あの縁側にすわり続けている

 

駿河昌樹

 
 

空白空白あゝ おまえはなにをして来たのだと…
空白空白吹き来る風が私に云う
空白空白空白空白空白空白空白空白中原中也「帰郷」

 
 

国というものへの落胆や
さらには
絶望も
今年のお盆に
魂迎えの灯をいくつか添えるだろうか

なんといったかな、
あの小さな古いお寺は

木の乾き切った
あの祠にも
顔のすっかり崩れた
古いお地蔵様の
並びにも
まだ
だれか
花を添えているだろうか

蚊取線香を焚いて
大きな団扇を動かしているだけで
あやまちなく
人生の大道にある気がする
あの縁側に
こころだけは
いまも戻る

だれもいなくても
みんながいるような
夏のひろい庭に向かった
あの縁側に
すわり続けている

 

 

 

サウンド・オブ・サイレンス

 

今井義行

 
 

アメリカにはポールサイモンがいた
いまだって いきてるって?
いまだって 在るのは〈 The Sound of Silence 〉です
〈 沈黙の音 〉ですか そんな現代詩の題みたいな曲が
よく全米No 1になったな
1966年の 出来事だった──・・・・・・

わたしは、まだ小学校に入っていなかった

In restless dreams I walked alone
そわそわした夢の中、僕は独りで
歩いていた

Narrow streets of cobblestone
石畳の狭い通りをね

Neath the halo of a street lamp
街灯の明かりの下

I turned my collar to the cold and
damp
僕は街の寒さに襟を立てた

When my eyes were stabbed by
the flash of a neon light
僕の目にネオンの光が飛び込んだ

That split the night And touched
the sound of silence
それは夜を切り裂き、「静寂」に
触れたんだ *ネットより、引用

わたしも「静寂」に触れたその時々に
ガラス細工の鳴るような音を聴いたものだった
〈 The Sound of Silence 〉
来し方を顧みれば
わたしは 3度 結婚を考えたことがあった
そのひとつひとつの出逢いが終わるまぎわに
ガラス細工の鳴るような音を聴いたのだった

月曜日のデイケアは
フリーテーマの ミーティングの日で
その日のわたしは こんな発言をした

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

●私事でひと月ほどデイケアを休んでいましたが、今日から
週3回のペースで復帰いたします。また、よろしくお願いいたします。
●このひと月の間、何をしていたかと言いますと、
フィリピンに滞在していました。2016年にFacebookで知り合って、
事実婚状態にあったフィリピン人女性を日本に招くためのビザの申請の為です。
結果は、これで3度目の「不許可」となりました。
●今回、日本語で交渉したいと思い、日本人が経営するエージェンシーに
ビザ申請代行を依頼しました。
彼女がシングルマザーであることは承知していましたが、
提出書類から、彼女が今現在もまだ結婚していることが判りました。
11年間、元夫との結婚の解消手続きが為されていませんでした。
●わたしが無職で生活力がないとうことが「不許可」の原因かもしれません。
本当の所はわかりません。
彼女は大変良い人で、わたしに対して常に優しく接してくれました。
しかし、これでは、将来的に、日本で一緒に暮らすのは無理である、と
判断して、帰国後、関係を清算しました。
これまで、スマホに蓄積されてきた写真など、大量のデータの削除などを
行いました。そんな時、むなしいこと、この上ありませんでした。
わたしは、身寄りも友人も、殆どありませんので、
スマホを携帯していること自体、意味が無くなってしまいました。
●お酒に関する話題に移ります。
フィリピン滞在中から、いま現在に至るまで、
HALT(Hungry,Angry,Lonely,Tired)の4つの条件がすべて揃ってしまう
瞬間に襲われることが、しばしばでした。
しかし、それでも、飲酒欲求は全く湧いてきませんでした。
何故なのかと考えをめぐらせてみますと、「自分は、もうこれ以上、
最低の人間にはなりたくない」という気持ちが強いからだと思い当たります。
●正直なところ、「人間を、もう辞めてしまいたい」という、
烈しい希死念慮にも、しばしば憑りつかれています。
けれど、それを実行してしまって、周りの人達にまた多くの迷惑をかけ、
本当に、最低最悪の人間になるわけにはいきません。
苦しくても、これからのデイケア参加を通じて、
生活の立て直しを図ろうと考えています。
●わたしは55歳になりました。まだまだ、人生は続いていきます。
しかし、何のために生きていくのか、と考えると、何も思い浮かばず、
ただただ、途方に暮れてしまいます。
断酒生活は継続できるかもしれませんが、ただそれだけで、
やがて高齢の障害者となっていき、ひっそりとこの世から消えていくのかと
思うと、本当にさびしい限りです。

何のために生きていくのか
3度目に結婚を考えたその彼女はルソン島ブラカン州のPasayoという
住宅街の持ち家で
朝から褐色の腕に刷毛を持って壁に白いペンキを塗っていた

彼女は自分の褐色の肌を「醜い肌」だと言い
わたしの肌を「白くて綺麗」といつでも言った
そして 家の中も 執拗に白く染め上げていた

何のために生きていくのか
暮らしを白く染め上げていくためではない──・・・・・・
と わたしは思った
さまざまな色の日々を味わいたいとわたしは思った

「扉が真っ白になったわ」と
彼女はソファーに横たわっているわたしを見て微笑った
彼女の褐色の鼻に白いペンキが付いていた
「ミルク色の生活だわ」
彼女は完璧主義のカソリック教徒 そして
日本へ行ってわたしと暮らすことを強く願っていた
そんな彼女がなぜ前婚未解消なのか
わたしには不思議でならなかった
その一方で 健やかなる時も病める時も
手と手とを繋ぎあっていくような 一夫一婦制が
わたしには 足枷にも感じられた
そして 彼女のビザの申請が「不許可」となった時
わたしは、ガラス細工の鳴るような音を聴いたのだった

I want to be free in Japan

帰りの飛行機の中から
遠ざかるフィリピンの島々を眺めながら
わたしは、わたし
つがいには成れないと 思ったのだった
途方に暮れる と しても、ね。

アメリカにはポールサイモンがいた
いまだって いきてるって?
いまだって 在るのは〈 The Sound of Silence 〉です
〈 沈黙の音 〉ですか そんな現代詩の題みたいな曲が
よく全米No 1になったな
1966年の 出来事だった──・・・・・・

わたしは、まだ小学校に入っていなかった

わたしは 3度 結婚を考えたことがあった
そのひとつひとつの出逢いが終わるまぎわに
ガラス細工の鳴るような音を聴いたのだった
と わたしは、記した。

 

 

 

盆踊り大会

 

みわ はるか

 
 

「久しぶりに地元の盆踊り大会に行かない?花火もあるって!」
数年ぶりに幼馴染から来たメールだ。
「いいね。うん行くよ。確か変わってなければ役場からシャトルバスが出てるはずだからそれで行こう。」
わたしはすぐに返信した。
送信ボタンを押し終えると数年ぶりに会う彼女のことを考えた。
どんな人になっているだろう。
そして自分はどんな風に見られるのだろう。
色んなことを想像しながら、さて、自分は何を着ていこうかなとクローゼットの中の服を思い浮かべた。

8月15日はわたしの故郷の盆踊り大会が開かれる日だ。
雨が降ろうが風が吹こうが必ずこの日だ。
よっぽどのことのがない限り最後の花火まで強行突破される。
延期はない。
ドーム状の形をした舞台では遠方から招待した少し有名な人たちが踊ったり歌ったりする。
メイン会場の中央ではみんなが輪になっててぬぐいを持ちながら踊る。
屋台もたくさん出るけれどわたしの一番のお気に入りはきらきら光るブレスレットやイヤリングを売っていたお店。
それを身に着けると不思議と心はうきうきしてその日だけ特別なお姫様になったような気分だった。
その魔法は残念ながら次の日には消えてしまうのだけれど・・・。
もともとコテージが周りにはたくさんあったので遠方からの人もそこそこ来ていた。
湖が売りだったため山々に囲まれたそこはとても静かで落ち着いた場所だった。
打ち上げる花火が空だけでなく湖にも映って鏡のようになる瞬間、それは本当に美しかった。
今まで何ヵ所かで花火を見たことがあるけれど、今でも故郷の花火が一番きれいだと信じている。

急いで車を走らせて役場に着くともうその友人は到着していた。
栗色に染めたきれいな髪の毛に少しパーマをあてポニーテールでまとめていた。
白い無地のワンピースは彼女の肌の白さを際立たせていたしとてもよく似合っていた。
眼鏡屋さんのショーケースに入っているようなものすごくおしゃれな丸眼鏡には思わず「それ度は入ってるの?」と突っ込んでしまった。
「入ってる、入ってる!ボーナスで思い切って買ったんだ!」
聞いた値段に本当に驚いたけれど、ケラケラケラケラ笑う彼女は昔となにも変わっていなくてほっとした。
シャトルバスの中でも会場でも色んな話をした。
仕事のこと、両親のこと、兄弟のこと、友人のこと・・・・・・。
話す内容は子供のころとはまるで違ったけれど(当たり前なのかもしれないけれど・・・)彼女は前向きだった。
確か大人になって久しぶりに会ったのは共通の友人の葬儀だったと記憶している。
同級生を若くして亡くした、
一緒に校庭を駆け回ったやんちゃな子が今では2児の母になった、
上京して見上げると首が痛くなるほど上の方のビルの中で仕事をしている元生徒会長、
農家の長男として大根やにんにく、じゃがいも、白菜、人参と丁寧に丁寧に育てている人、
東京で少しは名の通るイラストレーターになった人(アニメの最後のエンディングでその子の名前を見つけた)、
一度は遠い土地に嫁いだけれど出戻った人。
わたしたちの間で時は過ぎた。
なんだか少しさみしかった。

無事に最後の花火まで滞りなく終わった。
昔見た花火と変わりなくきれいだった。
あの短くもなく長くもない時間がちょうどいい。
最後にうちわの抽選会がある。
これは事前に番号が書かれたうちわが各家に配られていて、会場でそれを見せると登録される。
最後にその登録された番号の中から抽選で数十人に景品が配られるといった仕組みだ。
今年は5等ティッシュボックス、4等洗剤、3等正方形の箱だったけれど中はよく分からなかった、2等扇風機、1等バーベキューセットであった。
1等が当たったらやっかいだなどうやって持って帰ろうと考えていたが当たるはずもなく杞憂に終わり、本当に欲しかった扇風機にもかすりもせず、
5等のティッシュボックスさえもらうことができなかった。
「まあ、こんなもんだよ~。」
ケラケラケラケラと洗剤の箱をかかえた彼女は笑っていた。
最後売れ残りを防ぐために1パック100円になった屋台のから揚げを買いに彼女は一目散に走って行った。
明日の昼ごはんのお弁当のおかずにするそうだ。
にこにこと戻ってきた彼女は満足そうだった。

帰りのシャトルバスを降りる直前彼女は言った
「少しゆっくりしようと思う。尾道から今治にサイクリングロードがあってさ一人で旅しようと思う。」
それは相談ではなく報告だった。
決意表明にもとれた。
彼女は近い未来にきっと実現するだろう。
無責任なことは言えないけれど応援している。
彼女なら大丈夫、なんだって大丈夫。
わたしが出会った中でも5本の指には入るスーパーポジティブな人だから。

 

 

 

麦子の絵の具

 

塔島ひろみ

 
 

麦子はピンク色のパンを焼く
ピンクの空に緑色の雲が浮かび
淡い紫の月がかかっている
黄色い風が吹いて、青いものたちが寝そべっていた
大きな 壁のような一枚のパンが麦子の世界だ

これがお子さんの見ている世界ですよ
と、インストラクターの女性は言って、私の顔にメガネをかけた
遠くのものは見えてないです、とも言った
その色鮮やかな世界に、私の知っているものは何も見えず、
娘もいない

鮮やかな食パンの断面にバターを塗り
娘と食べる
ピンクの空の味がする
と言うと、「違うよ」と言われた

パンが小さくなってくると、後ろ側によく晴れた東京の空が見えてきた
安っぽい、ウソくさい、私の大好きな、大切な、真夏の東京の青空だ
焼くことも食べることもできない、
触れないそれ
空っぽのそれ
を横切って、
こんな季節にユリカモメが1羽、飛んでいる

自分の空ではない、北緯35度44分の灼熱の空を
ユリカモメがたった一羽で飛んでいる

麦子は今日もパンを焼く
真紅のクロワッサンを焼いている
バラみたいだね、と言うと、「違うよ」
と言って、パンをちぎっては庭にまき
ドクドクと水色の絵の具をこぼした

鳩、カラス、鳥たちが水色の庭に降りてきた
娘のパンをついばんでいる
カモメもきた
麦子は一心にパンをまく
いつのまにか鳩も、カラスも、カモメも、娘も
口先が真っ赤に染まっている

手を延ばすと鳥たちは バタバタと一斉に飛び立っていく
弧を描きながら、空に向かって飛んで行って、
私の世界から消滅した

視線を戻すと
娘もいなくなっている

 
 

(2018年8月7日 東京視力回復センター船橋で)

 

 

 

強風

 

正山千夏

 
 

強風に逆らって
自転車で坂道をくだる
ことに熱中していたら
いつのまにか
よくわからないところに
出てきてしまった

色とりどりに咲くさるすべり
白赤ピンクの美しさに
泣けてくる
熱風吹きすさぶなか
痛む左胸に手をあてて
直射日光に焼かれる夏
 

芝生に寝転んで空をながめた
強風だからか
つぎつぎと湧きあがっては
流れていく大きな雲は
まるで海の上を行く船のよう
私を乗せて猛スピードで
どこかへ走り去っていく

はだしで芝生の上を歩けば
足の裏 じかに地球の感触
それが触発するのか
深い深い海の底から
なぜだか湧きあがる想い
もまた強風で
どんどん吹き飛ばされていく

 

 

 

無い地の内地

 

ヒヨコブタ

 
 

ある日突然歩いていく方向が見えなくなる
ときがある
こころに刺さって抜けない刺をどうしたらいいかわからぬ日もある
それでも立ち止まらぬよう陽をよけて歩き
とぼとぼと
ぽとぽとと

思い出すことに救われる日もある
懐かしさが温もりのみのこともある
その真逆のときは
静かにしていようか

かつて故郷で内地と呼んだこの島は
かつての彼らには「無い地」だったのかもしれぬと思う
戻れぬ故郷を
戻らぬと決意して歯をくいしばったひとたちを
ときおり思う

そのひとたちの多くをわたしは知らず
僅かな情報は辿りたいと願った一部のことしか伝わらなかった

わたしは

どこにでも行けるのだろう
じっさい
どこにも行かなくとも

可能性という文字に放心し
戸惑いなぜかとぼんやりする日々に

思い出せる温もりは
明日に繋がると信じてきたんだ

現実にそうでなくとも
現実が醜く目を背けたくとも苦しすぎることも

繋がれた何かのさきにわたしがたまたまいる
どこの未来の命にも繋がらぬわたしが

 

 

 

愛はかげろうのように

 

今井義行

 
 

愛はかげろうのように
・・・・・・・わたしの 好きな 歌なのです。

美しい旋律が広く知れ渡っているので
祝い事にも多くながれるようだけれど。
世界中を彷徨いめぐり幸福もあったが
とうとう自分を掴む事はできなかった
と、締め括られるこの曲・・・・・・・
高級娼婦の回顧のかたりになっており、
哀しみを哀しくかたる儚いシャンソン
も佳いのだけど。この孤高の一曲には
およばないのではないか。
モータウン初の、白人シンガーによる
ものでもある。

愛はかげろうのように
・・・・・・・わたしの 好きな 歌・・・・・・・。

自分を、掴まえなくてはならない
と いうことはない と 想うよ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まばたきをするだけでも 脂あせをかいた猛暑は過ぎて
デイケアルームの空調の設定も変わった

「午後のプログラムです」

作業療法士さんによる
作業療法が はじまる

(今日、突然 メガネが 割れてしまったら どうしよう──)
(今日、突然 冷蔵庫が 壊れてしまったら・・・・・・・・・・)

「サインバルタカプセル」20mg×3と
「リフレックス錠」15mg×3で、
日々の焦燥感を乗り越えているンだ、わたし

「今日は、お酒にまつわることを内容に含めて
子どもたちを対象にした
短い授業を 作文にしてください
そして、それを 参加者を
子どもたちに見立てて 発表してください
設定場面は それぞれの自由です
質疑応答は 無しとします」

デイケアルームは「えー、原稿用紙に鉛筆で
作文を書くなんて何年ぶりだろう」と どよめいた

わたしを含め 皆、それぞれにスマホで
漢字を調べ始めたりした

わたしは、鉛筆で原稿用紙に向かいあい
制限時間の20分で作文を書いた
それは、詩の手紙のような 形になった

わたしの順番が訪れて、コの字型に並べられた
机の真ん中で わたしは短い授業を読み上げた

『設定/小学校6年生を対象にした
某クラスの部屋』です。

こんにちは。わたしは、イマイヨシユキと言います。55歳です。
わたしは、お酒で体を壊してしまった人が通う、病院から来ました。
みなさんのお父さんやお母さんは、お酒を飲みますか。
お酒が原因でお父さんとお母さんがけんかをしたりして、
悲しい思いをしたことはありますか。
みなさんが大きくなっていく中で、これから、いろいろ、
やってみたいことが出てくると思います。
スポーツ選手になってみたいとか、お店をやってみたいとか、
世界中を回れるようなお仕事をしてみたいとか・・・・・・・。

わたしは、小学生の頃から、文章を書くことが好きでした。

大人になったら、文章を書くお仕事につきたいと思っていました。
わたしは、大学を卒業した後、出版社に入りました。
けれども、会社員というお仕事になじむことができずに、
会社ではたらきながら、自分の気持ちを、詩に書くようになりました。

そして、27歳のとき、はじめて詩集を出して、
わたしは、詩人になりました。

詩人は、お金が稼げないので、
会社ではたらきながら、詩を書き続けました。
とても、しあわせな気持ちでした。
けれども、会社のお仕事をあまりしないで、
お仕事の時間にも、詩を書いていて、
そのことが、会社の人たちに、知られるようになりました。

ある日、わたしは、会社の人に呼び出されて
「あなたは、会社の役に立っていないから、やめてください」と言われました。
わたしは、46歳のときに、会社をくびになりました。

わたしは、その後も、自分の仕事は詩人だと思って、詩を書き続けました。
そのことと同時に、前から好きだった、お酒を飲む量もどんどん増えていきました。
そして、とうとう、お酒で体を壊してしまいました。

詩を書くことや、お酒を飲むこと。
わたしは、自分の好きなことだけを続けてきて、
体を壊して、貧乏にもなり、55歳になりました。
わたしは、わたしの今までを振り返って、何の後悔もありません。

けれども、これから小学校を卒業して、巣立っていくみなさんに向けて、
好きなことだけを一生懸命、続けていってください、と
伝えることが出来ないのが、残念で、苦しくなってきてしまいます。

わたしは今、お酒をやめていて、健康は回復してきました。

今までに、8冊の詩集を、出しました。
わたしが死んだ後、どこかで誰かが、
わたしの詩を見つけてくれるかもしれません。
そんなことがあったら、とてもしあわせです。

わたしは、みなさんに、このようなお話をしましたが、
でも、みなさんが大切にしていることは、
もちろん大切にしていってください。
健康を大切にしながら、
どうぞ、素敵な人に成長していってくださいね!

(今日、突然 水道が 溢れてしまったら どうしよう・・・・・・・・・)

「サインバルタカプセル」20mg×3と
「リフレックス錠」15mg×3で、
日々の切迫感を乗り越えているンだ、わたし

(リプライズ)

愛はかげろうのように
・・・・・・・それは、わたしの 好きな 歌なンです。

美しい旋律が広く知れ渡っているンで
祝い事にも多くながれるようだけれど。
世界中を彷徨いめぐり幸福もあったが
とうとう自分を掴む事はできンかった
と、締め括られるこの曲・・・・・・・
高級娼婦の回顧のかたりになっており、
哀しみを哀しくかたる儚いシャンソン
も佳いンだけど。この孤高の一曲には
およばないンではないか。

自分を、掴まえなくてはならない
と いうことはない と 想うヨ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分を、掴まえなくてはならない
と いうことはない と 想うンダヨ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

目の前の律動

 

辻 和人

 
 

ピョタッ
白い体が
空気を抉って
ピョコタッ
もう1回
抉って
やっと
進んでいる
レドだ
白くて丸々
白くて丸々
レドと言えばそんな猫だ
それがどうだ
丸々してたものの
白い影みたいじゃないか

「レドちゃん、大変なことになっちゃって。
外から帰ってきたら右の後足びっこ引いてて、
おしっこもしないのよ。
びっくりして獣医さんのところに連れてったら、
しっぽの付け根の骨が折れてて、
脊髄が傷ついてるんだって。
それでおしっこできなくなってるんだって。」

母からの電話で実家に急行
何でも
父が庭に出た隙を突いて外に飛び出してしまった猫たち
ファミは1時間くらいで戻ってきたけど
レドはずっと戻らず
翌朝ベランダに佇んでいたレドは
ピョタッ
ピョコタッ
左後足を引きずる姿になってたって
しっぽも垂れたままだって
事故に遭ったらしいんだけど
自動車なんて滅多に通らないところだし
誰かに乱暴された可能性もあるって

早朝獣医さんの近くのバス停で父と待ち合わせ
キャリーの中のレドは
目ばかり大きい
ヒュオーン
聞いたことのない高くひん曲がった声だ
名前を呼ばれ診察室に入る
台に乗せられたレドは観念したようにおとなしい
かつて丸々していたものの
白い影
ピョコタッ
固まった

優しそうな女医さんがカテーテルでの排尿の仕方を教えてくれる
1人が体を押さえてペニスから尿道を飛び出させ
もう1人がカテーテルを通す
猫のペニスは
小さい小さい
尿道は
細い細い
え、こんなトコに通せるの?
何度やってもカテーテルの先が尿道とすれ違う
ヒュオーン
見かねた女医さんが代わってくれた
あっという間に黄色い液体が管を流れる
注射器で3回と半分
昨日の昼からだから溜まってたんだって
最初は難しいけど慣れるとできるようになるって
それまで大変だけどここまで通ってきてって
優しそうな女医さん
レドの頭を撫でながら
おしっこを自力で出すのはもう無理だって

帰ってキャリーから出す
ピョタッ
周りの空気を
抉って、抉って
ピョコタッ
やっと
進んでく
柱に白い影みたいな体をスリスリ
キャリーから出られて良かったって
家に戻れて良かったって
そら、我慢したご褒美にお姫様だっこだぞ
お腹撫で撫ですると
首筋うぃーんと伸ばして目を細く
おおっ、いつものレドだ
喉元いっぱいマッサージ
首を軽く左右に振って振って
もっともっと
おおっ、いつもの甘えん坊のレドちゃんだぞ

床に下ろすと
きりっと目を上げて
お気に入りの冷蔵庫の上に飛び上がろうと
ガキッ
あらら
足台にしようとした棚から転げ落ちちゃった
痛そー、ややっ
ピョタッ
すばやく起き上って
ピョコタッ
後足引きずり引きずり
今度は押し入れの前へ
2番目にお気に入りの場所だ
ここもちょっと高い位置にある
戸を開けてやろう
動く方の後足を
踏ん張って踏ん張って
頭を微妙に上げ下げ上げ下げ
ピョタッ
飛び乗った
ピョコタッ
前足に力を入れて下半身を引き上げた
成功だ
ピョタッ
ピョコタッ
奥に進むと
ふにゅっとまあるくなって
爪を舐め舐め
すると
何?、何?って感じでファミがやってきて
ヒョコッ
押し入れに身軽に飛び乗り
レドの隣に座った
並んで一緒に舐め舐めだ

無抵抗の猫を棒で殴りつける奴
そんな奴が近くにいるのかもしれないんだって
自分より弱い奴が苦しむのを
楽しむ奴がいるかもしれないんだって
ゾッとする
けどけど、実は
レドは家では甘えん坊だけど外に出れば乱暴者の猫でさ
庭に迷い込んだよその猫を追い回して
ケガをさせたことがあるってさ
あんまり力を入れて相手を噛んだものだから
前歯が1本折れちゃったくらいでさ
今回も他の猫と大喧嘩して
そいつはやられてる方の猫に加勢しようとしてレドを叩いたかもしれないさ

そんなことより
そんなことより

目の前だよ
ピョタッ
ピョコタッ
ピョタッ
ピョコタッ
ひと眠りを終えて押し入れから這い出てきた
影じゃない
白い体が
空気を抉ってる
エサ用のお皿をチラ見して
空っぽなのを知って
フゥーン
短く鳴いた
自力でおしっこはできないが
食欲はあるんだって
抱っこされれば
首筋伸ばすんだって
冷蔵庫に上るのをしくじったら
押し入れに上るんだって
ピョタッ
ピョコタッ
拍子にちょっと間が空いているのがいい
空気を抉って
抉って
やっと
進んでる
よし、猫缶取ってきてやろう
腰を上げると
気配を察してついてきたレドが
目の前で生み出す律動
ピョタッ
ピョコタッ
目の前だ