けあらし ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 22     saki 様へ

さとう三千魚

 
 

佇った
まま

霜を
被ってた

きみは
秋桜

桃色の花
凍ってたね

霜を被っていた
けあらしのなか

こちらを見ていた

 

 

memo.

2022年11月26日(土)、しずおか一箱古本市での水曜文庫で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第七回で作った詩です。

お客さまにお名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、その場で詩を体現しプリント、押印し、詩の画像をメールでお送りしました。

タイトル ”けあらし”
花の名前 ”コスモス”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

柄眼類の胎児 *

 

さとう三千魚

 
 

昨日は

女と
モコと

墓参に行った
墓地の上空は晴れていた

帰りに
近所のスーパーに寄った

スーパーの壁には子どもたちの書が並んでいた

空という字
並んでいた

空 空 空 空
空 空 空 空
空 空 空 空
空 空 空 空

たくさん
たくさん

並んでいた
それからわたしは居間のソファーで夕方まで眠った

傍らで
モコも眠った

言葉もなく

柄眼類は
触覚の眼を伸ばすだろう

女はエアロビスタジオに行った

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”ひからびた胎児” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

無柄眼類の胎児 *

 

さとう三千魚

 
 

女が
台所で

洗い物をしている

水の音が
聴こえる

金木犀の木立の中で

今朝も
雀たち

鳴いていた

朝の光の中でナメクジが金色に光るのを見たことがある

柄眼類なのだろう
体の端から

触覚の眼を伸ばしていた

伸びる触覚の眼がない者が
無柄眼類というのだろうか

黒く大きな瞳をしていた
黒く大きな瞳をしていた


きみは

黒い瞳で空を見ていた

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”ひからびた胎児” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

ポジティブ ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 21     michiru 様へ

さとう三千魚

 
 

やわらかい
花弁で

きみは立っていた

ピンクや
白や

紅い花の
きみがいた

風に揺れていた

さわさわ
揺れていた

わかい

きみがいた
光っていた

 

 

memo.

2022年11月6日(日)、静岡駅北口地下広場で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第六回で作った詩です。

お客さまにお名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、その場で詩を体現しプリント、押印し、詩の画像をメールでお送りしました。

タイトル ”ポジティブ”
花の名前 ”秋桜”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

ナマコの胎児 *

 

さとう三千魚

 
 


台所に

佇つ

コーヒーのお湯が沸くまで佇つ

佇ち
尽す

モコが
見ていた

ソファーに寝そべったままモコは
見ていた

歯のいたいナイチンゲールのように **

そう
サティは楽譜に指示していたそうだ

ラジオ体操の曲みたいに軽快になろうとした
こともある

台所に
佇つ

庭の金木犀の木立の中で

雀たち
鳴いている

きみは
いない

ヒトがいない

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”ひからびた胎児” より
** Wikipedia「ナマコの胎児」注釈より引用しました

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

かぶとについて *

 

さとう三千魚

 
 

赤湯を過ぎて
月山を

西に
眺め

山形新幹線で
帰ってきた

赤湯には志郎康さんが学童疎開していた

新庄まで
姉が

迎えにきてくれた
金山を通り

車で
帰った

姉の家には義兄の猫が
いた

義兄はいない
義兄は逝った

姉は
芭蕉菜漬を漬けてくれていた

壁には
きみの描いた

母がいた

かぶとを脱いだ
かぶとを脱いでいた

鳥海山がいた

 
 

* 高橋悠治のCD「サティ・ピアノ曲集 02 諧謔の時代」”自動描写” より

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

前へ ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 20     reiko 様へ

さとう三千魚

 
 

姉が好きといっていた

裏山にも
咲いていた

桔梗か

夏の終わりに
咲いていた

桔梗か
帰郷なのか

どちらにも青さがある
痣のよう

内側から
青く

桔梗なのか

青い空に
白い雲が

ひとつ
浮かんでいた

山道を歩いていく

前へ
前へ

歩いていく

傍らに
桔梗の花は咲いている

 

 

memo.

2022年10月17日(月)、自宅にて、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」として作った詩です。

お名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、その場で詩を体現しプリント、押印し、お送りしました。

タイトル ”前へ”
花の名前 ”桔梗”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

詩って、なんだろう

 

さとう三千魚

 
 

夏の終わり

深夜の
ふとんの上で

虫の声を聴いている

詩って
なんだろう

いつも
そう思う

いつも
そう

思い

言葉を並べてきた
並べている

軒下の雨だれの下で小さな子どもが

しゃがんで
小石を並べていた

たぶん
それが

詩だった

もう
みんな

逝ってしまったけど
小石を並べる

橋をつくる

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

草 ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 19     chieko 様へ

さとう三千魚

 
 

旅にでて
草のうえに

眠ることがなかった

ヒトは
いつか

草のうえに
眠るだろう

若いころ
旅の重さという映画をみた

女がひとり
四国を歩いて旅する

映画だった

女は
いつか

野の草のうえに
眠るだろう

藪椿の
紅い花を抱いて

眠るだろう

 

 

memo.

2022年10月2日(日)、静岡駅北口地下広場で行ったひとりイベント、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」第五回 で作った詩です。

あらかじめメールで、
お名前とタイトル、好きな花の名前を伺い、詩を体現しプリント、押印し、お送りしました。

タイトル ”草”
花の名前 ”藪椿”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

無一物野郎と、詩と無詩と

 

さとう三千魚

 
 

大風は
過ぎていった

風はない

緑は
揺れない

散髪した

野郎が
いる

そこには何もない

一昨年の
正月

志郎康さんは書いてる

“詩って書いちゃって、” *
“どうなるんだい。” *

そして

“それゆけ、ポエム。” *
“それゆけ、ポエム。” *

二度
繰り返している

志郎康さんは
詩のないところにいった

大風のあと

詩のないところにいく
そこに志郎康さんがいる

桑原正彦がいる
死者たちがいる

そこには何もない
そこには全部がある

つげ義春の峠の犬もいる

五郎ちゃん!
五郎ちゃん!

そこに
いた

無い詩を書く
無い詩を生きる

ふっ


息を

吐いてみる

 
 

* 鈴木志郎康の詩「詩」より引用しました。

「詩」
https://beachwind-lib.net/?p=21192
 

 

 

#poetry #no poetry,no life