餉々戦記 (乾物ロード干し椎茸篇)

 

薦田愛

 
 

東向きいちめんの型ガラス窓を透かして
なだれこむ中庭の緑
北摂の一隅ちいさな集合住宅の
あかるいリビングダイニングは
ソファの真ん前がシステムキッチン
だから
食べることがメイン
煮ても焼いてもなんて言うけど
ここでは
煮るも焼くも蒸すも揚げるも
避けるわけにいかない
(とはいえ多めの油には及び腰
空0まだ揚げ物にはトライできていない)
三口コンロも広めのシンクも
ソファとサイドボードを並べて置けるのも
古いめ賃貸物件としては破格
つくづく
足りないのは私の料理の経験と腕と知識だな
でも
食べた経験なら年齢相応にそこそこ

家ご飯好きのつれあいユウキのほうが
ひとり暮らし経験もあって料理に慣れてる
のを頼りに
作ってもらう合間あいま
トマトと卵を炒め合わせて塩胡椒振ってみたり
干物をあぶったりまたもや豆腐を焼いてみたり
惣菜パックかかえて帰ってみたり
それで乗り切れるはずもなく
そうだねネット検索
そうだよ図書館で料理本
探すことには慣れてるんだ
なにしろ
話を聞きたい人についての資料とか撮影によさそうな場所とか
手土産に持っていくお菓子とかお疲れさまの食事の店とか
探すのも仕事だったから
それにほらこれ
『料理図鑑』ってタイトルの *
分厚い解説書もあるんだ
食材選びや扱いのコツがこと細かに
オールカラーでも写真入りでもなく
イラストとやさしい言葉とでね
ページを繰っては板ずりだの裏ごしだの
言葉は知っていても
やってみたことないなあなんて

シンク下の食材ラックごそごそ
乾物に乾麺に缶詰
東京をたつ直前は
備蓄しすぎの缶詰をせっせと食べて
未開封の乾物や麺は段ボールに詰めてきた
賞味期限ってどうなのかな乾物の場合
そうだ
高野豆腐煮てみよう
いっしょに干し椎茸、足りるかな
レシピレシピ
ああ小さめのだけど六枚か七枚
ボウルに水そして高野豆腐は三つ
そういえば
椎茸のもどし時間って短縮できるって、
どこだっけ、ああこれ
ぬるま湯に砂糖少々
もどし汁使うんだから
砂糖はそのぶん少なめにってことか
がさりがさがさ
袋をあける出すならべる洗う
ぴぃいっとケトル
おっと沸かしすぎ
ボウルにあつっと浄水足して
ひたす間に、そう
にんじんを
高野豆腐しぼる指がぎとり
油っぽいなんて
食べながら思ったこともなかったけれど
大豆油ってあるものね
おお椎茸のもどし汁
こんなに濃い色だったんだ飴色というか
醤油に砂糖に味醂かくはん
まずにんじんにゅるんと刃をにげる椎茸次いで高野豆腐に
落とし蓋おとしぶた
弱火と言ってもとろ火とは違うよね
ね、と尋ねる相手もいないので
はてなの行列振り切りふりきり
まあなるようになるでしょう
様子見い見ぃって
宙ぶらりん
やっぱりぃ
経験と腕と知恵の足りないぶん
しかたない

それでも
焦がさず煮つめすぎずにんじんかたすぎず
(爪楊枝をそっと刺し)
ほっほっ吹き冷まして口へ
うんまあまあ
汗して帰ってきたつれあいユウキは
「ん、んまい、いいね」
とにっこり
「好きなんだよね、干し椎茸
空0ばあちゃんがよく使ってたんだ」
おばあちゃんが? そうなんだ。
高野豆腐は?
「ん、美味しいよ」
かくてこのとり合わせは
以後
繰り返し登場してよし、とする

それでね
だからさ

高野豆腐に干し椎茸
切らさないようにいつも
でも、でもね
たかいんだぁ干し椎茸
高野豆腐に千切り大根かつお節に昆布
乾物いやとりわけ
干し椎茸もとめてうろうろ

ところが
それがね

その日降り立つバス停
古都東大路通五条あがったあたり
悪縁断ち切る御利益あらたかとか高名なお社手前の店さき
昆布椎茸の小袋大袋みっしりならぶコーナーに
出くわす秋日
町起こし塾の仲間と出かけた地図づくりの課題という一日の振り出しを
するっとわすれた

だってさ
直前に滋賀県産葉つき大かぶらをひとつ手に入れていて
そのうえ抱えあげた大袋は九州産干し椎茸四百五十グラム入り
ふだん手にする小袋や大袋と思っていた中袋のいったいいくつぶん
夫(ツマ)のために乾物
(馬の耳に念仏、じゃなくて)
そう
煮物何十度ぶん
塾の課題あとの空き時間
博物館へはともかく帰りのバスをなぜその停留所で降りたのか
椎茸昆布かつお節の匂いに誘われたのか私は
東大路通をひたすら北上四条通を左折して早足
河原町駅から十三そして宝塚行きに乗換え
型ガラスの窓の部屋へ
大袋と大かぶらにつれあい
「おっいいね」
とひとこと

それでますますあの煮物の出番が増え
たまにひじきや大豆や油揚げと煮ればひとしお
「せっかくなら三つくらい買ってくればいいんじゃない?」
などと唆されたから
ええ
三月に三袋 八月に三袋
もちろん出かければ
干し椎茸だけじゃなくてね
でも
干し椎茸提げて食事会 干し椎茸抱えて美術館
乾物が神仏、見物を上まわってね
そう食い気の産物
東大路通や阪急京都線はさながら干し椎茸みち、乾物ロード
引きずりそうなサイズの手提げに三つ押し込み
がさりがさっと抱え直すボックス席
車体のマルーンカラーまで何だか
干し椎茸の色に見えてくる

 
 

*『料理図鑑 「生きる底力」をつけよう』
おちとよこ 文 平野恵理子 絵 福音館書店刊