今朝
目覚めて
窓の外に
雨が
降るのを
見てた
駅では
新幹線が飛沫をあげて
通り過ぎるのを
見た
ひかりの中で
ブレンデルのロンド
イ短調 K511を
聴いた
小鳥たちは
今朝
鳴かなかった
小さなものたち
小鳥たちは
今朝
目覚めて
窓の外に
雨が
降るのを
見てた
駅では
新幹線が飛沫をあげて
通り過ぎるのを
見た
ひかりの中で
ブレンデルのロンド
イ短調 K511を
聴いた
小鳥たちは
今朝
鳴かなかった
小さなものたち
小鳥たちは
「お母さん、イビキってなに?」
「眠っているときにグウグウいう音よ」
「イビキ、イビキ、イビキ」
「お父さん、座ってくださいの英語は?」
「シッダン、プリーズだよ」
「プリーズ、プリーズ、プリーズ」
「お母さん、まつりごとってなに?」
「まつりごとねえ。まつりごと、まつりごと」
「お父さん、お金ください」
「エッ、お金? 何に使うの」
「お母さん、なつかしいってなに?」
「そうねえ、昔は良かったなと思うことよ」
「なつかしい、なつかしい」
「耕君、どうしてそんなに喚くの? 頼むからいいこにしておくれ」
「僕、キンニクマンのアシュラ好きですお」
「♪ラアラアラア」
「耕君、それなんの歌?」
「巣立ちの歌だお」
「お母さん、自閉症ってなあに?」
「………そうねえ、ちょっと不思議な人。耕君、誰かに自閉症ていわれた?」
「いわれないお」
「お父さん。行方不明の英語は?」
「Disappearanceかな。ディサペアランス」
「行方不明、行方不明」
「しょうがないの英語は?」
「しょうがないかあ。そんな急に言われてもなあ。しょうがないは、仕方がないことだよ」
「しょうがない。しょうがない」
今朝
電車で
シフの
モーツァルトの
ピアノ曲を
聴いた
楽興の時だったか
なぜ
モーツァルトは
風が旋回するピアノ曲を作り
ヒトは
聴くのか
満員の通勤電車で
揺られて
聴いた
車窓の向こうに
景色は流れた
悲しい
わけではなかった
春は
過ぎる
春には
過ぎるもの
たちが
いる
風は過ぎた
花も
友も過ぎた
母たちも過ぎていった
たとえば
世界は
過ぎ去るものと
包むものでできている
ひとつ
泪を流して逝った
ことばは無かった
花々の中の蝋の
母の
白い手に触れた
ドブチャク、
ドブチャク、
トップチャックならまだしも、
ドブチャクはいけません。
でも、
ドブチャク、
ドブチャクが続いてるんですね。
困ったもんだ。
ほら、
また、
ドブチャク、
ドブチャク。
三日ほど
寝てた
風邪を
ひいて
熱が
さがらなかった
悪夢はみなかった
寝てる間
聴きたい音楽を考えた
淋しい音が
聴きたかった
アイヌの歌謡と
竹山の
尺八を聴いた
それから
泣く大人の物語を読んだ
胸に
掌をあててみた
花鎮め
花鎮め
ねぇ、ソヨン
人は
いくつになっても変わることができるのではないかしら
もう4月も下旬になりました
とつぜん雪が降る日もあるけど
ニューヨークはずいぶん暖かくなりました
ブルックリンのボタニカルガーデンのサクラは
染井吉野よりずっと濃いピンク色
ニホン贔屓のアメリカ人たちは
てらてらした合成繊維の着物もどきにサンダルやブーツで闊歩する
鬘をかぶり白塗りご高齢の舞妓さんはポックリまで履いて蛇の目傘
花狂い
花狂い
カンコク人の彼女
今頃どうしているだろう
去年の春は一緒にワシントンDCに旅行に行ったのに
わたしは きょう
ひとりでサクラを観に来ています
花狂い 花狂い
鎮まぬ 鎮まぬ
初めて出来た外国人の友だちだったのに
お互いに「ベストフレンド」って言い合っていたのに
寒くなったら
南の方に旅行しようねって約束していたのに
冬休み
急に連絡がとれなくなって心配していたら
彼女は中国人のボーイフレンドたちと
フロリダに行っていた
わたしに黙って
花鎮め
花鎮め
彼女とは初めてのクラスが同じだった
背が高くて痩せていて色白
上品に整った顔立ちで
ニューヨークの生活にはすでに慣れているようだった
みんなよりは年上だけど
わたしよりずっと年下だとわかっていた
わたしと友達になりたがっているとすぐに気がついた
「たまにはハングアウトしようよ」彼女が誘ってくれたとき
「ハングアウトってなに?」わたしは辞書をあわてて引いたのだった
彼女はカンコク風の居酒屋にわたしを連れて行き
母国の家庭料理をいろいろ注文してくれた
「ひと月でも先に生まれた人にはオンニ(お姉さん)って呼ばなければならないの。ニューヨークに来てもカンコク人はわたしに気を遣うから疲れてしまう」
「ニホン人は仕事以外で会った人とは平等に付き合うのよ。だから、わたしには気を遣わないでね」
わたしたちは
電子辞書を使いながら
吶、吶、と
喋り合った
たぶんわたしが同じくらいの年齢だと思っていたのだろう
彼女がわたしの年齢を聞いたとき
「あなたよりもずっと上」とだけ言ったら
彼女は顔を一瞬くもらせたのを
わたしは見逃さなかった
夕方 6時頃になると
どちらからともなく電話をし合った
その日の出来事の感想を話しては
噂話や愚痴をこぼし合って外国暮らしのストレスを発散し合った
5番街のアバクロンビー&フィッチに行って
可愛いスカートやTシャツを買った
ソーホーやリトルイタリーでランチした
互いの部屋に呼び合ってパーティをした
美術館に行った
映画を観に行った
ジャズバーに行った
おいしいステーキ屋に行った
おしゃれなホテルのバーでカクテルを飲んだ
冗談を言い合っては
Crazy! I’ll kill you! って笑った
ブルックリンの詩の朗読会は夜9時から始まったのに
彼女はニューヨークの闇の危険と闘いながら聞きに来てくれた
カウンターでバーボンを傾けながら
あなたを誇りに思うわ、と笑った
誕生日の朝に
「NORIKO、おめでとう!」と
イチゴのデコレーションケーキを教室に持ってきて
一時間目の授業の半分はわたしの誕生祝いになったっけ
前の晩に注文して早朝に店に寄ってから登校してきたのだ
満員電車に揺られながら教室まで……
わたしも彼女を誇りに思ったっけ
花鎮め
花鎮め
ニューヨークでの初めての冬休みは寒くて長くて
太陽がすぐに沈んでしまって
ひどい寂寥感に襲われた
やっと電話が繋がったとき
「心配してたんだよ!」叫ぶように言うと
「フロリダに旅行に行ってたの」と弾んだ声で彼女は言った
「急に決まってしまったからNORIKOは誘いにくかった」とすまなそうだった
「なんで誘ってくれなかったの!」
わたしは込み上げた怒りをぶちまけた
お互いに泣きながら言い合った内容は
今はもう思い出せない
Crazy! もI’ll kill you!も出なくて……
ずっと
行き違っていたのだ
いっぱい いっぱい 行き違っていたのだ
花狂い
花狂い
レストランで食事をして支払うとき
ニホン風にその場で割り勘にするか
カンコク風に交互に支払いをするか
毎回もめていた
「部屋に帰ると宿題がやれないの」と彼女が言えば
「自分の部屋はスタディルームだと考えたほうがいいよ」と真剣に忠告した
「ニューヨークの生活も楽しみたいのよ」彼女は困ったように言った
彼女は宿題をやってこないことがよくあったし
よく遅刻はするしスマホを1年で3つも失くすし
ラスベガスのカジノで1000ドルもすってしまったと言うし
わたしはいつも彼女にハラハラさせられた
親に出してもらっているお金だから
そんなに簡単に遣えるのだと思ったけど
口には出さなかった
鎮まぬ
鎮まぬ
宿題をやらなくても
期末テストでは互角の点をとる彼女がまぶしかった
ニューヨークで恋をしたいと目を輝かせる彼女がうらやましかった
わたしは恋なんて気持ちすっかりどこかに忘れてしまっているのに
ティーンエイジャーが着る洋服をかっこよく着こなす彼女は
いつも美しかった
「ごめん、この前は言い過ぎた」と謝ったとき
「こっちこそ、ごめんね。気にしてないよ」って言ってくれたけど
その後はわたしを避けるようになり
電話もなくなり
ニューヨークに春が来る前に
カンコクに帰ってしまった
ずっと
行き違っていたのだ
いっぱい いっぱい 行き違っていたのだ
彼女はとても情が濃かった
彼女はどこかニホンの昭和の女のようで
晩生で純粋で恥ずかしがり屋なのに
ひどく気まぐれだから
わたしをいらいらさせた
彼女にとって
わたしは
やっぱりオンニ(姉)だったのかもしれない
わたしにとって
彼女は
やっぱりヨドンセン(妹)だったのだろうか……?
寂し過ぎた冬休み
わたしは彼女に怒りをぶちまけてしまってはいけなかったのかもしれない
彼女はわたしに恐怖さえ抱いたのかもしれない………
花鎮め
花鎮め
ねぇ、ソヨン
人は
いくつになっても変わることができるのではないかしら
芝生の上で
ニンジャやサムライのコスプレをした一団が
ニホンのアニメを真似たポーズを繰り返している
舞うように ゆっくりと
ブルックリン
ボタニカルガーデンのサクラ祭りは
似ているけど
どこにもないニホンが
繰り広げられている
舞うように ゆっくりと
ひとり
アニメのキャラクターの間を縫って
あるく
サクラ
さ
くら
青いピクニックシートを敷いてお弁当を食べるアメリカの人々が
とおい
そこに
いるのに
とおい
ソヨン、
たぶん わたし
うっとうしかったんだね
たぶん わたしたちは近づき過ぎた
ジャパニーズガーデンを過ぎると
広場に出る
見たこともない色や形の
無数のチューリップが
青空を仰いで開いている
カンコクもニホンも
もうすぐ
夏が始まる頃でしょう
また
彼女に会いたい
また
会いたい
ソヨン、
わたしはまだしばらくニューヨークで勉強を続けます
見たこともないわたしになろうと思います
まだいないわたし
誰も知らない何かに
なろうと
思います
舞うように ゆっくりと
夏よ
来い
ニュースで見る桜はもう散り桜だが、
久しぶりに帰った田舎の桜は今が見頃だ。
ソメイヨシノが全国的に最も多いらしいが、
わが家に咲く桜は八重桜だ。
田舎に帰ると時間の流れを感じさせない環境に驚く。
着実に時は過ぎていっているのに。
スピッツが好きだ。
特に春の歌という曲が好きだ。
耳障りがいい。
心に一時の安らぎを与えてくれる。
何度も何度も聴く。
ずっと親しいと思っていた人が、
特に何かあったわけでもないのに、
不機嫌になったり、すぐ怒ったり、泣いたり
心のずっーとずーっと奥では何を考えているのだろう。
ぐるぐるぐるぐる考える。
そして、ぷしゅーと空気が抜けた自転車のタイヤのようになる。
苦手なものは…人間…なのかもしれない。
暖かい風がふわっとわたしの長く黒い髪をすり抜けた。