学校に行きたくない

 

村岡由梨

 
 

花火大会の夜、蒸し返すように気だるい人混みの中で、
やっぱりわたしは一人ぼっちだった。
ここにいるのに、ここにいない。
誰もわたしに気が付かない。

人の流れに逆らって
何度も人にぶつかりながら、
次から次へ目に飛び込んでくるのは
顔 顏 顔
男に媚びるような化粧をした女たち。
女を舐め回すような目で見る男たち。
みんな不気味で同じ顔、みんなセックスで頭がいっぱい。

そんなこと思ってるわたしが一番卑しい人間だと思うけど。

軽薄な音楽が流れるとともに、
心臓をえぐるような爆発音の花火が打ちあがって、
桟敷の人々は大きな歓声をあげた。
わたしは、ある戦争体験者の
「焼夷弾を思い出すから、花火は嫌い」という言葉を思い出していた。
その言葉を思い出しながら、
「今、花火が暴発したら、こいつら全員燃えるのかな」
と考えていた。

自分はつくづく不謹慎で邪悪な人間だと思う。

先生に何十回目かの呼び出しを食らって、
職員室の横の小さな部屋のいつもの椅子に座る、空っぽなわたし。
ただ一点を見つめて、かたく口をつぐんだまま。
わたしが学校以外の場所でも徐々に精神が蝕まれて、
邪悪な欲望に侵食されつつあって、
本当のところ、何に苦しんで何に絶望しているのかなんて、
言ってもわかるはずがない。
黙ってうつむいたまま、一点を見つめるわたしを見て、
先生は諦めたようにため息をついた。
いつもの光景だった。

下水のような不快な臭いを漂わせて、
不登校で授業をほとんど受けていないから、勉強もさっぱりわからない。
友達が何が面白くて笑っているのか、全くわからない。

それでもある日、わたしが初めて「声」を出したことがあった。
同じ部活の部員たちに嗤われて「爆発」して、
言葉にならない言葉でわめきながら、
彼女らを学校中追いかけ回したのだ。
次の日から、一切のクラスメートがわたしを避けるようになった。
保護者の間で「あの子は危ないから付き合うな」と連絡が回ったからだ、
と知ったのは、それから暫くしてからだった。

特別な人間になりたいわけじゃない。
いや、特別な存在になりたいのか?
自分が取るに足らない人間なんだって
こんなにも思い知らされているのに。

言ってもわからない。
言ってもわかるはずがない。
わたしが中学校の屋上の柵を越えて飛び降りようとする絶望を
親もきょうだいも先生も友達も、
わかるはずがない。

「狭い世界に閉じこもるな、もっと大きな世界に目を向けろ。」
「君より大変な思いをしている人は、世界にいっぱいいるんだ。」
「みんな孤独を抱えてる」
「もっと他者に優しい眼差しを」
わかってる。わかってるけど、
今のわたしが欲しいのは、そんな真理や言葉じゃないんです。

わたしが欲しいのは、わたしだけの神様。
神様は、踏み絵を踏んだわたしに向かって、こう言うんです。
「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。」(✳︎)

だけど、それは本の中の話で、
実際はそんな神様なんてきっといない。

長い夜が明けて、また絶望的な朝がやってくる。

だから、明日も
わたしは学校に行きたくない。

 
 

(✳︎)遠藤周作「沈黙」より

 

 

 

葛藤のないもの

 

正山千夏

 
 

外で遊ぶ子供の声が途絶えた
きっとお昼を食べに家に入ったのだろう
雨の音はしないのに
通るクルマの音は濡れている
私はまだベッドのなかで
朝の憂鬱とたたかう

腰を曲げ頭頂を天空に向けるために手をつく
今現在の私が今日を生きていくために
まずしなければならないことは
たったこれだけなのに
自律神経は逆らう
腹痛を起こさせる

私の自律神経は
何を期待し何に落胆しているのか考える
眠り続ける快楽を貪りたい欲望と
日が昇ってしまう落胆

1日の終わりには
また葛藤する
夜更かし光の快楽を貪りたい欲望と
日が暮れてしまう落胆

私のシナプスは
何を期待し何を恐れる信号を通すのか考える
落胆の経路が太くなれば
小さな恐怖の経路となるのか

せめてもの小さな抵抗の集まりが
私の人生の動きを鈍くする
そのせめてもの抵抗とやらは
一体だれに対するものなのか
全体何に対するものなのか
私はすでに起きて詩を書く今

午後は静かにおし黙る
きっと家に入って夏休みの宿題でもやっているのだろう
もう子供の遊ぶ声も聞こえない
どんよりと垂れ込めた雲
それを切り裂くように鳴り響く
町工場の金属音と打撃音

 

 

 

いつもいつかの夏のなかで

 

ヒヨコブタ

 
 

いつかの夏をわたしは知らない
体験はしていない
ただ感じて
読みとって過ごしてきた

たいへん遠い昔の
歴史のなかにあったことと
幼いころ思っていた
いたましさについて

考えないことはなかった

いまのじぶんから見たその夏は
そのじだいは太古ではなかった
いっしゅんいっしゅんの連続のなかにいつも
いたのだろうかというのみだった

水を求めて暑さをしのぎたいのは
いつも変わらずとも
じぶんの変化はじぶんも見てきたこと
他者の変化を変えることはできないだろう

いつかのなんらかの区切りというものの
意味とは
先に旅立ったひとののこしたものとは
わたしのなかでよりわけて
あたたかになる道を選ぶ

大切にしたいことが数えきれなくても
すくなく思えても
どちらもいっしゅんの連続でここにいる

水の流れのようになるべくの穏やかさと
木々の成長のようにたゆまぬことと
寄り添いたいと
願うことと
わがままに散々に混じりあう

途方もないわがままのようにも思うとき
すこしたちどまる
こころは全速力で駆け出したとしても
ぼんやりそれを眺めるように
過ごすことも

のこされたことのなかにヒントがあるとき
ただ嬉しいと思う
いつまでも迷子でもなく
迷子のように見えてもそこから
すっと這い出ていることも
確かにあるような不思議

不思議とあたたかさにつつまれていても
悩むのはなぜか
戸惑うのはなぜか

考える
そして休む

駆け抜けることはないだろう
すっと寄り添いたいのはときに傲慢だろう
傍にいるじぶんがわたしに語るとき
はっとすること

難解なドリルなのか生きることは
そうとらえるのかどうかも
じぶんに問いながら
大切にしたいと思うひとのこころを
踏み荒らしたくないと

過度ななにかより
あしもとがどこにあるかを
見つめて夏
駆け出そうとするこころを少しだけ止める
じきに

旅立ったひとへの思いもさまざまな
秋がくるのを見ている

 

 

 

ヴァギナのかたち(Video Sex)

 

今井義行

 
 

凝視(みつめて)してください
1枚の ガラス液晶を 透(とお)して
あなたの
孤独の 聲がする
I want to live with you, Yuki !! I feel lonely Yuki… I like also new environment..
I miss you being together…
私は 1点を みつめる
そこには あなたの ヴァギナがあって
ひくひくと 痙攣している
きれいに 剃られて いるので
丘陵状の そのかたちが はっきりと わかる
アルジェリーは
丘陵状の 左右対称の膨らみに
2本の指を添えて グラインドさせる
2本の指を添えて グラインドさせる

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
私は 1点を みつめる私は 1点を みつめる

「Eat me, Yuki !!」
「食べるよ。」

丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあり
丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあり

私は その光をすする私は その光をすする
1枚の ガラス液晶を 透(とお)して
高い音をたてて その光をすする・・・・・・・・・・

「オイシイ !!」
「オイシイ !!」

アルジェリーは「ここちよい !!」という言葉を
「オイシイ !!」だと 解釈している

丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあれ
丘陵状の そのかたちの1点に 光るものあれ

私は 1点を みつめる
私は その光をすする私は その光をすする

 

 

 

in all these things

 

工藤冬里

 
 

ひくいところや
たかいところで
いろいろないろで
それをうえから
わたしのばくはつをうえから
にくのひろがりをうえから
じゅうおうの矢印は
腸の位置にあり
肉色の柱
モオヴの路電
ラーメン構造
赤玉が隠れた洞門
羽があって手があるもの
水の色が心持ちを決める
入口と出口が無数にあり過ぎて
わたしの花火は
はらわたのストロボ
洞門ミミズの内部をトラベル
ストレッサーとしてのトラブル
内壁を伝う音声の未来
円熟というより 立ち直りが早すぎる
人のことまで考えて

おりこうなこえはいつかはがされるのだろうかいや
in all these thingsそれらのことがあるなかで
かんぜんなしょうりをおさめています

in all these thingsそれらのことがあるなかで
音声はかんぜんなしょうりをおさめています

 

 

 

落差の原理

 

辻 和人

 
 

遂に実物見ちゃいましたよ
何十年もの夢ですよ
うず、うず
うず潮
鳴門のうず潮
昔むかーしテレビで「鳴門秘帖」ってのをやっててね
話は忘れちゃったけど
オープニングのうず潮の映像がとにかくカッコいい
いつか見てやる、いつか見てやる
うず、うず、うず
心の底に何十年
それが遂に実物ですよ

金曜の夜に会社出てそのまま羽田空港へ
第1ターミナルと第2ダーミナル間違えてミヤミヤに叱られて
1泊してバスで1時間弱
喉乾いて「うず潮サイダー」
微かな塩味が喉元突き
うず、うず、うず
盛り上がっているうち
集まってきた、集まってきた
期待に胸を膨らませた皆さん
うず、うず、うず
強い陽差しに輝く「わんだーなると」の口に吸い込まれていく
さあ、ぼくたちも吸い込まれるぞ

船内の椅子に腰かけたものの1秒で無意味と悟り
子供たちの声が響き渡るデッキへ
家族連れが多いなあ
お、この御一行は中国からのお客さんかな
男の子女の子1人ずつ連れたご夫婦
2歳と3歳?
やっと歩けるって感じ
くたびれた時の備えとして2人用ベビーカーがスタンバってる
「わんだーなると」、泳ぎ出す
岸から離れるにつれ波が荒くなり

うず、うず、うず
わぁお、いきなりクライマックス
きゅるきゅるきゅる
海面から馬の頭みたいのが生え出る
にゅいーっと上体を起こしそうになる寸前
別の角度からの力にぶん殴られて
くぅるくぅるくぅるくぅるーっ
深い穴を開けながら沈んでいく
ほら次、ほら次
きゅるきゅるきゅる
と生え
くぅるくぅるくぅるくぅるーっ
と沈む
「わんだーなると」の周りだけ
騒々しい
でもって、この区画の外は平穏そのものなんだ
うず、うず、うず
すごいなあ、「鳴門秘帖」なんてメじゃないぞ
写真撮るのをやめてひたすら海面を覗き込むばかりのミヤミヤ
隣の中国人御一家も大はしゃぎ
特に子供たちが弾けてる
お父さんお母さんに抱っこされて
足バタバタ
「あーひゃー、あーひゃー」
良かったねえ、面白いもの見られて
うず、うず、うず

「すごかったねえ。聞きしに勝るとはこのことだね」
下船して満足そうなミヤミヤ
いやあ、ホント
何十年もの夢に実物があったなんて
顔にかかった飛沫はしょっぱい
生きて、動いて、回って
塩味までついてる
施設の説明によると
100メートル程の深さで高速度で流れる本流
浅瀬になっている両岸付近での低い速度の流れ
その速度の落差が海水の回転を生むのだそうだ
しゅーっと走り抜けようとする本流が
おっとりした両岸の流れにぶつかって
がたん、がくっ
跳ね返されては
うず、うず、うず
なるほど
世界の3大潮流の1つ
夫婦で地学の勉強もしちゃいましたよ

帰りのバス停に歩くと中国からの御一家にまた遭遇
力持ちのお父さんは荷物係
お母さんはベビーカーをゆっくり押して
微笑みあってる
お互い、珍しい景色見れて良かったですねえ
ボクちゃん、お嬢ちゃん、一緒のバスで帰ろうね
ところが、何と、何と
2人の子供たち、飛び降りて走り回ったかと思うと
ベビーカーをお母さんの手から奪い取った
バス停から少し低い位置にある道路へ
投げ落とす
がたん、がくっ
もういっちょ
がたん、がくっ
「あーひゃー、あーひゃー」
お母さん、慌てて止めに入る
「あーひゃー、あーひゃー」
うず、うず、うず

たまげた
落差だよ
うず潮生んだ落差だよ
海でもバス停でも
おんなじ落差の原理が
おんなじ歓声を発生させてる
実物ってのは違うねえ
何十年の夢よりすごいねえ
うず、うず、うず