たねとつき ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 35     aya 様へ

さとう三千魚

 
 

夕方の
西の山の

空に

木星と
金星は

いた

その下に
月もいた

月は静かだ
種は

夢の中に
ねむった

矢車草の
紫の花の

咲いていた

静かだ
静かだ

 

 

***memo.

2023年3月5日(日)、焼津 案山棒で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第十回で作った35個めの詩です。

背後で、パパ U-Geeさんたちの歌が聴こえていました。

タイトル ”たねとつき”
好きな花 ”矢車草”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

こころ ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 34     yuki 様へ

さとう三千魚

 
 

水仙は

枯れて
野には

菜の花が
咲きはじめた

どうなのか
こころは

山道に
ユリの

花芽が
伸びて

青く佇っていた

そこにいた
そこにいる

 

 

***memo.

2023年3月5日(日)、焼津 案山棒で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第十回で作った34個めの詩です。

背後で、パパ U-Geeさんたちの歌が聴こえていました。

タイトル ”心”
好きな花 ”カサブランカ”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

水仙の花の、咲いてる 04

 

さとう三千魚

 
 

朝には

本の
部屋の窓を開ける

窓辺に

小鳥の
餌をやる

ほとんどが雀たちだが
メジロも来たことがあった

昨日
家のまえの

水仙の花はまだ
咲いてた

ひとつは
若く

もうひとつは
老いて

花房の天辺が茶色く乾いて
萎れていた

菜の花も咲きはじめている

いない義母の沈丁花の花も咲いている
幽かに香っている

部屋に帰って
マリア・ユーディナの弾くピアノを聴いた

6つの小さな曲だった

そこにいた
そこにヒトはいた

うれしかった
うれしかった

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

水仙の花の、咲いてる 03

 

さとう三千魚

 
 

一昨日か

もう
一昨日だ

こだまに乗って
海を見た

いつも
こだまから

海を見る

由比の
トンネルとトンネルの間と

熱海の駅を過ぎてと
小田原の早川を渡るとき

海は
見える

青くひろがるものがある
青くひろがるものを古代の人たちも見ただろう

東十条では
東洋のパフォーマーたちの行為を見た

言葉はなく
声があった

彼らには
言葉がない

あるのは
叫びだ

呻りだ

独房に捕らえられたものたちの声
故郷を追われたものたちの声

そこにいた
そこにヒトがいた

うれしかった
うれしかった

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

君は花じゃない、君は、花なんだ。 ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 33     Sanmu Chan へ

さとう三千魚

 
 

届くのか

言葉
届くのか

その言葉

届くのか
亡き者たちに届くのか

言葉 鉄格子の中に届くのか
言葉 鉄格子の中に届くのか

言葉 鉄格子の向こうの世界に届くのか
言葉 鉄格子の向こうの世界に届くのか

挽歌は、裂けて口を開けた隙間に埋め込まれた。 **
挽歌は、裂けて口を開けた隙間に埋め込まれた。 **

Sanmu!

君は花じゃない、君は、花なんだ。 *
君は花じゃない、君は、花なんだ。 *
君は花じゃない、君は、花なんだ。 *
君は花じゃない、君は、花なんだ。 *

Sanmu!

花なんだ。 *
紫の薔薇だ!

冬の夜に亡き者たちの薪を抱いている

 

 
***memo.

2023年2月8日(水)、自宅で書きました。
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」として作った33個めの詩です。

タイトル ”さとうさんに任せます”
好きな花 ”薔薇、紫色の”

 

* 香港の詩人 陳式森の詩「更日子的艱難來臨」より引用しました。
* 日本語訳:ぐるーぷ・とりつ

 "你不是花,你是,花。"
  深深地,如此的深
  如雀喉,如烏雲。

 「君は花じゃない、君は、花なんだ。」
  深々と、こんなにも奥深くに
  雀の喉のように、真っ黒な雲のように。

更日子的艱難來臨
https://beachwind-lib.net/?p=34710

** 香港の詩人 陳式森の詩「碎斧」より引用しました。
** 日本語訳:ぐるーぷ・とりつ

  輓歌,填入裂開的空缺。
  挽歌は、裂けて口を開けた隙間に埋め込まれた。

碎斧
https://beachwind-lib.net/?p=35052

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

袖師 横砂 庵原 覆盆子山 ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 32     musashi 様へ

さとう三千魚

 
 

午後の広場に
ミャンマーの人

叫んでいた

国軍の
残虐を

叫んでいた

日が傾き
青年が

声を
掛けてくれた

住む
地名を教えてくれた

袖師

横砂
庵原

覆盆子山 *

木苺や
くちなしのしろい

花の咲く

山が
あったのだろう

草の下に
母がいる

 

 

***memo.

2023年2月5日(日)、静岡駅北口地下広場で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第九回で作った32個めの詩です。

仲野麻紀さんの”OPEN RADIO”をリピートしてJBLの小さなスピーカーで鳴らしていました。

タイトル ”袖師 横砂 庵原 覆盆子山”
好きな花 ”くちなし”

* 覆盆子山:いちごやま

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

水仙の花の、咲いてる 02

 

さとう三千魚

 
 

寒波が来ているのか
駐車場の水道管は凍った

水が出ない

フロントガラスが凍った
キレイだよ

家の
まえの

道ばたの
水仙の

花も
凍った

透明で
黄色い

昨日
日曜日

秋田の姉に電話しなかった
吹雪いているだろう

午後に
詩人に会った

〝桜の樹の下で〟 *
〝壊れているのが好き〟 **

なかなか
いないね

詩人とは
名乗らないだろう

夕方
モコをおいて海を見にいった

なかなか
いない

うれしかった
うれしかった

 
 

* 神尾和寿さんの詩のタイトルから引用しました
** 神尾和寿さんが語った言葉から引用しました

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

水仙の花の、咲いてる

 

さとう三千魚

 
 

家の
まえの

道ばたの
隅の

水仙の


咲いている

雨の
朝の

咲いてる
濡れている

透明で
黄色い

一昨日か


曽根さんの

アパートの近くの
馬込の

地下鉄ホームのレールの

傍らの地下水の滲みでたコンクリートの水溜りに
緑のものの発芽をみた

竹橋では
画家の日々の花ひらくのをみた

画家がいた
人がいた

うれしかった
うれしかった

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

あきれて物も言えない 32

 

ピコ・大東洋ミランドラ

 
 


作画 ピコ・大東洋ミランドラ画伯

 

 

花粉がきた

 

朝、起きてみたら、
来ていた。

泉のように水が流れでて止まらない。

くしゃみが、
立て続けにでた。

 

この2年は、
来なかった。

コロナ禍で家の外ではマスクをしていたからなのだろう。

ティッシュを、
箱ごと抱きしめて鼻のまわりを赤くするあの日々がはじまったのか?

昼前に近所の病院に行ってみた。
受け付けは昼で終了です午後3時に来てくださいと女の事務員は言った。

それで、近くの農家の無人販売所で蜜柑とデカポンを買ってそれからホームセンターに寄り小鳥の餌の剝き実を買った。

本の部屋の窓辺に蜜柑と剥き実を置き小鳥が来るのを待った。

雀が、
来た。

つがいで来た。

いつもこのつがいが来る。

元気な方が餌を啄ばみおとなしい方がおずおずと真似る。

今度はヒヨドリのつがいが来た。
ヒヨドリは雀を追い払い餌を食べ尽くすのだ。

そんな景色を見ていると時間になっていた。

病院に向かう。
病院の受付では風邪気味なのかコロナなのか花粉なのか、問われた。

コロナの可能性がある場合は外のプレハブの診察室で診察するようだ。
花粉か風邪かコロナかわからないから来てみたのだが患者がコロナかどうか問われる。可笑しい。

熱もないし、たぶん、花粉だと思います。

受け付けの女性は安心したのか一般の診察用待合室に通してくれた。

そこには老人たちがいた。
車椅子に乗せられて俯いている老人もいる。
歳を取ると自然とみんな持病を持っているのだ。
持病を持っているから年寄りはコロナで死んで行くのだ。

診察室に呼ばれた。
男性の医師だった。
マスクを外すように言われた。
鼻の奥と喉をペンライトを点けて覗かれた。
鼻の奥の粘膜が腫れているそうだ。

花粉だろうという。
わたしも同意する。

やっと来てくれた。
コロナやデルタやオミクロンを通さないようにしてきたマスクのはずだ。
そのマスクを通して、
花粉はわたしのところにやって来てくれた。

懐かしいバッドボーイにあったように思えた。

やっと来たのか、きみは。
すこしながい2年間だったよ。

鼻水がだらだらと流れ眼玉しょぼしょぼとしてクシャミ連発のあの憂鬱な花粉がこれほどに懐かしいと感じられるのは、
コロナ様のお陰なのだ。

コロナでこの日本では416万1,730人の人が感染し2万989人の人たちが亡くなったのだ。 *
世界では4億1,550万8,449人の人たちが感染し583万8,049人もの人たちが亡くなったのだ。 *

 

自宅に帰って駐車場で空を見上げた。
西の山のこちら側に雲が盛り上がっていた。

夏の入道雲のような大きさだが雲は灰色に盛り上がり冬の雲だった。
この巨大な雲は冷たい雪の結晶で出来ているのだろう。
灰色の雲の縁から太陽の光が斜めに射して来ていた。

その光の中にわたしたちがいる。
老人たちがいる。
車椅子に乗せられて無言で俯いている者たちがいる。
雀のつがいがいる。
ヒヨドリのつがいがいる。

それはこのひろい宇宙のなかのひとつのいのちということなのだろう。
いのちのひとつひとつが個々に光を灯しているのだろう。

 

この世界には呆れてものも言えないことがあることをわたしたちは知ってる。
呆れてものも言えないですが胸のなかに沈んでいる思いもあり言わないわけにはいかないことも確かにあるのだと思えてきました。

 

作画解説 さとう三千魚

 

* 朝日新聞 2022年2月18日 一面 新型コロナ感染者数詳細 記事より引用

 

 

 

ぼくはちょっと ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 31     michiuo へ

さとう三千魚

 
 

静岡駅の
北口の

地下広場には
水が

流れていて
小川のよう

水音がしている
水の流れの横を

人びとが
エスカレーターで

昇っていく

地上の
木立が

見える

ぼくはちょっと *
群青の空を

見上げてる

木の葉
ぜんぶ落ちている

 

 

***memo.

2023年1月8日(日)、静岡駅北口地下広場で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」で作った31個めの詩です。
細野晴臣さんの”ぼくはちょっと”という曲をリピートしてJBLの小さなスピーカーで鳴らしていました。

自分のために書きました。

タイトル ”ぼくはちょっと”  * 細野晴臣さんの歌曲のタイトルからの引用です
好きな花 ”枯葉”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life