voice 声

 

昨日
ネットワークプリントと

いうもので
新丸子のコンビニのコピー機で

詩を
プリントしてみた

それから
ユアンドアイの会に出かけた

ユアンドアイは
あなたとわたしということ

あなたとわたしの間に
詩を

置くということ

詩は
あなたとわたし

無い声のようだ

 

 

 

rainy 雨の降る

 

雨の
音を聴いた

目覚めたとき

雨の
音がした

もう
女は出かけていった

四谷の大学に
用事があるのだと言った

雨のなかで
金槌の音が続いている

休日に
本棚でも作っているのか

雨の朝
世界には二重の橋が架かります

コーヒーに豆乳を注いだ

 

 

 

ディヌのショパン

 

萩原健次郎

 
 

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ディヌ、眠ってないで、覚めて怒ってもいいのに
きょうの演奏も、やさしく逃げないで
あなたはまた、あなたの土の温もりの中でじっとしていた。

水の丘は、隠されている。
山の下から眺めた時に、そこに
散るように配置された池塘があるなんて
想像もできない。
水の丘の、腹の部分に横たわった物は、
生きた物であり、夜になると鼾のような
大きな吐息をひびかせている。

池塘のひとつひとつは、せせらぎで結ばれて
そこには、ワルツの粒が溶けている。
ワルツの粒は、水で溶解されれば
気体状に、空に散乱する。

あれっ、涎。
ショパンを弾きながら
ディヌがまた、呆けている。

おんなに叱られる。
と、言ったことがあったね。
おんなとは、母、姉、それとも恋人ですか。
ディヌ。
涎は、いいよ。
わるくない。
ワルツの詩(譜)が
蜻蛉に、空中で喰われている。

山の腹の、飛ぶ虫の腹の、ショパンの腹。
みんなの腹が踊っているよ。
涎まみれで
延々と、
おんなに叱られながらね。

ね、ディヌ。

 

 

空白空白空白空白空白空白空白空白注 ディヌは、ディヌ・リパッティ

 

空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白空白(連作「暗譜の谷」のうち)

 

 

 

ふたつの世界を股にかけて母は

 

薦田 愛

 
 

ある朝、ウサギの目をして母は

結膜下出血だよそれは、と白目の充血を指さし
ともかくも眼科へ行っておいたほうがいいから、と
付き添うわけでもないのにきっぱり言い放つ私だ
八十になる母にしてみたら
いくら気丈に日常茶飯を切り回している現役主婦とはいえ
もうちょっと親身になってくれないものかと
恨めしいかもしれないけれど
そこはそれ、長女じゃなくて長男みたいと言われるほどの
父の亡きあと三十数年を何とか乗り切った子としては
会社員の顔を楯に残りの算段すべては母にゆだねてきたのだから
いまさら優しい顔もしづらいのである

白内障の手術をしなくてはなりません。
できれば早く
一刻を争うというわけではないけれど
私の親なら手を引っ張って、すぐに、と促します、
と近所の眼科、女医さんは決然としているらしい
片目ずつ、二度にわたって、
その前に血液検査
気がつけばカレンダーに書き込まれている予定
採血の針がなかなか刺さらないと突つかれてと
母は顔をしかめる
そのうえ
動脈硬化まで発覚したのよとしょげるのを
フェイスブックで知り合った方から教わった、
漢方の処方もしてくれるという内科婦人科の女医さんに
この際だから並行してかかってみたらどう? とすすめる
口だけは達者なんだ私、口から生まれてきたって言われるたび、
人間はたいがい頭から生まれてくるんだから口からよね、なんてうそぶいた

ためらう時間があまりないのは幸いなこともある
重い腰をあげて出向いた内科婦人科のほうの女医さんのもとでは
採血に何の問題もなく
加えて血圧問題も動脈硬化問題もさほどの重要事とみなされず
けれど八十の母の疑問や鬱屈はそれなりに聞き届けて答えを示してくれて
直面する白内障手術への心の揺れを少なくしてくれた
(たぶん)(どうやら)

九月になったらまもなく手術だからと八月末に髪をカット
月改まって目薬を差す
これすなわち手術の助走路
手術自体は短く簡単なもの、といっても
準備はずいぶん前から始まるんだね
つまびらかなところは何もわからぬ私を残して
母はするするとその日へ邁進
いや、どんなお気持ちですか、だなんて
訊くにきけないだけで
母のほうも改めてちょっときいてよだなんて
話す気性ではないだけで

そうこうするうち手術その一、左目からでしたか。
帰宅するとは母は眼鏡の下に眼帯、遠近両用眼鏡を外して暮らすのは不自由だから
眼帯の上にかけると浮くのよね、といいながらも眼鏡
遠近感がくるってこわい
そうだよね、わからないけどわかる。
痛みはないの?
頓服出されたけど、電話もかかってきて訊かれたけど、だいじょうぶ。
ならよかった。
採血うまくいかなかったお医者さんではなくて
手術専門の人が別に来ていたよ。
歯医者さんの椅子みたいな診察台に座って顔じゅう水浸し、そしてまぶしい。
あっという間だけれど、
傷んだほうを砕いて溶かして吸い取って
あとへ人工のレンズを入れてって、
やってることは凄いよね
聞いているだけでくらくらするけど
本人はけっこうけろっとした顔
ああでも、ちょっとテンションあがってるのかな

消毒とか、してくれるの?
うん、朝九時に行くから、いそがしい
近所のお医者で、ほんとよかったね

行ってらっしゃいと送り出してすぐ出かけたのだろうか
様子を想像するまもなく溺れる書類のかげで携帯がふるえ
着信。ほう、そうなんだ

――眼帯をはずしたらせいせいしたけれど、徐々に慣れてきたら、何とも落ち着かない(顔文字)
異様に明るくて。その明るさが、紫がかった蛍光色っぽい というか、これがよく聞く
「世界が変わったみたい!」というの? そうだとしたら、慣れるしかないというわけね。
手術した方をつむると、今まで当たり前だった日常がセピア色に見えるのよ。
これ どうしたらいいんだろう? もう片方も手術したら、確かに世界が変わっちゃうのかも。
それはそうとして、手術は普通と比べて、かなり大変だった由。目の状態が大分悪くなっていて、
手術があれ以上遅れると もっと大変になるところだったらしい。
考えてみると、あの 目が赤くなったのは、無視できない赤信号だったのね――

セピアカラーの世界とLED白色灯めいた世界
片目をつむっては開けつむってはあけ
ふたつの時間ふたつの世界に股をかけて踏みしめる足もと
手術その二を終えれば長崎・五島への旅が待っている
西の海に満ちる光はなにいろだろう
八十歳のまあたらしいまなざしは使い慣れたデジカメをとおして
どんな空どんな雲を撮るだろう

あっ、母上、断りなくメールを詩に織り込ませてもらっちゃったけど
手術も成功したことだし、ここはお目こぼしを――

 

 

 

いちめんの

 

白鳥信也

 

いちめんのためいき
いちめんのためいき
いちめんのためいき
いちめんのためいき
いちめんのためいき
いちめんのためいき
いちめんのためいき
きこえてくるどせい
いちめんのためいき

赤や黄色や黒のいりまじった命令が
川を越えて渡ってくる

柵を用意していなかったので
命令にのしかかられてへどもどする

川の匂いのする命令は背骨を貫通し
身体じゅうのさきっぽにしみてゆく

電話をかける手になってしまう
汗のにじむ指先に

くりかえしおうむ返しする口になってしまう
泡になった唾で濡れた舌先に

濡れた何かになってしまうことは
いつもいつだって気持ちよい

いつもいつだって濡れた何かと命令のはざまに
肺腑をこそぐ風が湧く

赤や黄色や黒が渇いた絵具みたくぺりぺりとめくれあがり
指先も舌先も渇いていく

口を開いて渇いた舌を垂らしてはあはあしながら
身体は前かがみの倒れそうな姿勢になるから

ささえきれないいきが
はきだされひろがって

いちめんの
いちめんのためいきに

 

 

 

電信柱も夢を見る

 

佐々木 眞

 

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谷戸の真ん中の電信柱のてっぺんには、
いつも大きな鳶がとまっていた。
ところが半年前から、その姿を見かけなくなった。

きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ
げんなじるふとべんすきいまるこーにぱっぱあーの
いったいこれはどうしたことだろうね。

どうしたことかと訝しんでいたのだが、せんだってその理由が分かった。
いつの間にやら、電信柱が激しく傾いていたの。
これでは鳶だって、おちついてあたりを睥睨できないでしょう。

ほかの電信柱はどうなんだろうね?
近くの電信柱を見上げると、大きく右に傾いているではないか。
その隣のコンクリートのやつも、その隣もやっぱり右に傾いている。

きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ
げんなじるふとべんすきいまるこーにぱっぱあーの
新事実だ! 新発見だ!

これは最近ますます右寄りに傾いている凶暴な政権党員の仕業ではないだろうか?
急いでわが在所の電信柱をきょろきょろ探したら、左に傾いているものも、ちゃんとまっすぐ立っている電信柱もあったので、ちょっとばかり安心したよ。

でも、それはもしかして、おらっちの目の錯覚ではないだろうか?
と少し心配になったものだから、県道204号の電信柱を、この眼で、まじまじ、「まあけっとりさーち」してみました。

すると、
右 32本
左 23本

まっすぐ 11本
合計 66本
という結果だった。

(ところでいま気がついたんだけど、
「右傾は逆から見れば左傾」なんだね。
これって、わりとあーたらしい物の見方ではないでしょうか?)

きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ
げんなじるふとべんすきいまるこーにぱっぱあーの
おどろきもものきさんしょのき

でも右顧左眄せず自立している電柱は、なんとなんとたったの6分の1だったんだ。
さあて、ここで問題です。
「どうしてあんなに多くの電信柱が傾いているのでしょう?」

「電信柱の荷物が、重すぎるから」
ブッ、ブ、ブ、ブ、ブウーッ!
おねえいちゃん、そんな生易しいことではニャアですぜ。

「フクイチで手いっぱいの東電が、電信柱どころではないから」
ブッ、ブ、ブ、ブ、ブウーッ!
おにいさん、世の中なめたら、いかんぜよ。

草木も眠る丑三つ時、電信柱は夢を見る。
毎晩まいばん、夢を見る。
頭に天が落ちてくる、怖いこわーい夢なんだ。

山河も眠る丑四つ時、電信柱は等伯が描いた「松林」になる。*
「おいらはたしか電信柱だったのに、どうして松になってるんだろう?」
芸者ワルツを歌いながら、電信柱はゆらゆら揺れる。

天井が落ちてくる恐怖に耐えられないおらっちが、
夜な夜な身体をくの字に折り曲げるように、
電信柱も、柱を曲げる。クックックッと、背骨を曲げる。

きゃろらいんちゃろんぷろっぷきゃりーぱみゅぱみゅ
げんなじるふとべんすきいまるこーにぱっぱあーの
このせつ、電信柱も、大変なんだ。

 

*長谷川等伯(1539-1610)晩年の傑作「松林図屏風」

 

 

 

model 模型 型

 

海を
みてた

山を
みてた

休日には空を雲が流れるのをみていた

小さなころ
ことばをおぼえて

まだ
遊んでる

チチは死んだ
ハハも小さくなって死んだ

ヒトは生まれていきて
いつか死ぬ

あまり
語るべきことはない

小舟の底に寝て空をみていた