新 骨ッの世界

 

辻 和人

 

 

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

自転車走らせ
建設中の小平の家へ
お仕事中のミヤミヤに代わり建設の進み具合を見に行く
頭上に
鯉のぼりみたく
ハタ、ハタ、ハタめく
ほそ、ほそ、ほっそながい光線君を従えて
走った、走った
すると
鉄パイプの足場とシートに囲まれた巨大な影
「辻様邸」
うわぁ、ぼくんちだよ
感動
見て見て、光線君
「ツジサマー、サマー、サマーティーイーイー。」
興奮した光線君
平べったい体を痙攣したように高速度で折り曲げ
大きく広げたお目々を左右にグリグリ
あのー、まだそんなに驚かなくていいから

「こんにちはー。依頼主の辻です。」
「お待ちしておりました。どうぞゆっくりご覧になって下さい。」
仮設ドアを開けると
うわぁ、いきなり

コツッ
コツッ
骨ッ
の世界
横にも縦にも
おっと斜めにも伸びる
四角い木、木、木
これって
恐竜の骨組そっくり
ぐねぐね
きゅるきゅる
横にも縦にも
おっと斜めにも
骨ッ
コツッ
コツッ

弱いライトに照らし出された骨の群
玄関からそろりそろりと伸びて
ここ、トイレか
「くの字」に並んで
尻尾が軽くとぐろを巻く
う、う、
微かに
ぴっくぴっく
伸びていく伸びていく
だんだん太くなっていくぞ

がーん
突然ぶち当たった
ぶっとーい腰
ここ、キッチンか
長方形に、ちょいと不均等に並んだ骨
冷蔵庫と食器棚を置くスペースを広く取ったので
圧倒的なボリュームだ
尻尾と釣り合いを取りながら
ゆーらゆーら
重い重い体を揺らす
ゆーらゆーら
恐る恐る骨の一つに触れてみると
ひんやりした皮膚のざらざらした硬さが感じられて
ぞぞっとしちゃったよ
あ、今
リビングの上を黒い影がよぎって
電球が揺れた

とすると、足は
ここ、ベランダの隣の壁
埋め込まれた木が頑張ってる踏ん張ってる
よーちよーち
体が重いのでよちよち歩きしかできないけど
歩幅は大きい
前のめりに前進して獲物を追う
土をえぐって
よちっ
分厚い爪が空中に飛び出す
危ない
避けろ
けろ

1階を見尽くして改めて辺り見渡すと
何と何と
光線君が床にぺたっとへばりついてるではないか
おいおい、大丈夫か
「ピックピクー、ユーラユラー、ヨーチヨチー、
サマーティーイーイー、メー、マワールールー。」
中身のない目をくるくる回して正方形にノビている
心配しないで
肉は食べるけど光線は食べないよ
さあ、気を取り直して2階に上がろう

コツッ
コツッ
骨ッ
骨ッ
コツッ
コツッ

長い長―い背骨をつたって
胴から首へ
ぐねっぐねっ
不意に起こる屈曲
遙か下方で
尻尾が床を叩いている
その振動が骨をつたって
ぼくの手の甲を震わせる
振り落とされたら大変だ
必死にしがみついていると
回復した光線君、すっかり平気顔
骨の間をスィースィーと飛び回りながら
「イコーイコー、ウエー、イコー。」
飛べるって強いな
さ、もう少しで2階だ

よいしょ、最後の段を上がると
おおっ
す、すごい
コツッコツッコツッ
木の香りをぷんぷん立ち昇らせながら
長短の骨が
立って立って立ちふさがって
そうか
ぼくは背から首を通って喉元を抜けて
でっかい口の中
ってことはこりゃ歯か
上からも下からも
ぐわっと攻めてくる
フリースペース、クローゼット、書斎と
攻めてくる長短の骨を避けながらそろりそろりと移動する
コツッ
コツッ
興味津々の光線君
体を紐状に細くして一本一本の骨に巻きついては
ささくれた感触にいちいち驚いて
空中でくくっと旋回

ここ、寝室
高い位置に窓を配置したんだけどどんな感じかな?
足を踏み入れる、途端に
白い強い光
薄闇をぱーっと切り裂いて
目玉だ
獲物をぐりぐり探すレーダーだ
ぐりっと見据えられたらどんな獲物も腰抜かしちゃう
いつの間にか頭部に入り込んでた
同じ光の体をした光線君もこれにはびっくり
ぴたっと空中に止まって
円状に体をぴんと張って
甲高い声で叫んだんだ
「ザウルスーッ、ザウルスーッ、シュツゲンナリィーッ。」

そう
小学生の時初めて博物館なるものに連れてってもらったんだよね
ナンダ、ナンダ
コレ
ナンダ
散らばった骨を集めて復元された巨大な恐竜たちの姿
天井を掻き回す縦のライン
床に亀裂を入れる横のライン
骨と骨の間の
ぽかーん空間に
小さな目を凝らすと
古代がみるみる大きくなった

そうだ、そうなんだ
梯子を降りてもう一度できかけの家全体を眺めると
骨が骨を呼んで
連なって、大きくなって
わぉ
恐竜
尻尾を揺らし
目玉をぐりぐりさせ
鋭い牙を研ぐ
狙ってる
肉食だから狙ってる
巨大恐竜、立っている
歩け
歩き出せ
骨ッ
コツッ
コツッ

「雑然と見えるかもしれませんが、工事中の今だけですよ。
もう少したつと内装が仕上がって家らしく見えるようになります。」
工事責任者の方はそう言ってくれたけど
いえいえ、とんでもない
白い壁に覆われる前の姿を目に焼き付けることができてラッキーでした
近くのコンビニで人数分の缶コーヒーとお菓子を買って渡しましたよ

コツッ
コツッ
骨ッ
光線君
このことはミヤミヤには内緒だよ
暮らし始めた時にこの家が
昔、恐竜だったなんて
知られたくないからね
ミヤミヤには「順調に進んでいた。」とだけ報告するつもりさ
でも
ぼくは骨の世界の中で呼吸ができて
楽しかったよ
外から見る家は
どっからどう見ても荒い息吐く恐竜
困ったなあ
でもちょっと嬉しいなあ
走る自転車を体をきゅるきゅる回転させながら追いかける光線君
「ナイショー、ナイショー、ザウルスーッ、ショー、ショー。」
骨ッ
コツッ
コツッ