殺生

 

佐々木 眞

 

 

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虫を殺し、花を殺し、蝶を殺し、鳥を殺し、
いままでずいぶん殺生してきたな。
さすがに人は殺さなかったつもりだけど、
我知らず、ひとりやふたりはあやめてきたのかもしれないな。

恐ろしや、恐ろしや、あな恐ろしや、恐ろしや。

虫や花や蝶や鳥は、殺したくて殺した訳ではないけれど、
蛇だけは、おぞましくて虫唾が走り、
無我夢中で見付け次第叩き殺してきたな。
といっても全部で五匹は超えていないだろう。

だけどマムシに出くわしたときには
殺すどころか、おっかけられて
ほうほうのていで逃げ出したものだ。
マムシって、宙を飛びながらシュツと襲ってくるから恐ろしい。

恐ろしや、恐ろしや、あな恐ろしや、恐ろしや。

ところが上には上があるもので、
茂木のハローウッズで活動している崎野隆一郎さんは、
マムシを見付け次第とっ捕まえて、
皮を剥いでね、焼いてね、ムシャムシャ喰っちまうそうだ。

田舎の旧家にも時々巨大な青大将が出現して、
義母にその始末を頼まれた心優しい父はとうとう殺しきれず、
段ボールに入れて自転車に積んで、由良川に捨てに行ったら
途中でそいつが背中で長い鎌首をもたげて困ったそうだ。

恐ろしや、恐ろしや、あな恐ろしや、恐ろしや。

それにしても殺生をした後は、後味が悪い。
化けて出るんじゃないかと思う時もあったなあ。
化けて出てくるぶんには、たいして怖くないけど、
地獄に落とされたら、嫌だなあ。

私はいちおう無神論者で、この世はあってもあの世はなく
天国も地獄もないと考えているのだけれど、
もしも、もしも、万が一にも地獄があって、
閻魔さまに「お前そっちへ行け」と命じられたら、どうしよう。

恐ろしや、恐ろしや、あな恐ろしや、恐ろしや。

太宰治は子守のタケに雲祥寺の「十王曼荼羅」を見せられ、
地獄の恐ろしさに夜な夜なうなされたそうだが、
この世の地獄が、あの世の地獄におさおさ劣るものではないとは
まだその時は、知らなんだ。

ああ、知らなんだ、知らなんだ。
幸か不幸か、知らなんだ。
あの世もこの世も地獄とは、
まだその時は、知らなんだ。

恐ろしや、恐ろしや、あな恐ろしや、恐ろしや。