逃げ足の速い静止した時間の瞬間移動の白黒

 

工藤冬里

 
 

頭から食べられるので
目を開けていられないほど疲れて
大陸は唐揚げに靡いていた
しっとりした眠気のなかで
犬の顔した肌が続いていた
焦げた皮膚は中身を覆い
足をとっ払いながら
椅子はよろめかないで歩いていく
すっかり安倍川に
よろめかずに歩いていく
いや歩いていたのではない
時間の経つままそこに立っていただけだ
草色の直線が引かれれば
椅子をさらにドミネイトできるだろう
逃げ足の速さは瞬間移動並みのマシーン
で検索すると
クレーターがあった
やすみなく働いていた肌だ
名前には肌がある
肌のない人が居るが
ギ酸エチルの焼けたような甘いにおいがして
宇宙にも洞門のあることが分かる
いい人なので分からせてあげて下さい
ため池なので声は
堰は皮で出来ていて
ドミネイトする夜の店の外
暗闇は宇宙に繋がっていて
クレーターの記憶を指でなぞっている
香港で生まれたこんな目立たない私でも
パンと叩いたスリッパの下には何もない
逃げ足の速い静止した時間
潰瘍をなめる清掃動物は
大きな変化を感じる
それは金属の溶接の煙の味であった
皮膚を破って声がして
世界には木のない赤土が拡がっていて
皮膚を被って声色を変え乍ら死や復活の劇に
使われている
髪は頭から生え
その下へ毛のない皮膚が
拡がっている
目を瞑って静止の瞬間移動をしようとすると
五角形だ
そんな気がする
デザインに目を向けると
緑も黄もなく
さまざまな灰だ
谷が欠けている 欲

互いに行き来できない
深い谷がある

もうすぐ僕は書けなくなるだろう
もうすぐ僕は歌わなくなるだろう
もうすぐ僕は笑わなくなるのだろう
僕はもう泣きもしなくなるのだろう
生きながら葬られ
墓の中から口ずさむだろう
絶望に旋律があるなら
それが最後の歌になるだろう

谷を飛行機が走っている
うすくらがりの谷を
セキレイのように
窓から漏れる暖色はともしびのようだ
あの人は燃えるたいまつflaming torchでした
偉大なクリエイター בּ֣וֹרְאֶ֔יךָボーレエイカー
譜面のように刻まれている
泣く糸電話

感情 ではない。糸が泣くだけなのだ
さらなる災厄をもって災厄を乗り越えてゆく
世界一高い木はハイペリオンと呼ばれるセコイア
世界一太い木はエル・トゥーレと呼ばれる杉
世界一成長の速いのは竹 一日で一メートル以上伸びることがある
三万 魚
一万 鳥
百万 昆虫
タコの頭が長い
羽が生えちゃって困る
ハエが止まって動かない
力は天蓋の形をしている
白か黒か
二進法で進む
それは光と大いに関係がある
タコの頭から下の動きで
白黒で進む

 

 

 

Rebornと小さなふたつのいのち

 

ヒヨコブタ

 
 

ちいさなからだで
わたしより早い鼓動で
声をあげる
その声やしぐさから読みとることができぬほどの
初心者と暮らす猫たちは
幸せになってくれるだろうか
いいのだ
わたしたちが読みとろうとし続けることだけやめずに
そのこたちとの日々がいまここにあるのを
感じ続けると決めたんだ

旧き友はわたしに
あなたのRebornをただ嬉しいと
よき猫先輩の重くあたたかなこころ

かつて詩人が書いた猫について
かつて作家の書いた猫への愛

そのからだに手をやるとき
目一杯撫でるとき
思い出す

すべてがこちらのエゴであるとして
それを忘れずに生きよう
あなたたちと生きるこれからを
毎日振り回されているいまを
懐かしむことをたぶんわたしは

ことばの伝えられぬものの声は
しっかりきいてやりたいのだ
祖父がかつてそう貫いたこころに
わたしも新たに重ねていこう

 

 

 

キャッ、シュッ、レス、キャッキャッ

 

辻 和人

 
 

10月だなあ
まだちょっと暑いなあ
街路の緑は心なしか褪せてるかなあ
10月と言えば
消費税上がったなあ
8%から10%へ
最初に導入された時は確か3%だったなあ
ぼくは社会人2年目であの頃大騒ぎだったなあ
それが、それがだなあ
5%だなあ
8%だなあ
ってきて
キリのいい10%
2%上乗せっていうとそれほどでもない気がするけど
当初から3倍以上だぜ、やっぱりすごいなあ
子供が多い家なんか大変だろうなあ
さて、昼飯昼飯
会社から歩いて3分のいつものコンビニへ
うーん、あんかけ焼きそば本体価格445円にするかあ
並んで並んで
急速にベテランになりつつあるランさんに
レンジでチンをお願い
小銭出しかけて
ストップ

キャッシュレス決済すると幾らか還元されるってテレビで言ってたなあ
めんどくさがりなんで電子マネーの登録はしてないなあ
キャッシュレスと言えるのはクレジットカードとSUICAだけだなあ
SUICAはカバンの中だから手元にあるのはクレジットだけだなあ
普段はこんな少額でクレジットなんか使わないけど
じゃあ、こいつでお願いします
「はい、かしこまりました」
ランさんの褐色の声、いつものようにきりっと縁取りされてるなあ

キャッ
シュ
レス

いつものように鳩さんいるなあ
公園のベンチに腰を下ろして
焼きそば食べながらレシート確認
本体445円に消費税35円
8%じゃないかあ
そうか、軽減税率かあ
食料品は持って帰れば8%のままなんだあ
おりょ、この9円ってのは何だあ
うひょ、キャッシュレス還元だあ
キャッ
シュ
レス
2%なんだあ
キャッキャッ

445円+35円-9円で471円かあ
おいおい
増税って聞いてたのに
クレジットで決裁しただけで
9円得しちゃったぞお
いいのかいいのかいいのかなあ
うーん、いい世の中だあ
このペースでお昼のお弁当買えば
10日ちょっとで缶コーヒー1本くらい買えちゃうんだあ
目に見えないけど
キャッ
シュッ
って存在して
レス
がつく
見えなくなった分だけ
凹と思ってたお金が凸に変わるんだあ
見えれば損するんだあ
見えないと得するんだあ

ほんとはさあ
見えなくなったものを
どっかで見てる奴がいるんだよなあ
キャッ
シュッ
って
その一瞬逃さない
レス
その分おまけ
嬉しいなあ
キャッキャッ
でもでも
お金動いたなあ
こいつお金払ったなあ
見てるなあ
見られてるなあ
キャッ
シュッ
この情報、どんな風に溜め込まれるんだろうなあ
どんな風に使われるのかなあ
わからないなあ
見られてることは確実なのに
こっちから向こうの姿は見えないなあ
それにさ
この還元、そのうち終わるんだなあ
得してるのは今だけなんだあ
そしたら
キャッ
シュッ
レス
するたびに
見られることになるんだなあ

ま、ま、気にすんなあ
とにかく今は9円の得だあ
10日ちょっとで缶コーヒー1本だあ
てな考えてるうちにお昼休みそろそろ終わりだあ
てなこと考えてたから焼きそばの味わかんなかったあ
焼きそばの味返せ
このぉー、見てる人

キャッ
シュッ
レス

おっとあの人いつもの鳩さんのエサやりさんだあ
こっそりパン屑みたいのあげてんだあ
集まってきたあ、降りてきたあ
鳩さん、よく見ると嘴の根本のトコ白いんだあ
足はピンクなんだあ
鋭い爪がカチッとついてるなあ
尾は心持ち上向きなんだなあ
ポットみたいなすっきりした形態だあ
いっつも体中を小刻みに震わせてるなあ
頭が微妙に上がったり下がったり
羽はバサバサッと広げたり閉じたり
袋を持ったエサやりさん、あと10歩
これからもらえるご飯への期待に
ポポポポポッ
沸いて震えるポットに足と羽が生えて
その姿
味わいがあるなあ
キャッ
シュッ
はないんだあ
レス
もないんだあ
得も損もないんだあ
まだ見ぬ缶コーヒー1本分の
味より
食べたのにわからなかったさっきの焼きそばの
味より
多分深いんだあ

キャッ
キャッ

 

 

 

二〇一九年十月二二日

 

長尾高弘

 
 

もう三年前になるけど、
天皇が天皇制終了を宣言すれば、
アベシンゾーの改憲案なんて吹っ飛ぶ、
ってなことを書いたことがあるんだよね。*1
それから二、三か月たったときに、
天皇が退位したいとか言い出して
びっくりしたよ。
おいら、預言者になっちゃったぜ、なんてね。
でも、退位したいってのと、
天皇制を止めたいってのとでは、
月とスッポンくらい違うんだなあ。
「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」(ママ)とかいうやつ、
よーく読んでみればわかるよ。
〈これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ,ここに私の気持ちをお話しいたしました。〉*2
天皇制をずっと続けるために退位したいと言ったんだよ。
この人たちにとって何よりも大切なのが天皇制だってことがよーくわかった。

 
天皇制を続けるためになかなか降参しなかった。
天皇制を続けるために沖縄を見殺しにした。
天皇制を続けるために指をくわえて原爆が落とされているのを見ていた。
天皇制を続けるためにマッカーサーに会いに行った。
天皇制を続けるために新憲法に戦争放棄、戦力放棄の条項を入れた。
天皇制を続けるために東條に全部罪をなすりつける言い訳の文書を作った。
天皇制を続けるために総理大臣の頭越しにアメリカに沖縄を差し出した。
天皇制を続けるために何でもするからアメリカの軍隊を残してくれえと言った。*3.
天皇制を続けるために原爆投下はやむをえないことと私は思ってますと本音をぽろっともらした。*4.
それは前の前の天皇のことだって?
前の天皇だって同じさ。
天皇制を続けるために退位したいって言ったんだからさ。
天皇制を続けるためなら
戦争でも平和主義者でも慰霊の旅でも何だってやるんだよ。
今度の天皇だってそこは変わらないさ。
どこまでやれるかはわからないけどね。

 
で、想定外の天皇やめたい宣言ですったもんだした挙げ句、
今年の四月末日で前の天皇は終わって、
五月一日から次の天皇になります、
ってことになって、そうなったわけ。
もうそれで十分、おなかいっぱいだと思うけど、
即位の礼とかいうものもやることになって、
勝手に国民の祝日とやらにされちまったわけよ。
その日が二〇一九年十月二二日ってことです。

 
預言者になりかけた身として、
何か言ってやろうと思ってたんだけどさ、
言葉ってのは身構えていると出てこないもんだねえ。
でも、いざその日になってみると、
次から次からへらへら出てくるわけ。
不思議なもんだね。

 
天皇制への反対がタブー視される空気があるのは、
天皇なるものが宗教だからなんだよね。*5

 
消えたので再投稿。
フェイスブックがこの程度の投稿でも検閲するのだとすると、
それは天皇なるものが宗教だからだよね。

 
Kさん、今日はいっぱい消されましたよ。

 
タブー視されるというのと宗教であるというのは同語反復のようなものです。
いや、宗教などというほど高尚なものではなく、
迷信のようなものと言った方がいいかもしれません。
しかし、迷信よりも拘束力が強いですよね。
夜爪を切っちゃいけないと言われても、
今どきそんなことは気にしないのが普通でしょうが、
天皇の写真を焼くと過剰に反応する人が山ほど出てくるんですから。
非合理的で無言ながらむき出しの暴力がイメージされます。
実際、風流夢譚事件のように人が殺されるようなことさえあります。
あいちトリエンナーレでも、
ガソリンまいて火をつけると脅迫した人間が出ましたね。
敗戦から七四年もたつのに、まだそんなもん、
いやどんどんひどくなっているんですよね。
テレビでは反天皇の言説は締め出され、
新聞でも今日(二三日)の東京新聞はなんとか反天皇の考えを紹介していましたが、
ちょっと変わった人たちがいるけど、
その人たちの意見も聞いてみようよ、
というようなスタンスでした。
もし、天皇が民主主義の価値を何よりも大切に思うなら、
天皇制を止めると宣言するのがもっとも効果的ですよ。
日本におけるあらゆる非合理の根源なんですから。

 
右側の人たちは放っておいても天皇制を支持するので、
天皇がちょっとリベラルっぽくしておくと、
そっちの方の人たちからも支持してもらえて、
天皇制は安泰になるんじゃないかねえ。
手下に極右に突っ走られると天皇制の危機を招くし(前の戦争の教訓)。
でも、現天皇の顔はまだ見えないな。

 
天皇教が迷信であることを誰よりもよく知る天皇は、
天皇教の信者、背教者の誰よりも合理的に行動できる。

 
祝日にしなかったので、テレビは見なかったよ。
夜は家族で木曽路のしゃぶしゃぶ祭りに行ったけどね。
いつもの半額でしゃぶしゃぶが食えるのは大きいよ。
レイワ初のしゃぶしゃぶ祭りって書いてあったなあ。
二二日から二四日までって、
即位礼のこと意識してたのかねえ。
そういやヘイセイ最後のしゃぶしゃぶ祭りにも行ったよ。
増税前最後のしゃぶしゃぶ祭り、
増税後最初のしゃぶしゃぶ祭り、
でよかったのにな。

 
 

*1. https://beachwind-lib.net/?p=11176
*2. 宮内庁ホームページからコピペ
*3. 豊下楢彦『昭和天皇の戦後日本』(2015年、岩波書店)参照。
*4. 1975年10月31日
*5. ここからしばらく実際にフェイスブックに投稿した内容。微修正済み。

 

 

 

誰の子だ

 

今井義行

 
 

はたちになる きみから 深夜 ビデオ通話がとどく
「Chi Chi ──── How are you?」
「Fine. リアン、げんきだよ」

(わたしは2020年6月 マニラで結婚式を挙げます 婚約者はドーハで働く
十四歳下の四十二歳のフィリピン人のシングルマザーです 彼女には三人の娘がいて
その中で長女だけが ドーハに働きに来ています)

私の 妻になる女性(ひと)の 名前は Argerie Javier
Javierとは 彼女を棄てた 男の姓である フィリピンには離婚という
制度がない 長い期間の法廷での聴聞会で 漸く事実上の離婚が成り立つ

アルジェリーは 2014年から 聴聞会を続けている
彼女を棄てた男が一度も法廷に現れないので
その聴聞会も 2020年の2月に終わる 聴聞会が終わる前に婚約してしまった
私たちは どうかしているか?
アルジェリーが 十年以上 ドーハで孤独に耐えたのは よくやった
のでは ないだろうか ──── と 私は おもう

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「Chi Chi」
はたちになる リアンは 艶やかな化粧を落としていて
絵本のなかの 精霊 にも似て
肌に目の洞(うろ)と口の洞(うろ)がひらいてるだけ まるで何処かしらの
原少女の 相貌で
わたしに 呼びかけるのだ
「Are you happy? にほんごで はなしましょう」
すると 目の洞(うろ)のうえに虹の穂波がゆれ 鼻のあたりは柔らかく隆起して
口の洞(うろ)の周りには明るい褐色の縁取りができた

ああ。自然の 褐色の笑顔だ───
「しあわせですか?」「しあわせだよ!!」

きみは きみのママを蹂躙して立ち去ったフィリピーノを十歳頃までは見ていた
きみは 父なるものを酷く嫌悪してきたはずなのに
「わたしという おとこ のことを怖くはないのかい・・・・?」

「こわく ありません」

わたしは 三回 マニラに行って
直接 きみと きみのボーイフレンドのアロンゾと
市場でごはんを食べたり
野原でダンスをしたりした
乗り合いバスのジープが頻繁に通りを行き来していたね

Ahaha Ahaha ────

きみは すぐに打ち解けて いま 画面で わたしに額を寄せてきてくれる

リアン・・・・ きみは ね
誰の子だ
そんな ママを繰り返し蹂躙した フィリピーノの子では無い
リアン・・・・ きみは
わたしの子だ 腐った繋がりなんて 硬い十字架で砕いてやろうぜ

次女のアンジェラと 三女のペンペンは 誰の子だ
わたしは 唯の一点の濁りもなくわたしを愛してくれた
私自身の 親のように きみたちを 愛するよ

私は 親になれるかどうか なんて 悩まない
意志が 現実を生むと 信じるからだ

「ちち わたしは まいにち 信じています」

いいかい?
きみのママ アルジェリーが愛を籠めいま逞しく育った娘の一人が
リアン きみなんだよ

「わたしは きみのパパだ」
私は きみに 幸せになってもらいたい

きみのボーイフレンドのアロンゾは 教育学部の学生の誠実な男だ
ドーハと マニラで 遠距離だけど
すこやかに 愛が 育まれると いいね

「マニラのイートインで きみが席を外していたとき
私は アロンゾに 尋ねたんだよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「Do you love Rian?」
「Yes. I will follow Rian and go to Doha.
(はい。私は リアンを追って ドーハに行くつもりです。) 」

「ほんとですか ちち?」
「イエス」

私は 2019年の12月から 2020年の2月まで
アルジェリーのマニラの家 Paseoに 滞在するけれど
きみは 休暇がとれなくて 一緒にすごせないね

「クリスマスのプレゼントを ドーハに おくるよ
リアン、なにが ほしい?」

「ちちー、パンダのぴろう おねがいします」
「それから いちごのアポロチョコレートも」

「EMS(国際スピード郵便)で 十二月におくるよ」

「うわー アイム・ハピー!!
ありがとうございます ちち!!」

 

 

 

お誕生日おめでとうの詩

 

村岡由梨

 
 

私たちが出会った頃のこと
どれくらい覚えていますか。

あの頃、野々歩さんはヘアワックスで髪を逆立てていて、
今みたいにメガネじゃなくてコンタクトをつけてたよね。

イメージフォーラムの16mm講座で一緒の班になって、
どういう作品を撮るかの話し合いの時
私の隣の席に、ぶっきらぼうな表情で座ってた野々歩さん。
なぜか私は胸がドキドキして、
ゆでダコみたいに顔が真っ赤になってたよ。

多摩川の河川敷での撮影が終わって、編集作業の日。
珍しく野々歩さんは洗いたての髪にメガネをかけてて、
なぜかまた私は胸がドキドキして、
ゆでダコみたいに顔が真っ赤になりました。

助手の徳本さんが、
一生懸命に編集作業に取り組む私たちを見て
「野々歩君と村岡さん、仲良いね」
ってからかったの覚えてる?
野々歩さんは
「僕らお互いのファンですから」
って、さらっと言いのけた。
その時の私の頭の中を想像出来る?
ゆでダコどころの話じゃないよ!
頭がグラグラ沸騰して、
パーンと音を立てて爆発しそうだった!

その年のクリスマスの夜は、

二人で東大の校舎に忍び込んで
初めて手を繋いで歩いたね。

お正月には、初日の出を見ようと
建設中のマンションの屋上に忍び込んで、
自分の眼の高さに鳥が飛んでいるのを見て、
「私も飛べるかな」
って柵を飛び越えようとした私を、
「落ちたら痛いから、やめなよ」
と言って止めた野々歩さん。
何でも複雑に深刻に考えがちな私にとって、
「落ちたら痛い」っていうシンプルな言葉は
ものすごく衝撃的だった。

私たちはそうやって、
互いに無いものを補いあって求め合って、
ここまで歩いてきたんだね。

やっとの思いで完成させた処女作を
イメージフォーラムの映写室で泣きながら観ていた私。
そんな私を優しく気遣ってくれた野々歩さん。
河口湖の花火大会を観に行った時、
湖畔の土産物屋の二階で
私に浴衣を着付けてくれた野々歩さん。
雪の降る夜、大きなお腹を抱えて立ち尽くす私を
家に連れて帰って温かいお風呂に入れてくれた野々歩さん。
鬱がひどくて何も出来ない私の髪を洗ってくれる野々歩さん。

「村岡さん」から「由梨さん」、
「由梨さん」から「由梨」、
「由梨」から「ゆりっぺ」。
呼び名が変わる度にすごく嬉しかったこと、
おばあさんになっても忘れないよ。

1980年10月22日に、野々歩さんは
池ノ上の、お庭にウサギさんがいる産院で生まれて、
1981年10月22日に、私は
渋谷の日赤で生まれた。
その後、野々歩さんは渋谷で育って、
私は池ノ上で育った。
もしかしたら、イメージフォーラムで出会う前から
私たち街ですれ違ってたかもね
と、二人で笑う。

必然とか偶然とか、簡単な言葉で済ませたくない。
愛しています、とか
ありきたりな言葉では表現しきれないよ。
もっと良い詩が書きたいよ。
喉のつっかえがすうっと取れるような詩を。

シワシワのガタガタのグッチャグチャな
おじいさんおばあさんになっても
一緒にいよう。
「死が二人を分かつまで」って何?
死んでも一緒のお墓だよ!

お誕生日おめでとう!
野々歩さんと私。

 

 

 

乳白の青が帯となっている *

 

平らな
海を

見たことがある

熱海の断崖の病院の
ひろい

窓から見た

それは
死だったろう

死の先に海はいた

わからない

何も
わからない

歩いていた

ひとり
いた

公園の
桜の

枝の先の

空を仰いだ

乳白の青が帯となっている *
乳白の青が帯となっている *

分断の先にいた

そのヒトはいた
モオヴよ *

土塗れのモオヴよ *
土塗れのモオヴよ *

ない言葉の先で会う
頬が赤い

涙ひとつ流して死んでいった

 

* 工藤冬里の詩「stray sheep」からの引用

 

 

 

stray sheep

 

工藤冬里

 
 

三四郎は感嘆した
そこまで心を広げることができるとは
心臓がどきどきして苦しい
八つ裂きに遭うまでの命だが
茶色いアジアが広がってゆく
土塗れのモオヴよ
司書を目指す
胡座の十代
映画は黄色い肉が引き攣っている
丘の腹に墓地がある
黒い背広は着ない
爪先のクリーム色
嵐ヶ丘で引き千切る
セの発音の群青の空
胡座の十代の声
平行線をつけ足すことで絵にする
伏せた傘の手の切れそうなエッジ
乳白の青が帯となっている
がしっと植えられた木が今
金も内臓も場所は決められている
手伝ってくれる動物がいない
私は憎まれる
グリス塗れの球がシャフトのベアリングに詰まって黒い