帰ってみれば *

 

シンガポールに行ってきた

女と
行ってきた

シンガポールは
金融と情報と娯楽の多民族国家だった

ナショナル・ギャラリー・シンガポールで

Lee Wenの
イエローマンのビデオと写真を見た

Lee Wenは
2019年3月3日に

死んだ
この世にはいない

夜にはナイトサファリというツアーで動物たちを見た
夜の動物たちは小さく集まっていた

吠えなかった
話さなかった

翌日は
インド街に行き

辛いカレーを食べた
西瓜ジュースを飲んだ

それからベイエリアで
植物園を歩き

夜には光のショーを見た

翌朝
シンガポール航空で羽田に向かい

こだまで
帰ったきた

帰ってみれば *
モコはいない

ガランとした蒸し暑い部屋がいた

モコは
動物病院のホテルに預けていた

 

* 工藤冬里 詩「なりすましのバラード」より引用

 

 

 

パラレルワールド

 

田辺 弓

 

 

雨上がりの土手の道

足もとに光る草むら

泣きつかれたこどもみたいな

一日のおわり

しずくは数珠のように連なって

緑のなかでゆれる

逆さまの世界は

 

パラレルワールド

わたしたち、どこにいる

 

運動場にね、白線を引いたでしょう

あの線の 向こうとこっち側

わたしには超えられない

新しいスニーカーのかかとで

踏みにじったらたやすく消える

あの線の 向こうとこっち側

雨が降ったり

風で巻き上げられたり

小さな足あとを残す笑い声に

晒されるだけでさえ

消えて

消えてしまう

 

そうしたら

入り口も出口も

どこにあるのか分からなくなって

ひとは

道を塞がれた蟻みたいに

戸惑い、

困惑して、

ウロつき回り、

訳もわからぬまま、

それでも闇雲に、

とつとつとやたらな方角に進むのみ

 

あの線の向こうとこっち側

わたしとあなたを分けている

あの線の

 

それでも

入り口と出口を

探して

首を振ったり

ターンしたり

うつむいたり

四つん這いになったりしながら

途方に暮れて

空を見上げる

 

夕暮れどき

波のような雲

空の果て

 

雲が

やさしい身ぶりで

ゆれる

あの線をまたいだ

向こうとこっち側

あの線の

向こう へ

いける気がして

 

 

 

人とそのお椀 06

 

山岡さ希子

 
 

 

無理な体勢 どうしたいのか 座り込み 両手でお椀をしっかり掴み 思い切り前かがみ 両足の間から 股の下に両腕を押し込み お尻の下にお椀を送り出す ちょうど肛門の下に お椀がくるように つるりとした身体で 性別不明 頭と目は少し前の方を向いている