生き急いでいる人間だから、真夜中に死者と仕事をすることだってあるさ。

 

佐々木 眞

 

 

総務課の川口課長から電話があって「ちょっと話がある。今すぐ行くから」というので、部下の酒井君と待機していると、来期の経費計画をすぐに出せという。

「おらっちはよう、安倍蚤糞は失敗すると読んでいるけどよお、株式の投資が莫迦当たりしたんでよう、売り上げも利益も全然駄目だけど、経費だけは削らなくてもいけそうだと、社長が言うんだよ」

「だからあんたの課も、大至急予算計画を出してほしいんだ」という不景気な中にも景気の良い話なので、私が「そんなら念願の新規ブランドの立ち上げが織り込めそうだ。酒井君と相談して一発どでかい計画をぶち上げてみましょうか」

といいながら、目の前の川口さんの顔を見ると、顔と目鼻の輪郭がどんどん霞んできている。

「おうそうよ、どうせ会社の金なんだからバンバン使いまくってくれよ」という声だけが聞こえてきたので、私はハタと気づいて、
「でも川口さん、あなたはもう10年、いや20年近く前に亡くなっていますよね。そんな人がどうして来年の予算を担当しているんですか?」と尋ねると、

「いやあそういう小難しい話はよお、おらっちもよく分かんないんだけどさ、まあいいじゃん。あんまり堅く考えないで、柔軟に対応してよ、柔軟にさ」
と相変わらず昔風の横浜訛りの元気な声だけが聞こえてくる。

「そんなこと言われてもなあ、酒井君」と後輩の顔を見ると、彼もまたなぜだか目鼻立ちが急激にぼうっとしてきているので驚いたが、じっと見つめているうちに、彼はおととしの今頃、入浴中に急死していたことを思い出した。

生き急いでいる人間だから、真夜中に死者と仕事をすることだってあるさ。