michio sato について

つり人です。 休みの日にはひとりで海にボートで浮かんでいます。 魚はたまに釣れますが、 糸を垂らしているのはもっとわけのわからないものを探しているのです。 ほぼ毎日、さとう三千魚の詩と毎月15日にゲストの作品を掲載します。

スズムシの世話をはじめてみると

 

駿河昌樹

 
 

スズムシの世話をはじめてみると
スズムシの気持ちを
それなり
やっぱり考えたりする

エサのナスを楊枝に刺して
土に立てるにも
キュウリを立てる場合にも
どこに立てようか
けっこう考えたりする
煮干しも楊枝に刺して立てるが
その位置も気にする
霧吹きで水分をふっかけるにも
どのぐらいにしておこうか
ようすを見ながらやる

かれらときたら
じぶんの脚をなめたり
ほかの脚でこすったり
触角を口で磨いたり
羽に付いたゴミを落そうとしたり
けっこう
おめかしに忙しいが
こういうのを見ていると
気持ちだけでなく
それなりの考えや
美意識まで持っているんだろう
と感じてくる

スズムシの顔は
コオロギとちがって小さいので
馴染んでくると
顔の小さなほかの虫も
なんだか
前よりずいぶん近い存在に
思えてくる

とにかく
スズムシは虫なのだから
これに馴染んで
気持ちを汲んでやろうとしたりすると
蚊だって
蠅だって
カガンボだって
カゲロウだって
ゴキブリだって
もうみんな
お隣さんに思い直されてくる

汲んでやるべき気持ちが
スズムシにあるのなら
ほかの虫たちにも
同じように気持ちがあるはずで
そんなことを
ながいあいだ勝手に無視して
人間
だとか
大人
だとか
やってきたつもりの人生には
たぶん
やっぱり
たいした意義はなかったかもな
どこか
ちがっていたよな

思ってしまう

 

 

 

詩について

 

塔島ひろみ

 
 

まだ子どもが小さかったとき、近所の、M区内の小さな医院にかかっていた。
そこは産婦人科なのだけど、産んだあとも赤ちゃんの病気を診てくれた。
診るのは産婦人科の先生でなく、受け付けのおばさん(先生の奥さん)が、そのときだけ白衣をまとい急ごしらえの先生となって診察室にすわる。
それで私の話(子どもの症状)を聞き、子どもの口をのぞき腹をさわり頭を押し、そのあと10分ぐらいもだらだらと様子を見ながらおしゃべりしたあげく、最後は「よくわからないけどまあ少し休ませて様子をみて、治らなかったらまた来て」ということに大体なる。診断もつけないし、薬も出さない。この人は本当に医者なのか?と思う。でもそれで少し休ませると自然に治るので、なんだ、医者に行く必要もなかったなと思うけど、また具合が悪くなるとそこに行った。

子どもは保育園に通っていた。一度具合が悪くなって保育園を早退したり休んだりしたあと、園に戻るには受診の報告が必要だった。
「◯◯医院に行って、診てもらいました」と私。でも保育園はそれだけでは満足せず、「何の病気だったのか? 原因は?」と聞いてきた。「薬は?」と聞いてきた。答えられないと「今度から薬を出してもらってください」「薬を出してくれる医者に行ってください」などと言われた。「◯◯医院は、産婦人科で小児科ではないのでは?」と言われたこともあった。
おばさん先生は決して薬を出さなかった。「薬は赤ちゃんが病気と闘う力を殺してしまう」と口癖のように言った。それで私はせめて、と思って「熱が何度になったら登園してもいいでしょうか?」と聞いた。そしたらすごく悲しい表情になって、厳しい声で
「数字じゃないのよ、あなた」
と言ったのだった。

ああそうなのか。
そうだ、数字じゃないんだ、と思った。

さとう三千魚さんから詩についてのエッセイのお話をいただいて、私はどうして詩を書くのだろうか?と考えた。

言い換えのできない、他の言葉では説明できないもの。書いた人の心や気持ち。どうしようもないもの。詩とは、そんなものだと私は思っている。思っていた。

そして、この世界が本当は数字ではないから、私は詩を書くのだなあと、今、おばさん先生の言葉を思い出しながら、改めて思っている。

「数」が発見され、人間は数えることを始め、
計算すること、比較すること、予想することを覚え、科学が発展していった。
「数」を基盤に、人間は社会を組織し、整備していった。
この社会では数字が間違っていれば「ウソ」である。
この社会では、人間はウソをつくが、数字は決してウソをつかない。

だけれど子どもの体調は数字ではなかった。
てことは子どもの命は数字ではない。
だから私の命もあなたの命も数字ではない。
そして命が数字でないなら、生きているか、死んでいるか、生きてないモノか、そんな判別は、誰にも、できないのではないか。
数字が教えてくれる地球のすがた、宇宙のしくみ、さまざまな生きものの命の様。それをどうして「真実」「真理」と言えるのだろう?

私は本当の世界を知りたくて詩を書いているのだと思う。
詩の世界は「空想の世界」でなく、「本当の世界」なのだと思う。

 

 

 

突堤には

 

さとう三千魚

 
 

大風は
過ぎていった

日曜日
午後

海浜公園にいた

空は晴れ渡っていた

海浜公園の
堤防の

壁面のセメントの割れ目から白く

海水が
滲み出ている

十字のカタチに滲み出て
乾いている

沖の突堤には
テトラが覆いかぶさっていた

テトラの上には
カモメたちがいた

イソヒヨドリもいた

イソヒヨドリの雄は
青い鳥だ

春には玉の声で鳴く

雌は
首を傾げていた

突堤には

カモメたちがいる
イソヒヨドリもいる

イソヒヨドリの声を聴いたことがある

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

残像earth 土色heart

 

工藤冬里

 
 

網膜の残像だと思えば大雑把な彼の絵を理解できた
憶測せず見守る態度が
哲学や、中身のない欺きにより、誰かに捕らわれてしまうことがないよう気を付けてください そうしたものは人間の伝統や世の理念に基づいており、col2:8
保育器の未熟児
私の腹を炒めたホルモン
ニューファミリー縷紅草

akumu karano

百年目も疲弊したニジンスキー

空墓所で紅の準備を山牛蒡

DoDooBeeDooBeeDooBeeShooBeDooWop

星達も見てない時は休憩中波か粒かは私で決まる
#道歌じみた狂歌

愚かな人の目は地の果てまでもさまよう
the eyes of a fool are in the ends of the earth.

それ盗ったらアカンやつや

平面に対して曲面が生じる場合
https://youtube.com/shorts/bdgNJnH76is?feature=share

お前は余計なこと心配しなくていいよ
https://twitter.com/m_foucault_jp/status/1443222186773266435?s=21

フーコー的に言えば多数派ほど無力なものはない。与党が無力であればあるほど野党が与党化していく。そのようにして存在しなくなった野党に対してのみ存在するというのであれば、与党も存在しない。流動するのみで存在しないのであれば、政局はいずれ自治の可不可を巡る論争のみに収斂していくだろう。

釣銭交換機の硬貨が異様に熱い


https://youtu.be/qN6DieTe8Ys

怨むことさえあきらめた ークールファイブ 「噂の女」

この青はheavenly

道路の旗振りバイトをしていた頃の名残りで職場の警備員につい海自式の角度で敬礼してしまう癖が残っている

このNYtapesは岩田の遺品なので日米を二回往復した再々々々領土化のヨレがあり、皆まだ生きているのだろうかとドラムのまっすぐなカウントに頽れる
https://thequietus.com/articles/30585-tori-kudo-annea-lockwood-duppy-gun-review

Cesen de amoldarse a este sistema de cosas; más bien, transfórmense rehaciendo su mente

結果から原因か
余計なことを言わなければ良いが
未摂取者の死亡率か
ピンポイントの位置にあるから生きているのではない
生きているからピンポイントの位置にあるのだ
挙手する星​の​軍勢​を​数え上げ​率い​て​いる
恐怖が整列する
海軍は四十億㎘の水を汲む
柄杓から北を探す
眺められる時だけ光体は居住まいを整える
譲れない大切なもの達が共存して
価値観の星屑が砕け散っている
抜け殻は同じ形だった星砂砂漠

眉毛を上げて続きを話そう
目的達成のためふたりに割り当てを与えた
このプロジェクトには幸福な未来が見える、とふたりは思ったことだろう
分かりやすい言葉で説明したからだ
達成するべくそれを共に行う、というのが人生の目的に関する質問の答えだった
目的は必ず実現する、と宣言されている
人生の目的が実現するのではない
目的に関する人生が実現するだけだ

大きな葉に揺れる陰翳は斑に揺れ
私たちは少し劣るだけだ
似たものとして冠を被り
似たもの同士として泥の川を渡る
家は用意され
生活保護は八万
箱型の出窓の中に顔があった
土から作られたから感謝するのか
死相の表れた土色の自由意志
earth heart

 

 

 

#poetry #rock musician

幼少期の青春

 

みわ はるか

 
 

ゴソゴソと引き出しの中を物色していた。
葉書を探すためだ。
わたしは書くことが好きなので、少ない親しい友人に送る。
暑中見舞い、誕生日、年賀状。
この時代にと思われているかもしれないが送り続けている。
返事を書いてくれる友人もおり、郵便受けを覗くのが楽しみな瞬間だ。
そう、その葉書を探していた時に幼少期の思い出が出てきたのだ。
それは100枚を余裕で超えるほどのアイドルのカードだ。
もうほとんど処分したと思っていたのだが、まだこんな所に眠っていた。
1枚1枚懐かしさを感じながら見た。
大好きなそのアイドル達はもうすっかり第一線を退き新たな人生を送っている。

わたしの小学校時代は主にポケモン、モーニング娘、ゲームで構成されていると言っても過言ではない。
ポケモンの切手(偽物)を集めるのが趣味で、それが付録でついている本を毎月買ってもらっていた。
全部そろった時のあの何とも言えない達成感は今でも覚えている。
切手帳みたいなのがあって、該当箇所に貼っていくのだ。
色々な色のポケモンが存在していたので、その切手帳はとてもカラフルだった。
何度も何度も見返したし、友達にも自慢していたのですぐボロボロになってしまったけれど。
モーニング娘は幼かったわたしの目にはキラキラしたものとして映った。
みんなとってもかわいくて、歌も踊りもうまい、トークも面白い。
踊りは真似したし、人形、カード、シール、ポスターたくさんそろえた。
一時期、わたしの部屋はモーニング娘だらけだった。
その彼女たちが今や結婚していたり、母になっていたりする姿を見たりするととても不思議な気持ちになる。
平等に時は流れるなぁとしみじみ思う。
新しいアイドルが今でもどんどん出てきているけれど、今は全く興味がないのはわたしも年を重ねたという証拠だろうか。

ゲーム、本当に大好きだった。
育てる系、バトル系、スポーツ系、考える系、ほぼ全てトライしたような気がする。
手元で操作するゲームボーイから始まり、4人でコントローラーをそれぞれ持ちTVゲームにも熱中した。
ものすごくはまっていた時には、友達の家に4人で集まって朝9時~夕方5時まで毎週末やり続けた。
勉強してくると勉強道具を持って行ったけれど、参考書を開けたことはない。
墓場まで持っていかなければいけない嘘である。
昼ご飯を食べるのもそっちのけで画面を見続けた。
今思うと、毎回押し掛けた友達の家族(特にお母様)、お昼ご飯やお菓子を差し入れしてくれたおばあちゃん、大きな音がきっと不快だっただろう飼われていたハムスターたち、本当に申し訳ない気持ちだ。
わたしたち自身もそうだ。
もっと太陽の下で走り回ればよかった。
お互いの思っていることを語り合えばよかった。
自分たちの五感で色々なことを体感すればよかった。
もし、もし、もし、を考えるときりがないけれどあれはあれでわたしたちの青春の1ピース、思い出の中に刻まれている。
きっとあの時時間を供にした友人たちも。

中学に入ると部活が始まり、朝練や休日練習等で結構忙しくパッタリとゲームはしなくなった。
完全燃焼していたこともあったと思う。
ゲームをやりたいとか、アイドルグッズを集めたいとか、そういう感情はすっとなくなった。
高校は学校や塾の課題で手一杯、大学は暇があればバイトや旅行で時間は埋まった。
社会人になって少し余裕が出てきたころでも、もうそういう感情は生まれなかった。
ゲームに関しては今はオンライン対戦とかスマホとかでもできるそうだけど一度もやったことがない。
始めたらきっと楽しいんだろうけれどそういう気持ちがないのだ。

そんなわたしの幼少期の青春。
またそっと引き出しの中に大切に戻した。