暗譜の谷

 

萩原健次郎

 
 

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そんなに笑うと、笑いが声からはみ出して
叫声みたいになってしまう。
姉が、妹をたしなめて
坂道を降りてくる。

姉妹は、旋律の好みなどは関係なしに
光の胎の中に飲み込まれていく。

霧の中で、
小道で、
街頭で、
橋上で、
チェコの人は、黙ってしまって
美しい、なにもかもを吸引しようとしている。

それをピアノに塗ってくれと、
子どものような眼をしてねがった。

ヤナーチェクとスデックが
室内の、机と椅子になった。

ほらほら、舞い降りてきたじゃないか。
ふたりの少女。

木製の記憶が、織物となって床に縫われる。

狂れるまえにね、
この小屋のような家の庭に出て
一音のハーモニーを重ねようと
姉妹はねがった。

写真師もピアノ弾きも。

ふたりは合わさって
それだからまた、
すぐ近くに落ちていた
光の胎の中へ消えていった。

 

空空空空空空空空空空空空空空空空空空空(連作「暗譜の谷」のうち)

 

 

 

noise 音 騒音

 

スズメに会う

三栄町の
公園で

スズメに会う

チチと
いう

ハクセキレイにも
たまに会う

チチチチチ
という

海辺で
磯ヒヨドリとも

出会う

燕のつがいは
チキチキと鳴いて飛んでいた

曲線を
描いてた

声の底にノイズがあり
遠い君がいた

 

 

 

drink 飲む

 

帰りには

新丸子の
ひとつ外れた

道を帰る

夜道に
いくつかの花が咲いてる

白い花や
黄色の花や

うすいむらさきの花が
咲いてる

足の親指の付け根が痛む

痛風
なのか

ゆっくり
そろり

歩いて
帰る

白い花を見た

帰って
芋焼酎を飲んだ