母体決裂

 

道 ケージ

 

母体の骨片が頭蓋の隙間に残るらしくそれが石灰沈着する。隆起した場合は角化。陥没した場合は脳を圧迫。脳溢血を誘発する。胎児の脳視床下部には恐竜期の角の神経系が見て取れるらしいがすぐに消失するので確かめる恩恵に浴したものはまだおらず、それを原発因とする説もあるが疑わしい。午後にツノが生えそうなので女医に相談する。教え子なので気さくに「痛かゆくてなんかある気がする」。なんとも言いようのない笑みで撫で回す。「まぁ一応、CT撮りましょう」。音無しの被爆か。「母体決裂症ですね。病名が定まるとあとは楽です。マニュアルが確立してます。手術もそう難しくはありませんし。ゴミ取るのと同じですから。癒着もないのが普通です。白く輝いているから見つけるのも簡単です。剥がして欲しいというように咲いています」。咲くは変だろう。「“ハナサケ”といいます。胎盤とは違うから」。また激烈な名前をつけたね。「どっちが? 話せば長いですよ。パルシファル建設は知ってますか?」 誰にもあんのかな。「男性に多いという統計はあります。母親と一緒にお風呂に入った人に有意な傾向があるという論文ありますが怪しいもんです」。間男に角が生えるというじゃんか。あれとは?「寝取られた方じゃないですか? コキュといいます。」おぉ、アンダルシアの闘牛。角あるものは殺されろと。「軒端で月を見ていた女が歌を詠みます。それを聞いた男は言いよる秋の萩」。あまりわからない。「芒が鬼の毛であることはご存知?」知らんな。すすきが原しがらみ果つる黒鹿の。数が多いな。「ため息の数です。だから垂れている。母との決裂に鬼が関わっていることは昔から知られています。探しあぐねた母側から見ても別離ですから。桜や梯子に登ります」。手術はいつ? 探しているわけでない。弱虫というより人でなしに角が生えるようです。

 

 

 

尻子玉

 

佐々木 眞

 
 

極楽の昼下がり、お釈迦様は長い、長いお昼寝から覚めて、遥か下方の地上を眺めていると、おりしもハロウィンで賑わう、渋谷のスクランブル交差点が見えました。

と、ふとあることを思いついたお釈迦様は、女郎蜘蛛の杜子春を呼びました。

「これ杜子春や、あのスクランブル交差点全体を覆うような、大きな、大きな巣をかけなさい」

「はい」

と答えた杜子春が、お釈迦様の仰せの通りに、天上から大きな、大きな蜘蛛の巣をふんわりと投げかけましたが、せわしなく交差点を行き来する人々の目には、もちろん見えません。

さうして、この見えない蜘蛛の巣のベールの下を通る人は、男も、女も、男でも女でもない人たちも、大人も、子供も、みんな揃って尻子玉を引っこ抜かれてしまいました。

とさ。

 

 

 

猫と人と **

 

さとう三千魚

 
 

本屋に
猫がいる

猫は
テーブルの下を歩いてきた

白と黒の毛の
猫の

瞳が大きい
集まった人たちはここで詩を書いた

“方代”と
“顕信”と

“星の王子”を連れてきてくれた

 

・・・

 

** この詩は、
2024年11月1日 金曜日に、書肆「猫に縁側」にて開催された「やさしい詩のつどい」第10回で、参加された皆さんと一緒にさとうが即興で書いた詩です。

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

elect to discontinue to be elected

 

工藤冬里

 
 

投げ捨てられても
土くれを記念に焼く
死に別れた保存版
打ち上げられたカメラが落下した
山中には写本が
燃える茂みの
筋の通った冷たさ

筋の通ったグリッドに
計量器の公正が満たされ
目を閉じ
頭上の海水をやり過ごし
タコに殴りかかる
爪楊枝だけに
魚の腹の照り返しが
オーロラのようだ
シベリア帰りがノルマを教えた

傷の治らない土鍋を
焼き尽くす天使が扱う
本物の独身
違っている点を個別に教えるので
怖れが横行してた

 

 

 

#poetry #rock musician

由比の海を見た

 

さとう三千魚

 
 

おとといかな

こだまに
乗る

東に上るときは
いつも

こだまだった

こだまは
全部の駅に停まる

駅を発つ
そのとき

景色は
ゆっくり流れる

由比の海を見る
トンネルの切れ目で一瞬

海を
見る

おとといは
灰色の海を見た

空の色を映していた
聖蹟桜ヶ丘の駅に向かっていた

中学の頃か
新川さん*の編んだ本を持っていた

「愛の詩集」

だったか

数年前
施設から

葉書をもらったことがあった

  あなたの名前は

  両面を焙って手で割きながら酒の肴にしたら
  美味しいだろうな

  腰を痛めて
  ここでは月を見ていない

  緑は私の一番好きな色です

そんなことが
書かれていた

空に白い月が浮かんでいた

 

* 新川さんは、詩人の新川和江さんのことです.

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

下唇の効果

 

辻 和人

 
 

下唇を突き出した
気に入らないことがある時のコミヤミヤのサイン
こかずとんはまだお昼寝中だがコミヤミヤは覚めてしまった……
観音様みたいだった頬っぺの線が硬くなってしまった

見守ってくれてるかと思いきや
ああ、かずとんパパはテーブルに座って読書に夢中
ここでウィェーンと声をあげれば
かずとんパパは慌ててこちらにやってくる
「ウィェーン、ウィェェーン、イェェーン」
ほうら、本を放り出して椅子から立ち上がった
かがんだぞ、腕を伸ばしてくる
抱っこだ、抱っこ
しかも縦抱き、お腹がパパのお腹とくっついて気持ちいいー
ところがところがかずとんハパパ
どうしても続きが読みたいらしい
お部屋をぐるぐるしてるうち
ちょっと目をつむってみたら
途端にマットに向かってそろーりそろりと下降
寝かせる気だな
そうはさせるか
下唇突き出してやる
そうら
びくっとした
目をぱちくりさせて
タテタテ抱っこし直して
またお部屋ぐるぐる思案中
おっ、宙を見上げた
なんかいいこと思いついたか

抱っこ紐を取り出して
下唇突き出てるコミヤミヤをそおっと押し込む
コミヤミヤのお腹
かずとんパパのお腹
お腹とお腹がくっついた
そのままテーブルに移動
抱っこ紐のコミヤミヤと向かいあったまま
かずとんパパは読みかけのご本を開きます
突き出した下唇、ゆるゆる引いて
静かな眉とふっくふっくした頬っぺたが復活
観音様コミヤミヤ
タテタテ抱っこ紐に包まれて
あったかい、おやすみなさい

 

 

 

群青になる

 

さとう三千魚

 
 

夕方に
行った

今日も
行った

マリーナ横の

夕方の
海の

ゆらゆら

揺れてる
見てた

ゆらゆら
ゆらゆら

揺れている

すべての青い波は揺れている
すべての青い波が揺れている

夫婦の釣り人ふたりは昨日もいた
ふたりは並んで釣っていた

釣り糸を垂れ
撒き餌を撒き

黒鯛を
狙って

いる
揺れてる

浮のまわりの
ボラたちの

腰を振っている
平たい唇で餌を吸っている

青い波の

暮れて
群青になる

ゆらゆらの波の群青になる
ゆらゆらの海の群青になる

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

変奏曲的な関係の私たち

 

村岡由梨

 
 

もう何もかもから解放されたい
誰か助けて

私がそうノートに書き殴った次の日。
ヘルパーさんが見守る中、
義母は息を引き取った。
義母の誕生日のちょうど1日前だった。
今際の際、右眼から涙をひとすじ流したという。

草多さんは仕事を切り上げ、早めに帰宅し、
野々歩さんと私は一緒に上原に駆け付けた。
まもなく医師が到着し、
義母の両眼にペンライトをあてて
死亡確認がなされたけれど、私には信じられなかった。
今にも言葉がこぼれ落ちそうな黄色く乾いた口元。
うっすらと開いた眼で私を見ているようで

こわかった。
泣けない自分が後ろめたかった。
自分の気持ちを押し殺して
偽物の優しさでオムツをかえてきた。
偽物の優しさで
大好きな炭酸飲料を気の済むまで飲ませた。

そして今、水を含んだスポンジで
黄色く乾いた口元をそっと拭う優しさ
ただそれだけの優しさが私にはなかった。
骨と皮だけになった義母。
これ以上この人の何を怖がるの。
何を求めるの。何を責めようというの。

ふと、「人は亡くなった後1時間くらい聴力が残るらしい」
という流説を思い出して義母の枕元に座った。
ありがとうございました。と言うべきか。
ごめんなさい。と言うべきか。
義母の顔を見ていた。
やっぱり野々歩さんによく似ている。
自分の愛する人と風貌がそっくりな「この人」と
最後まで分かりあうことができなかったのは、なぜだろう。

野々歩さんのお父さんお母さんが亡くなって、
次は、野々歩さんと私の番だ。
私があの世へ行ってあなたに出くわしたら、
「あんたのことが大嫌いだった!」
「あんたが何と言おうと、野々歩さんは私のものなんだから!」
そう言って、横っ面を思い切り引っ叩かせてください。

憤慨したあなたはきっとこう言うでしょう。
「私だってアンタみたいな根暗、大嫌いよ!」
「私には志郎康さんがいるんだからね!このバカ女 !」     
そして、思い切り私を引っ叩き返すでしょう。
その後、気の済むまで引っ叩き合いしたら
一緒に大笑いしましょうよ。
野々歩さんも、志郎康さんも、
そんな私たちを見て、お腹が捩れるくらい笑うでしょう。

今頃、天国で笑顔のまりさんと志郎康さんは
ダンスでもしているんだろうな。
二人は、永遠に詩の中にいて
詩集を開けばいつでも笑顔を見せてくれるはず。

そういえば今日、空を見上げたら、雲ひとつない晴天だった。
野々歩さんを産んでくれて、ありがとうございました。