長尾高弘著「抒情詩誌論?」を読みて歌える

 

佐々木 眞

 

 

「抒情詩誌論?」という不思議なタイトルがつけられていますが、著者も腰巻で談じているように、別にいかめしい詩論とか格調高い論考なぞではまったくなくて、あえていうなら、「ただの詩集?!」ですので、良い子の皆さんは、けっして敬したり遠ざけたりしてはなりませぬ。

実態はその逆で、まことに口当たりがよくて読みやすく、これほどノンシャランでとっつきやすい詩集なんて、いまどきどこを探してもないでしょう。

それは著者が、普段通りの話し言葉、ざっかけない日常の言葉で、読者に向って、(というより著者自身に向って、かな)語っているからなのですが、かというて、その語りかけや自問自答の内容がつまらないとか面白くない、なんてことはさらさらないのが、私としては不思議なくらいです。

著者の飾らぬ人柄にも似て、さりげなさの中に人世の信実や知恵がくっきりと浮き彫りにされ、独特の滋味やユーモアが漂うという、そんなまことに味わい深い玄妙な詩集。
あえて言うなら「現代詩」に絶望している人に薦めたい1冊です。

ではいったいどんな詩集なのかと迫られたら、ぜひ「らんか社」のたかはしさんに電話して、実物を取り寄せて読んでみてほしい、と答えるしかないのですが、とりあえず「ものづくし」という定義集のような作品の中から、いちばん短いのをご紹介して、おしまいにしたいと存じます。

「サンドイッチ」
足を伸ばして寝ていたら、
ふとんごと食われてしまった。

さて、久しぶりに素敵な詩集を読んだおかげで、私も久しぶりに抒情詩ができました。
ありがとう、長尾さん。

「パンドラの星」

昔むかしあるところに、1人の詩人がいました。

地上では誰ひとり自分の詩を読んでくれません。
はてさて、どうしたらいいだろう?
いろいろ夜も寝ないで考えていると、突拍子もないアイデアがおもいうかびました。

地球がダメなら宇宙があるさ。
宇宙ロケットで詩集を打ちあげたら、もしかして水星人やら金星人、火星人、木星人たちが読んでくれるのではないだろうか?

そこで詩人は、毎晩毎晩夜なべして、糸川博士にならって超ローコストなペンシルロケット作りに熱中しました。

構想1秒、実践3年。
先端部に「らんか社」から刊行された500部の処女詩集「これでも詩かよ」を搭載した「あこがれ」1号が打ち上げられたのは、西暦2020年、十五夜のお月さまが東の空に皓皓と輝く師走の夜のことでした。

「あこがれ」は、秒速20キロの速度で大気圏を離脱し、長い長い航海に旅立ちましたが、やがて35億光年の彼方に到着しました。

そこでロケットが、あらかじめセットされていた通りに先端部の蓋を開け、500部の詩集を広大な真空地帯にまき散らすと、まっしろな詩集たちは、無明長夜の闇の中を、白鳩のように羽ばたきながら、パンドラ銀河団めがけて舞い降りていきました。

詩人の処女詩集「これでも詩かよ」が、パンドラの箱文学賞を受賞したという第一報が、超長波電磁波に乗って地球に到着したのは、それから間もなくのことでしたが、残念なことには、その地球も、その詩人も、もはやこの世のものではなかったのでした。

 

※らんか社ホームページ
http://www.rankasha.co.jp/index.html

 

 

 

 

みわ はるか

 
 

鍋の具材をスーパーで見ていた。
ネギ、豆腐、しいたけ、えのき、つくね団子、ウインナー、もやし、お肉・・・・・・・。
ぐつぐつ煮たっている鍋の様子を想像する。
時々ピシャッとつゆが飛んだりする、
時間とともに出汁のいい香りがしてくる。
野菜はしんなりして、お肉の赤身は消える。
みんなが一つの鍋の中で、色んな色で輝いている。
それを友人みんなでのぞきこむ。
ただただ見つめる。
そんな時間が好きです。
そんな風に一緒に時を過ごせる友人は宝物です。
ずーっとこの時間が続けばいいのになと思う。
でもきっとそれは無理なんだろうなとぼーっと鍋の湯気にあたりながら感じる。
みんなそれぞれにライフステージがあって、優先順位が変わってくるから。
何から食べようかなんて考えてなくて、鍋の会が終わった後のことを考えている人がいるかもしれない。
来週末の予定を練っている人もいるかもしれない。
鍋のことだけを考えている人が一体どれくらいいるんだろう。
友人は大切だけれど、もっともっと大事なものがみんなの周りにはたくさんあるような気がする。
煮立ちすぎた鍋は味が濃縮して何度も咳き込んだ。
しめのご飯を投入した鍋はそんなにおいしくなかった。

 
私事ですが、最近調子があまりよくないようです。
短いですがこれだけしか書けません。
でもこれからもずっと書き続けたいと思っていますのでよろしくお願いいたします。

 

 

 

味噌づくり

 

塔島ひろみ

 
 

カビが気持ち悪くて学校を辞めた
顕微鏡を覗くと 動いている
ふくらむ 芽を出す 増殖する
カビは溌剌と、黄金色に照り輝き、みなぎる生命力を発出していた

キモかったよね、と、友達が言う
友達と水道でカビを扱った手を洗う いつまでも洗う
ハンカチを忘れた友達にハンカチを貸す
友達の手がぐにゃぐにゃと動いてハンカチに擦りつけられている
掌に刻まれた細かい手筋が、彼女のアイデンティティーをハンカチに擦りつける
返されたハンカチを そのあと私はゴミ箱に捨てた

自転車で夕暮れの中川べりを家に向かう
風が吹いて柵に絡みついたヤブガラシがやわらかく揺れたあと
巻きひげをスルスルと空中に伸ばし、何かをつかもうとするのを見た
慌てて、逃げるように自転車をこぐ

生きているとは何ておぞましいことなのだろう

私たちは学校で味噌を作る
カビが他の生物を分解吸収して老廃物を放出することを〈腐敗〉というが、この現象で人間に有用なものが生じる場合、それは〈腐敗〉ではなく〈発酵〉である
そう教える先生の首筋の毛孔から汗がにじむ
毛も生えている
それに向き合って、35個の胞子が首を揃え、頭からニョキニョキと発芽を始めた
吐き気を催してトイレに行くと 鏡に映った自分の頭からも芽が出ている

私たちは大豆をぐしゃぐしゃにすりつぶしてミソを仕込んだら、次は誰かが殺した豚を使ってハムを作る
私たちの生理は、成長は、腐敗ではないのか
顕微鏡で見たら私たちの増殖は、アスペルギルズの増殖よりはるかに気持ち悪いものではないのか

コトちゃんは学校に行けなくなり、退学した
精神疾患だと診断された
レントゲンを撮った医師は、コトちゃんの神経がS字に曲がっているのを発見した
「普通はまっすぐなものがこんな風に曲がっています。治療して修正していきましょう」
そう言ってコトちゃんの歯茎を開いた医者は
コトちゃんの神経が薄桃色に美しく輝き、ゾワゾワと蠢き、優しく膨らんでいくのを見たのだった
コトちゃんの曲った神経は、溌剌と生きていた
医者は神経をそのままにして歯茎を閉じた

私たちは1年かけて人間に有用な味噌になる
コトちゃんは何になるだろうか。

 
 

(11月6日 江橋歯科医院診療室で)

 

 

 

歩く女 a woman walkin’

 

正山千夏

 
 

歩く歩く
歩いてないと狂ってしまうよこの街は
骨が地面に刺さる
その振動を心臓に刻み
腐るなにかを内包するあたしは

歩く歩く
トーキョーの街は流れる川のよう
うごめく街は人を飲み込む清濁あわせ呑む
引力にひかれる皮膚を
コートのように着込んだ女

歩く歩く
重力とあたしは恋におちる
足で地球の頬にキスをするんだ
骨が地面に刺さる
その振動をDNAに刻み
複製されゆく遺伝子のなれの果て

歩く歩く
内側と外側にひろがるジャングルを歩く
探し物はなんですか
まだ目がらんらんと輝いてる
それはちょうど暗闇の中
今生まれようとするたましいの
放つ光にそっくりだ

 

 

 

眠り休む秋の先に

 

ヒヨコブタ

 
 

今年の秋の銀杏は
まぶしくさみしくて目をそらした
息苦しさを感じる理由
悲しみの理由それぞれつかみ過ごしながら
どうしたものかと

もっと若かったときの話をするとき
思い出のなかの喜びを話しながら
性急な絶望を思い出す
あれほどのことは今はない
時間に限りがあるとよくよく感じる日々に
安心できぬままでも休むことを選ぶ

ああクリスマスだねと
心踊らないのは悲しいほうの思い出と現実か
それでも
わたしのこころの方向は
楽しみにしたいと
それを選びたいと願っているんだ
みもふたもないことばより
温もりを思い描けたならと
いつまでもすべてが続かないと知っている
善いことも悪いことも
それだけが眩しすぎぬ色づきなのか

 

 

 

ケモノの道理

 

辻 和人

 
 

憎悪の顔だ
憎悪の声だ

シャーッ

吹っ飛ぶ
吹っ飛ぶ
熱いぞ

シャーッ

レドが3日間の検査入院から帰ってくるのでお迎えに行く
キャリーからそろーりそろーり這い出たレド
ピョタッ、ピョコタ、歩き出す
冷蔵庫の上で半身を起こしたファミ
するするっと降りてきた
再会の挨拶でもするかと思ったら
シャーッ
おおっ、何て怖い顔だ
憎悪
憎悪
おっきく開いた口から牙剥き出し
逆八の字の目は刺さってくる程鋭い

吹っ飛ぶ
吹っ飛ぶ
熱いぞ

あーあー
たった3日離れてただけなのに

目をシパシパさせたレド
そろーりそろーり後ずさりしながら方向転換
日陰の椅子の上にちょこん
頭を伏せ丸まった
かっと睨みつけたファミ
しかしそれ以上追いかけることはしない
タタタッと冷蔵庫の上に昇る
お昼寝の続きだ
ふぅー
ひとまず平和は戻ったよ

実はさ
レドが初めてこの家に来た時もファミは威嚇したんだよ
こんなもんじゃなかった
ファミは執拗にレドを追いかけ回した
どこまでもどこまでも
それ、壺の後ろ
シャーッ
それ、掛け軸の裏
シャーッ
それ、ピアノの上
ヒゲが針金みたいに伸びきって
真っ白な牙と真っ赤な舌が開ききって
鋭い爪が尖りきって
シャーッ
憎悪の顔
憎悪の顔
怯え切ったレド
さささっ
さささっ
背中をつぼめ、だけど手足をしならせて
次の逃げ場所
またその次の逃げ場所
それでもファミは決して許さない
とうとう玄関の床の狭ぁーい隙間に籠城してしまったよ
対面大失敗
仲良くさせるのをあきらめて
ファミを居間に移し
夜中になってようやく出てきたレドを2階の小部屋に住まわせて
2カ月かけて馴れさせたんだ
ふぅー

元々ファミとレドは兄弟
祐天寺のアパートでかまってた頃は毎日一緒に遊んでた
でもレドがこの家にやって来たのはファミの半年後
この家はすっかりファミのものになってて
毎日隅から隅までパトロール
でもって
レドのことはすっかり忘れ果てて
見知らぬ白い奴が縄張りに侵入してきたって
思ったんだろうね
2カ月の間にレドはファミの耳の後ろを舐め舐めして
ご機嫌を取ることを覚えた
まあ、居させてやってもいいか
但し私の方が上
先に来たんだから
時々、擦れ違いざまに鼻づらを猫パンチされても
レドは悲しそうに縮こまるだけで抵抗しない
かくして
ファミとレドは並んで日向ぼっこするほどにもなった
なのに、たった3日

憎悪の顔だ
憎悪の声だ

シャーッ

吹っ飛ぶ
吹っ飛ぶ
熱いぞ

シャーッ

ああ、ファミ
お前はやっぱりケモノなんだね
チクショウなんだね
怪我した仲間が帰ってきたっていうのに
自分の方が上、自分の方が先に来た、この家は自分のもの
侵入してきた奴は
シャーッ
憎悪の顔だ
憎悪の声だ
服従させなきゃ気が済まない
同情なんてどうでもいい
心配なんてどうでもいい
熱く、熱く
吹っ飛ばしてやる

それでも今日のレドは
怖そうな表情こそするけれど
かつてのように隙間に籠ったりはしない
椅子の上で次第にリラックス
毛づくろいしてノビをして
後足に頭を乗っけてうつらうつら
やっぱり家はいいねえ
病院とは違うねえ
知ってる椅子っていいねえ
飼い主さんがいるっていいねえ
ファミちゃんだって、気が立ってるけど
まあ、いいねえ、いいねえ
ファミも昔みたいに追い回すってことまではしない
自分の方がエラいんだっわかってくれたみたいだし
許してやるか
冷蔵庫の上で、時々細目を開けては
椅子の上のレドを見やって
また目をつむる

たった3日間
されど3日間

2匹の権力関係を確認するのに役立った
ファミは許した
レドは受け入れた
憎悪の顔、憎悪の声は
だんだん遠くなっていく
さあて、もうお昼だしそろそろご飯の準備でもするか
猫缶は2匹平等に盛ってやろう
まだ仲良くってところまでいかないかもしれないけど
とりあえず並んで食欲を満たそうよ
とりあえず互いの匂いを嗅ぎ合おうよ
ケモノって、チクショウって
難しいねえ

 

 

 

WE NEED THE GUITAR

 

神坏弥生

 
 

風が吹いている
鳥が鳴いている
右の掌を空に上げたなら
人差し指を立てて
指のアンテナで音波を掴む
僕たちが話しやすくするために
僕たちは、メロディを要する
我々に、ギターが必要だ
我々に、ギターが必要だ
我々が、ギターを弾いて
謳うように、話し
話すように謳い
時に黙るために、風が渡ってゆく
大地に、根を生やした樹々が
風によって枝を揺らし
木の葉たちの、しばしのざわめき
我々にギターが必要だ
我々にギターが必要だ
我々に音楽が必要だ
我々に音楽が必要だ
(願わくば、どうか我々に)LILICPOESYの星を

我々に歌が必要だ
まだまだ、まだまだギターが必要だ
まだまだ、まだまだ歌が必要だ
言葉をかき鳴らし、言葉をはじいて
大地を打ちつけるつもりでドラムを打ちながら
歩いてゆこう

言葉を空に放つつもりで、
空に映る初めの星の声を聴こうと
夜、夜空に、耳を傾けながら

Liycby yayoi kamituki

 

 

 

閃光

 

神坏弥生

 
 

閃光は外側からやって来る
照りつけた 昼間の日光
切り付けた ナイフの反射のように
暗い私の体の中へ
閃光がひらめき
体内から
どくどくと流れ
体の涙みたく
血液の海
君は死に切れないまま
君が捨てた
君を知る
友人が涙を流し
天がそれを許した時
雨が降るかもしれない
明日、天気になるといい

 

 

 

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ねむの、若くて切実な歌声

 

村岡由梨

 
 

このところ、娘のねむとの会話がぎこちない。
今、中学二年生。思春期真っ只中だ。

今日も、ねむは
教科書やノートがぎゅうぎゅうに入ったリュックを背負って
片道1kmの学校への道のりを
ただひたすら黙って歩いていく。

ある晩のこと。
ねむが、「明日学校で歌のテストがあるから」と言って
練習をした歌を、私に聴かせてくれた。
最初は、はにかみながら
途中吹っ切れたように、

ねむが、まっすぐ前を見据える。
歌声が、大きくなる。

みずみずしい音の果実を
一つ一つ確かめるように掴んで、もぎ取るみたいに
ひたむきで、透き通るような歌声

私はふと、
「眠」という名前をつける時に心の中で思い描いたような
しん と静かな森の奥の湖を思い出した。
深い孤独な青の湖にこだまする、若くて切実な歌声

ねむは、私のリクエストに応えて、
課題曲の他にも「君をのせて」や「カントリーロード」を
次々と歌ってくれた。

そばにいた夫が、
「大きくなったなあ」
と言ってメガネを外して、目を拭っていた。

私は、冗談で
「野々歩さん、結婚式では大泣きしちゃうかもね」
と言いそうになったけれど、
なぜか、言えなかった。