佐々木 眞
無
記憶というものは
罪なものですね
失くせば哀しいけれど
あればあったでとってもやっかい
ならべてみたり
くらべてみようとしてみたり
穴ぐらのなか
這いまわる
まるで水を掻くように
ヒゲに当たる砂や石の感触
ミミズにあいさつして
今日もねぐらに帰ってく
目覚めれば朝
昨日のつづきはこう、
そうやってじたばたすること自体がたいてい
私を光の方向に導いている
くらやみのなかをつらぬく
太陽のそれ
花がうつくしいと思うこと
それはこころの余裕のみではないだろう
その存在がこころ落ちつかせてくれる
それだけ
命は動物だけのものでなし
じぶんが弱いときには涙をながしながら
木々の強さを知る
木々の強さを
そしてその緑が
わたしの勇気になるとき
花も変わることなく
わたしを微笑ませる
誰かに育てられ慈しまれることは
彼等彼女等にきっと
力になるだろうか
儚い命だとは思わない
その続きにわたしが
また勇気をもらう
そして安堵する
今日のなじんだ花が
明日ははらり今季を逐えても
またいつか鮮やかにまた
そっと開くのだろう
わたしがいつまでもみていたくとも
わたしのかわりに誰かがまた力をもらう
そのことに安堵する
ループや無限はないかもしれぬ
わたしにはわからぬこと
人のちからを得ずともまた
どこかでそっとかがやきを秘めたいつかの
緑も
わたしはいつまでも覚えている
わたしのあとの誰かも
いつまでも
覚えている
ここのところ
チェット・ベイカーを
聴いてる
どこがいいのかな
全部が
いいの?
嵐が過ぎていった
風なのよ
風が吹いて
霧が流れていった
林が
みえた
神田で
小雪さんと会った
バー鳥渡で
谷川さんの詩がいいとは思いませんて
言っちゃった
ローマ字で詩を書けよ
女を書けよ
『岩田宏詩集成』をようやく通読
面白かったなあ
労働者の悲哀を描いた「神田神保町」とか
ポーランドの歴史をテーマにした「ショパン」とか
印象に残る詩がいろいろあるんだけど
岩田宏さんと言ってすっと出てくるのは
やっぱり「いやな唄」
「いやな」というミもフタもないそっけない言い方が面白い
「あさ八時/ゆうべの夢が」とか
五七調のリズムが歯切れ良くて心地よい
でもって
「無理なむすめ むだな麦/こすい心と凍えた恋/四角なしきたり 海のウニ」
各連の末尾に置かれたフレーズが不思議感いっぱいで楽しい
さて
ここでちょっとひっかかる
「海のウニ」
どうしてここだけ手抜きなんだ?
「無理なむすめ むだな麦」 ちょっと思いつかない意外な組み合わせ
「こすい心と凍えた恋」 皮肉っぽい感じがマル
「四角なしきたり」 風習の堅苦しさが面白く表現されてる
しかるに
「海のウニ」
ウニが海辺に生息しているなんて当たり前でしょ?
他の言葉はひねりがあるってのにさ
更に更に
最終行を見よ
何とこの「海のウニ」だけが「!」つきでリフレイン
特別扱いされてるじゃないか
この詩はウニから見た人間の暮らしの戯画化なのか?
いいや、そんなことどこにも仄めかされてない
じゃなぜだろう
謎は深まるばかり
ページを見つめていると
鋭い針が刺さってくるようで
ブスッ
ブスッ
いやな気分になるな
おっと
「ご飯できたよー。」
ミヤミヤが呼んでる
本閉じて下におりなきゃ、だ
海のウニさん
海のウニさん
空のウニでも地のウニでもない
海のウニさん
この詩の中で君は
唯一、岩田さんから直に呼びかけられている存在なんだね
きっと岩田さんはここで君を救い出すことによって
いやな気分にいったんケリをつけたんだよ
「かずとーん、早く下りてきてーっ、ご飯できたって言ってるでしょーっ。」
はぁい
ぼくも呼びかけられてる
呼びかけられるって嬉しいね
特別扱いされるって嬉しいね
でもってこれ以上待たせたら
いやな気分が
ブスッブスッしちゃうね
海のウニさん
ぼくの頭の中に隠れておいで
一緒に一階に下りて夕食をとろうよ
*この作品は杉中昌樹氏主宰「詩の練習」の岩田宏特集号に掲載された詩を加筆修正したものです。
左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い
右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い
左の歯が痛い右の歯が痛い左の歯が痛い右の歯が痛い歯が歯が痛い
死ぬ死ぬ死ぬ キシモト先生助けて下され!
それはそれはお気の毒、
すぐにヨコスカまで飛んでらっしゃい
はい、飛んできましたよ キシモト先生!
こんにちは、ササキさん
死ぬ死ぬ死ぬ キシモト先生よしなにお願いいたします
大丈夫、人間、そう簡単に死にはしません
では、お口をおおきくひらきませう。
あーん、あーん、あーん
なーるほど、奥歯のシコンノウホウ(歯根嚢胞)ですね
今日は、歯茎をざっと洗いませう
ちょいと麻酔なぞいたしませうか
あーん、あーん、あーん
痛い痛い痛い 死ぬ死ぬ死ぬ
洗うなり 煮るなり 焼くなり センセにおまかせいたします
グオーン グオン ギュルグギュルギュル
グオーン グオン ギュルグギュルギュル
グオーン グオン ギュルグギュルギュル
ノオ、ノオ、ノオ
ああああ そこは神経が ま まだ生きておる
やめてけれ やめてけれ ズビズバア ズビズバア
チューン チューン チューーン ピクル ピクルブ ピピピビピピ
グギグギグギ ガリガリガリ グギグギグギ ガリガリガリ
ブウン ブウン ブウン ビカビカビカ ブウン ブウン ブウン ギタギタギタ
ササキさん
痛かったら 教えてくださいね
痛かったら 手を挙げてくださいね
グリグリグリーン ギャリギャリ グリグリ グリリン グエンカオキー
ギャリギャリゼッポ グルーチョハーポ マルクスエンゲルス チェゲバラ グルリンパ
バズーン バズーン ドスバソス バズーン バズーン ドスバソス
oooooooooo nnngaaabubububugibugibububu
aaaaaaa guggi—–njyubobobobguhahahahagashigasigasigasisisisgga
denndendendenn zunnzunnzunnzunn baribaribaribagigigigizubizubizubarin
ニュン ニュン ニュン ガガガガガガ ニュンニュンニュン ガリガリ ガガーリン
ブブーン チュルチュル チュルンシュ パシュパシュ
ググーン ガリガリ ガリーン ザザザザザア
我痛し故に我あり初鰹 the end is the end is the end is the end is the end is the end
苦悶煩悶拷問苦悶煩悶拷問 the end is the end is the end is the end is the end is the end
七転八倒七生報国 the end is the end is the end is the end is the end is the end
チューン チューン チューーン ピクル ピクルブ ピピピビピピ
グギグギグギ ガリガリガリ グギグギグギ ガリガリ ガガーリン
ブウン ブウン ブウン ビカビカビカ ブウン ブウン ブウン ギタギタギタ
イタイオー イタイオー
ズビズバア ズビズバア
お願いだから もうやめてけれ
ギグギグギグ グルンン ガガンガガア
オペオペオッペル グララアガア
アヒアヒアヒヒ アビキョウカン
やめてけれ やめてけれ
生まれてきて すみません
イタイオー イタイオー
ビンビビン ビビビビ ブウン ブウン ブウンン
チューン チューン チューーン
ピクルピクル ブピピピビピピ ヌガア ヌガヌガア
はいササキさん おつかれさま
今日は、これでおしまいです
痛くなったら いつでもどうぞ
汗と血と涙の苦闘45分
ようやっと奥歯の歯根嚢胞の治療が終ると、
ヨコスカは黄昏 真っ赤な黄昏
よたよたとキシモト歯科を転がり出る男の影ひとつ
ほれ、また一日を生き延びた
キシモト先生 ありがとう
キシモト先生 さようなら
その時 ヨコスカは 真っ赤な黄昏
第7艦隊は 真っ赤に燃えていた
しんじている
あなたを
いっしんに
あさ いっしょに
めざめる
ふいに だきあう
そおっと ひとつになる
あなたの ほそい
ゆびさき、の
せいあい が すきです
ふれあう かさなる ひとつになる
あなたの はりつめた ふともも
だんりょくが
すきです
しんじている あなたを 心から
じんじている わたしを 心から
ドアをでたら
じゃあね、って
べつの方向にあるいていく
ことばがなくても
わかる わかっている
もう戻らない
会わない
それでも
いつくしみあう
しんじあう
えいきゅうに
とてもシンプルな
かんけい
そういうの
あい、って
よぶのではないかしら
そういう
せいあい、って
あるのではないかしら
ささのは
さらさら
かわに
流してしまいましょう
あいした
きずつけた
きずつけあった
あいしあった
いたかった
ことば たち
ごめんね
ぜんぶうらがえし
わたしだけ を
あいして
いいたかったのは
それだけだった
のに
ねじれてねじれてうらがえってねじれて
ぞうきんみたいに
なきました
ぼろぼろに汚してしまいました
ごめんね
ささのは
さらさら
かわに
流してしまいましょう
わたし
流れていくでしょう
青いお空の流れる落ちる
さきのさきの
そのさきまで
明るい光さす森のなか
ゆっくり
ゆっくり
ゆれる椅子で わたし
ながいながいマフラー編んでいるでしょう
うまれかわったら
あなたの猫になれたらいいな
それなら ゆるしてくれる
たぶん
ゆるしてください
ささのは
さらさら
きずついたこと
きずつけあったこと
ののしったこと
ののしりあったこと
みんな
流してしまいましょう
きょう
ラッパズイセンがさきました
シュンランのつぼみを見つけました
となりの猫は
ガールフレンドぼしゅうちゅうです
さっき庭をよこぎっていきました
わたしたちの
あいは
まだだれにも発見されてない
川の底の底の底にうずもれている
鉱物
だから
ささのは
さらさら
きずついたこと
きずつけあったこと
ののしったこと
ののしりあったこと
みんな
流してしまいましょう
あしたは
おはよう! って
ちがう何かになって
会いましょう
たとえば
カワウソ
岸辺にせっせと積みあげていく
川床をただよう みどりの葉っぱたち
魚の骨たち
くだけたガラスたち
お日様にあたれば
とつぜん
きらきら光りだす
鉱物たち
ささのは
さらさら
積みあげましょう
たしざん
しましょう
しあわせの
鉱物
たち