マコとマコト

 

佐々木 眞

 
 

一人は男、一人は女
一字違いの名前だが、その他もろもろが随分違う。

男には姓も名もあるが、女にはなぜか姓がない。

男の名前は普段呼び捨てにされ、偶には「さん」が付くが、女には常に「様」とか「さま」が付く。

男はパンと家族のために額に汗して働いてきたが、女には、その必要はまるでなさそうだ。

男の稼ぎの一部(極ごく一部だが)は、女とその一族の暮らしのために提供されているが、
女からの見返りは全くない。

男はひどい猫背で、外に出ると蝶や地面の石ころなんかを見ているのに、女はピンと背筋を伸ばし、所謂「上から目線」で闊歩している。

この広い世の中で、男に頭を下げる人は誰一人いないが、女の前では、誰もが(あの慇懃無礼な独裁者でさえも)丁重に下げる。

これらの違いはずいぶん大きいのだが、何の因果でこのような差がついたのかについて縷々説明してくれる長屋のご隠居はいなくなり、今では学校の先生に訊ねても、ちゃんと答えてくれないようだ。

しかしながら、男と女の共通点もある。

男も女も現生人類=ホモ・サピエンスの対等な一員であり、万世一系か複雑系かはいざ知らず、どんどこ時代をさかのぼれば、先祖は縄文人か弥生人の山頭火のような風来坊に辿り着くはずである。

さて、ここで問題です。
もし男がパッタリ女に道端で出くわしたとしたら、男は女にどういう態度を取るでしょうか?
次の4つから選んでください。

1) シカトして、黙って通り過ぎる。

2) 恭しく低頭して、上目遣いにチラっと顔を見る。

3)「こんにちはマコさん、僕はマコトです。同じ漢字の名前なので、お見知りおきを! どうぞ宜しく!」
と元気よく挨拶して、さっと右手を差し出す。

4)その他。

 

 

 

反射

 

原田淳子

 
 

 

刻まれることない
墓のしづけさで
蕾を数える

薫る朝までのゆめ

/

石の光の反射に過ぎない星の位置に
人型を紡ぐのが翻訳だとしたら
温度のない無機物に
もしかしたらVirusにさえ人型を求めるのは
人は断絶を恐れているからでしょうか

翻訳が断絶の治療薬でしょうか

それとも
流れてゆく人型を忘れぬための.

/

横ではない縦の階層のオーロラ
滝を横滑りする
意味を翻して

遠近法は、距離
星々の摩擦
向きは光速の逆位置
意味を反射せよ

/

逆さまの滝に
彼方の横顔を描く

いないあなたは
いないわたしの反射

倒れているのは塔ではない

流れいる船
小動物たちが温めあう

声だけが
彼方に反射する

 

 

 

民家なのに自販機置いてる *

 

この町では

きのう
学校がひらかれた

子供たちが
道を歩いている

もうすぐ春休みになる

民家なのに自販機置いてる *

大人たちは
仕事にいく

今日も

ウィルスと
交わる

交わりはDNAに記録される
子孫に残す

能記所記の
所記に

男と女の幻影は佇つ
交わりは

マスクして戸は開ける *

マスクして *
戸は開ける *

松崎の
海の見える岩山の林の中の

林の中に

女がいる
風が渡っていく

 
 

* 工藤冬里の詩「あ、と@ー」からの引用

 

 

 

あ、と@ー

 

工藤冬里

 
 

@-
あなたなしで
@-
違いました
奇効 卓効 の 違い の ように
蓬でも摘み
あなたが居て
(絵画の季語を更新したからにはドイグは)
あ、場所がないってことは
ない場所で書けってことか
いよいよだな
すべての連結をばくてりあに代行してもらうさだめの時が到来しました
ぼくはその間泳いでいよう
頭を地球にして
運転なんぞはばくてりやに代行してもらおう
さいぜりあかさいぜりやかも決めてもらおう
そしてぼくは遠い外国に旅に出よう
あ、遠い外国なんてもうないんだった
じゃあ上池の土手を一周しよう
その間に何人死ぬるかな
あ、死ぬるはこっちの方言だったごめん
つい出ちゃってサア
ずっとろくに寝ないで働き続けている
空いた時間は自分の遺品を整理している
僕が死んでもうずいぶん経つので記憶が薄れてきている
人の名前をとうとう一親等くらいまでしか覚えられなかった
ほとんど味噌と納豆を食べていた
彼はオープンカフェが好きだった、という墓碑銘は、もっと行っておきたかった
たなぁというような意味に過ぎない
身体は歯を外に押し出そうとする
子らの歯が浮くのはこのためだ
裏を表に表を裏に
民家なのに自販機置いてる
眠いですさんたまりあ
と象は言って寝ました
自営やフリーターにも援助が出るっていうけど現金くれるんだろうかファミレスで寝てはいけません
横になれたら死んでもいい
あ、わかったストロングゼロ6缶pとか現物支給だと思う
そう理に手紙書いてその配達をいちおく円で請け負おう
音楽はいつも向こう側を流れている
音楽は川ではなく川の向こう側を逆流している
川に釣り糸を垂れても音楽は作れない
作りに行く音楽は川で海の魚を釣り海で死んだ川魚を掬うようなものだ
コロナのせいでしばらく図書館車を止めるという電話が入った
棚の隅で古井由吉か白石一文フェアを設えようと思っていたのに、
そういうことです
と言われた
昔、里見弴やゴーチェの文体について話していた時に角谷が言った、
彫琢のある
という山口弁の言葉の響きがまだ残っている
粋な看守の計らいで
朝マルシェで見たけど東温でもビーツ栽培してるひとが居(を)るんやね
バンドマンは腰にも木綿のバンダナや絹のスカーフを身に付け羅紗の云々
代車?
おれは代車だったのか
@-
あなたなしで
@-
爆睡フライデー
3.11
空白空0フゲロ phygelus
ええ、固めで
薄味にしてください
あとは普通で
(古井由吉遺作を読んでいる)
空白空0ヘルモゲネ hermogene
はーい
(デマスに)ネギイチカタウスです
空白空0デマス demas
はいよ
(フゲロに)薄めでも飲み干したら世界は同じことだ
糸井批判は贖いを薄めるため、
道連れのライブハウス最終兵器彼氏はポアと同じ発想
老人死
見渡すかぎり
サガミハラ
2°Cか
思えばテロは文明であった
文明は恐竜のように滅び
ウィルスは虹運動の果てとしてヒトとの婚姻届を出せるようになる
権利が認められたのだ
前に同じことがあった
労働者から少数民族に移行した後家畜に目を向け最後は単一プランテーション批判に行き着いたエコロジーの、
更にその果ての死後のアルシーブとしてのレピと似ているのだ
その爬虫類顔への流れは、エデンの命名の逆を行った。存在よりも翻訳の方が大事なのだ。逆行の獣姦としてのコロナの顔にこそ反逆者の王冠があった
言語より翻訳の方が上に来るので似姿の失敗はコロナの顔に転写されてゆくのだ
ヒトは瀬戸の花嫁
ウィルスからウィルスへ
翻訳していくの
幼い弟
コロナと泣いた
オトコロナだあったら
ないたありせえずうに
父さん母さん大事にしてね
やだコロナ目がない
美女と野獣と思えばいいのよ
もうじき国が目を描き入れるわ
じゃあ行きますと答えるリベカ
夫は立ちション(誤訳)黙想しても感染しない唯一の希望の星だった
希望は絶望
絶望は希望
ウィルスのように増えたので
人間のように増えたのだ
能記所記
肺炎初期
裴氏とカイジ
分断熱38度線維持
はいはhigh
いいえはyeah
ハイヤー理不尽川
李夫人と裴氏
奇天烈コロナリ
モータウン
それは牛の町
ベーブ・ルース
コロナイン南港
裴氏の色やね
一旦バキューン
丹波牛
脳林水産大尽
カフカ保護
株価変身
コロナイダー
カローラコロナソアラの三人
おころのみ焼
なろうなろうコロなろう
あすは肺炎の気になろう
おんころな人は肺を受け継ぐでしょう
おところんところんな
公論な
「殺な」糸井貫二
ころならまんせい
コンコンハクション
コロナロー
コロナあ、と@-
ヨーヨーマ
芙蓉蟹
厚労省
コーロー麺
(いや紅楼夢、かな)
オペラナブッコロナ
神戸のお菓子と言えばコロナンバン
餡ころくださいな
ナンコロ?
6個な
炭火?
コンロな
ころなずむ黄昏
こころなはずむビギン
二人でつつくコロ鍋
絶対出てくるコロナート
放射能:人命保護
テロ:文明保護
コロナ:人類保護
の三層のパイ生地
増えることは減ること
減ることは増えること
うれしいことはかなしいこと
かなしいことはうれしいこと
生きることは死ぬこと
死ぬことは生きること
見えないものは見えるもの
見えるものは見えないもの
昔はトリチウムがそうだった
今はコロナだ
トリチウムは生き物ではない
コロナはばくてりあでちゃんとした生き物だからきみとも結婚できる
セリーヌがまんまと医者になれた論文「ゼンメルヴァイスの生涯と業績」は
手を洗うという行為が見えないものと結びついているという布教に終始しているが
見えないものに対する感受性こそが作家の資質であり
それがフィリピンパブに拡散しに行くことにも繋がっていくのだという怖ろしさを
セリーヌ自身は免れているという仕掛けになっている
聖セリーヌ全集は真っ白な装丁にすべきであった
フィリピンパブに話を戻すが
崖っ淵の豚の群れ以来の道連れの自棄は
サガミハラを経て
拡散の自暴となって目に見えるようになった
何回も繰り返すがこれはポアであり
無意識の陰謀論的人口削減願望のユング的現われであると言える
芸術の優先順位はそのダークサイドに直面しつつも、ピラトの手の洗い方ではなく、セリーヌの白さを持たなければならない
管は避け弦かデジタルにする
マスクして戸は開ける
アルコールがないなら焼酎を噴霧し続ける
急に1℃になった
手にハンマーを持て
という歌がかかっているが
コロナの魂がひとつ
飢えた虎に身を差し出す
きみも死んジャイナ節
全米が死んだ
鎖国して触る鎖骨
骨粗鬆和尚
射殺せよと呼ぶ声が聞こえ
バグワンが沢庵をバクバク
唇にチック
目頭2:50
PayPayペンペン草
一遍遍上人
ふだんはさえない少年・石野あらし。だが、ひとたびゲーム機に向かうとき、その才能が目を覚ます!!
ホケキョと啼いて踵を返す死んだ女房の近視顔
風邪っぽい
栄光
軽んじる
くさみどり
000あるくまね
菜の花はリングの中
眠いのでダンスの軸足がふらつくが
アトリエの埃だと思って光を浴びる、
シーク教徒のターバン
ああ
あなたなしで
ああ

 

 

 

Sakura Sakura

 

長田典子

 
 

さくら、サク、ラ、
かすみかくもか
薄墨色、けぶる
花房、すずなりの、
み、わ、た、す、か、ぎ、り、
アバンギャルドな、不穏に響く変ホ長調、CDから流れる
スタンリー・クラークのSakura Sakura みわたすかぎ、……消音、空白の、り、
アバンギャルドな、不穏な、り、立ち現れたる我らの
妖怪「土蜘蛛」の、千筋、万筋、白い糸伸ばす、
Scatter 散りばめる、
り、はらはら垂れる り、り、…… ふいに消滅、
ウッドベースの低い重なる不協和音 破れ、去る、空白、その気配、

低い空から弾ける薄墨色の花火は
下降する、はらはら花びら Scatter まき散らす
五臓六腑に匂い発つ墨…、墨…、じわじわ薄紅色に染めあげ、
長机に向かって小さな手で書いた高音の「さくら」から遥か遠く
黒い土の上をけぶる薄紅色の気配
花房、
群れる 散る 這う 広がる 渦巻く その先の空白
空白 ヨコハマ、リビングから
てのひらの「土蜘蛛」の糸、千筋、伸ばし伸ばし、飛ばした
七年前のニューヨーク、ブルーノートへ
大嵐、
水没したロウアーマンハッタン
三日後には開店
ステージが終わると客は急ぎ足で外に消えていった
Scatter 散らす、
暗闇の中でライトが小さく灯る
何か記念のお土産をと二階に上がって行ったら
いつも人で賑わっているフロアには誰もいなくて
あなたにバッタリ出くわした
咄嗟に
二人で写真を、とお願いしたのだった
あなたの腰に腕を回し脇腹の贅肉をぎゅうっと摘んだ
写真よりもその手の感触がわたしのお土産
いざや いざや
七年後、
二〇二〇年
ブルーノート・トーキョー
ようやくあなたのウッドベースの音を聴いた
記念のお土産に買ったCDの
Sakura Sakura
不穏な変ホ長調、二オクターブ下の重なる隣合わせのドとシ、はらはら、煙る
けぶ、る
ヨコハマのリビングでSakuraは
いざや いざや
渦巻く不協和音、濁る、一月の床は冷たく広がる
のやまもさとも
攻撃、報復、くすぶ、る、る、疫病、る、る、り、花房めくるめく、
低く弾ける花火は黒い土の上を群れる、渦巻く、散らばる、くすぶ、るる、
花房はなびら るる、り、り、り、はらはら散らばる り、り、
立ち現れたる
我らの妖怪「土蜘蛛」の白い糸、千筋、万筋、伸ばす り、り、り……、
消音する、りりりりりり……、不穏な、り、り、り、
Scatter 散りばめる、
スタンリー・クラークのウッドベースがリビングの床に反響する
温かい消音、り、りりりりりりり……、五臓六腑に沁みわたる
あの日
あなたの脇腹の贅肉をぎゅうっと摘んだその指で
紐スイッチを引く
ライトを点ける
けぶる 春
薄墨色の花房
不穏な 温かい 燻る
はらはら るる、り、り、り、り、り、り……、
いざや いざや
春です

 

※童謡「さくら」より引用あり
※「Sakura Sakura」…『Jazz in The Garden』The Stanley Clark Trio with Hiromi &Lenny Whiteより引用

 

 

 

人世万事不要不急

 

佐々木 眞

 
 

鎌響「春のコンサート」は不要不急
物見遊山は不要不急
テレビと映画は不要不急
後期高齢者は不要不急
歌舞伎も能も不要不急

アゼルバイジャン終わった
ベルラーシ終わった
ウズベキスタン終わった
エジプト終わった
エリトリアも終わった

冠婚葬祭は不要不急
学校のお勉強は不要不急
会社の仕事は不要不急
「不要不急線」は不要不急*
コロナ特措法も不要不急

赤道ギニア終わった
カザフスタン終わった
ルワンダ終わった
スーダン終わった
ベネズエラも終わった

大相撲春場所は不要不急
高校野球は不要不急
プロ野球やJリーグは不要不急
マラソン大会は不要不急
オリンピックも不要不急

カンボジア終わった
カメルーン終わった
チャド終わった
ビルマ終わった
キューバも終わった

町内会は不要不急
新築住宅は不要不急
国会審議は不要不急
不倫や性交は不要不急
煙草も薬物も不要不急

サウジアラビア終わった
イスラエル終わった
北朝鮮終わった
アラブ首長国終わった
ウガンダ終わった
ジンバブエ終わった

「桜の会」は不要不急
自衛隊中東派遣は不要不急
「検事総長人事」は不要不急
自公維新は不要不急
安倍蚤糞も不要不急

日本終わった
アメリカ終わった
中国終わった
ロシア終わった
英国も終わった

国家権力不要不急
人間存在不要不急
人世万事不要不急
譬え宇宙が終焉しようとも
喰う寝る放るが一番大事

日本が終わり
私もほとんど終わっても
生きていかねば
喰う寝る放るで
生きていかねば

 

*「不要不急線」とは、日中戦争から太平洋戦争に向かう最中の1941年8月30日以降に、政府の命令により線路を撤去された鉄道路線のことである。その目的は勅令第970号による重要路線への資材転用、もしくは勅令第835号による武器生産に必要な金属供出であった。(byウィキペデイア)

 

 

 

幸福な夢

 

涛瀬チカ改め神坏弥生

 
 

オレンジ色の陽光と闇がまぎれあう大曲時

私たちは公園で、立って話していた

私たちの子供だったかもしれないし

私たちの子供の知り合いの子供だったかもしれない

何度も、何度も

赤い小さなバケツにスコップシャベルで

「いっぱい」、「いっぱい」砂をつめて

ひっくり返す

「ウエディングケーキ作ったよぅ」

 

「もう一度、結婚しよう」

 

その上の周りに小さいキャンドルを丸く並べてゆく

キャンドルに火を付け終わったら

私たち二人でふーって、ぜんぶ消す

それから私たちは暗闇の中で

誓いのキスを交わす

 

薄闇の中を手をつなぎながら二人の家に帰る

 

僕は、君とそれから、愛をした

かつて君がそうだったように

僕も安心して還っていった

君の無邪気な眠りの中へ

指をつなぎ合わせて

幸福な夢を見れるように

 

 

 

風越

 

道ケージ

 
 

姫島は二つある
この世が二つあるように

姫を追う都怒賀阿羅斯等
「좋아해(好きだ)」
「そのツノがイヤ」
赤絹も妹も失くしつ
「お歯黒かよ」

野村望東尼は流され
晋作を抱く
「面白きこともなき世を面白く」
「それでよかとよ三千世界」
カラス殺され啼くこともなし

どれも面倒な名だ
と水無月を食う

火山島であるこの島の
噴火口跡のこの畑地
風越と呼ばれる風のおかげで
塩の被害はない

塩は風に乗り
島を通りすぎる
この畑に塩は降らず
玉葱は甘い

姫島への途次
野北に立ち寄る
阿羅斯等の宝物を元手に
蠟でしこたま儲けた一族

大きな蔵は一つは塩塞ぎ
牢も兼ねる
逆賊を閉じ込め
「幕令にすぎぬ」
後の祭りよ
塞ぎ井戸に放り込まれ
蟹に供さる

その上の丸猫を
逆光の暗がりから
ばあさんが呼ぶ
ふくらみが
腹なのか乳房なのかわからない

半夏生の花が
毒消しらしい
庭先まで伸びた

祇園
夏越の
茅の輪をくぐる
「蘇民将来、蘇民将来」

この世は二つ
に分かれている

 
 

注  『日本書紀』によると、崇神天皇、垂仁天皇に仕えた、額に角の生えた都怒我阿羅斯等は母国朝鮮(建国した任那国)に帰国を許され、恩賞として赤絹を下賜された。しかし、これを新羅に奪われる。その後、阿羅斯等は石の化身である女と目ぐ合おうとするも、女は逃げ去る。追い来る阿羅斯等に対し、女は歯に鉄漿を塗って拒絶した。女はその地、豊国(現在の大分県)姫島にて、比売語曽社の神となった。

幕末、福岡藩藩主黒田長溥は「尊王佐幕」を掲げ、幕府を助けながら天皇を尊ぶ公武合体論を支持していた。一方、家老加藤司書・藩士月形洗蔵・中村円太・平野国臣ら筑前勤王党は幕府を打倒を目指す尊皇攘夷論を唱えていた。この相克は幕府の長州再征発令により、佐幕派が実権を奪取し、勤皇派が弾圧された。一八六五年「乙丑の獄」である。加藤ら七人は切腹、月形ら十四名は斬首、野村望東尼他十五名は流罪。これにより、福岡藩は明治維新前に廃藩となり、力を失う。望東尼は姫島に流罪となるが、その後、高杉晋作の命により島を脱出、やがて臨終の晋作を看取ることなる。野北は福岡県糸島市志摩の漁村。野北祇園が有名。

「夏越の祓」とは、六月末に行う祓の行事。牛頭天王を祭る祇園祭の締めくくりで行われることもある。穢れを落とすため神社境内に作られた茅の輪をくぐるので、「茅の輪くぐり」とも言う。茅の輪をくぐる際に、「蘇民将来、蘇民将来」と唱える場合がある。茅の輪とは、茅で編んだ輪。特に京都では、夏越の祓の時期、無病息災を祈り、「水無月」という和菓子を食べる風習がある。

(ウィキペディア等にて作成。必ずしも歴史的事実として確証されているものではない。)

 

 

 

きょうのなぞめき

 

南 椌椌

 
 


© kuukuu

 

なぞめいたぞ
日がな夜がななぞめいた
嵐が吹いて木々がたおれて
隣家の伯父さんがなぞめいた声を発して
白い車ではこばれていった
ぼんやりとほっとしたような伯母さんの
なぞめきがわらっていたが
かなしみのエプロンで手を拭いて
庭のおちばをあつめていた
伯母さんさんざんくろうしたな
しんせんで古風ななぞめきのけしき

いつも来ていたなぞめいたサビの猫が
とんと来ないのはなぞではないかもしれない
むこうの街区で恋してるらしい
けさがたほほを紅潮させたようなサビ氏が
閉口したようでもあったが
なぞめいたあちらになぞめいたかたむきで
すぱいらる走っていったのを見た
うーんなぞめいているなこの界隈
なぞめくのはなぜかなぜか気持ちがはやる
サビ氏にはサビ氏の事情があるだろう

なぞめいたぞ
みじかいいちぎょうのことばがつらなる
なつかしい本のかたちのものが
ポストにつつまれてある
ホラホラこれは法螺でしょうか
なんなのかなんでしょなぞめきの詩でしょうか
むかいのせのたかいハルモニに見せると
かのじょはもじがよめないので
わからないわからないモラモラとわらうだけ
さらになぞめいてふるえるばかりのいちぎょう
それはなぞめいたかきおきだろう
これもしんせんで古風な恋の

きょうもサビ氏はこないかわりに
法螺のような貝のふえホラホラ
だれがふいているんだホラホラ
なぞめくにもほどがあるぞ
わすれるにもほどがあるぞ
クロチョロさんがまるいきんいろの瞳で
なぞめいたうったえごとをつたえにきた

たべたいというのは
本能なのでなぞめいてはいないが
あれほどたべたかったのにたべないのは
クロチョロさんクロチョロさん
まえのひたべすぎた後悔のなせることか
しんそこなぞめいているとおもった

そうそう隣家の伯父さんが
こざっぱりとかみもととのえ
にこやかななぞめきをふりまいて
あじあのみなみのいでたちでかえってきました
なますてぐっともるにんぐ〜
のんぷろぶれむ〜よかったですね

きょうのぼくのなぞめきは
なぞめきとしておさないですよね
きゅうだいてんにちかかったでしょうか
ことしなぞめいて古稀になります
またおあいしましょう!

 

 

 

昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか(✳︎)

 

村岡由梨

 
 

1. 花

 

おでこのニキビがなかなか治らない。
何だか最近お腹も痛くてユーウツだ。

授業中、先生から出された課題を静かに終わらせて、
自分の席で絵でも描こうかと
自由帳を出したりしまったりして終業のベルを待つ。
教室の後ろには、習字で書いた「あけび」という文字が
退屈そうに並んでる。
窓際の壁に目を向けると、
「教育目標
考える子 思いやりのある子 元気な子」
って貼ってある。
私は6年間そうなれるように頑張った。
子供は大人の言うことを聞かなきゃならないものだと思っていたから。
誰からも疎ましがられたり嫌われたりしたくなかった。
私のせいで、誰かを落胆させたりしたくなかった。

大人はもっと世界に目を向けろというけれど、
私にとって
このイビツな教室が世界の全てだった。
学校は、大き過ぎて手に負えない宇宙みたいだった。
その宇宙の中で、私は
友達と笑っている時もそうでない時も
ひとりぼっちだった。孤独だった。
いつも聞き手に徹して、
「聞き上手だね」なんて言われて、また笑って。
苦しかった。
もっと私の話も聞いて欲しかった。

「考える子 思いやりのある子 元気な子」
になんて、本当はなりたくない。
これ以上、私に何かを押し付けないで。
私は私自身のために、考えて苦しんで生きてみたいんだ。

青春がキラキラしているなんて、誰が決めたの?
大人たちの疲れた顔を見るのは、もううんざりです。
自分たちは世界に絶望しているのに、
どうして未来に希望を持てなんて言うの?

私の中で、真っ赤な炎が激しく燃え始めている。

もう、誰からも束縛されたくない。
傍に猫さえいればいい。
私は、もうすぐランドセルをおろして自由になる。

私がなりたい私になるには、
まだ時間がかかりそうだけど

さよなら、ランドセル。
さようなら、世界。

 
 

2. 眠

 

春から行く高校の制服の採寸をしに、
ねむを連れて豪徳寺の店まで行った。

真っ白なセーラー服に、黒くて柔らかいリボンを付けて、
不機嫌そうな顔で試着室から出てきたねむ。
その姿を見て、私は泣きそうになった。
それはとても、きれいだったから。

いつの頃からか、人前で泣かなくなった、ねむ。
泣きたくなかったのか、泣けなくなったのか、
どちらかはわからないけれど、
中学校3年間は試練の連続だった。

ある夜、パパと口論になって
「塾に行く」と言って家を飛び出したねむが辿り着いたのは、
私が幼い頃住んでいた家の近くの公園だった。
懐かしい夜の公園で、私とねむは
話して話して話して話して
ねむは、激しく泣いた。
私はその姿を見て
雨の中でひとり泣きながらうずくまっていた
幼い私の姿をぼんやり思い返していた。
どうすることも出来なかった。

どうすることも出来なかったけれども、
ねむが、勉強や学校生活、生徒会の仕事
そういった社会との接点で
自分と他人はもとより
他人と他人がより良い関係を築けるよう
血のにじむような努力をしてきたことを知った。

私が中学生の時を過ごした「青空の部屋」で
ねむが声をあげて泣いていたこともあった。
私は、自分の中学生時代を思い出して不安になり、
このままねむが死んでしまうんじゃないかと
気が気じゃなかった。
「大丈夫?」と声をかけたら、
小さな声で「だいじょうぶだよ」と言った。
懸命に気丈に振る舞う、ねむが愛おしかった。

親や先生や友達は、
時に無自覚に残酷な言葉でねむの人格を傷つけるけど、
ねむはヤケッパチにならずに3年間闘った。

「『自分を守るために人を傷つけた』なんて人殺しの常套句。
私はそうはなりたくない。
これからのこと、もっと先のこと
ふわふわとした不安のなかで、
私は今、鏡に映る自分をまっすぐ見据えてる。」

いつだって私たちには夜があった。
夜に守られていた。
夜の闇の中では見たくないものを見ずに済むから。
でもその内、剥き出しの夜明けを迎えて
セーラー服の白がまぶしいくらいに光りだす。
そして、ねむは言う。
「私が見ている世界の中心にいるのは、私。」だって。

 
 

3. 由梨 / 母

 

2人の娘たちの存在が自分にとって全て、と思っていたけれど、それは少し違うかもしれない。子供はいつか自分の手を離れていくもの。と言いつつ、私自身も親と適切な関係を築けているかと尋ねられると困ってしまうけれど(苦笑)。それでも、自分の存在価値を、自分以外の誰かに委ねてしまうのは、実はとても危険なことだと思う。娘たちには、自分の人生を生きてほしい。自分の人生を生きるということは、自分の人生に責任を持つこと。重要な選択を人任せにしないこと。人のせいにしない。「自分で選ぶ」ということ。
世界で一番傷ついてほしくない。一方で、安易に人を傷付けてほしくない。それが今の私にとっての「娘たち」という存在。(2018年3月 眠の誕生日に寄せて)

これから、自分に今ある全ての言葉を注ぎ込んで
空っぽになろうと思う。

だいぶ前、東京拘置所にいた父と手紙のやりとりをしたことがあって、
その中に、父から届いたこんな言葉があった。

「由梨が小さい頃、自分の鼻を指差して『パパ、パパだよ』って教えていたら、鼻=パパだと勘違いしたらしく、
由梨の鼻を指差して『パパ、パパ』って言ってたことがあった(笑)。」

それを読んで、
怖かった父のイメージが完全に覆るまではいかなかったけれど、
私の中で何かがグシャっと潰れて、
涙が止まらなくなった。
人は単純じゃない、多面的な生き物なんだって
そう、腑に落ちたというか。
ああ、私にも父親がいたんだな
愛されていなかった訳じゃないんだな、ということがわかった。
完璧な親なんていないってことも、
傲慢だけど、許す許さないってことも、
長い時間をかけて決着がつけばいいやと思い始めている。

ところが、いざ自分が親になってみると、
完璧な親にならないと、と思ってしまう。
でも、出来ない。
夜更かしはするし、朝寝坊はするし、
子供に対していつでも優しくいられるわけでもなく、
寛容でいられるわけでもなく、
子供の都合より、自分の都合を優先してしまったりして
気付いたら、鬱陶しくて憎まれる親になっている。
愕然とする。
嫌われたくない、憎まれたくないと思うほど、
見透かされる。

そんなみっともなくて情けない私が、
娘たちに、何て言葉を送ればいいんだろう。

物事を多面的に見られるようになって欲しい。

対立している人たちがいたら、どちらか一方の意見だけでなく
双方の意見を良く聞いて判断できるようになって欲しい。

はな、いつもハグしてくれてありがとう。
ねむ、いつも「きれいだよ」と言ってくれてありがとう。

そして、
母が私に言うように、私から娘たちに言いたいこと。

生まれてきてくれてありがとう。

お母さん、私は生まれてきてよかったんだね?

あなたたち二人が私の闇の中から
狭い産道を通って
光のある方へ一生懸命生まれ出てきてくれたこと、
初めて両腕に抱いた時のことを一生忘れません。

二人とも、心から、卒業おめでとう。

 
 

(✳︎)ニーチェ「ツァラトゥストラかく語りき」より