戸田桂太さんよ、おめでとうです。

 

鈴木志郎康

 

 

わたしの親友の
戸田桂太さんよ、
『東京モノクローム 戸田達雄・マヴォの頃』出版、
おめでとうです。
息子が書いた言葉で甦えった
今は亡き父親の戸田達雄さん
おめでとうです。
桂太は青年時代の父親を
若者「タツオ」と名付けて、
一冊の本に蘇らせた。
わたしはタツオと親しくなってしまったよ。
関東大震災の燃え広がる
東京の街中を、
走り抜けるタツオ。
勤め先の若い女性を
丸ノ内から向島の
彼女の家族のもとに送り届けるために、
燃え広がる
東京の街を、
走り抜けるタツオ。
膨大な震災記録を
縫い合わせて、
タツオの足跡を
蘇らせた息子の桂太。
そこから、
「東京モノクローム」は始まるんですね。
タツオは、
震災後、
勤め先の「ライオン歯磨」を辞め、
イラストを描く、若い表現者となって、
震災の惨状を体験した活力で
極貧の生活を送りながら、
村山知義の斬新なオブジェに仰天して、
前衛芸術家集団「マヴォ」参加し、
「マヴォイスト」として活躍するんですね。
わたしの好きな複雑でニヒルな詩人の
尾形亀之助たちと親交を深め、
やがて友人と
二十一歳の頃から、
ショウウインドウを飾る仕事を始めて、
広告図案社「オリオン社」をスタートさせた。
タツオは、
震災後の若い芸術家たちの中で、
生きるための道を探り歩いて行ったんですね。
息子の戸田桂太は
その青年の父親を、
見事に蘇らせた。
親友のわたしは嬉しいです。
ラン、ララン。

ところで、
わたしの親父さんは
若い頃、何してたんだろ。
聞いた話って言えば、
若い頃、下町の亀戸で
鉢植えの花を育てて、
大八車に乗せて、
東京の山の手に
売りに行って、
下りの坂道で、
車が止まらなくなってしまって、
困った困ったって、
話していましたね。
大八車に押されて、
すっ飛ぶように走ってる
若い親父さん。
いいねえ。
ラン、ララン。

 

 

 

登山

 

みわ はるか

 
 

先日、登山をした。
小学生以来の本当に久しぶりの登山だった。
地元にある標高850mほどの山で、前々から1度は登ってみたいと思っていたところだ。
数年来の知人を道連れに意気揚々と出発した。
心配していた天候も風がほどよく吹く晴天に恵まれた。

知人は山が珍しいのか、出発地点に向かう車内で楽しそうににこにこ笑っていた。
凍らせたドリンク数本、虫除け、制汗剤、帽子、タオル、着替えまでと用意周到だった。
登山初心者の知人には怖いものなしのように見えた。
わたしはというと、体力の衰えを少し感じ始めていたため、ちゃんと頂上まで上りきれるか若干不安だった。

出発地点で写真撮影を済ませていざ登山を開始した。
生い茂る新緑の木々、わたしたちの頭よりもずっと上に咲く白い花、普段見るよりもずっと大きな蟻、上から見るとずっーと小さく見える民家や湖。
見るものすべてに感動してゲラゲラ笑いながら登っていた。
知人はよく笑った。
知人はよく汗をかいた。
知人はよくドリンクを飲んだ。
そして、無言になっていった。
そう、知人は疲れていた。
まだ半分も登っていないのに完全に疲れきっていた。
意外にも傾斜が急でわたしも驚きはしたがこんなもんだったかな~とも思っていた。
わたしたちは少し長めの休憩をとることにした。

すると前から下山してくる初老の男性が杖をつきながらやってきた。
「ここは急や。こんなところで休憩か。まだまだじゃないか。頂上は蜂だらけだ。気を付けろ。」
まるでやっと話し相手を見つけたかのようにいきなり話始めた。
聞くところによると、その老人は会社を定年退職し、登山を趣味としていた。
隣の県からわざわざ足を運んできたんのだった。
その後もその老人の話は続き逃れられそうになかったが、一瞬の隙をついてごきげんよう~とその場を去った。
わたしたちはまたどっと疲れてしまった。

それからは急傾斜と、太陽のじりじり照りつける日差しとの戦いだった。
口を開けばお互い「頂上はまだかな」と言い合った。
二人だから頑張れた。
一人だったらくるっと踵を返してとうの昔に下山していただろう。
受験は団体戦と言うけれど、本当にそう思う。

ブーンとなにか大群の音がだんだん聞こえてきた。
何事かと上を見上げると蜂の大群だった。
そうあの老人の言葉は本当だった。
目の前に頂上が見えるのに…。
この中を通っていかなくてはならないのは地獄のように見えた。
でもせっかくここまで来たのだからとタオルや帽子で素肌を隠し歩き続けた。
頂上からの景色は絶景だった。
ただ蜂の大群のせいで30秒でその場を離れなければならなかったのは本当に残念だった。

下山もまた大変ではあったが知人とまたゲラゲラ笑いながら歩いた。
どうでもいいことを話ながらただひたすら歩いた。
その時間はものすごくすがすがしかった。
誰かと何かを共有できるのは素晴らしいと思えた。

帰りの車中も知人はにこにこ笑って楽しそうに今日撮った写真を眺めていた。
そんな知人を見るのがわたしは好きだ。

もうすぐ灼熱の夏がやってくる。
また二人でにこにことどこかお出かけしたい。