満天

 

原田淳子

 
 

 

かなかなの鳴く宵には
いのちのかけらが降ってくる

月のない夜に
羽根を埋める

葉の指さすあの西の明星をごらん

あれは
死んだ者たちがもたらしてくれる未来
いのちあるぼくたちにおくってくれる暁の光

『詩の国に住むことにきめた』
夢のつづきを描くのだって、
微笑んだ彼はそこにいるのだろう

きみもともにゆこう 
新しい朝が生まれるところ

ぼくたちはそこで花のようにとべるだろう

 

 

 

また旅だより 59

 

尾仲浩二

 
 

フランス、アルルでのフォトフェスティバルも終わってマルセイユに移動
アルルの駅は旧式で、向かいのプラットフォームへ線路を潜らないといけない
スーツケースが重いがエレベーターもエスカレーターもない
炎天下のプラットホームに20分遅れで列車はやってきた
ヨーロッパのホームは低いので荷物を抱え上げるのが大変
車内はクーラーが効いていてやっと汗が引いたと思った頃
片田舎の駅に停車したままいつまでも発車しない
そのうちエアコンが止まり送風も止まった、窓は開かない
ちなみにこの時の気温は37度
客は車外に出て車体の陰でタバコを吸っている
しばらくして車掌がもうこの列車は動かないと言った
重い荷物を下ろして駅の外へ出るがどうしようもない
給水のためのペットボトルが運ばれてきた
駅のトイレはひどい状態らしく誰もが扉を開けては諦めた顔をしてすぐに閉める
車掌からの指示があり、多くの人は反対方面のホームからアルルへ引き返して行った
僕らは駅前に一軒だけある食堂でビールを飲みながら呼んでもらったタクシーを待った
翌朝、恐ろしい痛さでベッドから起きれなかった
はじめてのギックリ腰だった
それが7月11日の朝のこと
昨日帰国したがまだ痛い
痛い

2023年7月18日 東京中野の自宅にて 

 

 

 

 

 

道 ケージ

 
 

草が昨日、獣の背のように揺れ
撫でてみようとすると
風は揺れ、揺れもどり 
緑の皮膚になる

翡翠竜の背中が
ああだった
羊歯の汁をしきりに啜っていた

水面へと続く草陰に何匹も潜む
草波の揺れ具合が違うからわかる
数えきれない程の数だ

あまりに遠いと近くに感じる
身近というのではない親しみ
抱え込まず
風が通る
風が揺らす

曼珠沙華の咲いた辺りに
今日は忘れ草が
一斉に赤橙している

まさかそんなことはあるまい
全ての彼岸は同一である
全ての過去は現在である

 

 

 

ベランダ ***

 

無一物野郎の詩、乃至 無詩! 47     yu 様へ

さとう三千魚

 
 

地上だろう

ベランダこそ
地上だろう

乾いている

なにも
置かない

洗濯物が風に揺れていた
いつまでも

風は
吹いた

そのひとは佇つだろう
そのひとはベランダに佇つだろう

佇つ

あじさいだった
青い

 

 

***memo.

2023年7月17日(月)、自宅にて、
「 無一物野郎の詩、乃至 無詩!」として作った47個めの詩です。

タイトル ”ベランダ”
好きな花 ”あじさい(青)”

 

 

 

#poetry #no poetry,no life

石垣の隙間から覗く
Peek through the gaps in the stone wall

 

工藤冬里

 
 

7.12
柿の種の形をした鳩尾に血液があつまり
浮き上がる暗いニュースは腹の上方を漂う

 

 

7.14
夏の夾竹桃の黄色い病葉はとても綺麗である。こういうものでも良いのだと思わせる刀のような力がある。

 
 

石垣の隙間から覗く
Peek through the gaps in the stone wall

息ができない
詩より酸素がない
だからdisりも聞こえない
酸素は作れない
原因と結果を共に箱に詰めて
石垣の割れ目に滑り込ませる
割れ目にはヘビがいるだろう
可愛い眼をした、、
ヘビは友達だ
唯一の、、
字が綺麗ね
そのまま本になりそう

いろいろ考えた
僕もいろいろ考えた
裏のことや表のこと
でもどうやら
問題はアダムの縫い目にあるらしい
蟻の門を渡る舟人かぢをたえ
あと一歩で完成という時に
ラフなクロスステッチで
過程のみを見せる表現方法に窓を遺し
rear gardenのwaste landに風を通した
未踏のハリネズミの裏庭に
日本と似た植生だった
地球だからね

今日も海に行った
水平線は曲がっていく
ここも南極なのだ
舵をなくした舟が
蛇をなくした割れ目から
外を見ている
ゆくへも知らぬO2の道かな

 

7.16
今年のかなかなの歌い始めがFで例年より4度ばかり低い
疲れて生まれてきたのか
生まれてすぐに疲れたのか
全てにおいて紙切れとなった世界の価値のなさをこくんこくんと噛み締めてコロナの喉に無理に水を通そうとする大見得なのか
芸能に絶望して選び取ったジェンダーの最小公倍数なのか

 

 

 

#poetry #rock musician

座った、座った

 

辻 和人

 
 

座った、座った
―何が座った?
首が座った
―首が座るなんてこと、あるのかな?
あるよ、見てご覧よ
まずコミヤミヤの両肩の下に手を入れます
首に支えはなし
きょととんきょとん目を回転させるコミヤミヤ
じゃあ、ゆっくり上体持ち上げますよ
肩前に出る、背中マットから離れる
きょとんの顔が持ち上がって
―ぐにゃりってなったりしないの?
見てて、ほぅら
首が胴体の動きに従って
にゃぐり
ついてきてる
コミヤミヤの首、まだ細い
まだまだ細い
しなりそうに、しなりそうに
ここで懸命に重力に逆らって
にゃぐりっ、にゃぐりっ
胴体から離れるなっ
逆らって逆らって
もうひと息
上体まっすぐ
ちょこん
―わぁおーっ、座ったぁ
でしょでしょ? 
首って座るんです
足はなくても座るんです
コミヤミヤのまだ細いまだまだ細い首にとって
座るって楽な姿勢じゃないけど
寝てばかりは嫌
体の上に座ってちょこんしたい
ちょこんと座れば
白い衣服に包まれた自分のアンヨが
きょとんとした目に飛び込んでくる
―感動、これがアンヨかってなるね?
アンヨだけじゃないよ
首がちょこんと胴体に座れば
おおっ、庭の柚子の木が飛び込んでくる
おおっ、さっき口拭いてもらったガーゼハンカチが飛び込んでくる
今まで見えなかったものが
にゃぐりっ、飛び込んでくるんだ
首が座ると目が忙しくなるんだよね
上にも下にも斜めにも見たいものいっぱいあるよ

―かずとんパパ、首が座るって素敵だね
ああ、首
いっつも首だった
細い首
抱っこするたび
ぐにゃり
柔らかく曲がって、それっきり、なんて
ほんとに怖くてね
お風呂の時もミルクの時も
まず首押さえた
押さえると
柔らかい重さが腕全体に零れた
コミヤミヤの首とぼくの腕が一体化する
すると不安が安心に変わって
柔らかい重さがぽっと周りの空気に広がるんだ
―首押さえたら安心がぽっと、ね
そう、ちっちゃな安心
首が座ってこれから味わえなくなっていくのは
ちと寂しいかな