光の疵  見る人

 

芦田みゆき

 

 

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20分待ちで乗り込んだエレベーターは混み合っていた。箱の中では聞きなれない国のことばが行き交い、笑い声が沸き起こる。ドアが開き、あたしは空中202mに放り出される。人人はあちこちへと散っていく。

雨上がりの空は不機嫌で、情感的なうねりをあげている。窓の外は一面、地図のように平たい街。8割方が外国人観光客で、彼らはみな、ガラス窓に張り付くようにして写真を撮っている。大きなカメラで、コンデジで、スマートフォンで、自撮り棒で、一人で、カップルで、団体で。
あたしは、その姿を見ている。

 

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夜が寄せてくる。

空が重く重く降りてきて、街は黒く染まり、夜光虫のように発光しはじめる。
ゆらゆら往来する光。
じっと滲んでいく光。

ここは海のようだ。

波が打ち寄せられる。地球の一部分である岸辺に。
見る人の瞳に拡がる無数のコラージュ。
シャッターを押すたびに、地図上に増殖していく印。
瞬きのたびに、滲み、消滅することばの破片。

 

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可能性の海の波間から、突如、物質の粒子が形を結び、あたしは高層ビル45階の喧騒に引き戻される。建物の中心には、色とりどりのおもちゃが売られているが、子供たちはみな、疲れて床に座りこんだり、ベビーカーで泣きつかれて寝てしまった。

あたしはふたたび小さな箱に乗り込む。そして、よく知った街の表皮へと降り立った。

 

 

 

光の疵 十九歳

 

芦田みゆき

 

 

部屋は光に満ちている。
大きな鏡と白いキャンバスを前に、
あたしは絵筆をもって止まっている。
鏡には
何も写っていない。

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十九歳の夏。
あたしは首のない自我像を描いていた。
細く切りひらかれた瞳は、
わずかな光を含むとすぐに閉じてしまうので、
光に満ちているはずの白いアトリエを、
あたしは、暗がりの、深度の浅い、
見渡しの悪い空間と認識した。

トルソーがいい、とあたしは思った。
人を描くなら、トルソーがいい。
鏡はいらない。
そして、頭部は描かない。
あたしの瞳から見えたものだけが物質なのだ、と。

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写真3

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あたしは、自らを見下ろしてみる。
絶壁のように、垂直に、下方へとひろがるカラダ。
床に投げだされた足、
それが、十九歳の〈私〉だった。

写真6

 

 

 

 

 

光の疵  2月

 

芦田みゆき

 

 

粒子の粗い闇にひたった皮フが
しくしくと疼くので、
そうっと持ちあげてみる。
光のくずが纏わりついてくる。
痛むのは、ここだ。
目を凝らし、見つめると、
ほんわりと発熱している。
視覚が、はじまったのだ。

 

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