地獄だまり

 

道ケージ

 
 

オレが息も絶え絶えなぜこんな
ああサンタマリアと呼んだとき
オマエものまね番組ケラカラ笑い
いやいやそれは悪くない
遠く離れる宵闇の月

俺が欄干手をつき川面見て縮んだカエルを急かせると
お前メール寄越して「牛乳買って来て」
イヤイヤそれは有り難い
おかげでセヴンに戻ったさ

オリがナイフ握って殺るか殺られる尖っていると
オメーは風呂の水滴拭いたかと
えらい剣幕ドア閉めた
イヤイヤそれは助かった
憑き物落ちて桃剝いてそのまま流しに置いたから

オレが望まぬ戦い戦って
殴られ骨折り血を流し
あげくに裏切り警察沙汰に蒼ざめて

そのときお前は多摩川で
光の柱に包まれて いいことありますようにと
祈ったらしい
いやいやそれはいいことだ

関わりないことのみ美しい
それがよい(ヽヽ)かはわからぬが
遠く黙って何もしない
黙って知らずに動かない
知らずに黙って何もしない
それでよかと

 

 

 

18歳の彼

 

今井義行

 

OnLine その上で 署名 してしまうと
至るところに「とびら」が できてしまう

OnLine で 瞬時にあらゆる時制が 同期
され 見知らぬ人たちとの出会いもある

アパートの部屋にいるときだけではなく
喫茶店にいても バスに揺られていても

それはわたしの「とびら」だというのに
いつの地平へ出てしまうのかわからない

此処はどこだ 精神病院の アルコール閉鎖
病棟だ おかしな所へSignUpしてしまった
此処2014まで 泥酔しては 怪我ばかりして
様々な病院での寝起きの時間は ながかった
入退院を繰り返しながらあまい生クリームの
とりことなり 体重は急速にふえてしまった

≪BMIとは、身長からみた体重の割合を示す体格指数。
手軽にわかる肥満度の目安なのでチェックしてみましょう≫*ネットより
身長168cm 体重86kg  BMI 30.47
≪BMI値の判定基準は一般的には、18.5未満で「やせ」、18.5以上25未満で
「標準」、 25以上30未満で「肥満」、30以上で「高度肥満」と判定されます。≫*

( 腹水が溜まったこともあった・・・・・・ )

いまこうして病衣でベッドに仰むけになって
いると 自分自身が
臨月の 妊婦に おもわれてきて むかいの
6人部屋にいる蒼白な顔をした18歳の青年は
わたしの息子が育ったすがたか、とイメージ
が はしる ふしぎ。

痩せ細った身体は ストライプの半袖と濃紺の短パンに包まれ
食事は共同食堂ではなく 自分の部屋でのみ摂っていた
だれかと親しいようすもなく うつむいて お盆を運んでいた

≪わたしは、そんなふうに 育てたつもりは ありませんよ!≫

18歳の彼──その唄は日本では、岩下志麻が好んでうたった
注*スマホ、タブレットなどのブラウザでは再生されないかもしれません。
ご興味のある方は、PC【ダリダ/18歳の彼】
https://www.youtube.com/watch?v=GHhs6njqc5U

すると とつぜん陣痛がおとずれていたみの
なかに わたしの それまでの愚行が甦った

( 錦糸町を徘徊した 緑色の液体を吐いた )
( 酷すぎた・・・・・・ )

白痴だな、

或る夜の、地下のライヴハウスで──・・・・
美輪明宏がカトリーヌ・ドヌーヴを
あんな白痴美は駄目だと断罪した
「天井桟敷の人々」(1945/仏)のアルレッティを
御覧なさい 品格が違うのです

白痴美から“美”を取って
わたしは ただの白痴
社会に適合していくことが困難です

けれど、うらはらに──・・・・

美輪明宏は ロックはノイズだから聞くな
馬鹿になるわよ、と言いつづけてきたのに
桑田佳祐にリスペクトされて以来 そんな
ことはメディアで言わなくなったお天気屋

けれど、うらはらに──・・・・

いつもわたしは ドヌーヴを愛した
白痴は 馬鹿を超えており
差別語なので使うなというのだが
白痴を“黒く塗れ”ということは

わたしに「死ね」ということだ
「シェルブールの雨傘」は 台詞全篇曲で JAZZあり
奇異な原色の背景あり 馬鹿馬鹿しくもあったけれど

白痴を“黒く塗らないで”ほしい
カトリーヌ・ドヌーヴは雨傘を畳み
自らの時がくるのを待っていた

年配の患者さんから借りた

地図帳を拡げているとヨーロッパに雨が降る
モン・サン・ミシェル ヴェローナ
アムステルダム エジンバラ
ドヌーヴは 石畳を歩き続けている

わたしはカプリ島でパンを捏ねている
ばらばらの肌理の 何枚も積み重ねた
しろい生地だけしか 焼けませんです
わたし、きっと 白痴なんです
社会に適合していく ことが困難です

そんなとき 雨に濡れた ドヌーヴが
パン焼き小屋へ 入ってきた─・・・・
彼女は パン焼き小屋をホールにして
微笑みながら くるくると 踊った

≪わたし、娼婦の役を貰ったの ようやく
昼間から 真剣に 狂える時が きたの≫

OnLine その上で 署名してしまうと
至るところに「とびら」が できている

そして 好奇心からそれを開けてしまう
2014 精神病院の アルコール閉鎖病棟

夕暮れて、陣痛がおとずれて「つ、・・・・!」

窓硝子に薄く映ったわたしの横たわった姿を
覗くと 臍から鼠径部までの高まりのなかに
ヘラクレス真夏の星座が胎内の天を力づよく

押し上げている姿が 透けて見えた気がした

その果てに わたしの胎が ばりばりと割れた
その裂け目から 猛々しい茎が 伸びはじめ
そそりたつそのいただきに水仙の花が咲いた

わたしは 胎のうえの水仙の根っこをおさえ

18歳の彼に「この部屋でいいか」と 念じた
18歳の彼に「あい部屋でいいか」と 念じた

18歳の彼に「君は我が子だから」と 囁いた

 

 

 

西夏の瑪瑙

 

サトミ セキ

 
 

どんなひとにもいしはひつよう
とつぶやいて
砂漠の国から来たぼくの女友達が、トランクをあけた。
羽虫のようなびっしりと黒い中国漢字でいっぱいの新聞紙、
子供の握りこぶしをひらくように 小さく丸まった紙を開いた。
瑪瑙の小石がいた。
君は海を越えて運ばれトウキョウにやってきた、
渡り鳥が咥えてきた木の実みたいに。

せいか というまぼろしのくに の いせきでうられていました いちばんきれいな いし だった
長い紅の爪を研ぎながらぼくの女友達は言った。水遊びするうつくしい鳥のように細い足をのばして。

西夏って千年前チンギスハンの軍隊に消された王国だよね。生きていた人も、瓦も、書籍も、全部灼かれ、宮殿も、墓も、文字もぜんぶこなごなになって砂漠に散った。存在したことすら忘れ去られてた王国なんだってね。
さあ よくしらない
爪やすりをしまって女友達は言った。

見ていました そのときも
そのとき瑪瑙が ぼくにしか聞こえない声で囁いた。
ピンクがかった砂色をした、電灯の光がうっすら透ける石。間近で見ると、黒い砂粒が凹凸に隠れて入っていた。数粒の砂以外は不純物も化石も気泡も入っていない、砂が液体になって凝固したようだった。重すぎもせず、忘れるほどに軽くもなく、滑らかな手触りの君。

とつぜん 女友達と連絡が取れなくなった。長い髪一本も残さず、あとかたもなく消えてしまった。西夏の住人みたいに。

それからときどき 寂しさの発作みたいに 底の見えない穴に落ちていく。
そんなとき ジャケットの右ポケットに入れた君に触れる。
ここにいます 今は
ぼくにだけ聞こえる声で、いつも囁く。
ぼんやり胸があたたかくなる。いったいいつから存在するの。
せいぜい千年しか想像がつかないんだけども。

アスファルトが溶けそうな真夏の新宿を
固いカラーをゆるめながら 汗を滴らして歩く。
右ポケットの底では、ひんやりと西夏の瑪瑙がくつろいでいるのだった。
夏は灼熱冬は寒冷地獄育ちのツワモノだったね。せいかのめのう。

堆積型と溶解型が瑪瑙にはあるって、『岩石図鑑』に載っていた。君はきっと何万年かの堆積型だ。
くっりっりりっくりっっっりりり
夜、洋服だんすの中で砂鳴きをしている。君の中には砂漠がぎゅっと詰まっているから。
砂鳴きを聞きながら、ひとりの部屋の灯りを消す。まぶたを閉じると海抜千メートルを越える山脈。草木が生えていない君と同じ色の山々は、要塞になった。山脈を越えると、その先にまた砂漠が広がっている。ぼくは夢に落ちながら、その砂漠をまたいで幻の王国の痕跡を探しに行く。

ぼくのポケットがほころびスーツが燃やされ、ぼくも女友達の骨も風に紛れてしまい、この通りのアスファルトが擦り切れ高層ビルが崩れ、この国の名前もなくなる時。
その時君はどこにいるのだろう。
どんないしにもとりはひつよう
大陸から来た女友達の声を真似してつぶやいてみる。
南の島、真珠貝が生まれるところで海水浴をいっしょに。冬中日が上らない極北にも連れていこう。
飛べない石 咥えて運ぶ鳥。
次はぼくが瑪瑙のためのつかのまの鳥になる番だ。

 

 

 

由良川狂詩曲~連載第2回

第1章 丹波人国記~性霊のささやき

 

佐々木 眞

 
 

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丹波の国は、いまは京都府と兵庫県に分かれていますが、古くから京の都のすぐ近くにあって、山城、摂津、播磨、但馬、丹後、若狭、近江の7カ国に接し、わが国の分国のなかでも重要な国のひとつでした。
しかし江戸時代のはじめに関祖衛という人が著したといわれている『人国記・新人国記』で紹介されている丹波の人々の印象は、けっして好ましいものではありません。
「この国の風俗は、人の気懦弱にして、めいめい自分勝手、己れを自慢し、他人の非を謗り、他人の素晴らしいところを悪くいい、まるで女の腐ったような心を持っている。百姓は農業だけを専らにしないで商売を兼業し、金もうけしようとする。すべてに勇気を持つこと少なく、やたらに人に諂い、昨日の味方も今日は敵となり、あわれむべき世渡り第一主義といえる。
思うに、この国は四方が山々にとりかこまれ、みな谷間の人家である。冬の雪も北国ほどではないにしても相当なものだ。偏屈で了見が狭いのは、そんな風土からきているのであろう。人の性格が堕弱なのは、この国が都に近く、その乱れた風俗を見るにつけ自然と気持ちがくずれて素朴で飾らない気質を失ってしまったのであろう。
とくにひどいのは婦人のだらしない風俗であって、どうしようもないほどである。しかし能力のある人が生まれてきたならば、気持ちの柔らかな意地で成立している社会であるから、無双の人も出現するだろう。戦乱の世にあってこの国を治めようとすれば、たった5日でおさまってしまうであろう」
と、ほぼ全面的にコテンパンであります。
この女性の風俗の乱れについては相当有名だったようで、おなじ江戸時代の中期に諸国の民謡を集めた『山家鳥虫歌』では、前の著作をなぞるように、
「此の国都に近く其の風を倣ひ、とりわけ婦人の風締りなし。此所に多く蚕を飼ふ」とありますが、「締りなし」と書かれるくらいですから、それ相応の事実がその当時にはあったのでしょう。
ところで丹波の国の綾部というところは、この国のひとつの中心地として大和朝廷と共に栄え、奈良時代に入ると由良川沿いの低地では桑が栽培され、養蚕業が盛んになりました。
養蚕機織を主な生業とする秦氏、漢(あや)氏がこの地に渡来し、大きな勢力を持っていたといわれ、「綾部」という地名も、江戸時代のはじめまでは「漢(あや)部」と記されていたそうです。
時代がさがって明治に入ると、綾部の養蚕業は次第に盛んになり、明治29年には波多野鶴吉という人が、郡是製糸という会社を創設しました。現在の「グンゼ」ですね。
この波多野鶴吉翁の鼻の欠けた立派な銅像が、綾部の市街地を見おろす寺山の麓に立っています。なぜ鼻が欠けているかというと、翁は若き日にさんざん女道楽をして性病に罹ってしまい、鼻はその後遺症だというのです。
いわば身から出た錆で自業自得なのですが、それからが凡庸な私たちとはまったく違います。この不名誉な事件に懲りた翁は一念発起し、この地方有数の養蚕教師となって何鹿(いかるが)郡蚕糸業組合を設立。丹波の綾部の養蚕技術を日本全国にとどろかせたのでありました。
またこの実業家は熱心なキリスト者としても有名で、彼が設立した前述の「郡是」という会社は、単なる製糸会社ではなく、一面では人格の陶冶のための宗教的組織、他の面では地域社会における経済的文化的拠点という要素を兼ね備え、何鹿(いかるが)郡のセンターに屹立していました。
明治という時代の特性を頭においても、この時代のこの国に、これほど浪漫的で理想主義的な企業はそれほど多くはなかったでしょう。
まあそんな次第で、「蚕都」綾部を代表する「無双の人」のこそ、この波多野鶴吉翁に他ならなかったのです。(じつはこの盆地には、あの大本教を立ち上げた出口王仁(わに)三郎というもう一人の「無双の人」がおりましたが、彼についてはまた改めてお話したいと思います。)

ところで、さきほど引用した『山家鳥虫歌』は、丹波の女性の風紀と養蚕を結び付けて奇妙にエロティックな記述をしています。
「前に出でてあるものに感ずるといふ事、不思議なるものなり。蚕は性の霊なるものにて、物に触れ形をなす」
さあ、これはいったいどういう意味なのでしょう。ちょいと飛ばして、次を読んでみましょう。
「中国の漢の時代にある寡婦が、ある夜どうも寝られないので、枕によりかかって自分の家の壁が崩れているところから、お隣の家で蚕を飼っているのをなんとなく眺めていた。その蚕はちょうど繭を作っているところだったが、出来あがった繭を見ると、その女の姿形によく似ていた。目許、眉のかかり具合などははっきりしないが、物思う女の形をしていたのを、琴の名人の蔡中郎(さいちゅうろう)という人が金に糸目をつけずに買い求めてきて、その琴の弦にして弾いたところ、その音はじつに哀れに聴こえた。
その寡婦が蚕になったのではない。ただ蚕の性の霊のせいだ。人間は万物の霊である存在だから、いろいろ奇怪なことを引き起こすと思うかも知れないが、そんなものは表面だけのことであって、いちばん奇怪なるものの正体は、『陰陽二気』だけだという事をしっかり考えるべきべきだ」
読みながら私は、ある夏の日の午後、丹波の綾部の蚕糸試験場の無人の一室に放置された何千何万という蚕たちの純白の群れが、上になり下になり、鈴なりになってムシムシと不気味な音をたてながら、桑の葉をむさぼり食う光景を見て、なぜか心が凍るような戦慄を覚えたことを思い出しました。
このように、蚕に“性霊のささやき”が天与されていて、一種の性的な霊媒の気を持つ怪しい虫であることは、かなり早くから世に知られていたのです。
みなさんの中には今村昌平監督が1963年にメガフォンを取った『にっぽん昆虫記』で、左幸子さんの左肢の内側のところを秘所に向かってゆっくりと這い上ってゆく第五齢の白い蚕の姿を覚えている方がいらっしゃるかもしれません。
あれなんかも、蚕が性の霊なるもので、物に触れ、形をなす、その寸前の怪しい雰囲気をなかなか巧みにとらえていたと思います。
ともあれ、丹波の国に綾部という町があり、その綾部の中心に一匹の巨大な蚕が蠢いていて、その蚕の中心に性霊が渦巻き、その渦巻きの中心にひとりの哀しい女が佇んでいる。
綾部という言葉を耳にすると、私はどうしてもそんなイメージが浮かんでくるのです。

 

空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空空次回へつづく

 

 

 

夏、海の日に綴る

 

みわ はるか

 
 

蚊に刺されて目が覚めた。
ブタの形をした蚊取り線香に手を伸ばしスイッチを入れる。
しばらくするとその特有の臭いが漂ってくる。
不思議とこの臭いは嫌いではない。

日用品の買い物に出掛けた。
エアコンのフィン用のスプレーや、日焼け止め、花火等が入り口近くにたくさん並べてある。
本当に夏が来たんだと視覚的に感じられる瞬間だ。
かごに必要なものを入れ、レジに並ぶ。
列の先頭にはいくつか商品が入ったかごを前に清算の準備をする70代くらいのお婆さんがいた。
きれいな短めの白髪に、少し腰の曲がった小柄なお婆さん。
たまごボーロ、米製品のおかし、角砂糖がまぶしてあるいかにも甘そうな煎餅。
ふと突然に今は亡き祖母を思い出した。
祖母もこんなようなおかしをよく買っていたなと思い出した。
孫にも厳しい性格の持ち主だった。
ちょっと近所に足を運ぶのにも身なりをきちっとしていきなさいと諭すような人だった。
近所のドラッグストアにラフすぎる格好で来ている今のわたしを見たら叱責されそうだ。
少し冷や汗が出た。
だけれどもものすごく会いたくもなった。

ローラースケートにはまっている。
河川敷沿いにきれいに舗装された道がある。
タイムを計りながらランニングしている人、犬の散歩をしている人、キックボードをしている人男子小学生、しろつめ草で冠を作っている保育園児。
思い思いに仕事終わりや学校終わりの明るさが残るわずかな時間をそこで過ごしている。
そこで、赤い小さな自転車に乗る、これまた赤いヘルメットをかぶった小さな男の子に出会った。
年を聞くと4才だと言う。
何に興味を持ったのか、ローラースケートで滑るわたしの後を一生懸命ついてくる。
ほんわり優しい気持ちになった。
遠くでその男の子の付き添いで来たと思われる白髪のおじいさんがにこにこ縁石に座ってこちらを見ている。
軽く会釈をした。
汗だくになってきたわたしは地面に座り込んだ。
ヘルメットをとって休憩していると、その男の子がじっーとこちらを見ながら「お姉ちゃん、頭べちゃべちゃじゃん。」と笑った。
思わずケラケラわたしも笑ってしまった。
子供は思ったことをストレートに言えていいな~と羨ましくなった。
大人になると愛想笑いや思ったことも言えない窮屈な場面がたくさんあるなと悲しくなる。
わたしが「まだ自転車乗るの!?」と訪ねると「まだ頭べちゃべちゃじゃないもーん。」とこれまた心に突き刺さるようなことをずばっと言われた。
またケラケラと笑った。
男の子に大きく手をふって別れた。
またここに来たら会えるといいなと心から思った。

入道雲がもこもこと空を覆いつくす夏が来た。
どこか前向きな気持ちにさせてくれるこんな空が大好きだ。
夏は始まったばかりだ。

 

 

 

鳥をくわえたファミ

 

辻 和人

 
 

狙って
狙って
待って
待って

実家に預けた猫のファミとレドの様子を聞くために
ちょくちょく母親に電話してるんだけどね
大抵は「猫ちゃんたちは元気よ、元気元気」なのに
今日のは違った
大違い

「本当は昨日、こっちから電話しようと思ってたくらいなんだけど
ファミがね、庭に出していたら
鳥を捕まえてきたの。
それもヒヨドリ。15センチくらいもある大きいの。
くわえてきてベランダに座ってるから
気持ち悪くてどうしようかと思ったんだけど
お父さんがまあ入れてやんなさいっていうから戸を開けてやったら
得意そうに部屋の真ん中まで持ってくるのよ。
それで、もう死んでたんだけど噛みついたり、前足でいたぶったり
こんな大きな鳥を捕まえたことなんかなかったからすごく興奮してたみたい。
いったん離れて勢いつけて飛びかかったり
羽が飛び散るからまた外に出したけど
そしたらすごいの、鳥を食べてるの。
いやあねえ。
口の周りを真っ赤にしちゃって
そしたら食べ残しを今度はレドが食べるのよ。
羽、ベランダにいっぱい散らかしちゃって
ああもうびっくりした。
夜は甘えて布団の中に入ってきたりするんだけど
何だか顔つきも鋭くなって野生に戻ったような感じがして
恐い気がしてねえ。
やっぱり猫は狩りをする動物なんだねえ。」

‥‥‥う、う、
良かった
良かったなあ……
じぃーん
電話を切って、胸の底から湧いてきたのはそんな感想

狙って
狙って
待って
待って

そうなんですよ
狩りをする動物なんですよ
ファミは子猫の頃から虫を追っかけるのが大好きだった
蛾が飛んできました
プァタプァタ、プァタプァタ
ムニュウーン
ギザギザと曲線が入り混じった複雑な形の線が空中に描かれています
誘惑の線です
縦長にぴしっと並んだ子猫ファミの2つの瞳孔
線の先っぽのプァタプァタ揺れる点を
狙って
狙って
えいっ
あ、逃げられた
惜しい
タイミングが少し遅かったか
すると黙って見ていた母猫クロが
そろりそろりと獲物の下に移動
線のパターンをじっくり解析
後ろ脚を少し踏ん張ったか
ヒュヒュウッッ
おっ、お見事
蛾は一瞬でクロの鉤爪の中に
熟練の技に目を丸くして見入る子猫ファミ
クロが捕まえた獲物をつまらなそうに放り出すと
ファミは恐る恐る臭いを嗅ぎに近づく
こういうことなんだ
狩りってこういうことなんだ

いつしかファミは狩りに習熟した
獲物の気配を探り
その動静を目玉をキョロキョロさせて見極めるんですよ
身を隠す草陰を探し
息を殺して姿勢を低くし
しっぽは左右に鋭く振ってバランスを取るんですよ
待って
待って
一気に飛びかかる
獲物は驚いて逃げようと羽をバサバサ動かすけれど
逃げようとする必死な様子がますますファミの狩猟欲を刺激するんですよ
逃げようとするから追いかける
逃げようとするから押さえつける
爪は、今は定期的に切ってはいるものの
獲物の肉に食い込む分には十分鋭い
そして牙
ぼくと遊ぶ時みたいな甘噛みではなく
獲物を仕留めるための本噛みですよ
だがすぐには殺さない
そんなのもったいない
前足で叩いたり口でくわえて振り回したり
弱ってきた獲物がぴくぴく動く様を目の当たりにして
ファミの内部にぽっと炎が灯る
羽が飛び散ったりすると
もう、たまらない
わざと口から放して
よたよた逃げようとするところで
もう一度飛びかかったりするんですよ

鳥を重そうにくわえてのしのし歩くファミの姿は厳かで
古代の人々が敬い恐れていた神の似姿そのもの
“待つ”のが下手でよく獲物に逃げられてしまうレドは
ちょっと後をそろりそろりとついていく

獲物をくわえたファミは神様になった
レドはつき従う神官になった

こんなすごいの捕まえたぞ
見るが良い、見るが良い
自慢する程に威厳と神々しさが増す
おヒゲぴんぴん、黒目ぱっちりな顔の得意げなこと!
ああ、古代、神というものはこんな感じだったのかもしれないな
堂々と民の前で弱い者をいたぶって
力を誇示する
有無を言わせない
あれってさ、民に甘えてたのかもしれないな
見るが良い、見るが良い
洪水なんか起こしたりして
民に崇めてもらいたい
これ、人間だったら悲惨ですよ
許されないことですよ
でも猫だから許されるんですよ
ファミ、ファミ
良かったね
猫に生まれて良かったね

とまあ、ぼくは自分の目では見ていないんだけど
実家の問題としてはいろいろ困ることもあるんだけど
ケータイごし
まばゆい光を背負った存在に
思わず手を合わせてしまったんですよ
狙って
狙って
良かったね

 

 

 

生きる水

 

白鳥信也

 

 

背丈よりも高い草が山道をふさいでいる
かきわけて進む
山陰に入り草が途切れてようやく視界を確保
もう六月の半ば
若々しい緑は濃い色に変わっている
イタドリも山ウドも太い茎に
樹木に変身しようとしている
陽当たりのよい斜面に生えている太いワラビは
どれも折り取られて傷口は黒く変色しているから
この山道に人が来たのはずいぶん前だ
水の音がする
そろそろ滝が見えるはず
数十メートルの垂直な断崖を大量の水が落下する
この山道から遠望するだけだが
水滴をふくんだ風を感じる
あたり一帯 山また山
車道から全く見えないので
滝を見ようとするとこの山道しかない
去年の春もこの山道から滝を見た
五月の終わり、雪がまだ残っていた
明るい緑に包まれ
勢いよく雪解け水がザアザアと滝を落下している
静かな春の山のなかで荒々しい水音だけが響いている
滝を眺めつづけた帰りに
ホトトギスのさえずりが聞こえたから
山道をはずれて木々のあいだをわけいる
三本の漆の木が目印だ
道はないから草を踏みしめ
奥へ
奥へ
クサソテツの若芽が群生して
明るく開けた場所にふっと出た
ホトトギスの声がやんだ
まんなかの窪地に池がある
底まで澄みきった透明な水が満ちている
その水の中を
真っ黒い魚が悠然と泳いでいる
金魚のようなひれ
鮒と金魚のあいだで宙づりされたみたい
透明な水の底にはサンショウウオが数匹動いている
ゼリー状に包まれたカエルの卵のようなものも
絡まるホースになって池のなかを揺らいでいる
池の周囲のシダ類 クサソテツも揺れている
ゼンマイの綿毛も
人はきたことがないようで魚もサンショウウオもゆったりしている

しばらく見つめつづける
帰ってもなお
私のなかを落下する水
私のなかに静かに横たわる水
揺れているもの

今年も行こうと
生い茂る草
道そのものが薄れ
滝は成長した木の枝葉でさえぎられ
一部しか見えない
落下のかけら
池の入り口をさがす
三本の漆の木がない
何度道を上り下りしても
もう

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その8

 

佐々木 眞

 
 

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「オレの生徒にクズはいねえんだよお!」
耕君、それなあに?
ドラマの「GTO」ですお。

「お父さん、体が悪くなったら病院でしょ?」
「そうだよ。耕君どこか悪いの?」
「悪くないお」
「悪くなったらお父さんにいうんだよ」
「はい、分かりました」

「お母さん、ぼく常磐線好きですお」
「そう、じゃあ今度乗ろうか?」
「嫌ですお」

「アイラブユーって好きなこと?」
「そうよ」
「アイラブユー、アイラブユー」

「バージンロードって結婚するとき?」
「そうよ」
「バージンロード、バージンロード」

「ビッチョビチョ、ビッチョビチョ。ビッチョビチョって、汚いことでしょ?」
「そうだよ」
「ビッチョビチョ、ビッチョビチョ、ビッチョビチョ、ビッチョビチョ」

「めちゃすきやねん、めちゃすきやねん」
「なにそれ?」

「お母さん、のんだくれってなに?」
「お酒を飲みすぎて迷惑をかけることよ」
「のんだくれ、嫌ですねえ」

YMCA GO GO GO!
YMCA GO GO GO!
お母さん、ぼくYMCAのリーダーですよ!

「お母さん、たしなめるってなに?」
「そんなことしちゃだめよっていうことよ」
「お母さん、たしなめる、たしなめよう、たしなめておくれようってなに?」

「君をなくしたら悲しいでしょ?」
「悲しいですよ」
「君、君、君」

「営業ってやることでしょう?」
「そうだよ」
「営業なんて、営業なんて、営業運転されることになりました」

「ついては」ってなに?
「それについては」ということよ。

「車体構造ってなに?」
「車体の構造だよ」
「車体構造は、ほぼこうなっています。6扉車登場ね」

なんで緒形 拳「しゃべるな」っていったの?
苦しいからでしょ。
しゃべると気持ち悪くなるからでしょ。

「お母さん、ぼくはしあわせになります」
「耕君、しあわせなの?」
(無言で2階に消える)

「お母さん、お金は買い物するときでしょう?」
「そうよ」
「買い物するのはぶたぶた君だお」

「気象情報って、天気予報のことでしょ?」
「そうだよ」

「お父さん、仮面ライダー好き?」
「好きだよ」
「ぼく、仮面ライダー好きですお。こうたろうさん、好きですお」

「お母さん、おもてなしってなに?」
「気持ちよくすごしていただくことよ」
「そ、そうですよ。そうですよ。おもてなし、おもてなし」

「お母さん、気まぐれってなに?」
「自分の好きなことばかりしていることよ」
「気まぐれ、気まぐれ、気まぐれですお」

ふきのとう舎へ行く時は、桜ヶ丘駅で、降ります。
藤沢から各停に乗るか、急行で乗り換えることができます。
長後から出発して、急行に乗ったら、大和まで行ってしまいます。
ふきのとう舎に行くに時は、大和まで行かないようにしましょうね。

「お父さん、6のさかさまは9?」
「そうだよ」

「お父さん、ごきげんようの英語は?」
グッドバイ、シーユーツモロー。

「お母さん、黙祷ってなに?」
「目をつぶって祈ることよ」

「ぼくキシモト歯科いきませんお、いきませんお」

タクちゃん「しあわせになろうよ」みた?
きっとみたと思うよ。
「しあわせになろうよ」は黒木メイサでしょ?

「お父さん、お母さん治ってほしいですねえ」
「そうだねえ、治ってほしいね」
「お母さん、早く良くなってね」

「お母さん僕は協力しますよ」
「なにに協力するの?」
「キョウリョク、キョウリョク」

たまもりゆうたですお。「幸せになろうよ」、の。

「お父さん、今年も旅行でお土産買いますお」
「ああそう。よろしくね」
「分かりました」

ハッケヨイ、ノコッタ、ノコッタ
お相撲ですよ。

「ヒロタカ君、クミコさんと結婚したんでしょう?」
「そうだよ」

「お父さん、セイザブロウさん、綾部の下駄屋でしょう?」
「そうだよ」
「ぼく、下駄好きですお」

「ぼく、のぞみ幼稚園好きですよ」
「のぞみ幼稚園、誰が通ってたの?」
「タクちゃんとリョウちゃんですお」

お父さん、ぼく「どんと晴れ」のナツミさん、好きですお。

「お父さん、ぼくアジサイ好きですお」
「何色が好き? 青? 赤?」
「両方ですお」

「お父さん、5はいつつですお」
「そうだね」

「お父さん、横浜線の205系はどこ行きましたか?」
「どこへ行ったの?」
「インドネシアだお」
「へええ、インドネシアかあ」

「お父さん、ぼくクワイ好きだお」
「そうかあ」
「サトイモ好きだお」

「お母さん、ぼく今日ハス見に行きますお」
「はい、行きましょうね」

「お父さん、そんなことないの英語は?」
「ノットアットオールかな」
「お母さん、そんなことないって、どういうこと?」

「ぼく、がっかりしなかったよ」
「なにをがっかりしなかったの?」
「お母さん、がっかりってなに?」

「お父さん、遅くなったらだめでしょう?」
「遅くなってもいいよ」

「お母さん、ごきげんようってさようならのこと?」
「そうよ」
「ごきげんよう、ごきげんよう」

「お母さん、誘拐ってなに?」
「ひとをつかまえることよ」
「誘拐いやですねえ」

「お母さん、心臓飛び出したら?」
「びっくりですよ」

お母さん、杉浦さん「トイレットペーパーそんなに使わないでください」て言ったよ。
そうなの。

「お母さん、簡保は簡易保険でしょ?」
「そうよ」

ぼく「ぶたぶた君のお買いもの」好きですお。
お母さんも好きですよ。

高橋さん、「またあした」っていったお。
そうなの。

お父さん、渡辺千尋君ね。ぼく順子さん。
「千尋、ダメダメ」
「お母さんごめんなさい」

「先生」と呼んだらダメですよ。「さん」と呼ぶんだよ。

「お母さん、これオオバギボウシの葉っぱでしょ?」
「そ、そうよ。驚いた! 耕君よく知っているのね」
「このオオバギボウシ、どうしたの?」
「昨日小田原のオオバさんから頂いたのよ」
「オオバギボウシオオバギボウシオオバギボウシ」

「耕君、人生楽しいですか?」
「楽しいよ」

 

 

 

20年前に書いた詩が一つ見つかったっちゃ

 

鈴木志郎康

 
 

20年前に書いた詩が一つ見つかったんで、
これって、
俺っちが
ほんとに書いたのかいなって、
驚き。
まっ、
なんとか生かしたいってんで、
この詩、
ここに書き写しちゃおうっと。
「浜風文庫」に、
発表しちゃおうっと。
ぶぶん、じゃんじゃん。

今日からは
あらゆるものがタダという
日が来た

パン屋では
店に置かれているパンは
すべてただ
つまり、
お金を払わないで持っていって
もいい
八百屋でも
キュウリ、トマト、レタス
みんなただ
スーパーにも
品物がいっぱいあって
ぜえーぶただ
欲しいだけ持っていっていい
16ミリフィルムも
ただだし
カメラもただ
現像もただだから
映画もすきにできる

店の人たちは
持っていかれれば
いかれるほど
喜んでいる

電車もただだから
好きなところへいける
ただの温泉旅行に
行って
ゆっくりと

勤めの人たちは
給料はもらえないが
仕事を面白がって
やっている

工場は
ただで資材を持ってこられて
製品をどんどん作っている

ただの温泉旅館で
ゆっくりと
湯につかっている人もいる

なにしろ
今日から
あらゆるものが
ただなのだ

ってね。
これって、
貨幣経済の否定じゃんか。
ぶぶんん、じゃんじゃん。
パン屋さん、ニコニコ、
八百屋さん、ニコニコ、
スーパーの人、ニコニコ、
主婦たち、ニコニコ、
子どもも、ニコニコ、
勤め人さんたち、ニコニコ、
いいじやんか。
ぶぶん、じゃんじゃん。
俺っちって、
なに考えてたんだ。
忘れちゃったよ。
なんで発表しなっかったんだろ。
分からないっちゃ。
いつ書かれたのか、
やぶかれたノートの切れ端には、
「窓辺の構造体」ってメモがあるから、
そのタイトルの詩が「ユリイカ」に発表された
1996年9月後の
この詩の冒頭の「10/15」ってことは、
10月15日に書かれたんだ。
二十年前だっちゃ。
忘れてちまって、
わからない。
ぶぶん、じゃんじゃん。
なんでこの詩を書いたかも
忘れちゃったけど、
まあ、面白い。
ぶぶん、じゃんじゃん。
ぶぶん、じゃんじゃん。

そう言えば、
俺っちって、
詩って、
どんどん書いて、
どんどん忘れるってこっちゃ。
ぶぶん、じゃんじゃん。
ぶぶん、じゃんじゃん。

 

 

注 この詩が見つかったいきさつ。破かれたノートの切れ端に書かれていた。そのノートはちょとメモ書きして、放り出してあったそのノートで、麻理が病気上がりの猫が食べた餌の量を記録するの使うというので、初めからのメモの12ページを切り取った。そこに書かれていた、発表されたこともなく、捨てられるかもしれなかった詩だ。このノートの切れ端の初めのところに「窓辺の構造体」というメモがあるので、この詩が書かれたのは、おそらく「窓辺の構造体」が1996年9月に書かれたので、詩の頭に10/15とあるからその10月15日に書かれたと思える。