3人娘が来る!

 

辻 和人

 
 

イチ
ニィ
サン
3人の

来る
来るぞ
やって来る
どうしよ
「ドーシー、ヨォーヨォーヨォー。」
輪っかの形でぷかぷか浮かぶ光線君ののんびりした声
光線君は「お客さん」の重みなんかわからないもんなあ
どうしよぉーよぉーよぉー

互いの家族は別として
結婚してからお迎えするお客様第一号
3人ともミヤミヤの職場に関係する方たちだ
同僚のHさんとWさん
以前職場の医務室に勤めていたMさん
皆さん独身
「これから私の大切なお友だち3人をお迎えしますからね。
かずとん、粗相のないようにしてね。」
イチ
ニィ
サン
3人娘だ

ぼく、慣れてないんだよね
「お客様」ってのに
思えば祐天寺のアパート、誰も入れなかったなあ
母親が一度様子を見に来てくれたきり
ファミちゃん、レドちゃんは毎日来てくれたけどさ
そんなぼくにホスト役が務まるのかな?
昨日は念入りにお掃除
普段サボッてる床の拭き掃除もバッチリやった
散らかり気味だったかずとん部屋も片付けた
約束の正午まで1時間
「かずとん、かずとん。
私、お料理頑張るから飲み物買ってきてくれる?
それから連絡きたらバス停まで迎えに行ってあげてね。」
はーい、はいはい
いなげやで白ワインとウーロン茶とオレンジジュースを買って帰ると
ジィー、ミヤミヤの携帯が鳴った
観念だ

「カーンネン、ネーン、ネン。」
輪っかの輪郭をぷっくぷっくさせながら光線君がついてくる
お気楽でいいな、光線君は
バス停には2人の女性が立っている
あれ、3人じゃない
「辻さんですか? 今日はありがとうございます。
実はWさん急用ができて1時間ほど遅くなりそうなんです。」
小柄で丸顔のH さん
メガネをかけて長身のMさん
3人娘のうちの2人娘
やって来ちゃった
キンチョーしてる場合じゃないぞ
「今日はわざわざ足をお運びいただきありがとうございます。
家はすぐそこです。」

3人娘のうちの2人娘
にこやかだけど
キョロッと目力強し
背丈も髪型も全然違うのにどことなく感じが似てる
「かずとーん、2階を案内してあげてーっ。」
キッチンでいまだ奮闘中のミヤミヤが叫ぶ
「えーっと、ではこちらへどうぞ。階段は急なのでお気をつけてください。」
好奇心をキラキラさせてついてくる3人娘のうちの2人娘
「セボネー、セーボーネー、ザウルスーッ、ココ、セーボー、セーボー。」
工事中の家が恐竜だったことを知ってる光線君
ゆっくり階段を昇る2人の頭上を輪っかになってくるくるくるくる
「ここはフリースペース、このパキラはミヤコが10年育てたものです。」
「ザウルスーッ、アゴー、アーゴー。」
「ぼくの書斎です。
本棚に入りきらなかった本は恥ずかしながら箱詰めして積んでます。」
「キバー、スルドーイー、ザウルスーッ、キバー、バー。」
「こっちが寝室で、ミヤコの部屋も兼ねてます。」
「メーダーマー、ガンガン、ガンキュー、キュー、ザウルスーッ。」
光線君も頑張ってお客さんにお部屋をご案内している
「お客さん」をいつのまにか理解している光線君、えらいぞ
「素敵なお家ですねえ。明るくて周りも静かですねえ。」
説明する方向にキョロッ、キョロッと首を動かす
3人娘のうちの2人娘
礼儀正しいし、フレンドリーだし
さすがミヤミヤのお友だちだ
「ご飯できたので降りてきてください。Wさん遅れるので先に始めちゃいましょ。」

スパークリングワインとウーロン茶で乾杯
チーズと干しブドウをつまんでからアボガトとトマトと生ハムのサラダへ
「お庭素敵ですねえ。植える植物は自分で考えたんですか?」とHさん
「すっごく小さい庭だけどねえ。木は庭師さんと相談して決めたんですよ。」
「このサラダおいしい。生ハムとアボガトって最高の組み合わせよね。」とMさん
「ありがとう。アボガトって、私、昔から好きなのよ。」
ほめてくれる
何でもほめてくれる
にこにこほめてくれる
おりゃ?
ほめられると
空気がにこにこするんだな
「コーニー、コーニー、コニコニココッ、ニーニー。」
体を球状にコニコニッと弾ませ
丸い黒い目をすばやくあちこちに移動させる光線君
コニコニッ、コニコニッ
「周りは静かで緑も多いし、私もこんなところに住みたいなあ。」
ま、東京にしちゃ田舎ってことだけどね
Hさんにこにこ
Mさんにこにこ
ミヤミヤにこにこ
光線君はコニコニ
とくれば
ぼくもにこにこしないわけにはいかない
にこにこをにこにこで返し続ける
にこにこした時間
ここには否定ってモンがつけいる隙がない
「お客さん」を迎えるってこういうことなんだ

HさんとMさん、海外旅行が大好き
「前にMさんと北欧回ったことあったんですよ。オーロラきれいだったなあ。」
ミヤミヤより6つ年下のHさんが軽く宙を見上げる
「ネパール行った時困ったことあったよね。
山に登るつもりだったのに天候が悪くて2日も足止めされちゃったんです。
でも現地の人みんな親切で助かりました。」
ミヤミヤより1つ上のMさん、自らうんうん頷く
3人娘のうちの2人娘
旅の話になると目が輝きを増していく
キョロッ、キョロッ
「仕事で外国人の方とお話することがあるんですが、
するとすぐその国に行ってみたくなっちゃったりするんですよ。」
というHさん
私、世界をいろいろ旅したくて。
看護師という仕事を選んだのも職場に縛られることが少ないからなんです。」
というMさん
ミヤミヤも負けていない
「日本の外に出ると解放感が半ぱじゃないよねえ。
グアムの海に潜ってウミガメが一緒に泳いでくれた時は感動でしたよ。」
キョロッ、キョロッ
キョロッ、キョロッ
皆さん、祐天寺のアパートに閉じこもってばかりいたぼくとは大違い
れれれ、それでも
話聞きながら、ぼく
「へえ、トルコの絨毯、現地で売ってるとこ見てみたいですね。」
なんて返してるぞ、おい

良くは知らかなった人を
家に招いて
ワイン飲んでフリット食べて
お喋りして
にこにこして
ほめて、ほめられて
その輪の中になぜかぼくがいるんだよ

3年前の冬休みの朝
いつもはダラダラ寝坊しているぼくは
「よし、結婚してみるかな。」とガバッと起きた
ガバッと
ガバッと
ガバッと、だ
生身とメールして
生身とお話しして
生身と歩いて
生身と触れ合って
生身が収まる空間を作って
それから、それから
ついに、ついに
3人娘のうちの2人娘という生身が
というぼくとミヤミヤ以外の生身が
キョロッキョロッと歩いてきた
仲良く飲み食いしてお喋りして
でもって
今、にこにこした空気が流れている

おっと話題が変わった
「私、猫好きなんですよ。今度生まれ変わるとしたら、
かわいがられている家の飼い猫がいいなあ。」だって!
そんなHさんの言葉とともに
ファミとレドが空気の淀みとしてぽっと現れ
背を丸っこくさせて互いの体を舐め舐め
鼻筋をそっと撫でてやるとふにゅっと暖かくしなる
こりゃ生身だ
あったかい
チリビーンズが
Hさんの口に吸いこまれ
ワインの雫が
Mさんの口に流し込まれ
パンの欠片が
ミヤミヤの口に放り込まれ
そして
カップラーメンの器に注いだミルクが
ファミとレドの喉にピチャピチャ掬い取られ
せわしない
騒々しい
ガバッと起きてから
ついに、ついに
ぼく、こんな場面に辿り着いたんだ

「すみません、実はこれからジャムセッションに行く用事があって、
外に出なくちゃなりません。
Wさんにお会いできなかったのが残念ですが、
皆さん、ごゆっくりお話しなさってください。Wさんによろしくお伝えください。」
以前から誘われていて予定が動かせなくてね
丁寧に頭を下げて席を立つ
イチ
ニィ
サン
3人娘には会えなかったけど
3人娘の中の2人娘には会うことができた
キョロッ、キョロッ
生身だった
「ありがとうございました。セッション楽しんできてください。」
楽器を背負ってドアを開けると
11月も終わりの冷たい空気が流れ込んできた
それを搔きわけていくのは
あったかい
ぼくの生身だ
「コニコニーッ、コニ、コニーィ。」
唯一生身の存在じゃない光線君が円盤みたいな形状で回転しながらついてくる
イチ
ニィ
サン
3人の

の中の2人娘
来た
来たぞ
やって来た

 

 

 

夢は第2の人生である 第52回

西暦2017年弥生蝶人酔生夢死幾百夜

 

佐々木 眞

 
 


 

「マーサ製造所」という看板はいったい誰が掲げたのか? 「うどんそばを製造している我が家にはふさわしくないから、なんとかしろ」と、さっちゃんに迫るのだが、知らん顔してそっぽを向いているのだ。3/1

「なぜおれはなにをやっても成功するのか? それはおれが絶対に他人の真似をしないからだ」と、その男は吹きつける風に向かって叫び続けていた。3/2

ベンチで寝ころんでいる女の上を乗り越え、なおも進んでいくと、ストに参加した5、6人の労働者たちが、プラットホームに、マグロのように横たわっていた。3/3

部屋の中のニイニイが鳴き始めると、屋外のニイニイも、一斉にニイニイ鳴き始めたので、今年は豊作だと分かった。3/3

半年前に、渋谷でモザールの2台のピアノのための協奏曲を弾いていた青年と一緒に、同じ曲を演奏している。彼は「この半年間のことは全然覚えていない」というので驚いた。3/4

そいつは、私がつけた値段をコピぺしたものに、「?」マークをつけて、送って寄越した。3/4

我われは敵を見おろす高台の陣地にあって、一晩中篝火を焚いて警戒していたが、それは大平原の覇者と称されている敵だけに、一瞬の油断も許されなかったからだ。

アライサの元芸人は、ブースの中に一室を与えられていたが、特に仕事はなさそうだった。私がシエラザードのビデオをつけると、珍しそうに眺めていたが、お互いに一言も交わさずに別れた。3/5

そのホテルの支配人は、「うちでは1年間どんな忘れ物でもお取り置きしてあります」と言って、様々な貴金属や本やカバンを見せてくれた。3/6

展示会では、5社中2社からのサンプルが間に合わず、バイヤーからクレームが殺到した。3/7

サルマ川に着いたのは、もう夕方だったが、急激な引き潮の余波で、浅瀬には無数のバルウオがバチャバチャと跳ねまわっていたので、私らは手当たり次第に収穫して、晩御飯のおかずにした。3/7

久しぶりに7人の妾を夜の友としようと呼び出しをかけたのだが、誰一人としてやって来ないので、7軒の家を訪ねて、次々にベルを鳴らしたが、誰も出てこない。きっとどこかで7人で談合しているのだろう。3/8

予約しようと思って帝国ホテルへ行ったら、どういうわけだか、フロントに大勢の子供たちが列を作って並んでいたが、夜になると、子供もフロント係も、お客も、誰もいなくなった。3/9

夏の夜、体育館でブラブラ遊んでいると、誰かが「このパンツを、あんたに穿かせてやろう」と叫んだので、私は「僕は嫌だ。Tに穿かせろ」と言いながら逃げ出したが、とうせんぼしていたY子が、私の胸をドンと突いたので、私はその場でひっくり返ってしまった。3/10

空を眺めていると、世界中からタイキ者がやってくる。何をなぜ待機しているのか知らないが、アルゼンチン、アメリカ、イタリア、ウクライナ、ウズベキスタンのアイウエオ順で、世界中からタイキ者がやってくるのだ。3/11

アマゾンのタイムサービスで、私は一瞬の隙をついて、日本列島全域の不動産を買収してしまったのだが、その翌日から資金繰りで七転八倒することになってしまった。3/12

河出の文学全集の欠本をアマゾンで検索したら、なんと7億円の超高値がついていたので、これは妙だなと思いつつ、こないだの宝籤で7億円を当てたばかりの私は、ひょいとクリックしてしまった。3/13

自室に戻ると、数人の男女が談笑しながら煙草をふかしていたので、私は激怒して「お前たち! いったい誰の許しを得て入って来た。ここはおらっちの部屋だ。即刻出ていけ!」と怒鳴ったのだが、彼らは知らん顔している。3/14

九龍ホテルに連泊している私の部屋には、毎晩見知らぬ客が訪れたが、ある晩電通のフルカワと名乗る男から、私は2本のラジオ・ドラマの脚本を依頼された。
しかし私は生まれてこの方、ドラマのシナリオなんて書いたことがないので、はてどうしたものかと、悩みに悩んだ。3/15

下宿のおばさんは、万年床の少女探偵にほとほと愛想を尽かしていたが、かといって彼女を追いだそうとはしなかった。3/16

建築業界の若きボスとなって君臨しているかのように世間では噂されている私だったが、しかしてその実態は、若い妖艶な情婦の言いなりになる男奴隷なのだった。3/16

死の床に就いていた老将軍は、私を招いて遺言しようとしていたが、そうはさせじと悪代官がうろちょろするので、私は酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせている将軍の枕元に、なかなか近づけないでいるのだった。3/17

「ウスイと申しますが、キョウセンさんはいらっしゃいませんか?」という声がした。
すると路地の奥から声がして「おや、あのときのウスイさんですか。あれは10年前でしたね。でも昨日のことのようによく覚えていますよ。今日の出物は何ですか?」
という声が聞こえた。3/18

中国へ飛んだら、大きな変化が起こっていた。それは「情から無情」ということで、まさしくこれこそが、かの国の政治経済社会に決定的な影響を及ぼしていたのである。3/19

久しぶりに春闘で満額回答を勝ち取ったというのに、米原産業の労働者諸君に喜びの表情はこれっぽっちも見えなかった。みんな安倍蚤糞の所為だった。3/20

私が眼を瞑っていると、耳元で「センセ、ワダエミのこたあ、もうお忘れになったほうがよござんすぜ」という男の声がした。
ワダエミって誰だろう? 眼を見開いた私は、早速検索してみようと思ったのだが、あいにくどこにもPCなど見当たらなかった。3/21

満月の光に煌々と照らしだされて、真昼のように明るい大空の彼方から、突如巨大な惑星が大接近してきたので、驚いて見詰めていると、その惑星から打ちだされた無数の岩石が、我が家に押し寄せてくるので、私は妻子ともども、命からがら逃げ出した。3/22

銀座で4人でお茶していたら、紅一点のイラストレーターのカワムラさんが、突然「あなたたちは男根の世代なの?」とよく通る声で叫んだので、われわれ男どもは、手に持った紅茶のカップを、思わず取り落とすほど動揺した。3/23

昔のDurbanの服を着てみたら、思いのほか塩梅がよかったので、「なかなかいいなあ」と呟くと、そんな私をじっと見つめている女性がいるので、誰かと思ったら、もうとっくにこの世の人ではないコンドウ嬢だった。3/24

新書館と打ち合わせをするために、原宿の竹下通りを歩いていた私は、突然アオキ嬢がいなければ行っても無駄だと気付いたので、急いで会社に引き返そうとしたのだが、歩いている途中で、自分はいったいなんのために引き返すのかを忘れてしまった。3/24

生死を賭した菊人形劇の最終番で、私はコースを外れてしまったので、途方に暮れている。果たして本来の道筋に戻れるだろうか。3/25

そこはまことに夢のような楽園であったが、私は涙を呑んで、泣く泣くそこから立ち去らねばならなかった。3/26

犯人の井桁の紋どころの男は、どさくさまぎれに逃げ出そうとしたが、私が背後から首をギュッと締めたので、ようやく大人しくなった。3/27

「カルメン」でドンホセを歌った私は、カーテンが降りるや否や、気を失ってしまったが、劇場全体を覆い尽くす「ブラボー!」で意識を取り戻し、一緒に手をつなごうとカルメンを探したが、どこにも見つからなかった。3/28

昼飯を食おうと思ってパスタを注文したら、ぬあんと真っ白な肩を出した白雪姫が、席まで運んでくれたので大喜びしたのだが、白雪姫ときたら、真っ赤な唇を開いて麺を1本ずつおいしそうに吸い込んでしまうので、「僕にも早く呉れよ」と催促したのだが、彼女は皿を持ったまま引き返してしまった。3/31

 

 

 

鎌倉橋

 

道 ケージ

 
 

雨の
鎌倉橋の交差点で
死んだS君と会う
とても急いでいるらしく
フードをかぶって
こっちには目もくれず
走り去った

鎌倉といっても鎌倉ではない
東京大手町のビル街
そのはずれ

死んでも働いているのか
近頃
死んだ人と会うことが多いのは
どういうことだろう

オヤジとはしょっちゅう
といってもいいぐらい
オヤジの禿げ頭が
「ああ、そうかねぇ」

交差点を過ぎ
首都高下
暗い日本橋川
これが鎌倉橋
上から水漏れのように降り注ぐ音
逆? いや逆じゃない

躑躅の大刈り込みが
真っ二つ
血液図のような横っ腹を見せ

橋桁に空襲の跡が
胃壁の腫瘍のよう
しつこさにかけては
Sのマルクスなみ

これからどこへ行くか
忘れてしまう
黒い人たちは皆忙しそうで
誇らしげだ

 

 

 

午後

 

萩原健次郎

 
 

 

ぼくはいつもぶらさがっているなにか、姿形が判然としないもの
を遠くから見つめている。眼の端に揺れている黒い塊。生き物な
のかそうでないのか。いや、実在していないものをそこにあるか
のように錯視して、気にしているのかもしれない。生きているも
のであれば、少しは身を動かすのだが、それは、ただ風を受けて
ぶらぶらしているだけなのだ。

近づいていく。惹かれているのでもない。黒い塊とぼくの引力と
か重力だとかの関心の間で、強いられて塊の真下まで歩いていく。

――なああんだ、
と思った瞬間に、ぼくは彼岸の人になっている。

ぼくの生などという代物は、だれかの対象なのであって、ぼくが
なにかを対象にしようなどと思うことはないのだ。

川岸を歩いて、すこし先になびいている桜の古木の下まで行き、
そこを通過していく。

無音。
――ぴーぴーぴー
鳴っている。

音があるのに、それもまた覚ることもなくぼくを通過していく。
鳥もまた、彼岸の生の懸命なのだろうから、ぼくの対象にはなら
ない。

すべての行いを不信に思ったとしても、もう埒外の懸命だろうが
と言いかけて誰にも語らない。

午後と決めた人はだれなのか。

真昼を過ぎたら、枯れていく。ぼくは対象として捨てられる。

――みんないっしょに

季節はずれの、狂院の盆踊り。
いつのまにか、終わっている。

 

空白空白空白空白*西東三鬼に
空白空白空白空白空白空白空狂院をめぐりて暗き盆踊  の句がある。

 

 

 

家族の肖像~「親子の対話」その20

 

佐々木 眞

 
 

 

お父さん、山手線ぐるぐる回ってるね。
うん、回ってるよ。
内回り、外回りですお。
うん、そうだね。

お母さん、マンゾクってなあに?
良かったなあと思うことよ。
余はマンゾクじゃ。

お父さん、将棋は攻めるんでしょう?
なるほど、攻めるのかあ。

お母さん、さまようってなあに?
あっちへ行ったり、こっちへ行ったりすることよ。
さまよう、さまよう。

「アーメン」は、祈ることでしょう?
そうだね。

お父さん、勝浦旅行でお土産買ってきますよ。
そうですか。ありがとう。

「そんなもんうけとれねえ」、とシュウがいいました。
なにそれ?
「風のガーデン」だお。

お母さん、どうも、ってなに?
どうもありがとう、のことよ。
どうも、どうも。

お母さん、バージョンてなに?
いろんな版のことよ。

お父さん、おはよう!
おはよう、耕君。

お母さん、ご飯の支度をしてください。
ハイハイ。

ときめくって、なあに?
どきどきすることよ。

お母さん、今日キノコご飯にして。
わかりました。

あした図書館行って、ファミリーマート行きます。
わかったよ。

お父さん、虫歯の英語は?
ううううう

お父さん、高いは高橋の高?
そうだね。

ぼく、ウチワ好きですお。
そうなんだ。
ウチワ、暑い時あおぐものでしょ?
そうだよ。
ぼく、ウチワ好きですお。

お父さん、必死は?
一生懸命なことだよ

お父さん、ワサビは畑だよ。
そうだね、ワサビ畑でできるんだね。

お母さん、とおりゃんせって、通ってくださいのこと?
そうですよ、♪とうりゃんせ、とうりゃんせ、こーこはどこのほそみちじゃ。
とうりゃんせ、とうりゃんせ。

お母さん、スーパーヒーローってなに?
すごい中心人物のことよ。

ぼく、お母さんとお父さん、信じていますよ。絶対信じていますよ。
ほんと?
ケンも信じていますよ。

松島さん泣いていたよ。
うん、泣いてたよねえ。悲しかったんじゃない。

お父さん、落ち着くの英語は?
カームダウンかな。
落ち着く、落ち着く。

嫉妬はうらましがることでしょ?
うん、まあそうだね。

♪らららラララララ。森のくまさんだお。

いとしの耕君、いとしはどんな字?
愛だお。
あったりい!

お母さん、今後ってなに?
これからのことよ。

ぼく、国語大辞典好きですお。
そうなんだ。

お母さん、甲子園てなに?
野球場よ。
甲は申すにちょっと似てるよねえ。
そうねえ。
でもちょっと違うよねえ。
そうねえ。

無くなる電車、廃車でしょ?
うん、まあそうだね。

「家に鴨」でアヒルでしょ?
そうだね。

お父さん、回数券買った?
買ったよ。

連佛さん、録画した?
したよ。

ぼく、ハスとサトイモとクワイ好きですお。
お母さんもよ。耕君、おばあちゃんちのクワイ見ましたか?
ぼく、見たよ。

お母さん、やりたい放題ってなに?
好きなことばっかりやることよ。耕君やりたい放題なの?
違いますよお。

 

 

 

「言葉なき歌」の方へ

さとう三千魚著「浜辺にて」を読んで

 

佐々木 眞

 
 

 

2013年の10月にツイッターで「さとう三千魚」という人の詩を見つけた私は、とてもよいと思い、お願いしてfbの友達に加えてもらいました。

すると翌年の7月のある日、さとうさんから、「自分が主宰するweb詩誌「浜風文庫」になにか書いてみませんか?」というお誘いを頂き、うれしくてうれしくて、得たりやおうとばかりに「夢日記」を連載させてもらったのが、そもそものはじまりでした。

佐藤ではなく「さとう」とひらいた名前と、そのアイコンの優しく柔らかなイメージから、なんとなく少女のようなイメージを懐いていたのですが、それは私の勝手な思い違いで、実際にお目にかかった「さとう三千魚」選手は、スーツをきちんと着こなした立派な社会人であり、隆とした男性詩人でありました。

そのとき、さとうさんは、「毎日毎日大工がかんなくずを削るように毎日毎日詩を書いていきたい」とおっしゃたので、「それは凄い。それってまるで詩の修行僧ではないか!」と思ったのですが、この直観は当たらずとも遠からずだったといえましょう。

さて、肝心の詩集の話です。

作者の前の詩集「はなとゆめ」(無明舎出版刊)は、どちらかといえば薄い本でしたが、今度の詩集はものすごく部厚かったので、とても驚いた。
部厚いけれども、非常に軽い。そして使われている紙が、昔懐かしい藁半紙のような柔らかい紙だったので、またまた驚いた。

私はイギリスのペンギン・ブックスから出ている<THE PENGUIN Guide to Compact Discs>というクラシック音楽CD批評の部厚いカタログが大好きで、毎年丸善か紀伊國屋で購入して、夏の昼寝の枕に使っていたのですが、まさかそんなスタイルの詩集が登場するとは夢にも思わなかったなあ。

桑原正彦画伯による、邯鄲の夢のようにほのかなタッチの表紙の絵も、今回の「浜辺にて」という表題にぴったりです。

この本を開くやいなや、たちまち作者が愛してやまない故郷の海の光景が広がってくる。
青空を飛ぶ雲、寄せては返す波の音……
白い渦が泡立つ浜辺からは、磯ヒヨドリやカモメたちの鳴き声が聞こえてきます。

愛犬モコと一緒にそれらに見入り、大いなるものと一体になっている作者は、もしかするとこの世の人ではないかもしれぬ。
自然と永遠に溶け込んでいる存在、実在と非在を行き来する夢幻のような存在、作者の言葉を借りれば、「この世の果てを生きるしかない」存在かもしれません。

ふだん一個の生活者として暮らしている私たちは、言葉を持たない。
持たないけれど、四六時ちゅう、「ない」言葉を発している。
人間界も自然界も、全世界が「ない言葉」で満ち満ちている。
その「ないはずの言葉」にじっと耳を傾け、観取し、共感し、随伴する言葉を発する人が、さとう三千魚という詩人なのでしょう。

中原中也には「言葉なき歌」という詩があり、メンデルスゾーンにも同名のピアノ作品がありますが、この詩集のいたるところから聞こえてくるのは、作者みずからが言う「コトバのないコトバ」、言葉以前の言葉、言葉の果ての言葉、なのです。

父母未生以前のなんじゃもんじゃ珍紛漢紛蒟蒻問答はさておき、今度の詩集には楽しい仕掛けと言葉遊びがちりばめられています。

それはまず、日付のある日録ドキュメンタリー風の展開です。
かんなくずを削るように、「日にひとつのコトバを語ろう」と作者は言う。

次に作者が採用したのは、なんとツイッターの「楽しい基礎英単語」から自由に引用されたさまざまな英単語を枕詞にして、そこからおのずと引き出される思い出や森羅万象への想念を、間髪を容れず即興的に書き綴るという大胆不敵なライヴポエム手法です。

たとえば、2013年10月29日の<fish 魚>という項目の詩は、こうです。

 

ひかりの中で揺らめいていた

明るい川底の
小石のうえの魚たちは揺らめいていた

コトバは
なかった

すべてだった
すべてだとおもった

水面に太陽が光っていた
水藻がゆらゆらと揺れていた

丸い眼をしていた
魚たちにコトバはなかった         (引用終わり)

 

ここには、一匹の魚になって魚たちと合体している少年がいる。
そうしてこの世で生きることの意味、世界の、宇宙の摂理を一瞬で体得した一人の元少年がいる。

さらに私たちは、百科全書的な言葉遊びを超え、宇宙の本質をみつめ、事物を自分の目と言葉で再定義しようとする一人の哲学者の心意気をも感じ取ることができるのではないでしょうか。

最近作者が熱海駅で倒れたという突然の報は衝撃でしたが、前途有為な詩人の一日も早い回復と新たな飛翔を願ってやみません。

 

*「浜辺にて」(らんか社刊)
https://www.amazon.co.jp/%E6%B5%9C%E8%BE%BA%E3%81%AB%E3%81%A6-%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%86%E4%B8%89%E5%8D%83%E9%AD%9A/dp/4883305031/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1499088428&sr=1-1

*「はなとゆめ」(無明舎出版刊)
https://www.amazon.co.jp/%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%A8%E3%82%86%E3%82%81_%E8%A9%A9%E9%9B%86-%E3%81%95%E3%81%A8%E3%81%86%E4%B8%89%E5%8D%83%E9%AD%9A/dp/4895445887/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1499088428&sr=1-2

 

 

 

空っ梅雨

 

正山千夏

 
 

たれこめた灰色の雲たち
薄日が肩をあたためて
そこになかった体温を思い出させる
気だるい歌にも飽きた
ただひきずるように重い足取りが
わざと遠回りして
陽の当たる電車に乗ったのだった

暑苦しく吹き出す緑たち
それでも束の間の地上滞空時間
今日は地下には潜りたくない
シートに腰掛けてスマートフォンと心中していく人びと
エスカレーターに乗って欲望と心中していく私
終点で降りると
今日は歌いたくない駅なのだった