光の疵 誕生

 

芦田みゆき

 
 

記憶しているのは
白くおおきな部屋
光は青白く
まっすぐに
ゆるやかに
あたしを刺す

赤ん坊のあたしは
両手両足をばたつかせ
懸命にことばを発するが
誰かがひゅうひゅうと吸い上げ
あとかたもなく
消えてなくなってしまった

 

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光の疵 屋上庭園

 

芦田みゆき

 

 

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ひりひりと疵が痛むとき、夜のデパートの屋上へとむかう。
エレベーターの扉があき、
過剰な光が流れる廊下を渡り、
重いガラスの扉を押すと、
まだらな闇が降りてくる。
あたしは闇をまとって、植物が売られているコーナーに行く。
工事が始まっている。
たくさんの植木鉢や、あいだに置かれた石像たちは端に片づけられてしまった。
代わりに白い布を被った何かがあちこちに置かれている。
あたしは自販機でコーンスープを買って、建物に沿って並べられたベンチに腰掛ける。

目を閉じると夏の喧騒がよみがえる。

 

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あたしは生まれてはじめてデモに行った。とけて消えてしまいそうな暑い夜。国会の脇にある木では蝉が鳴き、子どもたちは小さなライトを持ってカブトムシをつかまえていた。みせて?と声をかけると、あの木にいたの、と後ろの木を指さす。この、子どもたちの未来を守るために、あたしは来た。前に進んでいくと、赤ちゃんを背負い、荷物とプラカードを持った若いお母さんがコールを叫んでいる。あたしは人人の手ばかりを見ていた。どの手も白く美しかった。

目を開けると、闇が濃くなっている

 

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さぁ、帰ろうか、と隣のベンチをみると、一冊の本が置き忘れられている。手に取って開いてみると、とても古いロシア語の参考書だった。あたしは本を元のベンチに立てかけて、エレベーターへ向かった。

 

 

 

光の疵 冬のはじまり

 

芦田みゆき

 
 

大きな鳥をつかまえた
鳥はあたしの腕のひとかかえほどあって
嘴を閉じ
荒々しく息をしている
鳥を抱きつづけることは
あたしをひどく弱らせた
鳥の頭内に次々と去来する
空に関する鮮明な妄想が
あたしの汗となり
流れ落ちていく

 

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光の疵 「青い矢」(十九歳)

 

芦田みゆき

 

 

部屋の窓をすべて鎖で縛った
無数の青い矢があたしに向かって
その一瞬確かに見た三次元の肉体が
黒いラシャ紙に焼きついて丸まった

マッチ売りの少女が戸を叩く

外は何世紀昔だろう

あたしは
探されていることを意識しながら
息を潜めたが
青い矢に成り変わったあたしは
向かう的をやはり探さなくてはいけない

マッチ売りの少女が獣に跨って
戸を突き破ってきた

不規則に燃え上がるマッチの火は
唯の炎に過ぎず
黒いラシャ紙が少女の体を裂いた

 

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―『記憶の夏』昭森社―

 

 

 

光の疵 ベルベットのほつれ目

 

芦田みゆき

 

 

逃げるように陽が落ちて、
湿ったベルベットの夜が、
あたしの皮フを締めつける。

その日、
あたしは衝動的にバラの花束を買った。
バラは冷たかった。

あたしは、バラと一緒に夜の公園へと入っていく。

 

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一枚、
また一枚と、
闇の中であたしは白を脱ぎすてる。

するとひりひりと痛むのだ。
バラの棘が。
あたしの皮フが。

擦りあうほどに震える表面の曖昧な境界。
痛みこそがあたしのかたちだ。

 

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ベルベットの夜にうまれたほつれ目は、
闇に溶けることはないだろう。

あたしは立ちあがる。
そして、
光へと帰ってゆく

 

 

 

 

光の疵 迷子

 

芦田みゆき

 

 

よく知った道だった。
だから、あの日のあたしは地図を持っていない。
日差しは強く、道は白く、幾度も同じ場所を通過するたびに、あたしはあたし自身をあちこちに置いてきているような気がした。

 

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魅惑する景観。揺らぐ花、異国の雑貨、まだ入ったことのないレストラン。
あぁここだと角を曲がると、あるのは光ばかりだ。
よく知ったはずの光景は白く塗りつぶされ、ゆるゆると流れはじめる。
そして次第に、あたし自身も白くなってゆく。

 

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4

 

あたしは思い描く。
この道の先にたたずむ、見慣れた店の入り口。珈琲の香り。店内の喧騒。裏庭の立像たち。
いつまでたってもそこへの入り口はみつからず、
歩きながらあちこちに置いてきた無数のあたしは、
迷子に気がつくのだ。

 

5

 

 

 

 

光の疵 その目を閉じてふたたび開くこと

 

芦田みゆき

 

 

2008年新宿。
あたしはカメラをもって地下道に座り込んでいる。

 

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あたしはもう何年も身近な人以外にあっていなかった。
カメラを持てば、
カメラを持ってシャッターを切ることでだったら、
外側に触れることができるかもしれない。

 

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この年、あたしは小さなカメラを買った。

 

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地下道の隅に座りこみ、
カメラのモニターをのぞき込む。
たくさんの足が通り過ぎていく。
そうやってあたしは、
歩行を取り戻した。

 

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瞬きをするように、
シャッターを切る。

 

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新宿の皮フは破れそうに震えていた。

 

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光の疵  溶けた町

 

芦田みゆき

 

 

奇妙な体験をした。

 

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あたしはハーフ判カメラ-OLYMPUS-PEN-を持って、電車に乗り、知らない土地に降り立った。
止むかと思っていた雨は、さらに激しくなり、濡れて黒光りした町は湿気に満ちていた。

あたしと
風景と
フィルムに映し出されるはずの光景

すべては取り乱したかのような雨に打ちつけられ、塗りつぶされ、やがて、溶けていった。
しかも溶けた町は魅惑的な姿で、あたしを手招きするのだ。

おいで、ひとつになろうよ。

あたしは駆け寄り、いったい何が映っているのか、いないのか、暗すぎるのか、明るすぎるのか、ぶれているのか、静止しているのか、何もわからないまま、夢中でシャッターを切った。

 

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カメラは、壊れてしまった。

 

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深夜、あたしは眠れない。
目をつむると、写真が次々と降りてくる。
まだ見ぬ無数の写真が、現れては消え、現れては消える。
シャッターのリズムに合わせて重ねられたり、散ったりを繰り返す平板な写真たち。
失われた界面。
波立つ町。
あたしは、溶けた町に溺れていった。

 

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光の疵  ふたつの川

 

芦田みゆき

 

 

あたしは橋のうえに立っている。
光が欲しくて、
光が欲しくて、光を欲して、
皮フに切れ目を入れる。
眼前の川から、
色分けされていない
大量の光線がなだれこむ。
その時、
皮フの裏側で
川が開始する。
頭部から爪先へ、
ゆるゆると、
あたたかな川は流れて…

 

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