沼 恵一
俺っち、
新聞紙にざらっと出てた
どこかのおっさんの顔付き見てさ、
頭で突き上がった、
こいつどぎつい奴っちゃって、
感じた瞬間に、
俺っち、
自分に向って、
ほんと、俺っちって、
ちょろいなって、
言っちまってさ、
こん畜生、なんて顔だっちゃ。
おっさんの顔が、
凄え権柄面でよ。
横恣の横紙破りの面構えっちゃ。
こいつの脳味噌に何が詰まってるっちゃ。
俺っち、
自分の顔と比べちまってさ、
鏡で見ると、
ウホホッ、
確かに、俺っちの顔は
ちょろい、
ちょろい、
俺っちって、
ちょろいって、
また、
言っちまったっちゃ。
まあ、呑気なものだっちゃ。
ウホホッっちゃ。
ちょろいって、
明鏡国語辞典には
「考え方ややり方が安易であるさま。見えすいていておろかしい」って、
書いてあるっちゃ。
俺っちの生き方って、
安易は、ウホホッっちゃ。
見えすいてる、
確か、
その通り、その通りっちゃ。
権柄面のおっさんの顔はごついっちゃ。
座敷に通され、
鰻を矢鱈に食ってるんか。
顎で人を動かし、
遠くから目配せで人を自殺に追い込んだって、
邪推したくなる顔っちゃ。
その眼が優しく見えるのが奇怪っちゃ。
やだね、その眼、その顔つき。
俺っちは独立個人っちゃ。
ちょろいっちゃ。
人の為はともかくも、
世の為なんて糞食らえっちゃ。
ちょろいっちゃ。
独りで立ってるって寂しいよ。
ちょろいっちゃ。
俺っち、
それが誇りよ。
自分独りを立てて、詩を書いて来たっちゃ。
詩集の数が、
大したことないけどプライドだっちゃ。
俺っち、
ちょろい顔で、
やってっちゃ。
ちょろい俺っちだから、
詩が書けると、
居直っちゃおう。
ウホホッ、
ウホホッちゃ。
ハッハツハッ。
俺っち
いきなり、
奴に脚を引っ掛けられたっちゃ。
土手の草むらに
仰向けにすっ転んで、
奴を見ると、
奴は笑っているっちゃ。
その顔が
なんとも言えない、
いい顔だっちゃ。
こいつは、
俺っちの
友だちだっちゃ。
仲間だっちゃ。
ハハハ、
ハハハ。
俺っち
立ち上がって、
尻の枯れ草を手で払って、
奴に近寄って、
笑ってる顔に、
柔らかく、
拳の一撃をお返ししたっちゃ。
ハハハ、
ハハハ。
俺っちがやられたのは、
俺っちに
隙があったからだっちゃ。
その俺っちの隙に
奴は、
俺っちの仮想敵になって、
その敵意を、
サッと感じて、
試したっちゃ。
敵は常に隙を伺ってるっちゃ。
その予防だっちゃ。
ハハハ、
いい奴っちゃ。
友だちか、敵か、
厄介だっちゃ。
共に生きてるって、
涙流して手を取りあった友だちが、
ある時突然、
手の裏返したように、
敵になっちまうってこと、
現実にあるんだっちゃ。
その心底の、
自己防衛は、
わからないっちゃ。
いや、わかってるっちゃ。
ワッハッハッ、
ハハハ。
奴がいつ手を裏返すか、
わからんっちゃ。
ワッハッハッ、
ハハハ。
長尾高弘さんの詩集「長い夢」を読んでみた。
1995年に出版されているが1983年以前に書かれた長尾さんが18歳から23歳の頃の作品なのだと「あとがき」にある。
わたしにも若い時はあったが、長尾高弘さんにも若い時はあったのだろう。
この詩集の詩は、いま長尾高弘さんが書かれている詩とは違って見えるが通底するところもあるのだろう。
「白いもの」という詩がある。
白いもの
私の
ゆらゆら揺れて
崩れて流れそうな風景の虚像は
噛めば噛むほど
白く
ぐにゃぐにゃと粘着してのび
顎骨を抱きこみ締めつけるが
噛むことは決してやめてはならない
それは口からはみ出して
まず両眼をつぶしにかかり
頬にも首にも乳首にもへばりつき
瞬く間に田虫のように全身にひろがって
大きく波うつ
そして白いのっぺらぼうの団子になった
私はじっとしていることは許されず
穴だらけの地面を
頼りなげによろよろ転がり
やがて鈍い音を残して
なくなる
世界は「崩れて流れそうな風景の虚像」として見える時があるだろう。
世界は「ぐにゃぐにゃ」に見えることがある。
この「白いもの」とは自己なのだろう。
自己は「大きく波うつ/そして白いのっぺらぼうの団子になった」のだ。
また、ひとつ「満月」という詩を読んでみる。
満月
ある日突然
抜け毛が気になり出し
またある日突然
止まった
頭の頂上に
直径5センチの丸い禿ができた
周囲の毛で
一生懸命隠したが
まるで薄野原の月見ね
と女が笑った
ここにも長尾高弘さんの自己への眼差しがある。
「まるで薄野原の月見ね」と女に笑わせている。
二十歳前後の若い長尾高弘さんが自己を突き放しつつ自己を肯定している。
最後に「長い夢」という詩を読んでみる。
長い夢
瞬きながら
私はそんな重荷に耐えられない
キラキラ光り
あなたの茂みから
あなたの溶岩のように
流れ出ている
あなたのえもいわれぬ匂い
私はその匂いが好きだ
あなたの赤い肌に
うぶ毛がぴったりと
はりついている
あなたの崩れた笑顔が
私の前で動かない
私は殆ど吐き気を感じている
父親の上に胡座をかいて
油を売っているあなた
隠したくなる場所もない
私は危ない道でつんのめった
あなたのたっぷりと余った身体を借りて
私は長い夢を見よう
「私」はやがて「あなた」に出会うのだろう。
「あなた」は「溶岩のように/流れ出ている」だろう。
「あなたのえもいわれぬ匂い/私はその匂いが好きだ/あなたの赤い肌に/うぶ毛がぴったりと/はりついている/あなたの崩れた笑顔が/私の前で動かない」
ここで私は他者に出会うのだ。
他者は私を受け止める「たっぷりと余った身体」を持っているのだ。
わたしは長尾高弘さんの詩集「長い夢」を読んで「若い人」に会えたと思えた。
「若い人」に会えて嬉しいと思った。
「若い人」は長尾高弘さんであり、わたしでもあったのだろうと思えた。
「若い人」は自己の先に他者に出会い世界に開かれる萌芽のような存在なのだろう。
俺っち、
どうしていいか、
わからんちゃ。
いい加減な大きさの、
軽いボールだっちゃ。
コロコロ、コロコロ、
坂を転がって行くっちゃ。
コロコロ、コロコロ、コロコロ。
コロコロ、ガッ、
ガッツッ。
鉄のシャベルだっちゃ。
大男だっちゃ。
怒り肩の大男が現れたっちゃ。
大男はガッツイ手でシャベルを掴んで
地面に穴をけっぽじって、
ボールを埋めたっちゃ。
コロコロを、
忘れろっちゃ。
俺っち、
どうしたらいいか、
わからんっちゃ。
コロコロっちゃ。
ハンマー、
ハンマー、
ハンマー、
柄の長いハンマー。
それで、
人の頭を、
前からでも後ろからでも、
力いっぱい、
ぶん殴れば、
人の頭蓋骨は破壊されて、
死ぬに決まってるっちゃ。
柄の長いハンマー、
思っただけで、
身がゾクゾク。
人を殺すっちゃってこと。
地球上じゃ、
毎時毎秒、
焦眉の至る所で、
人は殺されてるっちゃ。
昨日ロンドンでテロリストに、
四人の人が車で轢き殺されたっちゃ。
テロっちゃ、
戦争っちゃ、
処刑っちゃ、
殺人っちゃ、
人は殺されてるっちゃ。
愛知の用水路で、
全裸の女性の遺体が見つかったっちゃ。
俺っち、
殺されるのは、
やだね、やだ、やだ。
人を殺しちゃいけねっちゃ。
俺っち、
長い柄のハンマーを
持ったことないっちゃ。
俺っちんちにゃ、
柄の長いハンマーは
無いっちゃ、
無いっちゃ。
人を殺しちゃいけないっちゃ。
ハンマー、
ハンマー。
ゾクゾク。
俺っちのこの部屋は、
すっごく平穏無事。
三度の食事に、
アローゼン顆粒1g呑んで、
五回のうんこ。
詩も書いてるっちゃ。
ゾクゾク。