母乳卒業

 

辻 和人

 
 

これが、あの
ミヤミヤのおっぱい
丸々した丘から黒紫の鎌首がギュン
もたげる
奇怪、だ、禍々しい、だ
ミヤミヤのおっぱいと言えば
さらっとした平地にピンクのボタンがチュンって乗ってるのが
定番の姿
これが、あの、だ

今日はコミヤミヤとこかずとんが母乳卒業する日
赤ちゃんには母乳が一番ったって
いっぺんに2人分だからね
鎌首差し出せばコミヤミヤ夢中でしゃぶる
こかずとんも夢中でしゃぶる
でも口に含んで乳の出が悪ければ
ギャンギャン泣いちゃう
それでもミヤミヤはただのミヤミヤじゃなくてミヤミヤママ
母の愛の乳を
ちょっとでも飲ませたい
だから寝静まった後の薄暗い光の下で
1人黙々搾乳機で乳しぼり
黒紫の鎌首がギュン
絞っては冷凍
パックに詰めて冷凍したら解凍
レンジでチンして哺乳瓶のミルクに混ぜる
混ぜちゃったら市販のミルクと区別できないだと?
そんなの問題じゃない
母の愛が問題だ
絞って絞って3カ月
だけどもう卒業してもいいかな

今日は絞った奴じゃない、ナマのをどうぞ
今コミヤミヤの口がミヤミヤの黒紫の鎌首に
吸いつく、吸いつく
コミヤミヤ、目つむってちゅぱちゅぱに集中
お口に流れ込んでくるものにうっとり
実はコミヤミヤは鎌首くわえるだけでもうっとり顔なんだ
お次はこかずとん
こかずとんは何たってミルク飲み
乳の出が悪いと大泣きしたりするけど
今日は出る出るぅ
右手で鎌首しっかりキープして力強くちゅぱちゅぱ

ちゅぱちゅぱがピンクを黒紫に変えてきた
ちゅぱちゅぱがボタンのチュンを鎌首のギュンに変えてきた
コミヤミヤとこかずとんの口に母の愛が白く流れ込んで
母の愛が母の形を変えてきた
母の愛がボタンのチュンを鎌首のギュンに変えてきたんだ

「ミヤミヤ、お疲れ様でした」
胸元拭いてるミヤミヤはちょっと寂しい笑顔
「お疲れ様。
 最後の授乳だったけど2人にはいつもと同じだったね。
 明日からは少し余裕ができるかな」
仕上げの粉ミルクも飲み干したコミヤミヤとこかずとん
お腹いっぱいになって爆睡してる
その爆睡の裏に
かずとんパパが幾ら頑張っても手の届かないものがある
ママはやっぱりパパとは違うんだね
心の中で呟いたら
黒紫の鎌首がギュンっと頷いた
丸々した丘から首をもたげているものは
これから徐々に平地のピンクのボタンのチュンに戻っていくだろう
ミヤミヤママ、ありがとう
奇怪で禍々しい、ありがとう

 

 

 

よくみる人

 

野上麻衣

 
 

たとえば、声。
目のすみ具合、
肌のいろ、
起きたての体のうごき。

まいにち
そのときのいのちのあるを
くらやみの中で目をこらす、
おう、
とき。

どちらかが
きげんのわるい日は
目がさめたらぶつかる。
どちらがご飯をつくるかでけんかする。

くりかえす日々の
さいごのさいご
だれがいつなにする決まりを
ほおりなげた。

からだは
その日、そのときを生きるようになって
よく、みて
よく、きいて
よく、しるように。

 

 

 

たちまち朝の終わりかな

 

工藤冬里

 
 

https://youtu.be/exGprMKGZ1I?si=EFHloriBSAPfnsNu

1月2日
ナマコ荒れ 今年ももう終わりだな
1月4日
ポアの発想が完全に乗り越えられたいま、生きているだけで幸せと思えという使い古された言い草も俄然真実味を帯びてきた。そして自分が神だというような流行りの足掻きも遠い過去のものとなった。
1月7日
万能感に浸りながらの復讐は集合的無意識をいびつなかたちで現実化していくが、その(復讐の)あれこれを万能者に明け渡すことによってのみヒト科の一般意志は乗り越えられる

https://www.instagram.com/reel/C1RL8XDrc2z/?utm_source=ig_web_button_share_sheet

 

 

 

#poetry #rock musician

パダン、パダン

 

駿河昌樹

 
 

   Il dit : « Rappelle-toi tes amours,
   Rappelle-toi puisque c’est ton tour.
   Y a pas de raison pour que tu ne pleures pas
   Avec tes souvenirs sur les bras. »

         Edith PIAF : Padam padam
         Lyricist: CONTET HENRI ALEXANDRE 
         Composer: GLANZBERG NORBERT

 

世間のことはみな無常だ
どんどん変わっていってしまう
という
諸行無常

なにひとつ自分の思うようにはならないし
なにもかもイヤで苦しい
という
一切皆苦

じぶんのものなどどこにもないし
どこにもじぶんなんていない
という
諸法無我

これら
仏陀の説いた基本の三つを
三法印というが
これを集中的に学ばされているのが
いまのガザのひとたちだろう
いまだけでなく
何十年にもわたっている

しかし
あのさまを見て
とりあえず
こちらは関係ない
などと思っていれば
すぐにも
これらの基本法則についての確認は
抜き打ちテストのかたちで
どこの
だれにでも
襲いかかってくる

諸行無常
一切皆苦
諸法無我

まるで
エディット・ピアフの歌った
『パダン、パダン』のように

   おまえがどんな恋愛をしてきたか
   さあ
   思い出しておけ
   いよいよ年貢の納めどき
   おまえの番が来たんだからな
   泣かないで済ませられるはずはないぞ
   思い出ぜんぶ
   抱きしめたままでな

 

 

 

荷一つでぬかるみ歩む 冬景色

 

一条美由紀

 
 


欲しいのは、
気持ちのいい会話と小さな満足感

 


失敗の数と叶う夢の数はイコールではない
でも後に残るベンチには誰かの言葉が揺れた

 


狂気と理想はいつも混在してる
狂気を一枚ずつ剥がしたら、
赤ん坊の私が生まれた。

 

 

 

家族の肖像~親子の対話 その68

 

佐々木 眞

 
 

 

2023年10月

「よごさないでね」、とホソカワさんいってくれたよ。
そうなんだ。

ならぬって、してはいけないのこと?
そうだよ。

フクモトリカ、「こんど充電してね」っていうでしょ?
なぬ?

お父さん、明日ビデオにとってね。
分りましたあ。

お父さん、大好きですお。
ほんとかな?
ほんとですお。

お母さん、早く良くなってね。
分りましたあ。

お父さん、お母さん、良くなった?
もうちょっとね。
もうちょっと?
そう、もうちょっとだよ。

お母さん、薬のんだ?
のみましたよ。

マコトさん、死んじゃったよ。
誰が?
タケナカさんが。
ああ、昔のドラマね。

お父さん、御飯ですお。
分りましたあ。

お母さん、今日、美容院いったの?
行きましたよ。

もりだくさんてなに?
いっぱいいっぱい、ってことよ。

お父さん、販売課は第2作業室でしょ?
そうなんだ。

お父さん、お母さんは?
さて問題です。お母さんは、どこへ行ったでしょう?
おばあちゃんち。
ブブー。
岸本歯科。
ピンポン。

コウ君、こんどキシモト歯科いって、虫歯なおそうか?
い、いやですおおおおお!
なんで。抛っておくと大変なことになるんだよ。
い、い、いやですおおおおお!

 

2023年11月

コウ君が「1万円探してください」、だって。
なぬ? 生きがい探してください?
生きがいじゃなくって、1万円札よ。

お父さん、ぼく電気つけておきましたお。
ありがとう。

お父さん、あしたハシモトカンナのビデオとって。
今度はカンナちゃんですか。はい、分りました。

お父さん、ごはんにしよ。
はい、分りましたあ。

くらもちさん、ボランテイアだったでしょう?
そうだね。

お父さん、録画した?
しましたよ。
お父さん、録画した?
しましたよ。

私はイヤミです。ぼく、イヤミ好きですお。
お母さんも。

ぼく、ウエハラミツキとハシモトカンナ、好きですお。
そうなんだ。

旅立つって、なに?
あの世にいってしまうことよ。

旅立つって、引退でしょ?
そう、引退も旅立ちだね。
お父さん、ビデオ終りました。止めてください。
わかりましたあ。

取材ってなに?
いろいろ調べたり、聞いたりすることよ。

おじいちゃん、おばあちゃん、死んじゃった?
死んじゃったね。

中井貴一、最後おうちに帰ってくる?
病気になって死ぬためよ。

「ぜひ」「どうぞ」でしょう?
そうね。

 

2023年12月

お父さん、録画してくれた?
したよ。バッチリ録画したよ。
ハ、ハイ。

オクラ、にゅるにゅるですお。
そうだね、にゅるにゅるだね。

ちなみに、ってなに?
じっさいのところ、よ。
アベヒロシ、ちなみに、っていいましたよ。

お母さん、今年年越しそば食べますよ。
食べましょうね。

コウ君、今年なにどしだったっけ?
ウサギですお。
来年は、なに年?
クマ年ですお。
クマ年かあ!

お母さん、ほんまにって、なに?
ほんとうに、のことよ。

お母さん、寝てくださいね。
分かりました。

お母さん、良くなってね。
だいぶ良くなりましたよ。

お父さん、録画した?
したよ。
DVDにしてくださいね。
するよ。

イエヤス、国のことでしょう?
そうね、国のことをやったのね。

ぼくマツモトジュン、すきですお。
そうなんだ。