夜中に芋を飲む

 

芋を飲む

夜中に
目覚めて

焼酎のお湯割を飲む

モコを
起こしてしまった

モコを
抱いて

飲む

のこったものの

傍に
いて

芋を飲む

芋のお湯割は
うまいね

からに
なった

ものの傍にいる

飛行機で
千歳におりて

小樽と洞爺湖と富良野をまわったね
よろこんでくれた

少女みたいに
わらった

かなしいわけでもない
ことばはいらない

ことばは
からにする

夜中に
芋のお湯割を飲む

 

 

 

家族の肖像~親子の対話その37

 

佐々木 眞

 
 

 

お母さん、戦争いやです。戦争いやです。
お母さんも嫌ですよ。

お父さん、小田急のおは小さい、ですよ。
そうだね。

おだまりって、黙ってなさい、のことでしょう?
そうだよ。

コダカ君、好きになったよ。
ああそう、良かったね。

人間同士って、なに?
コウ君とお母さんは、同じ人間です。お互いに違っても、仲良くしましょう。
分かりました。

お父さん、栄えるってなに?
繁盛することだよ。

お父さん、「商」は割り算でしょ?
なに?
「商」は割り算でしょ?
そうか、そうだね。

お父さん、ぼく蓮佛さんの声好きですお。
そうですか。では蓮佛さんの声をマネしてくださいな。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
よく出来ました。
「私と別れてください」
よく出来ました。

要るは、かなめっていう字でしょ?
そうだよ。

たまものってなに?
そのお陰で、っていうことだよ。

受け止めるって、なに?
受け入れることだよ。

お父さん、美しいの英語は?
ビューティフルだよ。

お母さん、放課後て、なに?
学校が終わったあとよ。

お母さん、タイムアウトって、なに?
時間切れよ。

お母さん、極めるって、なに?
完全にやりつくすことよ。

お母さん、尊敬ってなあに?
とても大事にすることよ。

お母さん、ぼく、図書館行きますお。
じゃあ、8時50分に行きましょ。
分かりました。

お母さん、旅行楽しいですウ。
そう、良かったですね。

めでたし、めでたしってなに?
コウ君と一緒に死ねたら、めでたし、めでたしよ。
そんなこと、いわないでください。

お母さん、お母さん、ボク、お母さん大好きですよ。
ありがとう。お母さんも、コウ君大好きよ。

お母さん、加賀友禅てなに?
キモノの一種よ。

お母さん、人工呼吸、治るよね。
そうねえ、それで助かることもあるね。

 

 

 

おやすみ な

 

モコ

きみの

むねにふれると
あたたかい

モコ
むねが

じょうげしてる

いきを
はいて

すう

モコ

めを
瞑ってる

みみが
ちいさくふるえる

ゆめのなかで

はしる

モコ
モコ

草原がまっすぐはしる
草原

まっすぐはしる

モコ

ながいみみが
なびく

風が
風に

なびく
なびく

モコ みみが風になびいている

モコ

おやすみ な
おやすみ な

 

 

 

100円商品のプラスチック製の黄緑色の小籠

 

駿河昌樹

 
 

もっとも親しかったうちのひとりを9年前に失ったまゝ、いろいろな思いを脳内に彷徨わせたまゝ、……で、居続けている。かといって、ポーやリラダンやローデンバッハらの作品の人物たちのように死者の思い出だけに沈潜し続けているわけはもちろんなく、最新のCPUが軽々とこなすごとくに、マルチタスクで、意識は諸相的に多層的に忙しく機能し続けている。現代のセルジオ・レオーネとも言えるであろうアントワーン・フークアのアクション映画を次々と見ながら死者のある日の目の伏せ方を心の中に凝視し直したり、出勤前に慌しくシャワーを浴び、洗髪してから髭を剃る時に、また別の、死者が健康であった頃のある日の服選びに助言した瞬間のことをありありと蘇らせたりする。
髪にドライヤーをかけたり、鬚を剃ったりする洗面所の洗濯機の奥の小棚にはプラスチック製の黄緑色の小籠が置かれていて、そこには入浴剤や他の小物が乱雑に詰め込んであるが、この小籠は、死者が最期の日まで、病院での朝晩、歯ブラシや歯磨きチューブ、タオル、化粧水や乳液、口紅などを入れて、病室から洗面所まで通うのに用いていた。手頃な道具入れが必要になった際、病院の近くの100円ショップで慌てて購入して持って行き、与えたもので、100円商品にしてはプラスチックも厚手で、なかなか頼りがいのある悪くない品だった。
すっかり筋肉の削げた足で、よろよろ、ゆるゆると廊下を進み、洗面所に通う姿にたびたびつき合ったが、他にもいくらも適した容器や籠はあり得るというのに、急ぐ必要があったことや使い勝手のよさから、こんな廉価品を毎朝毎晩提げて歩ませることになってしまう…と思いながら見続けた。最期も近いかもしれない人に、100円商品を持たせるとは。かといって、高価でもっと重い、使い勝手の悪いものを持たせるわけにもいかず、成り行き上、それなりというより、必然というべき事情のもつれの果ての風景や光景が一瞬一瞬醸成される。二度と戻らない時間の一刻一刻であるというのに、ひとりの人間を取り巻く物品のありようは、しばしば侘しく、うすら寒く貧相で、偶然というものの悪戯心やそれとない悪意を感じさせられさえする。
そのプラスチックの100円商品の小籠は、持ち主よりももう9年も長く生きのびて、劣化の気配も見せない。鬚剃りの後で化粧水や乳液を顔につけながら横目で見たこの小籠のイメージと、そのイメージに無数に重なって甦る死者の生前の姿、さらにはそれらの姿のかたわらにいつも在った私なるものの在りようを意識の中に漂わせながら、今日も、靴を履いて、地面や、地面と呼びづらいような人工的な石板の数々を踏みに出る。

 

 

 

名古屋-京都-博多 旅行記録

 

みわ はるか

 
 

こんなにもたくさん笑ったのはいつぶりだろう。
保育園のころ、桃色のつばが広い帽子をみんなでかぶって、隣の子と手をつないで桜並木の下を歩いたときと同じ気持ちだったような気がする。
見るものが全て新鮮で、人が優しかった。
大事な人の大事な人が自分にとっても大切にしたいと思えた旅だった。

わたしの大切な友人と、友人の小さいころからの幼馴染に会いに名古屋から博多に行く予定を前々からたてていた。
ひょんなことから、その道中で友人の大学時代の神戸の友人と京都で落ち合うことになった。
この時点でわたしは2日間の旅行のうちに知らない人2人にあってご飯を食べなければいけなくなった。
それは新しい出会いで楽しみでもあったけど、少しだけ、ほんの少しだけ不安でもあった。
「2人ともいい人だよ~。大丈夫。」って言われたけど日が近づくにつれてどきどきしてきた。
その時のことを忘れないうちに、記憶が鮮明なうちにここに記録しておこうと思う。

その日は風は冷たかったけれど青い空が広がっていて気持ちのいい日だった。
京都駅、神戸の人と会う時が来た。
いきなり現れたその人はわたしが想像していた人とは違った。
そんなに背は高くなくて、でもわりと顔は端正で、折り畳み式の自転車を持っていた。
適当に挨拶だけすませて、ご飯を食べに行くことにした。
でもその日は休日の京都駅。
どこも駅中のお店は人ばかりで困ってしまった。
でもその人はいつのまにか京都駅近くのお店をあっという間に予約してくれて連れて行ってくれた。
京都駅からすぐ近くのお店で、あっさりしたものが食べたかったわたしの希望通りのお店だった。
移動しているとき空が見えた。
「空がきれいですね~。飛行機雲もある!」
ちょっと気を遣ってわたしが言ったのにその人は
「本当に!?あの辺雲ばっかりだけど大丈夫?」
もう笑うしかなかった。
変な人~、関西の人はこんな感じなのかなと思い始めたのは多分この時からだったと記憶している。
お店でご飯を食べ終わるとさっとその人は立ち上がってあっという間にお会計を済ませてくれた。
スマートだった。
「まけてもらって50円だったから楽勝だった!」
そんな風にして帰ってきたその人はいい笑顔だった。
改札で別れるとき友人同士は普通に握手をしていた。
わたしも握手をしたかった。
手を差し出してみた。
目を合わせてくれなかった。
ちょっとしたら目を合わさずに、わたしが差し出した右手に対して左手を出してきた。
不満気にわたしがもう一度右手を出したら、今度は少し照れたように目をしっかり合わせて右手を出してくれた。
温かい手だった。
「その持ってきた折り畳み自転車で京都から神戸まで帰るんですよね 笑??」とわたしが言うと
その人は「うるさいわっ 笑」と言い残して去って行った。
3人で京都駅の前で撮った写真は大切な大切な思い出になった。
何度も何度も見返している。
その人は変な人だったけどわたしは結構好きになった。

博多に着いた。
夜ご飯は2人目の知らない人、友人の幼馴染と水炊きを食べることになっていた。
また少し緊張してきた。
ホテルのロビーに現れたその人はわたしよりも小柄でとても人懐っこい笑顔をしていた。
初めて現れたわたしにとても親切にしてくれてずーっとにこにこしていた。
神戸の人とは全然タイプが違う人だった。
連れて行ってくれたお店の水炊きは本当に本当においしかった。
転勤で全国を周っているその人は色んな土地の話をしてくれた。
小さいころの話もたくさんしてくれた。
たらこも、水炊きも、あご出汁も大好きになった。
最後にわたしがどうしても行きたかった中州や天神の屋台へ連れて行ってくれた。
そこまでは少し距離があって歩かなければならなかった。
その途中スマホでわたしたちを撮ってくれることになったのだけれどガラケーを普段使っているその人は操作に苦労していた。
「なんか、自分の顔が写っちゃったよー!」
慌ててスマホを渡されると、そこにはその人のにこにこしたドアップの写真が記録されていた。
3人で大きな声で笑った。夜空に響くくらい笑った。
もちろんその写真は3人各々の携帯に保存されている。
天神の屋台は想像通りいい雰囲気でご飯もおいしかった。
3人で身を寄せ合ってずるずるすすったうどん、3人で分けっこして食べたアツアツの餃子、3人でグラスを突き合わせて飲んだお酒。
いい夜だった。
星がきれいだった。
その人の笑顔はもっときれいだった。

大人になると遠足に行く前の園児の気持ちになるようなことはほとんどない。
何かしら不安がつきまとう。
これからのことを考えると怖い。
でもこんないい時もあるんだなとこの日は思えた。
また会いたいなと思った。
またみんなで空を見たいと思った。

旅に連れ出してくれた大切な友人には心から感謝しています。
ありがとう。

 

 

 

噴水

 

塔島ひろみ

 
 

これはもう私でないと、多くの人が私を見て言った
私の前であけすけに言う
認知機能を失くした私に、その意味はどうせわからない

痛っ!
女は小さく叫び、指を引っ込めた
かつて江橋医師が根気よく治療して、生かしてくれた私の歯が
私の口腔を清拭する女の、指をつぶす
歯が残っていることが私の口内を不潔にし、ケアを複雑で危険にしていた
女は私の歯が抜け消滅すればよいのにと
心の中で願っている

車イスを押し、女は私を外に連れ出す
私たちは公園の池の前に止まり、噴水を見る
止まっている噴水は、10分もすれば水が噴き出すことを女は知っている
日射しもなく、北風の冷たい2月の午後、池のまわりには他に誰もいない
数羽のハトだけが、食べ物を探してオロオロと歩き、ときどき何か汚いものをつついていた
かすかな予兆のあと、池の中央に建ったモニュメントの天辺から水が勢いよく噴き出した
ずっと、無表情で何にも関心を示さなかった私がそのとき
「アア」
と小さい声を出す 私の目は噴き出す水を見ている
喜んでいるのか、おびえているのか、横にいる女にはわからないが
女は私がこれを見て「アア」と言うのを知っているので、
私を連れてここに来る
認知機能を失くしていない女にとって、
認知機能を失くしていなかった私にとっても、
この平凡な水の噴出は認知すべき対象になり得なかったが
私たちはしばらくの間ここにいた
噴水は私たちのためにだけ、ときどき水を止め、また水を出した

「ゆっくりですが、治ってきてますからね」
ゴム手袋の指をさすりながら、江橋氏が言った
治りかけた私の歯が、思わず彼の指を噛んだのだ
歯は治り、歯は果実を、芋を、魚を、獣肉を、
噛み砕き、こわし、私は生きた
私は武器だ

突然水が虹を映し出し、女が「あ」
と声を出した
陽が差したのだ

 
 

(2月27日 本郷7丁目の噴水前で)

 

 

 

ハノイ

 

正山千夏

 
 

20年ぶりに行ったんだ
ホアンキエム湖はまるで
井の頭公園の池みたいだと
思ったものだが
今はまるで
上野公園の池みたいに見えた

自動車が増えた分
バイクが減ったようにも見えるが
相変わらず道は乗り物と排気ガスで満杯で
あの時はなかった信号が今はあるというのに
あのあぶなっかしい横断の仕方は変わらない
横断中の年寄りが若者のバイクにつく悪態

道端で営む数々の屋台は健在
ままごとのように小さかった
プラスチックのイスの高さが
前より少しだけ高くなっている
ビアホイの薄いビールにむらがる仕事終わりの人々が
ふんだんに使えるようになったプラスチック

あちこちにあったネットカフェはなりをひそめ
歩き疲れた旅人のためのマッサージ屋が台頭
店先にぶらさがっていたカセットテープやCDが
スマホカバーやSIMカード売りになり代わる
街の新陳代謝 私の肌の新陳代謝
増えたシワ 寄る年波には勝てませぬ

バックパックは重すぎて
もう背負うこともありませぬ
いや全部ネット予約だから
安ホテル探して歩き回る必要もありませぬ
グーグルマップが世界中どこまでも追跡する
旅は道連れ世は情け 人工衛星引き連れて

昔はよかった今の若者はなんて言わない
かつてのハノイの静けさは
夕立を眺めながらのマッドプロフェッサー
今でも私のこころのなかに
そして20年後の喧騒も
同じく私のこころのなかに

 

 

 

待つ日々の

 

ヒヨコブタ

 
 

寒さを堪えることは不得手でないと思ってきた
ふりこめるような雪も氷もとけていくことを待つ気持ちは
幼き日には温もりだった

あたたかさを届けたくて
ことばを重ねるときも
マイナスに伝わることが多いとき
戸惑いが、ある
戸惑いすぎるとき
わからなく、なる
寒さはそこにも、あるのか

 
懐かしさをもって他者と再会したとき
そのひとのなかの永いわたしを見るように
他者であるそのひとのいまも、見る

まだ会うことができるとき
特別な時間かどうかはずいぶんあとにのみわかるのかと
なじみの店での再会が
さみしさよりぬくもりが多いのは

思うのは
多くのひとのしゅんかん
仕草や話し方、目の輝きや歌声
さまざまのしゅんかん

うつろうのは季節よりもじぶんにあり
報せてくれるように季節があるのだろうかと

思う

うちすてられたようにみえるものでも
かつてのわたしの宝物だったもののように
価値はそのひとに委ねながら
片づけていくのも
物ではなく思考やこころなのだろうか

華やかすぎる春ではなくて、いい
春の鳥のこえをきいたとき
そのさえずりに確かにそう思った

 

 

 

55歳の2月16日

 

今井義行

 
 

55歳の2月16日に血尿が出た
肉眼ではっきり分かる 鮮血が混ざっていたのだ
独りで屋内に居ると
つい 調べ過ぎてしまう

──・・・・ なにか、大きなことではないか、と
検索ヲ し過ぎて シマウ

55歳の2月13日に 池袋の北口で
初対面のおんなと 夕方
待ち合わせをして 逢ったのだった

北口を出てすぐの 「珈琲伯爵」という店の
赤い看板を 目印に指定したのは おんなだった

「初めまして、YumuYumu です」と
30歳の 白いマスクをした おんなは喋った
どこかしたたかな 上目遣いだった

池袋の北口は ラブホテル街だ

「初めまして、Swan です」と
わたしも応えて 2 人は並んでラブホテル街へと
歩いていった

「あら 人見知りなのね、分かるわ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ああいうサイト、使うの 初めてでしょ」
「時間とお金の無駄遣いかもねぇ」

コンビニで買える プリペイド式の電子マネー
ビットキャッシュを オンラインで浪費した
1,500 円ずつ 1カ月半買い続けて
利用料金のチャージに充ててきたのだった

55歳は 寂しかったので
セックスフレンドを 探した

ひらがな 16 文字の ID をモバイル端末に
入力すると 視えない電子マネーは
視えない精虫のように

オンラインの 大海へ 泳いで行った
視えない誰かへ たどり着こうとして

マッチングサイトはおびただしい男性女性会員を
抱えているが 1 つ 1 つは
ハンドル名の姿の吐息 のようなものだ──・・・・

マッチングサイト内で さまざまなユーザーと
さまざまなメッセージを並行して送信し合う中
或る日 対話が 急速に 展開していったのが

YumuYumu ──・・・・
30 歳のセックスフレンドを探す既婚者だった

〈こんにちは、
YumuYumu です。お返事どうも。
早速ですが 近いうち 会えますか?〉
〈こんにちは、Swan です。
あさって 水曜日
16:00の ご都合は いかがですか?〉
〈大丈夫です。
そしたら先に初対面の条件の話を聞いてもらえますか??〉
〈はい。どのような??〉
セックスフレンド は
即会い即ホ お金で割り切りということだろう

と 想った

〈金額は こういうのの定番と聞く2万円に少し差をつけて
私なりにホテル代以外 2万2千円初対面だけお願いします。
条件は以上です。〉
〈金銭のやり取りに関わることは
現場で 変更したりせず クリアにお願いしますね〉

すると、おんなは 途端に 饒舌体になった

〈よくお金の話しをすると業者だとか売春がどうとか言われて
酷く中傷されます。でも男性目線だとわからないかもですが、
女性からしたらこういうサイトでの出会いで
初対面の条件をつけるのは当たり前なんです。
中には、ホテルで豹変する人とか、女性が情報共有できる掲示板では
被害者女性の書き込みがたくさんあります。
女性に来るメッセージって本当に9割が酷い内容で、
返す気にもならないような内容です。
常識なんて微塵も感じないんです。
そもそも挨拶もできない人、写真を載せてないのに
写真を要求して来る人、例を挙げると切りがないですが、
「生でいくらですか?」「友達と2人で攻めまくってあげましょうか?」
「売春儲かってますか?」「業者じゃなければ会いたいです」
「縛ってあげるから会おうよ」
「おっぱい見せてくれたら会ってあげるよ」とか。
こんなメッセージがほとんどで、挨拶から始まり、
まともに会話できる人があまりにもいないんです。
なので女性は多少のリスクを背負ってもらい女性の身を案じれる人で、
初対面のリスクを背負ってくれる人なら真剣に考えてて、
信用してみても大丈夫そうだなと思えるんです。〉

〈ああ、そうなんですね。──・・・・ 解りました、よ。〉

ホテルの 502 号室の中へ 2 人で入ると
30 歳のおんなは 白いマスクを外して 喋った
紡錘形の 白い二十日鼠のような 口元だった

「Swan さん、先に お約束のものをください」
つりあがった小さな眼が 私のバッグを見つめた

私は 銀行の封筒から2万2千円を出して
おんなの 手に 渡した
「YumuYumu さん、ほら、確認してください」
洒落た内装の 502 号室という 空間で
1万円札が2枚と千円札が2枚 たなびいて
私は とても不思議な 気持ちになった

毎日 倹約を迫られている 低所得層の私が
大きな金額のはずの紙幣を気安く扱っている
ビットキャッシュ決済の日々でお金に対する
感覚がいつのまにか狂ってしまったんだろか

2万2千円あればランチに 30 回は行けるよ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こんなことやっちまってホントに良いのかい
こんなことやっちまってホントに良いのかい
Swan さんよ ──・・・・

「あと、ピル代や性病検査代に使いたいから
もう少し カンパお願いします Swan さん」
「ああ、それは無理だね!!」

「おうむ返しに ぴしゃりと 言わないでよ
私、結婚してるんだから 定期的に 検査が
必要なのよ
どちらが移したとか うやむやに出来ないの
貴男だって 検査しておく必要があるからね
それだったら 良いわよ
先に浴びて ベッドで 横たわってて頂戴」

「YumuYumu さん、貴女こそ 豹変したね」

私は 言われるままに シャワーを 浴びて

ダブルベッドの片側に大の字になって身体を
置いて みたのだったが
気持ちが萎えてしまってエレクトしなかった
マッチングサイトで 知り合った
30 歳の 初対面のおんな YumuYumu さん
上着を脱いだだけで 私の頭の脇に腰掛けた

「サイズを測ろうと思ったのに無理だわね」

「ばか正直な私にも問題があるのかもしれないが
私はいま 酷い人間不信と 生活費の散財に
苛まれている ところなんだよ」

「あのね 貴男が エレクトするまで
2時間も 3時間も 待ってられないわよ
AV でも観ながら オナニーをしてなさい
私、リングでも買ってくるわ
増強リング 3 千円位 するんだから、ね
Swan さん ──・・・・」

そうつぶやくと おんなは
上着を着て 502 号室の ドアノブに手を
掛けた 「カンパの1つもできない男!」

「きみ、きちんと戻ってくるんだろうね」
「そんなこと条件に入っていたかしら?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
私は そのあとずっと独りで待っていた

私は そのあとずっと独りで待っていた

私は騙されてしまったのだろうか と想っていた
55 歳の 2 月 13 日に
私の 「男性」は 終わってしまった 気がした
その感情は いびつな 結石となって
私の泌尿器内を引掻き回し出していたのでないか

そうして 3日後 ──・・・・
55 歳の 2 月 16 日に血尿が出た
肉眼ではっきり分かる 鮮血が混ざっていたのだ
YumuYumu 色 とでも 名付けたい
マッチングサイト巡りの 或る 顛末 だろうか

けれども、 呆気に取られてばかり いられない
泌尿器科外来へ 向かう力を 持たなければ!!