2014年12月14日

 

長尾高弘

 

 

行ってきました投票へ。
投票場は小学校、改築中の体育館。
曲がった道をうねうねと
矢印通りに歩いていって、
これじゃ途中で帰る人も
いるんじゃないかと思ったけど、
投票所のちゃんとした看板を通りすぎて、
体育館の建物に入ったら、
投票待ちの行列ができていて驚いたよ。
こんな風景初めてだ。
投票率が上がればマシな結果になるんじゃないか、
浅はかにもちょっと期待しちゃったよ。
後ろに並んだおばさんが、
「あらこんなの初めて」と
口に出して言ったので、
「本当にそうですねえ」と
声をかけてみた。
こっちも十分おじさんだけど、
おばさんはもっと上。
地元の人らしい。
見た目でなんとなくわかるけど、
昔からここにいるんだよということを
話の端々に混ぜ込んでくるので間違いない。
「こんなに早く来たのは初めてなんで、
それだから混んでいるのかなと思ったんですけど」
「いやいや、あたしゃいつもこの時間だけど、
こんなの初めてよ。
入口で手間取っているのかしらねえ」
しかし、見えてきた出口からなかを覗くと、
記入台は全部人で埋まっている。
「いや、なかもあれだけ人がいるんだから、
入口の問題じゃないでしょう」
「そうよねえ、選挙の人たちだって
ちゃんと訓練しているんだもんね。
何も知らない人を集めてやっているわけじゃないもんね」
「そうですよね、大切なことですもんね」
そのうち、行列の前に並んでいたおじさんも入ってきた。
この人もこちらよりかなり年上、
見かけも話の内容も地元の人らしい。
「俺もこんなに混んでるのは初めて見た」
「どうしたんでしょうねえ」
「選挙の人たちだってちゃんと訓練しているのにねえ」
ここでようやく入口に到着。
おじさんがなかを見て言った。
「ああ、受付が一人しかいないんだよ。
昔は町会ごとに受付がいたからな」
いや、受付がどんどん人を流したら記入台の後ろに行列ができちゃうでしょ。
それじゃあ投票の秘密って観点から問題があるんじゃない?
そう思ったけど口には出さず、
それぞれ受け付けてもらって投票用紙をもらい、
ばらけて記入台に行った。
小選挙区は△△、
比例区は○○、
国民審査は×××、
持参したボールペンできっちり書いた。
おじさん、おばさんたちは、
たぶん比例も小選挙区も××って書いたんだろうなあ。
××はもう農業を守る気なんてありませんよ。
大企業が儲かって政治献金してくれればそれで御の字。
我々一般庶民は食い物にする対象でしかないんですから。
おまけにここで大勝させたら憲法改正ですよ。
徴兵制が復活して、お孫さんたちが戦争に送られるかもしれないんですよ。
そう思っても、口には出せない。
言ったら選挙違反になっちゃうんだっけ?
ならなくても言わないだろうな。
それにしても、地元の人だったら農協で選挙の話もしてたんじゃないのか?
農協はもうTPPについては諦めたのか?
そもそも××は農協を解体しようとしていたんじゃなかったっけ?
あれこれ考えてもわからない。
おじさん、おばさんが××と書いたかどうかもわからない。
投票が終わったら振り返らずにどんどん出てきた。
おじさん、おばさんももうどこにもいない。
と思ったらおじさんは選挙の道案内の人をつかまえて、
受付が少ないから増やした方がいいと言っていた。
だから、あそこで増やしたら記入台に行列ができちゃうでしょ。
思っただけで言わなかった。
日本海側は大雪だと聞いていたけど、関東は晴れ。
メジロが柿をつついていた。
寒いけど陽は明るかった。
まるで何ごとも起きていないかのようだった。

 

 

 

暴君のうた

 

長尾高弘

 

 

哀れな罪人よ、
お前はなにゆえに首を斬られたのだ?

愛されるがゆえに。
我が君は愛するものから順に
断頭台に送っておられます。
函のなかに入れて、
いつでも見られるようにするために。

なんとわがままな!
で、お前は首を切られてから
お前の暴君に何度見られたのだ?

一度だけ。
それも最初の数ページをパラパラと見られただけです。
我が君は次から次へと首を斬ることに夢中で、
斬ったあとの私たちを見る時間は残ってないのです。

許せん!
お前たちに代わって、
このわたしが成敗してくれよう!

許してやってください。
今までだって、
私たちを見ることなどまずなかったのです。
それでも見たいという気持ちを表に出してくださったのです。
私たちにはそれだけで十分です。

で、お前たちはこれからどうなるのだ?

身体の方は再生に回されました。
きっと鼻紙として、
みなさまと再会を果たすことができるでしょう。
魂の方は函といっしょに朽ち果てると思います

 

 

 

自炊生活の始まり

 

長尾高弘

 

 

《生きている間に、》
《捨てられるものは、》
《捨てておこうと思った。》

と書いたのは、
もう十年以上も前のことらしい。

《これ以上余分なものを溜め込まずに、》
《生きていられるだろうか。》

とも書いていたよ。
生きていられたけど、
余分なものはしっかり溜め込んだ。

*

子どもの頃から、
小遣いがあったら、
本かレコード、CDか、
どっちかしか買わなかったな。
服や靴、時計、ゴルフクラブ
そんなものは買ったことないよ。
もちろん食べ物は買ったけど、
買った先からなくなるので、
溜まったりしないからいいんだ。
車も買ったけど、
次に買うときに前のものを持ってってもらうし、
持っている車は使っているので、
無駄なものが溜まったりはしない。
結局、溜まったのは本とCDだけってことさ。
本とCDでよかったのかもしれない。
ちょっと劣化するけど、
コンピュータに入るから。
服や時計はコンピュータに入らないから、
溜めておくしかない。
本やCDはコンピュータに入れて
手放せる。
もっとも、十年前には入りきらなかったけどね。

*

本をコンピュータに入れるにはどうするかというと、
各ページの写真を撮ればいい。
一ページずつバラのファイルになっていると扱いにくいので、
本一冊分をひとつのファイルにまとめる。
これがいわゆる電子ブックだ。
ひとつにまとめると、
ページの順序も管理できる。
問題は各ページの写真をどう撮るかで、
いちいちカメラで写すのでは日が暮れる。
画像も読みやすくならない。
そこで、紙の束をまとめて高速に読み取れる
ドキュメントスキャナーというものを使う。
裏表まとめて写真を撮ってくれて、
一分で二十五枚も読み込める。
ただ、これで読み取れるのは、
紙の束であって本ではない。
本を読み取りたければ、
紙の束にしなければならない。
つまり、綴じ目を切り落とすのだ。
電子ブックができたときには、
元の本は本でなくなっている。
一方通行の作業だ。

*

本を電子ブックにすることを「自炊」ということは、
何年か前に知った。
どうやるのか説明も読んでみた。
生きている間に捨てられるものは捨てておこうと思った、
と書いたことも覚えていた。
でも、自分にはこんなことをやっている暇はないなと思った。
というのはね、
忙しくしていないと生きていけなくなるって恐怖があるわけ、
自営業だからさ。
暇にならないように必死に頑張っていたのよ。
だから原理的に暇はなかったのさ。
そのうち、自炊代行というサービスが出てきた。
一冊百円で自炊をしてくれるんだって。
清水哲男さんが代行サービスを使っているということも聞いた。
俄然やる気が出てきた。
でも、どの業者がちゃんとやってくれるのかとか
考え出すと不安になってぐずぐずしていた。
そのうち、作家たちが自炊代行は著作権法違反だと言って裁判を始めた。
裁判所が作家たちの言い分を認めて、
自炊代行サービスはどんどん廃業していった。
ああ、やるんだったらもう自分でやるしかない。
消費税が八パーセントになる日が迫っていた。
それまでに道具を買おう。

*

「自炊 おすすめ」でネットをサーチして、
必要なものが何かを調べた。
ドキュメントスキャナー以外にも、
ブックスキャナーとか、
スタンドスキャナーとかがあることも知った。
これらだと本を切らずに残せる。
でも、スピードを考えるとドキュメントスキャナーしかない。
それに、本を捨てるために電子ブックにするんだから、
本を残せるという長所はいらぬお節介なんだよね。
人気機種はだいたい四万円弱だ。
あと、断裁機が必要だけど、これが結構高い。
解説記事には載っていなかったけど、
その記事の広告に出ていたのが安かったのでそれを買った。
送料込みで九千三百円。
そのほかに、ゴムマットとカッターと金属製のスケール。
三つで三千円。
全部で五万円ちょっとの出費は、
決して安くないのでちょっと考えてしまう。
飽きて結局本が減らなければ五万円丸損だ。
でも、本を減らすにはこれ以外に方法はないので、
注文ボタンをぽちっと押したのだ。

 

 

 

落ちてくる

 

長尾 高弘

 

 

空からものが落ちてくる
え、何が?

空から水が落ちてくる
それなら雨と言いなさい
いやいや雨じゃないんだよ
英語でwaterfallと言うじゃないか
どれくらいの水だと思ったの?

空から人が落ちてくる
ビルとか塔とか
高いところを作らなければ
落ちてこれないのにね
ほかの方法じゃなくて
なぜその方法を選んだんだろう?
一度は高いところまで行きたかった?

空から爆弾が落ちてくる
今このあたりには落ちてこないけど
昔のこのあたりや
今のガザのあたりには落ちてくる
誰が爆弾を作って
誰が爆弾を買ったんだ?
祖国防衛、自衛権
もっともらしく言い繕っても
殺されるのは女と子供