーに間違った報道がされているんだってね、という妹の返事に
全身の力が抜けていく
わたしがアメリカのメディアに洗脳されていると言う
リアリティってなんなんだ!リアリティってなんなんだ!
Yahoo USAを検索して写真だけでも見て、と返信する
夫と電話連絡がつくフクシマの山間部にいたが無事だったとのこと
放射能が心配だと伝えるがいつもの根拠ない「大丈夫だ」で電話は終わる
チキュウの裏側の出来事
ニホン語放送とABC放送を交互に見る
気が滅入る
トーキョーの友だちはトイレに座っていて船酔いみたいになったと言っていた

スタンドでニューヨークタイムズを買おうとする
一面にはうっすらと雪が降り積もる砂浜にたくさんの棺が
冷え冷えと並んでいる大きな写真が目に入り
買うのをやめる
ABCニュース、
有名なアンカーのキャスターが被災地の報告をする
立っている場所はどう見てもトーキョーのどこか
同じだよ、
わたしもこんなに嘘くさい
遠い、ヨコハマ、遠い、トーキョー、センダイ、トーホク
ズーム・アウト、わたし、上空から、わたし、ズームイン、
ぐうたら、ぐうたら、ズーム・イン、ズーム・アウト、
地震、火災、家屋倒壊、津波、地震、余震、死者多数、死者多数、死者多数
(ひとり、ひとりの命があって、ひとり、ひとり、には
それ、ぞれに、家族がいて、それ、ぞれの、友だちがいて………)
ぐうたら、
ズーム・イン、ズーム・アウト、死者多数、死者多数、死者多数、
(ひとり、ひとりの命があって、ひとり、ひとり、には
それ、ぞれに、家族がいて、それ、ぞれの、友だちがいて………)
涙がぽろぽろ流れてくる
怒りがからだの底から突き上げてくる
ぐうたら、涙、ぐうたら、怒り、ぐうたら
全身の力が抜けていく
そんなふうにして
2011年3月11日から10日間の春休みは過ぎていき
月曜日からいつものように学校が始まった
映画のCGみたいだったね、と興奮気味に言い合うクラスメイトたち
わたしもそうだった
911のときニホンで、3月11日の震災はニューヨークで、
その映像をテレビで見たとき
映画のCGみたいだと思った
リアリティって、いったいなんなんだ!
午前中の授業は何も頭に入ってこなかったからだに力が入らない
くたん、と人形のように足を投げ出し座っているだけだった
午後のマーク先生の授業で
近況報告だけのはずが近況報告だったから
わたしは一時間中喋り続けてしまった
からだの底から突き上げてくる怒りを、恐怖を、
ニホンのメディアとアメリカのメディアの報道の食い違いについて
ニホンの地震について、TSUNAMIについて、
町ごと海に沈んでしまったこと、町ごと流されてしまったこと、
たくさんの、ひとり、ひとり、が、とつぜんの波に呑まれて消えてしまったこと、
それから、
ニホンの政府が安全だと原発を推進してきたいきさつについて、
コントロールできない原発事故の危険性について、人間や環境への影響について
すべての理不尽さ、について、
たくさん、たくさん、喋り続けた
眉間に皺を寄せて喋り続けてしまって喋るのが止まらなくなってしまって
マーク先生はわたしの話を遮らずに最後まで聞いていた
午前中、映画のCGみたいだったね、と無邪気に喋っていたクラスメイトたちも
黙りこんで下を向いていた
2011年3月11日に始まった春休みはそんなふうにして終わり
いつものように授業は始まった

その日のマーク先生の宿題は 
“If I could change one thing in the world, I would…”
(もし世界で一つだけ変えられることがあるなら、わたしは・・・)だった

2日後、わたしは次のような作文を書いて提出した

 

“If I could change one thing in the world, I would…”
If I could change one thing in the world, I would get each government of many countries to destroy many nuclear power plants which were built in the world.

There was the big tragedy by the strong earthquake and big tsunami, and the Fukushima nuclear power plants were damaged in Japan, as was broadcast in all the countries of the world in March. And, even now, radioactivity is gushing out into the air and sea. The land and water in Japan were affected by radioactive fallout. People worry that radioactivity can have an influence on the body.
People can’t control natural disasters as a tsunami or earthquake. But nuclear power plants were built by human beings, and what is worse, human beings don’t know how to fix them when they are broken.

Several years ago, I watched the report of the Chernobyl on TV in Japan. The report said the effect by radioactivity appeared in the babies of pregnant women, as well as in children and people who had worked there. The baby of a pregnant woman couldn’t grow up in her body. Many children were invaded by thyroid carcinoma. Many people developed cancer, perhaps leukemia. And some men who had worked there to clear the nuclear power plant disaster developed brain problems and they had handicaps involving their hands, legs, and their memories. The report said the radioactivity arrived in a person’s brain after invaded by many kinds of illness. The worst thing is human beings’ genes are hurt by radiation. It means our posterity will be ill or something bad will happen in their future.

We enjoy the blessing of electricity now. But I don’t want the accident caused by nuclear power plants to repeat again. If we need electricity, we should make use of wind power generation of a solar battery or hydroelectric power. We should make the effort to live within limited electricity. But I don’t know whether or not it’ll be possible. I hope it’ll be possible with our various ideas.

So I hope that nuclear plants will be eradicated in the world.

 

(この世界でひとつだけ変えることができたら、わたしは・・・

もし、わたしがこの世界でひとつだけ変えることができたら、わたしは、多くの国に建てられている原子力発電所をそれぞれの政府に壊させるだろう。

この3月に世界中の国々で報道があったように、日本では、巨大地震、津波、そしてフクシマ原発事故により大きな悲劇が起きた。そして、今もなお、放射能は空中や海に噴出している。日本の土地や水は放射性降灰物によって汚染され、人々は放射能による人体への影響を心配している。

人々は津波や地震のような自然災害はコントロールできない。しかし原子力発電所は人類によって建てられ、さらに悪いことに、人類はそれらが壊れたときに、どう修理したらいいのかを知らない。

数年前、わたしは、日本でチェルノブイリの報告をテレビで見た。胎児、子どもたち、また原子力発電所で働いていた人々への影響について報告されていた。ある妊婦の胎児は、彼女の体内で成長できなかった。多くの子どもたちが甲状腺癌に侵された。多くの人々が白血病のような癌になった。事故後、そこで処理をしていた数人の男性は、脳に問題を抱えるようになり、記憶や手足に障害をもったと報告されていた。放射能は、多くの種類の病気を引き起こし、人の脳にまで到達するということだった。最も悪いことは、人の遺伝子が破壊されることだ。それは、わたしたちの子孫に、将来何かしら悪いことが起こることを意味する。

わたしたちは、現在、電気の恩恵に預かっている。しかし、わたしは、原発事故は二度と起きて欲しくない。もし、わたしたちが、電気が必要なら、太陽電池による風力発電や水力発電を利用するべきだ。わたしたちは、限られた電力のなかで生活する努力をするべきである。しかし、それが可能かどうかは、わからない。わたしたちの様々なアイディアを生かしてそれを可能にできたらと思う。

わたしは原発が世界から完全に無くなるのを望む)

ああ、
わたしは、
何を語っても、書いても、虚しくなってしまって
からだの力が抜けてしまうのだ

同じだよ
わたしも
こんなに
嘘くさい
そらぞらしい

雪の降る砂浜に延々と並べられた白い棺の写真が頭から離れない
土砂に埋もれてもなお背中を丸めて赤ん坊を抱いたままの母親の写真が頭から離れない

3月なのに
ニューヨークも雪が降っています
暖房の効きすぎる部屋でわたしは半袖です

今日も
チェリー味のコカ・コーラを飲みました

たとえば、
葬儀に参列したとき
きゅうに、ぷうっ、と吹き出したくなる
あの感じ

同じだよ
わたしも
こんなに
嘘くさく
そらぞらしい

 

 

 

熊野の天然水

 

佐々木 眞

 
 

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久しぶりに親友の北嶋君と芝居を観た後で、彼の家でチャーハンでも食べようということになって、2人でスーパーで買い物をしてから本町通りを歩いていた。

すると本町4丁目の足立茶碗店から、高山彦九郎そっくりの顔をした背の高い若者が飛び出してきて、「ほらよ、これが「熊野の天然水」だ。遠慮せずに持ってけよ」といって、北嶋君に水が入った大きなビニール袋を渡した。

北嶋君は、「ぼくは、君が誰だか知らないし、知らない人から物をもらってはいけないとカントも語っているから、要らない」と断ったのだが、足立彦九郎があまりにもしつこく「持っていけ、持っていけ」とヤクザのように強要するので、さすがの北嶋君も根負けして、その重いビニール袋を受け取った。

仕方なく2人で荷物をいっぱいぶらさげ、大汗かいて北嶋君の家にたどり着き、一歩玄関の中に入ると、驚いた。
玄関も、リビングも、キッチンも、寝室も、書斎も、トイレや浴室の中まで「熊野の天然水」で一杯なのだ。

1LDKに立錐の余地なく立ち並ぶ500mlのペットボトルの大群は、モダンアートのインスタレーションのようでもあり、巨人の胃袋の内壁にびっしりとへばりついたポリープの森のようでもあった。
おまけに北嶋君のビニール袋の中には、「熊野の天然水」しか入っていない。

「北嶋君、これはいったいどうしたわけだ」と尋ねると、カントの読みすぎで青ざめた顔付きの哲学青年は、上がり框にどっかりと腰をおろして、事の次第を語ってくれた。

「実はさっきの足立君は、僕と同じこのマンションに住んでいるんだが、中上健次の水呑み婆が出てくる小説を読んでから、水呑み教の虜になってしまったんだ」

「その小説では、熊野の聖水を飲むと体毒をきれいにしてくれる、という妄想に取りつかれた連中が出てくるんだが、これに一発でいかれてしまった足立君は、毎晩僕の部屋にやって来て「熊野の天然水」の押し売りをするようになってしまったんだ」

「ぼくは昼間の仕事だって大変なのに、夕方家に帰れば、足立君が、「聖なる水をガブガブ飲めば健康になって幸せが訪れる」と、真夜中まで力説する。仕方なくぼくが「熊野の天然水」を口にすると、飲めば飲むほど下痢するばかり。明け方まで、しょちゅうトイレに行きっぱなしさ。これから、いったいどうなるんだろう。ぼくは、人世に疲れ果てたよ」

北嶋君の嘆かいは、さらに延々と続いたのだが、もはや私は、この親友をなんと慰めてよいのか分からなかった。