げんせ/こんじょう

 

薦田愛

 
 

もつれた糸がほどけない
ふがいない指のこわばる
おもうにまかせないというのは
このことか
じぶんの指であるのに
うっと
もりあがるつぶがこぼれる
しおからく

ねてもさめても
はなかんでも
こぼれて
しおからい
ままなので
のがれる
こんじょう
いな にちじょうを
ひざからくずれおちて
のがれる
めをふせて
そのひとはむくろをはこぶ
この
むくろを
みずからの
むくろひとつを
ひきずりおろし
のがれる

ゆれてぬれて
ねがえりをうつ
ひとひふたひ
めくれあがるささくれの
かわききるまでに
たりない
たりない
ひとなぬか

ゆれてぬれて
ふるえて
もんどりうつ
むくろ
みずからの
むくろを
むかえに
そのひとは
むくろひとつを
ひきずりおろした
ところに
きて
わらっているすこし
ああ
わらって
いい
げんせ
こんじょうだった
ここは

もつれた糸を
探りなおす
指のゆがみ
探りあてられない
あの
糸のわだかまり
ああ
からむことさえ
なかったのか
届いてさえ
ないのを
それとしらずに

ゆれてぬれて
ひとなぬか
果てて
しおからい
ほおをぬぐった
むくろをはこびいれる
いえ
(家)
そのふちに
こきみどりにあけの
はむれみっしり
くちなしの花びらが
ななえ八重
おもたげに
しろく
ふくらんでいる
むくろのうちにも
ながれいる
あまく
ぬりこめる
ああ
げんせ
こんじょうだ
ここは

 

 

 

餉々戦記 (ことの始まり、あるいは前口上)

 

薦田愛

 
 

洗って剥いて刻んで煮て
にんじんあおくさい
かぼちゃかたい
じゃがいもの肌理
しいたけは石突きも捨てない
トマトを湯剥きする手順は省いて皮ごと
ほうろうの鍋の白を汚す橙いろ黄いろ
まな板が空くひまがない
二十二時
地下鉄を乗り継いで二十五分
デスクの前から家にはあっという間
でも
かき揚げ天ざる讃岐うどんや
新蕎麦に日本酒でいっぱい
なんて
寄り道のかわりに家ごはん
と言えるほどのものではないけれど
洗って剥いて刻んで煮て
ぐつぐつ
くぐつのように鬱屈する思いも放り込んで茹でたり
焦がしたりするかわりに
野菜室のすみに何かわすれていやしないか
かきわけかきわけ
ああ大根のきれはし 玉ねぎ四分の一 水菜半束
いやこれは明日のぶん
当年とってごじゅうろくのわたくし
自慢ではないが
リョウリと呼べそうなことを
ほぼ経験せずに歳を重ねた
二十代半ばに半年
(つくってくれていた親が体調をくずし
あわてて料理入門書を手に弁当ひとつに毎夜二時間)
まごまごまどわぬはずの四十代初めに半年
(涙が止まらなくなって出かけたカウンセリング先で
 まず夕食だけでもじぶんでつくりましょうと促され
 赤いパスタ白いパスタ
 赤いチャーハン白いチャーハンと
 呼んでいたあやしい一品のくりかえしを半年)
そしてこのたび
発端は
最高気温三十五度を下まわることのない八月某日
夜の炭水化物摂取はやっぱり
控えたほうがいいでしょうかと
十年かよう鍼灸の先生にふと問うや
元アスリート男前の女先生「そうね」とひと言
ゆえにその夜
唐突に洗ったり剥いたり刻んだり煮たりが
始まったのだった
そう
八月の終わり
ウェイトは一見問題なしだったけれど
みもこころもどことなく滞っていて

まっこうからリョウリといってキッチンに立つのが
面映ゆかった
ひとりっ子の生い立ちに加え
はたちで父をなくすと
あとは世話見のよすぎる母との暮らし
いちど結婚するも
諸般の事情というより周囲の懸念思惑によったろう
オヤツキケッコン
ひとり暮らしの長かった当時の夫のほうが
煮炊きの経験はゆたかだったうえ
箸のあげおろしにも講評をくわえずにはいられない母のまえでは
野菜を刻もうなどという気がうせるのは
あたりまえ

だからね

お米はとげるし味噌汁もつくれるが
そこに加えるなにひとつ
ないままに
ねえ
ごじゅうろくさい

だからね

じぶんだけのために
じぶんのたべたいものを
おもうままに煮たり焼いたり
地下鉄を乗り継いで二十五分
二十二時
ああ今夜は二十一時
この時間に帰ると
「早かったね」っていわれるんだ
母にね

カレー粉 焙煎玄米胚芽 昆布粉末
岩塩 かつお節粉末 そして水
野菜十種カレー煮のつづいたある日
豆腐や乾燥わかめに玉ねぎ椎茸を加えて
ぐつぐつ
昆布粉末を溶いちゃってね
湯豆腐ふうにしてぽん酢かけて食べた
そしてあの
伝説のメニューが生まれる
豆腐ステーキ
水切りもせずにね
木綿豆腐一丁をうすく二枚に削いで
両面あぶって
皿にのせ
しめじに玉ねぎ人参なすなんかを
塩こしょうして炒めたのをたっぷりトッピング
ぽん酢をざぶざぶかけてむしゃむしゃ
おお
二十一時
あるいは二十二時の
じぶんだけのための煮たり焼いたり
にたり
にんまり
ほころんでしまうくらい
いい
うんまいっとひとりごち
いやね毎日こしらえていた
野菜のカレー煮や湯豆腐ふうだって
けっこう美味しく食べていたんだが
いずれにせよ今夜のだって
リョウリと呼べるほどのものではあるまいが
それでもこれは
誰かに食べてもらってもいいのかな
いや
食べてもらうあてもないけれど

箸が止まる夜半
ことの始まり
これがはじまり

 

 

 

り・わたくし、りり・わたしたち

 

薦田愛

 
 

ねえユウキ
わたしたちの家のなかって
リサイクルショップとジモティー
加えて最近では
クリーンセンターでずいぶん
調達しちゃってるよね
「そうだね。すごくいいシステム。必要なところにちゃんとつながる、つなげてる」
ほんとうにいろんなモノ
あつかってるよね
ベッドやセンターテーブル、本棚にパソコンデスク、ダイニングテーブルに椅子
下駄箱にリクライニングチェア、灯油ファンヒーター
洋服にバッグ、洗濯機やトースター、クリーナーにパソコン
くらいまでは
まあ想像の範囲
でもってフライパンや土鍋やバスタオルに毛布にミル付きコーヒーメーカーの新品
ああ未使用品ね
そして特大木製キャットタワーに三段ケージ

でも
でもね、まさかね、
保護猫譲渡だとか、ドアとか
そう!
玄関のじゃないけど
ドアを譲りますなんて!
そもそもジモティーでドアを探してみようと思いつくひとにもびっくりだけど
(ユウキのことだよ)
出品してるひとがいるってことには
もっとびっくり
十一月だったっけ
はやくに出かけたユウキが昼前
どっしりした白いきれいなドアとドア枠を
積んで帰ってきて車庫のすみに立てかけて
ああほんとだったんだなって

りり りさいくる りゆーす りら るりる
りゆーす りさいくる りりら る りる
使って汚して使ってぶつけて使ってけずれて
ぬぐってみがいて塗りなおして乾かして
ふっ ふ
小傷はありますが
まだまだ使えます
もらってください
なんなら
粗大ごみ処理券ぶんくらいですけど
お礼もしますって

少額の持参金つきで
もろうてや もろうてや
ノークレーム ノーリターンやて
ふっ ふ
ふふ
考えてみればさ
わたしたちも
どこかに
USEDってスタンプ
ぺたん
はは
チューコ セコハン 
はは
り・わたくし、りり・わたしたち
わたし
わたくし

ぬいでうらがえして
りゔぁーす
りばーす
り・ばーす
う・うむ うまれなおす
ほこりたたいて
ふっ ふ
ふふ
りり 裏 りめん
ひろげてほどいて洗って乾かして
シワのばしてぬいあわす
いちど にど
なんどでも なんど でも
めんどう飲みくだして
ふっ ふ
ふふ
ふるいにかけて
のこるもの
なんか
あるかな
ふるびがついて
あじわいになるか
なんて
わからない
はは
悲哀っていうほどの
うわぐすりも
かかってないほどの

でも
りり りるり
り・ばーす
り・ゔぁーす
はは
りり りらる
りめんににじむ
文字
ひろいあげて
ふっ ふ
ふたり
ものがたりを
読もうよ

 

 

 

ふふ

 

薦田愛

 
 

つばら、ゆつ、ごっくん
ふふ
つばら、ゆつ、うっふん
こほ

つぷら、ゆら、とっぷん
うる
とぷり、とぷり
はる

つちのにほひ、な、いたす
まひるのの、ひの、さなか
はるの
ふふ

とぽり、つむり、るっふん
ぬぷ
こぽり、こぽり
はる

 

 

 

食べざかりのノリ

 

薦田愛

 
 

ご飯ごはん
ごはんが大好き
パン好きナン好きラーメンも好き
せやけどやっぱり
ご飯ごはん
ご飯がないと始まらへん
朝ご飯昼ご飯晩ご飯
たまの外食も
おかわり大盛りあたりまえ
朝が早いからお弁当は十時
部活でお腹がぺこぺこ
ちゃうで
還暦まぢかい
おじさんのはなし

五分づき米もしくは白米を一合炊いて
小ぶりの茶碗で三杯
つまり三度の食事で私が食べおおせるところ
ユウキとふたりなら
一度でゆうに一合半は要る
ご飯ごはん
いちごうはん
いちごうはん、は微妙な量
とある夕食どき
多めに炊いてあった残りを目ではかり
ま、だいじょうぶやろ
炊き足さんかったん
ご飯ごはん
肉じゃが四人前、かぶの葉とちりめんじゃこのおひたし
フンドーキンの麦味噌を使った
さつまいもと小松菜と椎茸の味噌汁
くわえて前夜のれんこんとにんじんとごぼうのきんぴらも
八畳間の炬燵にならべ
「おいしいねえ
 うちで食べるご飯がいちばん」
と笑みくずれていた顔が
おっと
はやばやとおかわり
キッチンに向かって戻ってくるなり
くもってるやん
きけば
「ご飯が足りない・・・・・・」

力のない声
ああ
かんにんなぁ足りると思ったんよ
おかずがようけあるし
けど
おかずにつられてご飯がほしなるのも
わかるわぁ

それにしても
ちゃんと噛んでる?
ごはん飲んでへん?
ご飯ごはん
ご飯が大好き
朝二杯昼二杯夜二杯
雨ニモ負ケズには
日ニ四合ノ玄米とあるけど
それは味噌と少しの野菜とセットの時分
肉も魚ももりもり食べてる
きみと私は
気をつけんと ね
つい ね
ついつい食べ過ぎて
ううむうう~ん
胃散でなだめたりね
言いますやん
腹も身のうちって

「日本人はもっと米を食べなくっちゃ」
そやねそれに日本人はっていうか
何よりお米は美味しいものね
家計簿みて思わず
目ぇこすったけどな
月に十五キロほど食すらしいねん
ユウキと私
まちがいなく
二十一世紀の日本で稀な米食家族
お弁当にくわえて
時にみずからおむすびも結んでゆくユウキの
ムダをきらう気質と贅肉のない身体は
パンも好きナンも好きラーメンも好き
けどやっぱり
ご飯ごはん
五分づき米と白米もりもり食することで
つちかわれてるんやろな
きっと
知らんけど

 

 

 

今宵

 

薦田愛

 
 

来よ
今宵、
来よ
という
つよい声に
うながされ
鍵をあける
出かける
ひねもす
あしおともなく
おとないつづけていた
あめは
あがって
よるのしきつめられた
灯しひとつない道の
おうとつがこころなし
ゆるんで
いる
うるむくらがりへ
あおのく
ひたいにしたたる
一滴が
まぶたへはしる
ここ、から
来よ
という
声の
在り処へ
うすく
はがした
むきたての
はるの野辺の
やまぎわ
(ささめく)
かわべり
(ゆらめく)
よるの胎のうちがわ
湿るつちのにおいに
つつまれて
ゆく

 

 

 

秩序とか混沌とか

 

薦田愛

 
 

ユウキは恐るべき
マジックテープ使いである
ズボンの裾上げは当たり前
カーテンの丈つめにきっちり測ってアイロンがけ
色合いもぴったりのそれを無駄なく貼る
手際はむろん慣れたもの
ところが
ダブルベッドのベッドヘッドの
2㎝あるかないかの厚みに
ちょこんと置かれた目覚まし時計が
いつの間にか接着されている
ましてやリモコン
柱にエアコンの
食卓の脚にテレビの
リモコンが
接着されている
マジックテープってこんなふうに使うものだったのか
「散らかるのは許さないぞ
空0世界に秩序をもたらすのだ」
いやいや世界といえばカオスでしょ
混沌こそいのちのみなもと
すなわち豊かで可能性に満ちているってこと
秩序なんて何ほどのものだっていうの
だってあなた
束縛されたくないって
何ものも自由であるべきだって
言ってたじゃない
「あるべき場所におさまらなければ
空0混沌なんて混乱なんて
空0許しがたいものなのだ」

まいったなあ
わが家にとんでもない独裁者が出現したよ

齢重ねてふりかえるに
忘れ物なくし物机まわりの物の堆積
ノートをとった授業の結論ゆくえふめい
これはどうやら昨今いわれるところのADHDというそれではないかと
思い当たったわたしは
ねえそのうち
私の背中にもマジックテープをくっつけて
柱に接着するんじゃないの
言うとややあってユウキは
「そうだね
空0それもいいかもね」
って
いやいや違うでしょ
忘れ物なくし物授業の結論ゆくえふめいの
私だけれど
どうしてこれでけっこう地図がよめる女であるので
迷子にはならないんだから
接着定位置ぎめなんて
必要ないんだからっ

にらむのをわらっている
ユウキが立っていったあとの
食卓の上に
リモコン

 

 

 

ものぐるひ(改稿)

 

薦田愛

 
 

空白空0これはこのあたりを旅する者にてさうらふ
空白空0大学にて対面授業の始まらむ前に
空白空0Go To トラベル とて
空白空0うどんのクニとや呼ばるるサヌキに
空白空0初めて足踏み入れてさうらふ
空白空0そこやかしこに
空白空0うどんの店の軒連ぬるが見ゆるによって
空白空0いざ、そろりそろりと参らう

(潮の匂ひないたす 此処は
空0あのひとに初めてあり会ひし町
空0洋裁学校のクラスメートと通ふたる
空0社交ダンスの教室に
空0筒井筒にはあらねどとて
空0率てこられたるひと
空0浅黒きひたひ きりりと眉
空0はたちなりしかみづからは あのひとはひとつ上
空0あれあれ かしこを行ける
空0あれは
空0ああ あのひとなり)

なうなう そこを行く
日に灼けたるをのこやをのこ
そなた
誰やらに似たりと思へば
いとしや 背の君にておはしまさずや
つもる話のさうらへば
まづその足を止めて給べ

空白空0これ何をいたす
空白空0ちぎれるであらうがな
空白空0袖をひく
空白空0ここなたいそう老ひたる嫗
空白空0そなたは誰
空白空0うどんの店に入るによって
空白空0その手を放してよからう

(ふりきられてみれば あさましや
空0誤ったり あのひとにてさうらはず
空0何となう似て見えし浅黒きひたひのあたり
空0あのひとは
空0をらぬ
空0をらざった
空0とうに)

あな恥づかし 人違へにてさうらふ
許して給べ
さるをのこに
面ざしのあまり似たればこそ

空白空0さまで似たるとや
空白空0こなたに縁ある誰やらに
空白空0これは一興 話を聴かずばなるまいが
空白空0この家のうどん一杯食して来やうほどに
空白空0しばしこれにて待たれたがよい

(あのひとにあらず
空0あらぬ
空0あのひとはをらず
空0いな ありき
空0ありけるぞ
空0あの日 
空0文を交はしたるが父に知れ
空0家に呼ばれたるあのひとと
空0包まず文をやり取りして三年あまり
空0二百通の半ばより少し多くしたためたるはみづから
空0東の町に移り
空0ともに暮らしてあの子がうまれ
空0然り あの子
空0ともに暮らしたるあのひとが
空0あさましや
空0疾うみまかり
空0あとはあの子とふたり)

空白空0嫗を残してくぐりたるのれんの
空白空0奥にべつの嫗がござる
空白空0翁もござるが
空白空0うどんのクニでは
空白空0嫗もうどんを打ってござる
空白空0小体な店もソーシャルディスタンスな今日った
空白空0椅子ひとつおきに「×」の紙
空白空0供されたるどんぶりには湯気まとひたる
空白空0いとど太きうどん うどん
空白空0生醤油おろし生姜きざみねぎたっぷりとかけ
空白空0ずずっとすすれどすすれず
空白空0ぐぐっとたぐり
空白空0むんぐと嚙み
空白空0なんでふコシのいと強き
空白空0おぼえず ほおと申せば
空白空0この家の嫗と目が合ふたよ
空白空0おお 嫗 をうな
空白空0いざ おもての嫗の語るを聴かむ

空白空0戸を引けばのれんの向こう
空白空0炭色の衣まとふて
空白空0ベンチにゆらりと腰かけたる
空白空0そこな嫗どの 
空白空0いざ聞かむ
空白空0われに似たりと御身の申す
空白空0誰やらの物語

さんさうらふ
誰やらにてさうらはず
背の君 わがつま あのひと
あのひとに少し似て見えしが
真向かふてみれば ほほ 
少しも似ぬおひとぢや
なう 
お気をな損ねたまひそかし 

あのひとと
暮らしたる二十二年
うれしうて たのしうて
会社勤めせはしく
家にあらぬこと多きひとなれば
さみしうはさうらへども
あの子
ひとり子の
あの子の居れば

せはしきあのひと つまの
いたって健やかなるがある折
あさましや床に伏し
さうしてやうやう共に居らるる時を得てさうらふ
うれしうて憂はしうて
二とせあまり
あのひとは ああ 
はかなうなりて若きまま
うたてやこの身にばかり
年つきの降り積みたるよ

空白空0いかなこと
空白空0背の君に先立たれてさうらふや
空白空0それはいっかな耐へがたきことならむ
空白空0きけば御子のあるとなむ
空白空0せめてものこと
空白空0さぞ頼もしう思すらむ

あの子
あの子が
さればあの子が

ひとり子 あの子は学校を終へ働き
みづからは針とミシン
衣を裁ち縫ふて
やうやう暮らせり
ある日ひとりのをのこ参りて
むすめ御をふた親にまみえさせたしと申す
否むことはりとてなく
そののち
ひとり子なればとてみづからと三たりにて暮らせども
ふいに了んぬ
ふたたび
ふたり
あの子と
うどんを食べたり素麵を食べたり
こしらふるは専らみづからにて
遅くかへりくるはあの子
むすめなれど
しごとにんげん、とや
さながら背の君の代わりと
にがわらひ

なれど
あの子が

ある日あの子の
伴ひ来たるをのこは
いたう親切にてまめまめしうもてなしたれば
ありがたしと申したよ
助かると思ふた
あの子が笑ふてをった
ともに旅をもいたせり
三たり また三たり
ともに暮らさむとて
住処もとめて西の空

なれど
あの子が

「テレビつけたるままならば彼のひと
空0いたう疲るるによって
空0み終へたまはば消さるるか
空0おのが部屋にてご覧じたまへ」

なんどと
あの子が 
あの子が

空白空0ここな嫗どの
空白空0しづまりたまへ
空白空0御身の背の君の物語をば聴かむと申したるに
空白空0あの子とや
空白空0御子のこととや
空白空0うたてやな
空白空0あさましう いとどことさめてさうらふ

あさましやな
口あらがひを責むれば
泣き泣き詫ぶる習ひのあの子が
御免ごめん許してたべと度重ぬるさまの
うるさうて かまびすしうて
おぼへず
あなかまっと聲荒らぐるほど
執念くて
かかるあの子が
詫び言せぬ
詫ぶることばをのみこむがごと
睨めつくる
おそろしや 怖やの

わずかなる荷をまとめむに
指のふるふよ
隣る部屋より寝息のきこえて
咳きあぐ
ねむらずに身仕度
ドア押しければ 嘆かしや開きたる

「さらばかたじけなうゆるしてたべ幸あれかし」

参る当て処とてなく
乗り換へのりかへ海を渡りてゐたりける
呼び鈴に現はるる弟みひらかるる眼
こはいづこなるや弟の家にや
宿りを乞ひ臥してうとうと
まぶた重うて朝

なれど

うからに説かれ
三日目
もどれば
もの申さぬあの子
カレと呼ばるるかの親切なりしをのこ在りて
おかあさんと呼ばれたり
まっしろなり
まっしろ
ドア押し開くる
また

空白空0おう おう
空白空0吠えて御座あるや
空白空0おうな 嫗どの
空白空0いたはしやな 流浪のてんまつ
空白空0袖すり合ふとはまっことこのこと
空白空0少し歩みたうなりたれば
空白空0歩みあゆみ承らうよ
空白空0潮風みなはの洗ふ城とは
空白空0あれなるや
空白空0たまもてふ 波うつ石垣
空白空0港ちかき海ぎはへと歩をすすめて参らうよ

あな、恥づかしの身の上かな
おうおう と
聲あぐるはいと易けれど
おしころし押し殺す底ひより
たぎりたちくるもののさうらひて
あの
あの子
あの子の名 を
こゑ に
こゑ に出ださず
聲 にせむ

えうえう
えおう いい いい
鳴りたる 風なりしか

伸びたるままなる九十九髪に隠るる
耳の
おうおう
えい えおう いい いい
なにかに似たれど なにやら覚束ぬものの
名のごと
したたるなりわたる
音に濡れ
びやうびやう
吹き鳴らしたるは
のどならむ こゑ ならむ
この身の
なにかににたれど なにともおぼつかぬ
聲なり
あの子
あの子の名 を

チャコと教科書型紙筆箱入れたる鞄な提げて
通ひし町なりしかど
おう おぼへぬ
いい 見も知らぬ
おお とほき遠きい町 
うう 疎うとしき
知らぬ人ばかりの町 此処にて
見知りたる
ひと
とうにおはさぬ
あのひとの血縁
ナミコさんてふ
細うて優しき
折ふしこはき
ナミコちゃん

語りかくれどひたと見上げをる
をさな
をさなごのころより存じたる
しるべなれば

空白空0なうなう嫗どの
空白空0ナミコどのとやらむ
空白空0むすめ御にてさうらふや
空白空0細うて優しうて
空白空0折ふしこはきとなむ

さにあらず
血縁なり しるべなり
をさなき折より存じをれば

されば
書き込みひとつなき
暦をぞめくりける
おお 
殆としう果つるものを
ほとほとしう果てぬにや
みづからのきざす切っ先ふるふと思へば
電話なり
あの子のカレと申すをのこよりの
電話なり
あらあ 
おぼえずはねあがる
こゑ 聲
みづからがこゑともおぼえぬ
こゑ
息災なりや相居るやあの子は息災に過ごしをるや
如何でいかでとひと息に尋ね
息災なりといらへける
息災なるやいかがせしや如何でいかでいかで

のありて
露の間
そくさいなり

あの子の こゑ 聲
あの子なりいきてをり
あたりまへ
あたりまへなれどいきてをり
いきてをると思ふたれば
かあっとあつうなりたるよ
たらちめなりみづからはみづからはあのこのたらちめなり
あの子の生まれしより長ういなあの子をはらみしより長う
いちにちたりともかくることなう長う
みづからはたらちめなりなればこそ
たれば たら ただこのたらちめは

きれてけり
きれてありしやきりたるものや
電話
電話の
かかりてきたるや
部屋
ひとりの
部屋
ドアを押しあけ郵便受けに降りぬれば
うつろなり
うつろなれば
うつろなるうつしみを
ひとりの小さきちひさき部屋へはこぶ
たぎりたる
つむりのひえて
うれしき切れ端握りなほし
ナミコさんにメール
携帯の小さき画面
うれしき思ひの絵文字選りては
ナミコさぁん
打つ間に
ゆくりなう
ぐうっとせきあぐるもの
如何で今何をいまさら
いかな了見にてふいに電話
くらきくろき雲
おもき
メールの文字重うこごりそめ
ナミコさぁん ナミコさぁん
あの子から電話
何ごとぞ
ナミコさぁん
ふくれあぐるもの小さき画面の文字ににじみて
ナミコさん
いかな了見にやあの子とや
カレとやらむ申せしひとも
きがしれぬきがしれぬいまごろでんわして寄越すきがしれぬ

送りたる
12さしたる
針ふるへ
糸とほさぬ時計の
針ふるへて

ナミコさんよりいらへ
おばさま考えすぎなり素直に喜びて良きことなるに
わらはぬをさなごのナミコさんのみつめをる

空白空0こ、こはいかに嫗どの
空白空0そこな畳まれたる
空白空0携帯の鳴りをるやらむ
空白空0嫗どの をうなどの

みづからを呼ばはる聲も風の間に
絶えむとばかり鄙びたる
潮鳴る道の左右しらぬ
朝しらむとも背のあとを
慕ふてければ降る日々の
先かの岸へ渡るべし
さき彼の岸へわたるべし

空白空0ここな嫗どの をうなどの
空白空0御子からならむや
空白空0鳴りやまざるは

空白空0潮風にも消ぬ携帯の着信音
空白空0ふいにたわむを
空白空0はっといたして見かへれば
空白空0炭いろの衣ふわとひるがへりて
空白空0突き出されたる枝先のごとき指より
空白空0今しなげうたれたるもののさうらひ
空白空0あと けらけら と申しける

 

 

 

ものぐるひ

 

薦田愛

 
 

空白空0これはこのあたりを旅する者にてそうろう
空白空0大学にて対面授業の始まらん前に
空白空0Go To トラベル とて
空白空0うどんのクニとや呼ばるるサヌキに
空白空0初めて足踏み入れてそうろう
空白空0そこやかしこに
空白空0うどんの店の軒連ねるが見ゆるによって
空白空0いざ、そろりそろりと参ろう

あれあれ そこを行く
日に灼けたるおのこやおのこ
そなた
誰やらに似たりと思えば
いとしや 背の君にてあるまいか
つもる話のそうらえば
まずその足を止め給えかし

潮の匂いのする ここは
あのひとに初めて会った町
洋裁学校のクラスメートと通った
社交ダンスの教室に
幼なじみなのよといって
連れてこられたひと
浅黒いひたい きりりと眉
はたちだったか私 あのひとはひとつ上

空白空0これ何をいたす
空白空0ちぎれるではないか
空白空0袖をひく
空白空0ここなたいそう老いたる媼
空白空0そなたは誰
空白空0うどんの店に入るによって
空白空0その手を放してよかろう

ふりきられてみれば いやだ
ちがった あのひとではない
少し似ていた浅黒い額のあたり
あのひとはいない
いないのだった
とうに

文を交わしているのが父に知れ
家に呼ばれたあのひとと
隠さず文をやり取りして三年あまり
二百通の半分より少し多く書いたのは私
いっしょに暮らしてあの子がうまれ
そう あの子
いっしょに暮らしたあのひとが
なんてこと
先にいき
あとはあの子とふたり

空白空0媼を残してくぐったのれんの
空白空0奥にべつの媼がござる
空白空0翁もござるが
空白空0うどんのクニでは媼も
空白空0うどんを打ってござる

あのひとと暮らして二十一年
うれしかった たのしかった
いそがしいひとだったから
さみしかったけれど
あの子がいた
いそがしかったあのひとが身体をこわし
それでいっしょにいられる時間ができた
うれしくてつらい
二年とすこし
あのひとは
いってしまって若いまま
私にばかり年月が降り積もる

そしてあの子が

あの子が学校を出てはたらき
私は針とミシンでかせぎ
なんとか暮らした
ある日あの子と男が来て
むすめさんを両親に会わせたいといった
あの子と三人暮らしたけれど
突然おわった
また
ふたり
うどんを食べたりそうめんを食べたり
作ってやるのは私で
おそく帰ってくるのはあの子
むすめだけど
あのひとの代わりみたいと
にがわらい

なのに
あの子が

ある日あの子の
連れてきた男は親切だった
ありがとうといった
助かると思った
あの子が笑っていた
いっしょに旅をした
さんにん
また三人
いっしょに暮らそうと

なのに
あの子が

テレビつけっ放しだとカレが疲れるから
みおわったら消すかじぶんの部屋でみて

なんて
あの子が 
あの子が

口ごたえを叱ったら
泣いてあやまる子だったのに
ごめんなさいとくりかえすのが
うるさくて
おもわずうるさいっとどなるほど
しつこくて
そんなあの子が
あやまらない
あやまることばをのみこむように
にらみつける
こわい

わずかな荷物をまとめる
指がふるえる
となりの部屋から寝息がきこえる
こみあげる
ねむらずに身仕度
ドアをあける
さよならありがとうごめんねしあわせに

行くところがなくて
乗り換えのりかえ海を渡っていた
泊まってうとうと
まぶた重くて朝

なのに

三日目
もどると
くちをきかないあの子
カレと呼ばれる男が来ていた
おかあさんと呼ばれた
まっしろだ
まっしろ
ドアをあける
また

空白空0媼と翁のぶっかけ大盛りを平らげてござる
空白空0いたってコシのつよいうどんにいりこの出汁
空白空0いざ次の店へとのれんを分け
空白空0表に出んとすれば
空白空0あな
空白空0店さきのベンチに
空白空0揺れてみゆるは
空白空0さいぜんの媼なるぞ
空白空0おう おう
空白空0吠えてござるではあるまいか
空白空0袖すり合うとは申し条

空白空0ソシアルディスタンスな今日った
空白空0触るるはご法度
空白空0うちすてて参らずばなるまいて

 

空白空白空白空白空白空白空白空白空白空0(続ク)

 

 

 

はんがん

 

薦田愛

 
 

きのう、ね
イナロク沿いだったかな *
自転車で向こうから走ってくるひとがいたんだけど
つばびろの帽子かぶってサングラスかけて
マスクしてた不織布の
おんなのひと
もうね
どんなひとか
ぜんぜん見えないの
「いやひどいよね
きもちわるくなる
マスクしてる顔ばっかりで」
ユウキの全身からうんざり感

ほんとね
電車やお店の中はともかく
人混みでもないし
この暑い昼日なか
「落語の稽古の時だってさ
きいてるひとがみんなマスクしてると
表情がわからないんだよね」
アマチュア落語の稽古場では
手元の見台にアクリル板
師匠だけはフェイスシールドだけれど
自分の番の前やあと席できく受講生はマスク必須
にじゅういくつの
くぐもった笑いがたちのぼるのだろう

ユウキは
町に人間がいないと言う
「マスクして歩いているのは
人間に見えない」と

そうだね
昔だったらコンビニに入るとき
フルヘルメットは外してくださいって
書かれてたよね
いまや
まるっきり包み込まれた顔にも出くわすし
半分見えないのはデフォルト
上半分だけの顔が行き来してる
COVID-19とよばれる
ウイルスが地球の皮膚ぜんたいを
おおいつくす
しらずにふれたひとは
かたっぱしからたおれふす
というおそれに
ふかくそめられていった
このとし(年/都市)

百均で買えていた
個包装七枚入り不織布マスクが
ある日棚から消える
ドラッグストアの列に並んでも買えない
ネットで探すと送料込み一万円にせまるセット売りばかり
ないと聞くと
なければいけないようでどきどきする
見ていたかのように
使い捨てというけれど
洗って何回かは使えますと
手押し洗いの映像
ひもに付着したウイルスが手や口にふれるとイケナイので
よぶんを持ち歩いていますと街頭でこたえるひと
なんて周到 いややおせっかいいらん

「ふつうにしっかり手洗いで十分だよ
あと、よく笑って免疫力アップ
さっ今夜は『百年目』見よう」
落語のDVD、買っておいてよかったよね

赤ちゃんは大人の表情を見て学んでいるから
マスク生活でその機会が奪われるのは深刻な問題、という記事を
Facebookで見かけてシェアする
ひとの心の動きがわからないまま
成長してしまうおそれがあると
そこへ
「目は口ほど物を言うというのは嘘でしたね」と
コメント
ああ畑井さん
ほんとにね
「マスクの下は笑顔」なんて書かれていても
きゅっと結んだ口もとだの
ふっとこぼれた溜め息だの
思わずゆがんだへの字だの
湿った布きれいちまいに覆われてわからない
しげしげ見つめてみれば
眉根が寄って尋常ならざる空気だったり
額のシワがいちだんと深かったり
最高気温三十八度に耳やまぶたが火照っていたり
するかもしれないけれど
接近遭遇が嫌われまくっているこのご時世には
不首尾に終わってしまう可能性が大

ああ
はんがん
伏し目がちな仏像の慈愛に満ちた
半眼、じゃなくて
はんがん
半分きり見えない顔を
めいめい
stay homeで運動不足ぎみな身体に乗せて
歩きまわる二〇二〇年のじんるい

ヨーセイされて自粛なんてさ
ご遠慮くださいといって遠まわしに
お断わりされているのと同じ
じぶんでえらんでしているのではなくて
ほんのりていねいなふりして
なんきん
(カギではなくパンプキンでもなく)
マスクだってさ
まもるというよりフーイン
(かぜのおとではなくて)
そう、ツバとばすなというだけではなく
おくちにチャック
みたいやわ

不織布の 布きれの
しとっと蒸れた呼気をふくんで
ゆらっゆらっと
かしぐ身体
ダレノ
ダレノカワカラナイ
ワカラナイカラダ
カラダノ
ムレ
群れ

ナツのさかり
熱中症のキケンと相談してねといって
テキギ外しましょうって広報
そそそ そやろ
もともと外ではせんかてええねん
そんなん
言われなくたってわかるはずやんか
こんなやったら
ちょっと涼しなってきたらとたんにまた
さぁさ秋冬スタイルってばかりに
すみからすみまでずずずいーっと
並ぶんやろか
半顔
はんがん
にんげん、やのうて

はがしとうて
はんがん
ならん
はんがん
はぎとりとうて
ならん
かみきれ
ぬのきれいちまい

 
 

* イナロク 国道一七六号線の俗称。