リバー

 

今井義行

 

 

水上バスステーションのある街で思い出す
スポイトから ひとみへ ブルーグレイを
ぽとり垂らすと
ともだちが わたしのなかにはいってくる
そのように
水上バスステーションのある街で思い出す

ヒップホップ世代のO-ba
キャップのつばを後ろに向けて唇のうえに僅かな鬚、裸足にサンダル
初めて会った日には
みんなのいるミーティングルームで
振戦(しんせん)───アルコールの離脱症状から訪れる震え、滑舌の悪さ
が酷かった

神の創りしラジオ*

「ビギン・ザ・ビギン」のながれる畳

リハビリテーションが やすみの日に
音楽を聴いていたら音階がうねるので
わたしは めまいに苛まれてしまった

きっと此処は河のうえのおおきな木橋
風が吹く度に四方に大きく揺れるのだ

音楽の低音が ゆさゆさと揺れている
ところが心はとても爽やかだったのだ
その日の渦 音楽は響きつづけている

神の創りしラジオ
神の創りしラジオ
作業療法士が「あなたの良いと思うところは何ですか」
と 問うたとき

O-baは ボソッといったのだ
「カンチ」
「カンチ それってどういう字ですか?」
するとO-baはホワイトボードの前までいって
「感知」と書いた
「俺、小学生のころから
みずいろのえのぐで空をかいてみなさいとか
いわれるの
ヘンだとおもってたんですよね・・・・・
みずにいろなんてないもの」

神の創りしラジオ
(夏河に 水上バスの 遺すきぬいと)

ウエストコーストの地は若者のあいだで光陰
にさらされながら
みずは いまでは凪いでいるようだ───

筋肉はかなり衰えていたのに 太陽ってば
わたしを外へ引っ張り出したことがあった

箱根湯本の温泉郷へと向かう
路線の 幾つかの駅の名前
螢田 風祭 そこでは何かが
舞っているような思いがした

田園都市線に乗った土曜日は
鷺沼 を飛翔しながら
車内の路線図を眺めたりした

眼鏡を外すように
「  」(かっこ)を外すと
空白が残る とうめいなみず

うすむらさきがすきなのでうすむらさきを
さがしていた日
街のともしびがくれてきて作業所の帰り道
まだうすむらさきをさがしていたわたしがいた
手には油脂がついていた
わたしはうすむらさきがすきなのに
黄や青がまじっていて純正品はすくない
『きょうは、もうお帰りよ・・・・・』
アパートにかえりつくと
郵便受けに 一冊の詩の同人誌をみつけた

(このなかに うすむらさきは ないかしら)

アル中って、厚生労働省からは病気として認められているけど
実際は 大麻 覚醒剤中毒と同じように侮蔑されているのね・・・・
自業自得、ってわけ
それで みんな「真夏の美(び)―るの季節を乗りきらなくちゃって
大騒ぎになっているのさ

(夏河に 水上バスの 遺すきぬいと)

迷彩色のボールがひとつ
空気が充填されて
ぱんぱんだ こいつを
地球儀に見立ててみよう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地球儀で毬をつく
ぽおん、ぽおんと毬をつく

ざらざらの地の上で

あんたがたどこさ・・・・

地球儀で毬をつく
ぽおん、ぽおんと毬をつく

ボールの空気が抜けて
くる 凹みもできる

いろいろな国に
擦過傷ができる
わたしは時々それを眺める

あんたがたどこさ・・・・

傷だらけの「毬」

大陸も大洋も傷だらけ
止血が間に合わない

地球儀で毬をつく
ぽおん、ぽおんと毬をつく

あんたがたどこさ・・・・

カマンベールチーズを齧った
まわりの白黴の食感好きで

あかときいろの錠剤のんだ

午後に卓球のレクリエーションがあった日
窓のそとは しとしと雨だったけど
ダブルスのゲームは 白熱したね───

O-baは随分みんなになじむようになって
すげースマッシュきめて
片目をつぶって 親指たてたね

(死にいたるところに 雨足の あさがお)

リハビリテーションが やすみの日に
音楽を聴いていたら音階がうねるので
わたしは めまいに苛まれてしまった

きっと此処は河のうえのおおきな木橋
風が吹く度に四方に大きく揺れるのだ

音楽の低音が ゆさゆさと揺れている
ところが心はとても爽やかだったのだ
その日の渦 音楽は響きつづけている

O-baは
「あなたがいちばんしあわせをかんじるときは?」
と 作業療法士にふたたび聞かれたとき
こう いったね

「嫁と 息子の優透(ゆうすけ)と 俺と
三人で 川の字になって だまって ぼーっと 昼寝してるとき」
彼は ぼそっと そういったね
三人で 川の字になって だまって ぼーっと 昼寝してるとき

水上バスステーションのある街で思い出す
スポイトから ひとみへ ブルーグレイを
ぽとり垂らすと
ともだちが わたしのなかにはいってくる

荒川河川敷の ひろい、ひたすら ひろい みずのいろ
荒川河川敷の ひろい、ひたすら ひろい みずのいろ

十年位まえに ロスの空港で
おんなは I LOVE YOU といい おとこは I LIKE YOU といった
それもまた しろいひとつの百合なのだと 急に思いだし

荒川河川敷のしろいクローバーのいっぱいにひろがる
水上バスステーションのちいさなしろいベンチに
O-baと優透くんとお嫁さんが「川」の字にならんで
すわっているのがすーっと見えたのさ・・・・・

会ったことのないよちよち歩きの優透くんは夏の風にすけている

誕生日に贈ってもらった 薄いピンクのデジカメで
(鬚をそり忘れているような わたしを慈しんでくれるなんて)
散歩のおりには 花や木の実や雨あがりの水滴 ほかにもいっぱい写真を撮ろう
写真から あたらしい音が聞こえてくることがあるのです

神の創りしラジオ
神の創りしラジオ

772-111という数が秋葉原の電柱に咲いているのを見つけて
しあわせな気もちがしたの 今度写真に撮ってみたいな
そして わたしのほうから一人一人に話しかけてゆくの

朝な夕な
東雲(しののめ)は東京湾に臨んでいる
わたしは
そこへ行ったことがないけれど

雲なのに海
お互いを映しあっているかのよう

朝な夕な
東雲(しののめ)は東京湾に臨んでいる
わたしは
そこへ行ったことがないけれど

そのことばがわたしの中に街を描いている──・・・・

東京湾へゆったりとながれこんでいるはずの荒川の水が
隅田川のほうへ隅田川のほうへとなみなみと遡っていて、
それは いったい なぜだろうか

隅田川のほうへ隅田川のほうへとなみなみと遡っていて、
それは いったい なぜだろうか
ああ、
とても ふしぎだなあ───
ああ、
とても ふしぎだなあ───

 

 

 

神の創りしラジオ*
BeachBoys結成50周年記念にリリースされた歌
www.youtube.com/watch?v=F5FatuHDcM0

 

 

トラックにあたり腕をおる

 

爽生ハム

 

 

ポリタンク、今日も汚れた水だ
もうすぐ舐めるだろう
まだ、猫がねむってる
熱い提灯のちかくで
猫に食べられるダンサーは
尻がうねって、
夏の祭りへ消えてしまう

肉を酸素売女にあずけ、
一目散に
ブルーハワイのスナックへと
たむろする男の子たち

分譲中の神社のお守りのききめはあるのだろうか。

じっとりとした暑さから逃げる
そんな気持ちで、
二の腕の香水にかぶりつく、
巨大な
好いて好いて好きな感じを猫に教わる
人に向けた
巨大な
好きの前兆を頻度の森から
こっそり誘いだし
気持ちよく絶叫

私には住家の再現がありますから。

ベランダでだれている肩を
押せば
トラックに落下する
林檎が破裂するまでの
瞬間に
憧れの人の写真が
人体から
跳ねた

 

 

 

籍の話

 

辻 和人

 

 

港の見える丘公園の見晴らし台でプロポーズなんかしちゃって
その後は
あれよあれよ
ぼくの両親は「良かった良かった。嬉しいことだねえ。」
あれよ
ミヤコさんのご両親は「そうですか。おめでとうございます。頑張って下さい。」
あれよ
式は来年の3月にしよう
それじゃ引っ越しは2月か
あれよあれよ
婚活で結ばれたカップルはとにかく決断が早い
結婚は何てったって共同生活だからね
仲良く暮らすための形を決めるってことは
恋愛そのものと同じくらい大切
「やらなきゃいけないこと、おおまかなスケジュール作ってみます。」
ミヤコさんはこういう作業は得意だ
喜々として項目を書き出して
「もう10月だからまずは式場探し。荷物の整理も頑張りましょう。」
あれよあれよあれよ

今日は週末だからミヤコさんのマンションにお泊まり
パスタ作って、一緒にお皿洗って片づけて
さあ後は手つないで寝るだけ
あれよあれよ、だ
ここで
気になるあのこと、聞いてみよう

「あのー、ミヤコさん。
籍のことだけど、ぼく、鈴木の姓に入ってもいいんだけど。」
そしたらミヤコさん
仰向けだった姿勢をこっちに傾けて
「わたし、弟いるから、辻の姓に入りますよ。
カズトさん長男なんだし、その方がいいですよ。」
ふーん、長男かあ
あれよ、とはいかないね

実を言えば
婚活してたくせにぼくは「籍を入れる」のが
ちょっとイヤなんだよ
お互い姓があるのにそれを1つにまとめるっていうのが
どうも、ね
2人の人間の暮らしを1つの籍で管理する
それもどっちか一方の姓で管理する
どうも、ね
少し前に用事があって母親に電話した時
それとなーく
「籍入れないで結婚するっていう選択したらどうかなー。」と言ってみた
「そんなのダメよ。ちゃんとしなくちゃ。」と当然のように言われて
なるほどねえ
世間一般ではそういう理解が主流だよねえ
もう少したつと変わってくると思うんだけどねえ
事実婚で「ちゃんと」している人なんかいくらでもいる
事実婚についてざっと調べて感じでは
相続の点で多少難があるだけで籍入れ婚と比べてさほどデメリットがあるわけじゃない
だから、まあ
姓を同じくすることへのイメージの問題
こいつが一番大きいんだろう

籍入れ婚については
同性のカップルを排除しているのが気に入らない
それと、家系に支配されてる感じが気に入らない
でもって、それを主に男が負うというのが気に入らない
気に入らないけれど
籍や家父長制をラディカルに批判するまでの気力はないんだよね
結婚制度は行政サービスとしてちゃっかり利用したいし
世間体というのもちゃっかり取り繕いたいというのが本音なんだ
ぼくたちの名前がいわゆる「下の名前」だけで
最初から姓なんてものがなければ
あれよあれよ
なんだけどねえ

でもでも
こんなことがあった
ノラ猫だったファミを避妊手術のために動物病院に連れていった時のこと
初めての入院にファミは随分暴れて鳴いたけど
その割には看護師さんたちに結構懐いて食欲もあったらしい
手術の傷も塞がって引き取りに行った時
ぼくの顔を見たファミは喜んで顔を擦り寄せてきてくれた
猫の健康手帳みたいなものを貰い、開いてみたら

「辻ファミ」

血がカァーッと熱くなるのを感じましたよ
ファミちゃん、ぼくのものなのか?
うっへぇー
猫は犬と違って役所に届ける義務はないし
籍に準ずるような類のものでも何でもないんだけど
それでも
ぼくが守らなきゃ、という意識が生まれて
困ったな、という感情と
嬉しい、という感情が同時に湧き起ってきた
今思えば、姓の力ってすごい、と感じさせられた瞬間だったってこと
面倒をみていた他の猫ちゃんたちも
その後みんな「辻」の姓を持つようになった

ふと横を見ると
ミヤコさんはスースー寝息を立てている
ぼくはつないでいた手をゆっくりほどいて
天井を見つめた
それから薄明かりのもとで辺りを見回す
何事に対してもきちんとしているミヤコさんの部屋は
清潔でよく整理されている
アジアンテイストの織物が架けてあったりもして
散らかりっぱなしのぼくの部屋とは大違いだ
かわいいけれど秩序に対する強い意志に貫かれた部屋
こりゃ、守ってあげるじゃなくて、こっちが守ってもらう方だな
ミヤコさん
それでは「辻」の姓をぼくたちの暮らしのために役立てさせてください
ミヤコさんの持ち物って感覚でいいですよ
ファミちゃんの役にも立ったモノです
ファミはあれからあれよあれよと言う間に家猫になりましたが
ぼくたちも
あれよあれよと
夫婦になりましょう