萩原健次郎
いつからいなくなったのだろうか
千年前
泥沼に脚まで埋まって
池の貌に浮かばれない
わたしは、あなたを知らない
はじめから不明
かなしんでいる所作は、知っている
千年前
獣とあそんでいた
はしゃいでいた
老人であるのに、無邪気に獣とじゃれていた
わたしが、眼病みだから不明なのではない
わたしが、摩耗しているから不明なのではない
この絵に生きていない、首と脳と心臓と
水に浮かぶ、わたしの魂胆が不明なのだ
ほそい石橋は、二百年前に架けられたのか
わたしは、時折は、恋しくおもう
不明に、情を飲み干すから
平穏な水が、怒ってふるえていたりする
わたしは、わたしの平らを
水に流して、生きてきたふりをしている
歌を捨てにきた人が、群れている
連作「不明の里」のつづき